XIII:Kyo side
「君、どうしたんだ!?」
彼が急に倒れた。私は彼の近くに行き、肩を揺さぶりながら呼び掛ける。
「どうしたんだ!?」
問い掛けるが一向に彼は目を覚ます気配が全く無かった…
―――なんとなく…そうなんとなくだが、嫌な予感がした。母が死ぬ前に話をした時のような感覚だった。
「…くっ!! 早く救急車を…」
……そうだ。彼を助けなければならない。彼とは約束があるんだ。それを果たしてもらいたい。そして、私は君の隣で、ずっと笑っていたいんだ―――
『これから先、俺の傍にいてくれないか?』
私はすぐに階段に向かった。携帯電話を持たない私はいち早く職員室に行き、彼が倒れたことを伝えなければならない。
階段を走りながら降りていく。普段の私なら絶対にしないようなことだが、今の私にはそんなことすら気にはならなかった。
―――もっと早く、手遅れになってはいけない。こうしている間にも、彼の心はどこかに行ってしまってるんじゃないか? 不安と恐怖、絶望に潰されてしまいそうだ―――
階段を降りているところで、人影を見かけた。
「結城先生!!」
その人影は担任の結城先生だった。背が低くて、逆に目立つ先生だと思う。
「どうしたの? 神月さん」
「救急車を!! 彼が倒れたんです!!」
―――神がいるなら、救ってください。私はもう絶望は見たくないから……
………
救急車はすぐに来た。私と結城先生は彼が乗っている救急車に同乗した。
「結城先生……」
「なに?」
「怖いです。彼がいなくなるんじゃないかって…」
「きっと大丈夫だよ。神月さん」
頭を抱え込んで、縋るように言った声に結城先生は希望の言葉をかけてくれるが、不安は消せなかった。
きっと、結城先生も不安で、自分にも言い聞かせてるんだろう。大丈夫と…
………
病院に着いて、彼は緊急治療室に行くと思っていた…しかし、彼が連れていかれたのは予想とは大きく異なっていた場所だった。
「……なっ」
彼が連れていかれたのは、普通の病室だった。
ベッドの上に彼を寝かせて、救急隊の人は頭を下げ、どこかに行ってしまった。
「ふ、ふざけるな!! 彼を救う気が無いのか!?」
「ちょっと、どういうことなんですか!?」
私はそう叫び、結城先生は救急隊の人を追っかけて、この事はどういうことなのか問い詰めに行った。
「くっ……」
―――なぜだ!? ここの病院の人間は、いったい何を考えているんだ?
「また、『発作』が起きてしまったか…」
後ろから声が聞こえてきたので振り向くと、そこには白衣を着た男が立っていた。
「どういうつもりだ!? なぜ、彼を治療しようとしない!? 彼は倒れて目覚めないんだぞ!? どうしてそんなに冷静でいられるんだ!!」
私は心に溜まった不満を叫んだ。そうしないと心がパンクしそうだった。
「…彼がこうなったのは今回が初めてではわけじゃないんだ」
「…どういうことだ?」
「以前にも何度も起きているんだよ。そして、できることは限られているんだ」
そう言って、男は彼の腕に点滴を付けた。
「……この点滴は、脳を活性化させるものなんだ」
「活性化?」
「そう。今、彼の脳は眠っている状態なんだ。それを活性化させ、目覚めるように促すことだけが今できることなんだ」
作業を終えた白衣の男は私の方を向いた。
「じゃあ、彼は…目覚めるんですよね?」
「わからない…」
「……なっ!?」
「すまないけど目覚めるか、どうかは、わからないんだ。今までもそうだった。急に倒れて昏睡状態になり、そして、ある日突然目覚める…」
「何なんですか。それは?」
「一年前に起こった事故の後遺症…」
「…事故の後遺症?」
「彼は一年前に交通事故に遭ったんだ…。その時に脳に傷を負い、さっき言ったような症状が起こるようになった」
それから、私は医者から彼の身に起こった事故の話を聞くことになった……
………
「そんなことが…」
私は絶句した。彼はその事故で母親を失い、一人になってしまった。
―――まるで、私と同じじゃないか……
彼の横顔を見てみると、気持ち良さそうに寝ているようだった。
「彼の症状をどうにかしたいんだが、今の医学では、どうにもできそうもないんだ…」
私はその言葉に返事を返すことすらできず、ただただ彼の横顔を見ているだけだった……