23.魔刀を手に、外へ
「――無事、終わりました」
「おう」
ワタツミを手にして、リリエルが静止してから1分程。
事も無げにそう口にしたリリエルに、俺は軽くそう返しながら立ち上がろうとして――ひょい、とルシエラに軽く抱きかかえられた。
『馬鹿者め、無茶をするな。手当を受けたとはいえ、軽い怪我ではないぞ』
「このくらい大丈夫だってのに」
「カッカッカ、まあ甘えておけ、お嬢ちゃん。儂も少し疲れたからのー……」
「……今日だけですよ、アルカン師」
オルカの背におぶさりつつ、アルカンはどこか楽しげに笑って。
リリエルがその真っ白い魔刀、ワタツミを腰にさせば――不意に、人の姿を保ったままのサクラが不思議そうに首を傾げた。
『……おかしい。愚姉、妙に静か』
「そう言えばそうじゃのう。以前儂らと会った時は、もっとやかましかった気がするんじゃが」
アルカンとサクラの少し不思議そうなその言葉に、リリエルがピクッと肩を揺らす。
その様子に何かを察したのか、メネスはちょっとだけ口元を緩めれば、リリエルの顔をひょっこり覗き込んで。
「……もしかして、アレな事しちゃったとかー?」
「アレな事とは、何でしょうか」
「それはもう、アレな事だよー。人に言えない事――」
『そ、そんな事等されてないわっ!?されてませんともっ!!』
『あ、喋った』
メネスのニマニマとした笑みと共に口にされた言葉に、初めてワタツミは声をあげた。
どこか必死なその声色に、俺は思わず苦笑しつつ。
「ま、そういうのは戻ってからにしようぜ。流石にちょっと疲れたしな」
「そうだな、私達はともかくエルトリスは連戦だったし――あの道は使えそうか?」
「大丈夫、そのくらいの余裕はあるさ」
アミラの心配そうな声に軽くそう返しながら、俺達は来た道を戻り始めた。
来た時とは違い、帰りはそれはまあにぎやかなもので。
先程襲いかかったことを詫びるオルカやら、そんなオルカにセクハラをするアルカンやら。
リリエルにしきりに声をかけるメネスやら――先程の戦いで余程気に入ったのかは判らないが、妙に仲良くなろうとしている様子のメネスに、少し困った様子のリリエルやら。
そして、妙に元気のないワタツミと、そんなワタツミが気になっているのか時折言葉を交わしているサクラやら。
そんな和やかとさえ言える賑やかさに、俺はつい頬を緩めてしまう。
ああ、こういうのは悪くない。
気に入った連中との道行きは、何故だか無性に楽しくなる。
「――ん、そちらは崩れているのでは?」
「ああ、まあ大丈夫だ。こっち通った方が早いだろ」
そのまま、俺達が入ってきた縦穴の方へと向かえば、オルカはきょとんとした顔でこっちを見ていたけれど。
このまま洞窟の入口まで歩く方が余程大変だし、まあ最後に少し無茶をするくらいは良いだろう。
縦穴の前でルシエラから降ろされれば、少しだけズキン、と傷が傷んだが、うん、これなら問題はない。
「よし、んじゃ先ずリリエルとアミラからな。アルカン達はちょっと待ってろ」
「待ってろ、って――え、えっ?!」
ルシエラを剣の形に変えつつ、思い切り振り上げて、縦穴の先にしっかりと食い込ませ、噛ませる。
しっかり固定できたのを確認してから、リリエルとアミラにしがみつかせて――二人に挟まれると、相変わらず少し恥ずかしくはなるものの、そのまま巻き上げた。
「ほー、成程便利じゃのう」
「爺なら跳んでいけるんじゃねぇのか?」
「まあ儂一人なら問題ないがの。弟子達には無理じゃろ」
縦穴から戻る最中、そんな言葉を交わしつつ。
成程確かに、アルカンはアルカンで連れ……いや、弟子が居るんだからこの穴は使えなかったのか、なんて少し納得してしまって。
「んじゃ、爺は自分で登れ。コイツらは俺が運ぶから」
「むぅ、儂もお嬢ちゃんにぎゅーっと――冗談じゃ冗談、そう睨むでない」
オルカの、そしてサクラの呆れたような視線にアルカンはカカ、と笑いながら。
サクラを魔刀に戻すと、そのままトン、トン、トン、と警戒に縦穴の僅かな出っ張りを蹴って、登っていく。
オルカもメネスも、そんな事ができるとは思っていなかったのか。
少しだけ、ぽかんとした表情を見せていたけれど――
「……お前らもやってみるか?」
「い、いえ。私にはまだ少し」
「私も……ちょーっと、無理かなぁ」
――俺の言葉に、苦笑交じりに頭を振れば。
大人しく、俺の身体に軽くしがみついてきた。
「……う」
当然だけれど、リリエルともアミラとも違う二人に抱きつくようにされてしまうと、顔が勝手に熱くなってしまう。
元の体だったなら、文字通りしがみつかれるだけで何とも思わなかったろうに……ああ、もう、全く。
「――あれ、あれあれぇ?ふふー、お姉ちゃんたちにぎゅーっとされて恥ずかしいのかなー?」
「ばっ、ふざっ、何言って……っ!?」
「止めないかメネス……済まない、エルトリスさん。大丈夫か、その……私達は多分、リリエルさん達よりも重いと思うのだが」
「あ……う、うん、だいじょうぶだよ、うん」
メネスのからかうような言葉に、ぼん、と一気に顔が熱くなる。
冗談めかした言葉とともに、ぎゅうっと体を押し付けてくれば、全身を包まれるような暖かさに、頭は熱っぽくなってしまって。
申し訳無さそうにするオルカに言葉を返しつつも――リリエル達以上に遠慮なく身体を寄せて、包み込んでくる二人に俺は言葉を繕う余裕もなくなってしまった。
それでも何とか上まで運べば、二人を降ろして。
俺も床に降りるけれど……ぺたん、と尻もちをついてしまい。
『……全く、少し無茶が過ぎたかの?』
「う……そういうわけじゃないと、おもうんだけど」
『良い、良い。今日は良く闘い、良く暴れたからの……後は私に任せておれ』
そんな俺にルシエラは優しい声色で、優しい口調で甘く言葉を口にすれば、ふわりと俺を抱き上げてくれた。
いつものようなからかう調子が無いルシエラの言葉は、なぜだかとても心地よくて。
『……そうしてると、ただの子供』
「いや、まあ年相応な部分が見えた方が安心するかのう」
うつら、うつらとしてきた頭に、アルカン達の声が届くけれど。
それに言葉を返すのは、この微睡みの中では酷く面倒で。
「ルシエラ様、私が抱きましょうか?」
『ふふ、大丈夫じゃ。私のエルトリスだからの……』
そんな、優しい言葉を耳にしながら。
俺は、柔らかく暖かな感触に身を委ねつつ、意識を手放した。




