24.少女と、女子会
「……ふむ」
姿見に映る、自分の姿を見る。
相変わらずぷにぷにとしてて、手足も短くて、小さくて頼りない身体だけれど。
全身に――特に腹部に受けた刃傷は、どうやら綺麗に癒えたようだった。
多分、リリエルの手当の腕が良いからなんだろう。
ヘカトンバイオンの時もそうだったけれど、散々大怪我を負ってきた割には俺の身体は何とも綺麗なもので。
傷跡一つ残らず、手足に痺れが残るといった事も、特には無かった。
傷跡はまあどうでも良いんだが、後遺症ばっかりは有ると困るから有り難い。
俺はリリエルに軽く感謝しつつ、はだけていた服を整えると軽く伸びをする。
――アルカンとの決闘、そしてワタツミを入手してから、数日。
俺達は怪我の療養を兼ねて、宿でのんびりとした日々を過ごしていた。
元々観光地という事もあってか、のんべんだらりと散歩をするだけでもそれなりに見るものもあって、特に退屈をすることも無く。
「エルトリスちゃん、入ってもいーいー?」
「ん、ああ」
何より、それなり騒がしい連中がしょっちゅう顔を出すようになった事もあって、尚の事退屈はしなかった。
メネスは我が物顔で部屋に入れば、そのままベッドに腰掛けつつ。
オルカは軽く頭を下げれば、軽く椅子に腰掛けて。
「怪我の調子はどう?」
「ああ、もう大体大丈夫だ。痕も残ってねぇよ」
「そうでしたか、それは何よりです」
アミラやリリエルにも傷を負わせた負い目があるからか、或いは興味本位か。
オルカ達は良く俺達の部屋に顔を出しては、怪我の様子を見に来ていた。
まあ、怪我の様子を聞いた後は――特にメネスは、こっちの怪我などお構いなしにマイペースに過ごしたりしているんだが。
その度にオルカが頭を抱えたり、溜息を漏らしたりしているのを見ると、苦労してるんだなぁとか思ってしまう。
どうやらアルカンからのセクハラは日常的なモノらしいし。メネスはそれも余り気にしてないみたいだったけれど。
今日もまあ、どうせそんな風に過ごすんだろうな、なんて考えて――ふと、いつも来ているもう一人が居ない事に気がついた。
「爺はどうしたんだ?」
「ん、今はリリエルさんに手ほどきしてるよー。リリエルさんが刀の扱いを知りたいってさ」
「あー」
さすがというか、何というか。
リリエルは俺と同じか、それ以上に怪我が酷かった筈なのに本当に逞しい。
最近ちょくちょく部屋から出ていくなとは思っていたが、成程恐らくはワタツミの扱いをアルカンに教わっているんだろう。
アルカンもまあ、普段はあんなだがメネスやオルカみたいな弟子以外にも、数十人の弟子を抱えてるらしいし。
そういうのには多分慣れてるんだろうな、なんて思いつつ――
『――して、何の用じゃ?見舞い、というだけではあるまい?』
――不意に、俺の隣に腰掛けていたルシエラがそんな言葉を口にした。
まるで、メネス達に他の魂胆があるかのような口ぶりに、俺は首をかしげてしまう。
こうして雑談する事以外、今まではなかったというのに何を突然言い出すのか。
ただ、そのルシエラの言葉はどうやら正しかったらしく。
メネスとオルカは顔を見合わせると、淡く笑みを零しながらこちらに視線を向けてきた。
「ええ。今夜、この部屋にお邪魔しても宜しいですか?」
「……今夜?まあ、別に良いけども」
「折角だしー、快気祝いに女の子だけで集まって、ワイワイしちゃおうって思ってねー」
……ああ、成程。
そう言えば確かに、俺が元の体だった頃も女だけで集まって何やら騒いでるのを見たような、見なかったような。
それに紛れ込もうとした男連中がボコボコにされて叩き出されていたのは、なんとなくだけれど覚えている。
まあ、そういうのも偶には良いだろう。
