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魔王少女、世にはばかる!  作者: bene
第四章 霊峰に眠る魔刀
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22.魔刀ワタツミと、人の心

「――え」


 魔刀ワタツミに触れたリリエルが、最初に見たのは真っ白な光景だった。

 一面に降り積もる雪に、凍てつくような寒さ。

 視界は真っ白に染め上げられ、その癖目の前にいるその少女だけははっきりと見える、そんな不可思議な光景。


 その少女の姿形は、先程アルカンの隣りにいたサクラ――魔刀ヤシャザクラと瓜二つだった。

 髪の色は、肌の色は病的なまでに白く、装束まで白く。

 ただ、その瞳だけが透き通るように青く、青く。


 氷雪を体現したかのようなその少女は、リリエルに視線を向ければクスリと笑った。


『あら……私を視る事が出来る方なんて、珍しい。波長が合っているのかしら?』

「貴女が、ワタツミですか」

『ええ、私がワタツミよ――冷たい、冷たいお嬢さん』


 リリエルの言葉に上品に笑う、ワタツミ。

 その所作も、言動も、その全てが穏やかで、緩やかで。

 先程アルカンが口にしていたような厄介さなど、リリエルは微塵も感じる事が出来ずに居た。


 ――私に力を貸してくれませんか。


 リリエルが異変に気づいたのは、そう言葉にしようとした時だった。

 唇が、動かない。

 身体が、動かない。

 瞼が、閉じない――呼吸さえも、出来ない。


『とても、とても冷たい心を持っているのね、貴女。利用できる物は全て利用しようとするその性根、とても美しいわ』


 何もかもが静止した世界の中、ただワタツミだけが穏やかな声で笑い、動く。

 そんな有様を、リリエルはただただ、見つめることしか出来ずにいた。


『髪の色も、瞳の色も――ええ、その慎まやかな身体も、全て気に入ったわ。貴女なら、使ってあげても良い』


 そして、そんな言葉を口にしながらワタツミが、つん、と指先でリリエルの肩をつついた瞬間、パキン、という音がリリエルの耳に届く。

 ひょい、とワタツミが手にしたものを見れば、リリエルは声にならない――声に出来なくとも、悲鳴をあげた。


 ワタツミが持っていたのは、リリエルの腕だった。

 ガラス細工のように根本で割れているそれを、まるで着るかのようにワタツミが袖を通せば、ワタツミの腕はリリエルと同じ腕になる。


『うん、指先までしなやかで……素敵』


 そのまま、ワタツミは今度は逆側の肩をつつく。

 パキン、と音が鳴り響いたかと思えば、リリエルの腕は薄氷よりも脆く割れ、欠けて。


『大丈夫よ。貴女を殺すなんて、品の無い真似はしないわ?ただ――』


 自分(リリエル)の両腕を、ほう、と息を漏らしながら眺めつつ、ワタツミは穏やかに、品よく笑みを零し――


『――魔刀リリエル、だなんて。素敵だと思わない?』


 ――リリエルの立場を、存在を。

 その全てを奪い、刀という器に押し込めるのだと、事も無げに口にした。


 リリエルは、動けない。

 声もあげられず、ワタツミに奪われていく自身を見ることしか出来ない。


 両足を、奪われる。

 視点はガクンと落ちて、リリエルは無造作に雪の上に転がされた。


 腰回りを奪われる。

 リリエルは、悲鳴をあげる事さえ出来ないままに、奪われていく自分に頭が白くなった。


 胸を、その周囲を奪われる。

 とうとう頭だけになってしまえば、リリエルは無造作に、ごろん、と転がる視界を――それに映る、頭以外全てがリリエルとなった、ワタツミを見て。


『それじゃあ、この綺麗な顔も貰うわね。有難う、リリエル』


 ワタツミは上品に、感謝の意を込めた――素振りをしながら、リリエルの頭を手に取れば。

 とうとう、リリエルは唯一許されていた視界さえも、失った。


『――ああ、ああ。素敵ね、これが人の身体なのかしら。ふふ、先ずは愚妹に挨拶にでも行こうかしらね』


 リリエルの耳に、楽しげなワタツミの――自分(リリエル)の声が、届く。


 甘かった。

 今までのような魔性の武器と同列に考えていた自分が愚かだった。


 後悔ばかりが頭に浮かぶが、既にリリエルにそれを取り戻すすべも、やり直すすべも無い。


『安心してちょうだいね。貴女の下らない目的も、まあついでにやってあげなくもないわ。それで満足でしょう?』


 ――ただ。

 その、ワタツミ(リリエル)の声を聞いた瞬間、絶望の淵に立たされていた心に沸き立つものがあった。


 下らない?

