5.賞金首という名の金貨袋
「――さて、この辺りか?」
レムレスから程なく離れた街道沿い。
旅人や行商人がとある理由から寄り付かなくなったその場所で立ち止まると、小さく欠伸をする。
まだ日は高く、夕暮れまでにはそれなりの時間が有る。出来る事なら、金づる……もとい、賞金首が拠点にしてるような場所を、それまでには見つけたい所だ。
こういうのは大抵は雨風をしのげる所と相場は決まっている。
この辺りなら森の中の拓けた場所に拠点を作ってるか、或いは打ち捨てられた木こり小屋辺りを利用してるかが妥当だろう。
「エルトリス様、賞金首は一体どんな相手なのですか?」
「んあ?ああ、そういや金額しか見てなかったな」
『賞金首なぞ金貨袋としか見てないからのう、私もエルも……どれどれ』
俺とルシエラの言葉に、ほんの少しだけ瞳に呆れの色を宿しつつも、リリエルは何も言うことは無く。
3人で改めて持ってきた貼り紙に視線を向ければ、そこにはいかにもな風貌のいかつい男の人相書きと、報奨について書かれていた。
名は、熊狩りランダルフ。
何でも赤色熊をもたやすく屠る膂力を持ち、その剛力で多くのならず者を従えている山賊、らしい。
以前は別の地域で活動していたのが、最近になって辺境都市レムレスの近辺に拠点を移したらしく、街道を通る行商人や旅人が多く犠牲になっているのだとか、何とか。
ソレを見たリリエルは僅かに眉を潜めつつ、考えるように唇に指を当てる。
「……二つ名持ちですか。金貨100枚という報奨金といい、かなりのやり手ですね」
「二つ名?」
『何じゃそれは?』
聞き慣れない単語に俺とルシエラが首をひねれば、リリエルも不思議そうに首をひねった。
「――エルトリス様たちは、賞金首狩りではないのですか?」
「まあ確かに、今まで何人か狩ってきたが」
『二つ名、というのは聞いたことがないのう』
俺たちの言葉にリリエルは少しだけ――否、基本無表情なコイツからすれば、盛大に――顔をしかめた。
瞳には「信じられない、何を言っているんだこいつらは」と言った色を宿しつつも、しかしそれを口に出すことはなく、リリエルは小さく息を漏らす。
「二つ名というのは多くの罪を犯した賞金首や、或いは逆に多くの功績をあげた冒険者に与えられるモノです。二つ名を持っている、という事はそれだけで熟練しているという指標になりますから」
「ああ、変わった名前だと思ってたがそういう事だったのか、これ」
『連合の人間は変わった名前をつけるんじゃなーと思ってたが、成程のう』
「……加えて、金貨100枚というのは賞金首に与えられる金額としてはかなり高額です。ですから、かなりのやり手と」
……言われてみれば、確かに金貨100枚っていうのは今まで俺とルシエラで殺してきた賞金首から見れば、結構な高額だ。
女を助けた時にせしめた金貨が500枚だったから安く見えてたが、そう考えるとそこそこやれる相手なんだろうか?
というか、100枚で高額って事は……
「なあ、リリエル。今更なんだが、テメェは幾らだったんだ?」
「幾ら……そうですね、確か金貨350枚だったかと。家事は全て叩き込まれましたし、護衛も出来るように魔法の教育も受けましたから」
『……おい、エル』
俺を抱いていたルシエラが、張り付いたような笑みを浮かべる。
……ま、まずい。俺も今になって少しだけ、本当に少しだけもったいない事したかなーとか思えてきてしまった。
「ま、まあ150枚くらい誤差だろ、誤差。ちょいと賞金首を狩ればトントンだ」
「随分と豪気な方だと思っていましたが……成程、世間知らずだったのですね、エルトリス様は」
「う、うるせぇな!いいだろ別に――……ん、むっ!?んっ、ふ……っ」
『ん――ちゅ、ぷ……ん、ふ……っ、良い訳ないじゃろうが、馬鹿エルめ。まあ私も知らなかったからの、この程度で済ませてやるが』
――不意打ちで精を吸われ、全身の力が抜ける。
呼吸は乱れて、口もだらしなく開いたまま閉じられなくなって――ああ、くそ、くそ……ふいうちは、いくらなんでも、ひきょうだろ……っ。
「……仲が宜しいのですね、ルシエラ様もエルトリス様も」