リリエルやアミラも、メネス達みたいな奴らと交流するのは良い気分転換にはなるだろうし。
「ああ、んじゃ俺はお前らの部屋で今日は寝れば良いのか?」
「……ん?」
「え、何で?」
「何で、って……そりゃあ」
心底不思議そうに首をひねるネメス達に、当然のように答えようとして――そこで漸く、思い出した。
……そうだった。
今は、俺も身体は一応、女なんだったか。
『なーに、お子様お断りなんて事もないからの。遠慮するでない』
「い、いや、別にそういう訳じゃあ無いけど」
「安心して下さい、酒以外にもちゃんと飲み物は持ってきますから」
「そうだよー、お菓子もちゃんと用意するからね!」
少し意地の悪い笑みと共に口にされたルシエラの言葉に、少ししどろもどろになりつつ。
オルカとメネスが、少し可笑しそうに笑いながら――多分遠慮しているとでも取ったんだろう、安心させるような言葉を口にすれば、どうにも断れるような雰囲気ではなくなってしまい。
「……それじゃあ、まあ、うん」
ほんの少し、何とも言えない罪悪感を覚えつつ。
そういう場所に俺が居て良いんだろうかという疑問を抱えつつも、控えめに頷けば……オルカもメネスも、にっこりと笑みを浮かべて。
『まあ、そう悪いことにはならんだろうし心配するな。私が守ってやるからの♥』
「……そういう事じゃあ、無いんだけどな」
楽しげに笑うルシエラに、ぽんぽん、と優しく頭を撫でられれば、顔を熱くしつつも溜息を漏らし。
俺は、初めての――いや、女だけの集まりというのであれば、これまでに何度か経験はしたけれど――女だけの夜会に、不安を隠すことが出来なかった。
「と言うわけでー」
「それでは、まあ……」
「私達が出会えた事と」
「全員が無事である事に、乾杯!」
『乾杯……と、エルちゃん達はこっちじゃな』
「……かんぱい」
『かん、ぱい』
そうして、夜。
予告どおりに部屋にやってきたメネスとオルカ、それにサクラと一緒に軽く杯をぶつければ、和やかな空気の中で、それは始まった。
俺とサクラは酒は良くないだろうという事で、ジュースを口にしつつ。
目の前でリリエルやアミラが、美味しそうに酒を口にしているのを眺めていた……の、だが。
『……お酒、飲みたい?』
「ん?ああ、いや……まあ、多少はな」
『子供は、ダメ。エルトリスは、子供』
『まあ、エルちゃんには酒は早すぎるのう』
「……うるせぇな、判ってるっての」
俺の視線に気づいたのか、サクラ達に窘められてしまえば、顔を熱くしてしまう。
まあ、確かにサクラの言う通りでは有るのだろう。
中身が、元がどうであれ今の俺の身体は、文字通りの女子供だ。
こんな身体で酒を飲めばどうなるのかは、想像に難くはない。
……でも、それはそれとしてやはり、目の前でこう美味しそうにお酒を飲まれてしまえば、思うところが無い訳がなく。
「ほら、エルトリスちゃんも遠慮せず食べて良いんだよー?」
「それなり、数は用意してありますから。どうぞ」
「ああ、ありがとな」
それを、メネス達から勧められた――これは砂糖だけで出来たお菓子、なんだろうか。
花や動物といった形をした、色鮮やかなそれを口にしつつ、酒の誘惑から何とか気を逸らす。
「……ん」
口の中に入れれば、ほろほろと形が崩れていくそれは、何とも面白く。
崩れ、溶けると同時に口いっぱいに広がる甘さに、思わず小さく声を漏らしながら、溶けてなくなればまた一つ、と俺はその菓子に手を伸ばした。
『これ、私も、好き』
「サクラは砂糖菓子が好きですからね」
「あまり日持ちしないから持ってこれなかったのもあるんだよねぇ、残念」
どうやらこの物珍しい――少なくともメネス達が持ってくるまでは見たことも無かった菓子は、彼女達の居た場所特有のものらしい。
