XI
先生との長い話合いの末、俺はK大の芸術学部を受験することが決まった。
学力では十分受かるレベルで心配ないと先生は言っているのだが、実技デッサンがどうなるかわからないらしい。
しかし先生は、
「まっ、前の高校で美術部だったみたいだし、きっと大丈夫だよ。ふぅ。でも、これでやっと天野くんと神月さんの進路が決まってよかったよ」
と、そう笑って言ってくれた。
たぶん、いつまでも進路を決めない俺達が心配だったのだろう。
それより神月がT大の医学部に行くと言ったことが気になるな……
まぁ、あいつの頭なら余裕で合格できるだろう。だが、なんで急に医学部なんだ?
…明日にでも聞いてみればいいか。
………
……
…
次の日
今日は特に雨など降っていないのに、めずらしく神月が授業に参加をしていた。結構、真面目に授業を受けているみたいだ。
不良少女がついに夢に向かって勉強を始めました。
そんな風に思いながら俺は朝一番の授業を受けていた。
――休み時間
やっと授業が終わって、俺が次の授業の教材を出そうとした時、斜め前の席に座っている神月が振り返った。
「今日は授業サボらないのか?」
「それは俺のセリフだ。今日は別に雨降ってないぞ?」
「さすがに最近サボり過ぎかなって思ったんだ。まぁ改めて受けてみると簡単過ぎて、あくびが出そうだったけどな」
その余裕をクラスのみんなに与えてやってくれ。この教室のピリピリした空気には息が詰まる。
「さすが天才美少女だな」
「その言い方はやめてくれないか? なんというか………照れる」
……ほう
照れて赤くなった神月の顔はかなりかわいいかった。もうちょっといじってみたいが……やめておこう。
「俺は今から屋上に行くけどあんたも行くか?」
「君は他人の成績を下げようとする不良少年か? 困ったやつだな」
ちょっとムカつく…
「悪かったな。元不良少女」
俺はそう言って教室を出ていった。まぁ、あいつもそのうちくるだろう…
――屋上
今日は雲一つない快晴だった。こんな日は……
「昼寝だな」
いつものように給水塔まで上って、眠りに就いた…
………
……
…
「天野!!」
……ん?
「いつまで寝る気だ!!」
顔を上げると前の学校の先生がいた。ん? なんでだ?
「俺の授業で寝るとはずいぶん余裕なんだな。そんな余裕なやつにはあの問題を解いて貰おうか」
少し状況の把握が出来なかったが、これは夢だな。そうでないと前の学校の先生が出て来るはずがない。
「x=10,y=7です」
「…ちっ……正解だ」
最近昔の夢ばかりを見てる気がするな……
思い出したくないのに…
………
……
…
場面は変わって、その日の放課後、俺は家で母さんと食事を食べていた。
「陸」
「?」
「明日、何の日かわかる?」
…わかるよ。だって…
「父さんの…命日だろ?」
「そうよ。だから、明日はお父さんのお墓にお参りをしに行きましょう」
「…うん」
父さんは俺が2歳の時に亡くなった。正直言うと、父さんのことはあまり覚えていない…
母さんの話を聞くところによると、父さんは俺のことをいつも1番に思ってくれていた人だったらしい。
そんな話をいつも聞かされていた俺は毎年、墓参りに行くことに面倒臭いなどの気持ちは、かけらもなかった。
でも、まさか、この墓参りであんなことになるとは思わなかったんだ……
………
……
…
「起きろ。もう放課後だぞ」
目を開けると、夕焼けのオレンジ色の光が入ってきた。
「…よう。神月」
「君、ずっとここで寝てたのか?」
「そうみたいだな」
「…風邪ひくぞ」
「大丈夫だ。それより、あんたが授業をサボっていないことの方が心配だ」
「何を言う。授業に出るのが普通だ」
…昨日まで毎日サボっていたやつが言えるセリフか?
「…そういや、あんたT大の医学部受けるんだよな?」
「そうだ」
「前から決めてたのか?」
「………」
神月はなぜか口ごもっていた。悪いことは聞いてないよな?
「…決めたのは最近だ」
少しして返答が返ってきた。
「…へぇ。俺はずっとあんたは進学しないと思ってたんだけどな」
「なぜだ?」
「大学からの推薦を全部蹴ってたって聞いてたし、あんたは毎日屋上でサボってたからな」
「迷ってたんだ……」
「迷ってた?」
…どういう意味だ?
「入学当初の私は特にしたいことなんてなくて、適当な大学に進学出来ればいいと思っていた」
………
「でも……去年の12月、私は何も見えなくなってしまった。私の大切な人が、私の前からいなくなってしまった……」
俺はそのことを辛そうに言う神月をただ見つめることしかできなかった。
冬の冷たい風が吹き付けた……
―――神月泉……私の母親だった人―――
神月泉
Izumi Kanzuki
年齢(享年)。42
誕生日。12.24
血液型。A