『なーに、エルちゃんは甘えん坊じゃからのう?こうして時々おしおきをねだるんじゃよ、なぁ?』
「……っ、ば、かぁ……ふざけんなぁ、もう……」
ケラケラと笑うルシエラを見つつ、冗談を冗談とリリエルが受け止めてくれたか少しだけ不安になりながらも、俺達は街道の周囲を練り歩く。
俺はと言えば、実際にやり合うまでは基本的にはルシエラの腕の上だ。
だから、まあ多少脱力してしまっても……精を吸われてしまっても、そこまで問題はなかった。悔しいけれど。
『――止まれ、リリエル』
そうしてしばらく歩き、日が大分傾いてきた頃。
俺たちはようやく、賞金首の手がかりを目にする事が出来た。
茂みに軽く身を隠しつつ息を潜めれば、少し遠くの木々の間に動く影が有るのが見える。
無精髭を生やした薄汚れた格好の男は、刃こぼれした剣を片手に周囲を見て回っているようで。
「……やっとか、ったく。でも多分あいつじゃあねぇよな」
「そうですね、風体が違いすぎますし……弱そうです」
『まあ大方間抜けな見張りか何かじゃろうなぁ。そら、後をつけるぞ』
そう結論付ければ、俺たちは見えるギリギリの所から見張りであろう男が拠点に戻るのを待ち、後をつける。
幸いというべきか、男は見張りのくせに目がそこまで良いわけでも無かったらしい。
俺たちは一度も不審がられる事もなく、他の見張りに囲まれる事もなく、賞金首である熊狩りランダルフの住処であろう場所にたどり着いた。
そこは、自然にできた洞穴か何かなのだろう。
入り口には分かりやすく篝火が燃えており、見張りの男が中に入れば代わりに別の……これまた薄汚れた男が出てきた。
取り敢えず、これで場所が割れた訳だが――……
「……いや馬鹿だろ、こいつら。よりによって洞穴に住むか?」
「街中に拠点を持てない以上、仕方のない事かと思われますが」
「いや、だからってなぁ……まあ、楽で良いけどよぉ」
少し不思議そうに首をかしげるリリエルを尻目に、小さくため息を漏らす。
……洞穴って。よりにもよって洞穴って。
暗くて湿気ててただ過ごすだけでも不快なのに、出入り口以外から逃げ出すのも困難か、或いは不可能だろう場所に拠点を構えるとか、俺からしてみれば苦行好きなのかとしか思えない。
まあ、もしかしたら洞穴にも手を加えてるのかもしれないが……そんな事するくらいなら最初から外に軽く小屋なりテントなり、陣地でも作っちまえば良い話だし。
「まあ、良いか。さっさと済ませちまおう」
「夜を待たないのですか?」
「野営してんなら考えたかもしれねぇが、洞穴だからなぁ。待つ意味もそんなにねぇし、わざわざこっちから視界の悪い時間に仕掛けないでも良いだろ」
そう、野営しているのであれば視界の効かない夜中に仕掛けるのは有りだ。
ただ、今回は相手は洞穴の中。昼夜関係なく視界が変わらないその場所に攻め込むんなら、まあ昼も夜もあまり関係ない。
それに、何より――……
『無抵抗な奴を喰らうのはつまらんしの。雑魚は雑魚なりに足掻いてくれなければ、面白く無いのじゃ』
「そうそう、クソつまらねぇ作業とかやりたくもねぇからなぁ」
「……そういうものですか、成程」
……夜間に奇襲をかけたら、ただでさえ一方的なのが最早完全な作業になってしまう。
それならせめて抵抗出来る明るいうちに仕掛けたほうが、幾分かはマシってもんだろう。
それに得心が行ったように――でも若干呆れたように――リリエルが小さく頷いたのを見れば、俺は地面に降りて、ルシエラの手を軽く握った。
『さて、ではやろうかの――エル、賞金首の頭は残すんじゃぞ』
「あー解ってる解ってる、判別不能にはしねぇよ。リリエル、お前は後ろから殺したい奴をやっていいぞ」
「かしこまりました。いらない心配かと思いますが、お気をつけて」
これから人を殺すというのに、相変わらず無表情で動揺の一つもないリリエルに小さく笑いながら、人から魔剣へと姿を変えたルシエラを両手で握る。
さて。
二つ名つきの賞金首とやらが、少しは楽しめると嬉しいんだが。
僅かに高揚する感情を抑える事無く、俺は大きく息を吸うと――勢いよく、茂みから飛び出した。




