5:異世界で裏切られて監獄に入ります
森の中をバイクで走行している最中に、何度か魔物にも遭遇したのだが、メリッサが見事に魔法で撃退してくれた。
そのかいもあってか、俺たちは当初の予定よりもだいぶ早くに街へと到着することができたのだ。
街に入る前に、ここまで乗ってきたバイクを付近の茂みの中に隠しておく。
騒ぎになることを避けたかったこともあるが、一番の理由はこの世界の連中に安易にバイクを見せたくなかったからである。
極力俺のスキルについてもあまり他人には知られたくなかったので、メリッサにもスキルについては他言無用だと釘を指しておいた。
そしてようやくメリッサの住む街───マルタの外観が見えてきた。
マルタは領主──エルトン・キースが治める領土にあり、多くの行商人などが訪れる商業都市として栄えている街である。
メリッサの案内で、俺はマルタの街へと足を踏み入れようとして街を守る衛兵に止められてしまった。
「おい、待て!」
「何か用ですか?」
「ああ......。見ない顔だな。それに何だその服装は?」
衛兵は俺の顔を覗きこんできたと思ったら、今度は俺の服装にケチをつけてきた。
現在の俺の格好は、転生する直前に着用していた服装のままだった。
つまりは、スーツだ。
最初にメリッサと出会った時も、口には出さなかったものの衛兵と同じような反応をしていたと思う。
やはりこちらの世界では、嫌でもスーツは目立ってしまうな。
あとで、スキルを使用して異世界用の服を何着か作ろうと決めた俺であった。
「これはスーツという服装でして......東の民族の伝統衣装なんです」
「東の民族っていうと......ゴビ王国の出身か?」
俺の苦し紛れの適当な作り話に衛兵が乗っかってきた。
ゴビ王国という国があるのか。
ええい。この際、もう衛兵の話に乗ってしまえ!
「そうなんですよ。実は長旅の途中でして......」
そう苦笑する俺だが、衛兵の反応は違った。今まで温厚だった衛兵の顔が一瞬で強張ったのだ。
え、なになに?何でそんな怖い顔をしてるの?
それに心なしかメリッサまでもが俺に冷たい視線を送ってくる。
「ヤマトさん......。それは本当ですか?」
「え......?」
何か俺は間違えたのか?
そう思った頃には、もう時すでに遅しだった。
衛兵が俺の腕を掴み、声高々に叫ぶ。
「逆賊を捕まえたぞー!」
え!?逆賊!?俺が?
何が何だか訳がわからないままでいると、すぐに俺達のいる場所へ他の衛兵たちが集まってきた。
彼らに俺は羽交い締めにされて拘束される。
「待ってくれ!何かの誤解だ!俺は逆賊なんかじゃない!」
「黙れ、逆賊!危うくゴビ王国の薄汚い野良犬をこのマルタの地に招き入れるところだった」
俺は必死に助けを求めるが、衛兵たちは全く取り合ってはくれない。
すると、ふとメリッサと目が合った。
「メリッ......サ......」
衛兵たちに頭を押さえつけられ、俺は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
だが、あの目を俺はよく知っている。
あれは──侮蔑の目だ。
そこで俺はようやく悟った。
今この場に俺の味方になってくれる人が一人もいないのだということに。
頼みの綱であったメリッサにも俺は見捨てられたのだ。
意気消沈してしまった俺にもはや抵抗する気力は残ってはいなかった。
こうして俺は犯罪者のレッテルを貼られ、衛兵のされるがままにマルタの地下牢獄へと連れて行かれた。
檻の前までやって来ると、俺は衛兵の一人に蹴り飛ばされた。
「入ってろ、逆賊が!」
俺を監獄へとブチ込んで満足したのか、衛兵はニタニタと薄汚い笑みを浮かべると、この場から颯爽と去っていった。
何もない暗闇の中、俺は呆然と立ち尽くしていた。
出ようと思えばいつでも檻から出られるわけだが、今はその気力も完全に失せていた。
それほどメリッサに裏切られたことがショックだったらしい。
何も考えられないまま、刻一刻と時間だけが過ぎていく。
すると、背後から声が聞こえたような気がした。
「......水......水を......ちょうだい」
やはり空耳ではなかったようだ。
誰かいる......?