思えば、オルカは兎も角としてメネスが持っている武器も、アルカンの服装も余り見かけない珍しいもので。
「――んっ。そう言えば、オルカ達はどこから来たんだ?」
俺がそんな言葉を口にすれば、オルカもメネスもぴくっと肩を揺らしつつ。
ほんの少し、僅かに困った顔をしながら……しかし、小さく息を漏らせば苦笑交じりに、自分たちの境遇らしい物を語り始めた。
――オルカ達は、三大国の一つランパード近郊の農村の生まれだった。
幼い頃はランパードの周囲はそれは平和で、その象徴たる国王は誰からも敬愛されるような傑物だったらしい。
そんな傑物の元で働いていたのが、オルカ達の師であるアルカンで。
その頃のアルカンは、三英傑の一人だったらしく――成程通りで強かったわけだと、少し納得させられてしまった。
オルカ達がまだ子供だった頃、既に80を越えていたアルカンもまた、国民からはとても慕われていて。
ランパードはこのままずっと平和で、安泰なのだろうと誰もが信じていたのだそうだ。
そんな幻想が打ち砕かれたのは、傑物であった国王が崩御して直ぐの事だった。
その傑物の後を継いだ、新国王……前国王の息子、エクスはランパードの持つ武力をもって他の二つの大国を侵攻すると言い出したのだ。
当然周囲は反対したが、エクスは反対する連中を尽く処刑し、自らに媚びへつらうモノで周囲を固め、とうとう三英傑の一人であるアルカンを使って戦争を始めようとまでして――
「――そこで見限った、と」
「ええ。アルカン師も、前国王との義理があるから限界までは耐えたらしいのですが」
「まあ、あの爺はそんな阿呆に使われるクチじゃあ無いわな」
その後、三英傑としての職務をこなす傍らで開いていた道場は、エクスによって焼き討ちに遭い、アルカンは弟子を連れてランパードから離れた寒村に定住。
もう三大国のいざこざには絶対に関わらんと決めて、自らの技や武を教えつつ、最期を迎える場所を探すように、時折弟子を連れて放浪し。
……そして、魔刀であるヤシャザクラ……サクラの姉の所に顔を出すついでに、メネス用の魔刀を探すかと立ち寄ったところで、俺達に出会った。
「……エルトリスさんには、感謝しています」
「お爺ちゃん、ずっと明るかったけど……やっぱり結構無理してる感じがあったからねー」
「それを言うなら、俺もアルカンには感謝してるからな。お互い様だろ」
そんな事を言いつつ、小さく息を漏らす。
その新国王のエクスとやらはとんでもない馬鹿だな、なんて考えながらジュースを口にして。
それと同時に、そのお陰でアルカンと戦えたのだから、少しだけ感謝をしつつ……
「と、もうこんな時間か」
「……随分と夜ふかしをしてしまいまひたね」
……外を見れば、既に街の灯りは無く。
特に音もしない所をみれば、本当なら眠っている時間などとうの昔に過ぎている事が、なんとなく判ってしまった。
少し口調が怪しく、顔が真っ赤なリリエルはそれでもフラフラと後片付けを始めていたが、うん。
流石にこの状態のリリエルに色々頼むのは悪いし――
「それじゃ、エルトリスちゃんはお姉ちゃん達と一緒にお風呂いこっか!」
「……ん?」
――今日はこのまま寝よう、と思っていたら。
唐突に、メネスにがしっと腕を掴まれてしまった。
「ん……ああ、それじゃあ頼んでも大丈夫か?」
「お任せを。サクラも行きましょう」
『ん。じゃあ、オババも行く?』
『次その呼び方をしたら曲げるぞ、小娘。ほれ、行くぞエルトリス』
「え、あ」
有無を言わさず、するすると流れるように。
部屋の片付けをするリリエルとアミラを見ながら、俺はひょい、とルシエラに抱えられると、そのまま浴室の方へと運ばれていった。