 一体、何が下らないというのか。


『全く、魔族への復讐だなんてつまらない。そんな事より、そうね――私の国を作るなんて楽しそうだわ。私に傅く者たちの、氷の国なんて』


 つまらない。

 ワタツミのその言葉に、自分の声色で語るそれに、リリエルの唯一残された思考が赤熱する。


 ――ふざけるな。


『さて、じゃあ最期に残った貴女はちっぽけな刀に――っ、あ、つっ!?』


 最期に残されたリリエルの心に触れた瞬間、ワタツミは悲鳴を上げた。

 その指先は、まるで氷細工が熱されてしまったかのように溶けて、無くなっており。


 取るに足らない、外見を、その心を気に入っただけの人間(リリエル)に触れただけで、ワタツミはその上っ面の品の良さが剥げ落ちた。


『……っ、何、して……っ!!ふざけないで、ふざけないでふざけないで!!私は、ワタツミ――ヤトガミの最高傑作の一振り、よ……っ!?』


 ヤシャザクラと同じように言葉を途切れさせながら、癇癪を起こすワタツミだったが、その目の前にあるリリエルの魂を見れば、ひっ、と短く悲鳴をあげてしまった。


 そこにあるのは、目的のために誰であろうと利用しようとしていた、冷たい魂の筈なのに。


 ――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……っ!!!


 今、ワタツミの目の前にあるのは冷たい等とは断じて言えない、赤熱してドロリと溶け落ちた鉄のような何か、だった。


『ひ……っ!?何よこれ、何、いや、知らない、こんな――あ、ぁっ!?』


 その溶け落ちた何かから、ずるりと赤く燃え盛る腕が生えたかと思えば、ワタツミの首根っこを掴み上げる。

 そして――ワタツミは、それと視線を合わせてしまった。


 冷たい心の奥底に押し込めていた、全てを利用してでも成し遂げたかったモノ、その根幹。

 それを常に晒していたら、決してそれが叶わなくなる事をリリエルが理解していたが故に、表に現れる事が殆ど無かったモノ。


「――私の復讐(すべて)を、否定しましたね?」


 身体などすべて奪った。

 今のリリエルは、最早魂だけの無害な存在で、後は魔刀というちっぽけな器に押し込められて終わるだけだった、筈なのに。


 その理を全て無視して、リリエルの魂は――復讐の化身は、ワタツミの前に顕現した。


『な――なん、で……嘘、どうして、こんな――』

「貴女は、必要だと思っていました。エルトリス様が、譲ってくれたという義理もありますし」

『……ま、待って。判ったわ、判った、身体は返すわ。それで良いでしょう、ねっ?』


 まるで人型の溶岩のようなそれを、ワタツミは生まれてはじめて恐怖する。

 ワタツミは、復讐に取り憑かれた人間など見たことがなかった。

 憎悪がどれだけ人の心を、魂を焼くのかなど想像さえもしたことが無かったのだ。


「――ですが。私の復讐の妨げになるのならば、要りません。きっとエルトリス様も笑って許すでしょう」

『ひっ――』


 そう語る口調こそ、表情こそ穏やかではあったものの。

 一面の雪景色だった筈の、ワタツミの内面は既に半分は憎悪で焼け落ちて、燃え尽きる寸前だった。

 最高傑作である自分を不要だと言い捨てて(ころ)すという行為を、この復讐の、憎悪の、憤怒の化身は躊躇いなく行うだろうと、ワタツミは理解してしまう。


 怖い。怖い、怖い、怖い、怖い――その一念だけが、鍛造されてからずっとこの奥まった広間に安置され続けてきた、妹とその使い手達と……愚かにも自らに手を伸ばした脆弱な人間しか知らなかった、ワタツミの心を支配して。


『待って、待って、待って――お願い、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――ッ!!!!』


 先程までの品の良い態度も。

 その後見せた、ヤシャザクラのような幼く理不尽な顔も。

 その全てを投げ捨てて、ワタツミは必死になって、目の前の炎に懇願した。


 奪ったはずのリリエルの身体は溶けて流れ、溶岩のようだったリリエルの魂を覆っていく。

 残っているのは、リリエルに首を鷲掴みにされたまま釣り上げられた、泣きじゃくるワタツミだけ。


「――……誓いなさい」


 そんな幼子の姿を見て、むき出しだった魂が覆われて、リリエルも多少なりと冷静になったのか。

 小さく吐息を漏らせば、いつものように淡々と言葉を口にする。


「私の、復讐に手を貸しなさい。私の力になりなさい、ワタツミ」

『な、なります、なる、なるからぁ……っ、壊さないで、殺さない、でぇ……っ』


 泣きじゃくるワタツミを降ろせば、リリエルはいつものように無表情なまま見下ろしつつも。

 流石に子供を泣かせてしまったことだけは、僅かに心を痛めたのか――ワタツミが泣き止むまでの間、静かに待ち続けた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おっおっおっ(^ω^) [一言] ワタツミが動かしてるリリエルって言うのも見てみたい気が(ry
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