そう思い、俺は即座に背後を振り返る。
俺の目線の先、暗闇の奥にひっそりと佇む女性の姿がそこにはあった。
「誰ですか?」
「水......水......」
俺の問いかけには一切答えず、水をくれとしか連呼しないので、俺はスキルを使って水を生み出した。
水を差し出すと、女性はそれを勢いよく飲んでいく。
よほどのどが渇いていたのだろう──女性はあっという間に飲み干してしまった。
もう一杯くれと言ってきたので、コップに水を足してやる。
「生き返った〜」
水を飲んだ後の彼女の表情は、今までの廃人のような姿とは打って変わって晴れやかだった。
しかもよく見ると、彼女の胸元はざっくりと開かれており、その隙間から彼女のプロポーションの良さを引き立たせる代物が顔を覗かせていた。
これはあまりにも目に毒だ。
そう思い、なるべく彼女の胸元から視線を外して(無意識に目が行ってしまうが)彼女を心配する旨の発言をした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、あなたのおかげで命拾いしました。この御恩は一生忘れません」
そう言って、彼女は俺に土下座をしてきた。
その様子を黙ってみていた俺であったが、ふと我に返ってすぐに彼女に土下座をやめるように促した。
「いや、そんな大層なことはしていませんから。だから顔を上げてください!」
俺にそう言われて、彼女は顔を上げるが、正座したまま立ち上がろうとしない。
(何故立ち上がらないんだー)
現在の俺の立ち位置からすると、今にも彼女のアレが見えそうなんだよ。
「ストップ、ストップー!」
これ以上行けば、俺の理性が耐えられそうになかったので、慌てて声を上げて彼女を制止した。
急に声を掛けられたことで、彼女はびっくりしていたようだ。
「どうしたの?」
「あ......いや、何でもないよ。それより君はどうしてここにいるの?」
俺は無理やり話題を変えた。
そうしなければ、俺が変態扱いされかねないからな。
「窃盗の罪でね......」
今までとは打って変わって彼女は重苦しい雰囲気となってそう呟いた。
彼女は窃盗としか言わなかったが、どうやら他にも事情がありそうな気がする。
「君は何の罪で捕まったの?」
これ以上踏み込んで欲しくなかったのか、彼女は逆に俺へと質問してくる。
「いや......それが俺にもよくわからないんだ。ただ東の民族......ゴビ王国の出身だと言っただけなんだけど」
「ゴビ王国!?」
その瞬間、彼女の表情が険しいものとなった。
まただ。
あの時と......メリッサの時と同じ目をしていた。
俺もバカではないので、すでに理解していた。
ゴビ王国という単語がこのマルタの住人にとって如何に禁句であるのかということを。
未だに軽蔑の視線を送ってくる彼女に対して、俺はすぐに誤解だと弁明した。
「違うんだ。実は......俺はゴビ王国の出身じゃないんだ」
「どういう事!?」
唐突なカミングアウトに驚きを見せるものの、彼女は未だに懐疑的な目を俺に向けてくる。
信じてもらえるかはわからなかったが、俺はこうなってしまった原因について話し出した。
「俺は今長旅をしていて、ちょうどマルタの街にやって来たところだったんだ。けど、街に入る時に衛兵に捕まってしまって......その時適当な話をでっち上げた際に、衛兵からゴビ王国という単語が聞こえてきたんで......それで思わず話に乗っただけなんだよ」
何とも苦し紛れの言い訳だ。
自分でもそう思うのだから彼女は尚更だろう。
だが、彼女は何故か納得してくれたみたいだった。
「そうだったの......。大変だったわね」
「俺の話を信じてくれるのか?」
「信じるも何もそうなんでしょ」
何を疑うことがあるのと、彼女はあっけらかんとしていた。
「あ......ありがと」
こうして彼女の誤解を解くことに成功した俺は、改めて自己紹介をする。
「俺はエンドウ・ヤマト。気軽に”ヤマト”と呼んでくれ!」
「私は“アリシア“。よろしくね」
俺はアリシアとがっかり握手を交わした。
続けてアリシアに提案する。
「ここから一緒に脱獄しない?」