23時のアンプロンプチュ
またいつものように勢い作品です
ギリギリな上、欠陥まみれですがよろしくお願いします!
真っ暗な事務所を外から照らす真ん丸い天然のライトと、社長が衝動買いしたふかふかの応接ソファ。6畳1Kロフト付きのアパートに払っている家賃4万円何なんだと思うくらいには居心地が良かったが、繁忙期でもないのに事務所に泊まったりしたら社長に迷惑をかけるから帰ろう。僕が会社を出ようと立ち上がった時には、タイムカードを押して1時間経っていた。
なんとなく実家近くの工業高校を出て、やりたいことも見つからなかったので普通に電気工事をするエンジニアになった。両親は「大学に進んでもいい」と言ってくれたけど、金をかけて勉強したいものが僕には見つからなかった。だから流されるように地元の企業に就職したけど、あそこで学んだのは技術じゃなくて接待だったと思う。
僕が人生において初めて自分の意思で決めたことは、東京の会社へ転職したこと。
上京して、もうすぐ3年が経つ。物が増えてきて、っていうより部屋に飽きてきた。手取りも少し増えてきたから引っ越しも考えたけど、結局後回しにして今日に至っている。でも、あいつが転がり込んできたから大きな出費がなくてよかったのかも知れない。
去年の9月、社長が誕生日祝いに回らない寿司に連れて行ってくれて、その帰り道にあいつと出会った。濡れて使いものにならないティッシュペーパーのような髪と、左官屋も匙を投げるようなぼろぼろの壁のような肌で、積み上がったパンパンのゴミ袋を背もたれに座り込んでいた。
「なぁ」
理由は多分、視界に入った人物が死ぬのが嫌だったから。
「風呂くらいなら貸せるけど?」
あいつを僕の安アパートに住まわせて1年が経つ。僕より年下で、仕事は……堂々と言えるものじゃない。今はきっとテレビでも見ているだろうか?
靴2足で埋まる玄関から徒歩5秒で辿り着く洋室に入ると、真っ暗で人の影が無かった。まだ仕事から帰ってきてないのか。天然のまんまるライトは部屋に差し込まれることはなく、どこかのRPGで見たような「ここでは使えません」状態だ。
照明をつけて、冷蔵庫からビールを出そうとしたけど、最後の1本は行方不明。
「にゃ~」
諦めて炭酸水を持って部屋に戻ると、やる気のない声が聞こえた。カーテンを捲って窓を静かに3cmくらい開けると丸い体型の白い猫。顔がふてぶてしくて、抱き上げるとむにゅりと皮下脂肪のついた皮膚の感覚。
「重い」
すぐに下ろすと猫はとてとてと歩いてベランダに座り込んだ。
「え? まだいるの? なんもないんだけど」
「な~」
「あー?」
「にゃー?」
「いや聞いてる? 帰れっつってんの」
人間の言葉が通じない白猫に僕も困り果てた。当たり前のことをさも異常なことのように言ったのは許して欲しい。
何かお納めいただいて帰ってもらおう。食品ストックから見つけたあんまり美味くなかったノンオイルのツナ缶のスープを切って、目についた紙皿に出して白猫の近くに置いたらはぐはぐ、と食べ始めた。
もったりしたふてぶてしい顔のまま食べている白猫は、夜中に帰ってきて陽が昇る頃にマットレスで丸まるあいつを思わせる。昼過ぎに起きて、寝起きの眠たい眼のまま、少しむくんだ顔で僕が用意した食事を淡々と食べ進める。「美味い」とも「不味い」とも言わないけれど、激しい雨が降っていた、1年前のあの日から、毎日綺麗に食べてくれるアイツ。
「ヤツはこれからどうするつもりなんだろうか?」
就職は……しないんだろうな。貯金が尽きたら適当に死ぬって言ってたから。ただ、もしアイツが、全部に飽きてしまって、全てを放り投げて、ここから出て行ってしまったら、
「嫌だわ」
口からこぼれた言葉に、自分が一番驚いた。
「うわー……マジか……」
思ったより感情移入していたらしい。
僕がアイツのことを考えてうなだれている間にツナを完食した白猫が「にゃー」と鳴いた。
「ん、もうおしまい」
紙皿を取り上げたら猫が僕を目で追ってくる。紙皿は可燃ごみの袋へ。ガチャっという音にハンドソープを纏った手を止めた。
「おかえり」
「ただいま」
「ラストまでいなかったの?」
「今日はキャンセル入った」
居候はそう言って部屋のソファに飛び込んだ。
居候は「なあなんもねーのー?」と間延びした声で聞いて来た。「袋麺でいい?」と聞いたら「うん」と短い返事が帰ってきた。
「ビール勝手に飲むのやめてね」
「うそー? あれ俺用じゃねーの?」
「飲みたいなら自分で買えよ」
麺がほぐれたら卵を落として、しばらく1分。黄身を割らないようにして器にラーメンを移したら即席の月見ラーメンが出来上がった。
居候が「いただきます」と言って黄身を潰した。卵黄が絡んだラーメンをつるつると啜る居候は、若い子らしいすべすべした肌に戻ったし髪もふわふわと軽やかな黒髪だ。何も言わずに食べ進める居候に、さっきまでいた、あの天然ライトそっくりな白猫の存在を思い出した。
「もう出てったのかな?」
「……なんかいたの?」
「おつきさま」
「はあ?」
僕はこみ上げる感情を誤魔化すように笑ってやった。
ほらほら、すぐに追い出すかと思った? いいんだよ。今まで縋るものが無かったんだから、ここでくらい我が儘で行こうよ。
器の中にいたおつきさまを一瞬で破壊してくれた居候の髪を指で弾いた。
ありがとうございました!