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9.忘却の彼方で陳謝する




「……姉…様…?」


 迷い込んだ塔の天辺には、美少年がおりました。


 …などと、お伽話でお茶を濁したい気持ちでいっぱいですが、現実はそうはいきません。

 私が無断侵入した部屋には、今会いたく無い殿方ナンバー2がいらっしゃいました。

 そうです。義弟のフランが居たのです。

 何故たまたま逃げ込んだ部屋で、こうして遭遇せねばならないのでしょう? これを日頃の行いの天罰と捉えるか、コン先生を内心で小馬鹿にし過ぎた呪いと捉えるか、判断が難しいところであります。個人的には圧倒的に後者だと睨んでいますけれど。


「いきなり入ってしまい申し訳ありません。些か立て込んでおりまして…」

「…何かあったの?」

「その……少々逃亡を…」


 自分で言ってて分かります。言動も挙動も怪しさ満載です。己の不審者っぷりに、自ずからお縄を掛けたいくらいです。

 そんなどう転んでも曲者な私に、フランは無言で席を勧めてくれました。部屋の隅に置かれた小さな机。飾り気のない木製のそれの前に置かれた同じく素朴な椅子に、私は恐る恐る腰を掛けたのです。


 座ってから改めて眺めた室内は、我が家の一室とは思えぬほどの殺風景。我が家は私の部屋を始め、玄関や廊下まで、至る所無駄に装飾があります。ゴテゴテです。品があるかどうかは記憶が無い私には判断し兼ねますが、柱一つとっても過剰に装飾が施されているのです。

 ですが、この室内の壁にも家具にも窓枠にも、どこにも飾りはありません。

 我が家のゴテゴテに慣れて来た私には、この部屋は異空間のように思えました。まるで別世界のようです。なのに、どこか落ち着くのは何ででしょう?


「……デュクス様が来ていたみたいですね」

「…はい」


 この数日顔を合わせていないのに、何故最新情報を知っているのでしょう。怖いです。

 いえ、人を疑うのはいけません。きっと私の勉強部屋に押し入る前に、フランに挨拶したのでしょう。そうだと思って置きます。


「エクエスも戻って来たとか…」

「…はい」

「記憶を失くしても、男を手玉に取るのは上手いのですか」


 手玉…? 取られてるのは私の方だと思いますが?

 皆さん一様に、求めているのは私ではなく、記憶を失くす前のプエラフロイスです。彼女に戻そうと、いえ彼女を取り戻そうとしています。

 デュクス様はプエラフロイスと同じような声と仕草と口調などを求め、エグはプエラフロイスと同じ対応を求め。そんな二人の要望に、恐怖から従っている記憶の無い私。

 これでは掌の上で転がってるのはどちらなのでしょう?

 

「…操り人形なのは私です…踊らされてるのも…。皆さんが望んでいるのは、私ではありませんから」


 本心でした。私は私と認識したあの日、プエラフロイスが記憶を喪失した日からずっと、プエラフロイスの猿真似を強いられていました。今この時ですら、私は彼女の真似をしているに過ぎないのです。

 私の呟きにフランは、何も言い返しませんでした。もしかしたら聞こえなかったのかもしれません。それは私の与り知らぬことなのです。


 その時、部屋にコンコンッという、来訪者を告げる音が響きました。

 一瞬で室内を走り抜ける緊張。

 私はフランへ、目で助けを乞いました。


 するとフランは、無言で頷き、ドアへと呼び掛けたのです。


「誰だ?」

「ケリーでございます。こちらにお嬢様が伺っていらっしゃいませんでしょうか?」

「ケリー!」


 私は思わず大きな声を出しておりました。相対的に、ケリーが救世主にすら思えたのです。

 そんな私の声にフランが驚きに目を大きく開き、ついでにドアも開いてくれると、深々とこうべを垂れた従者が立っていました。


「お迎えが遅くなり申し訳ございません」

「いえ、お騒がせをして申し訳ありませんでした」


 何だか今日は色んな方に迷惑を掛けてしまってます。心よりお詫びを申し上げました。


「デュクス様にはお帰りいただき、エグは納屋に押し込めて置きましたので、ご安心くださいませ」


 ケリーの言葉にホッと胸を撫で下ろしだ私は、そういえばと思い出し、フランへ向けても頭を下げました。


「その…ずっと言いそびれておりましたが……先日は無神経な発言をして申し訳ございませんでした。ご家族のことに首を突っ込んでしまって…」


 姉と義弟との絶妙な関係に、何も知らない私が土足で足を踏み入れてはいけないものでした。 彼女とフランしか分からないものがあるのでしょうから。


 私はもう一度深くお辞儀をすると彼に背を向け、部屋を後にしました。


「……ね、姉様!」

「え?」


 呼ばれて振り返ると、ドアを片手にフランがこちらを真っ直ぐ見下ろしていました。


「あ…いや…その……こ、今度、一緒に夕食を…!」

「えっ…食事は…」


 この国では、食を共にする男女は最も親しい者である。

 教本に書かれた一文が頭を過ります。


「あ、ち、違くて! 男女としてではなくて! ただ…一緒に食べたいだけで…!」


 匿ってくれた対価が食事なら安いものです。

 私は努めて笑みを深めて見せました。


「はい。いつでもお誘いくださいませ」


 私の笑みを見たフランが、何故だか強張った気がしたのは気のせいでしょうか?





「お嬢様、お手を」


 差し出された手へ、私は犬っころのように従順に片手を乗せました。

 ゆっくりと一段一段降る階段。次第に増えていく壁の装飾。異世界から現実界への帰還です。


「そういえば、一つお訊きしたいのですが」

「はい。何なりと」

「何故フランはこんな所…いえ、こんな不便な所に居たのですか?」


 階段の最上階という悪過ぎる立地。跡取り息子が使うにしては質素すぎる部屋。謎です。悪口ではなく、純粋な疑問でした。


「正式に跡取りと決定した折り、フラン様からお父様へ願い出たと聞いております」

「こんな所へですか?」

「こんな所へです」


 何とかと何とかは高い所が好きだと、コン先生が言ってた気がしますが、フランもその類なのでしょうか? 逃亡以外の理由でこんなに多くの階段を登りたいと思わない私は理解に苦しみます。


「お嬢様も以前はあちらの部屋を気に入っていらっしゃいました」

「へえ…」

「よくお二人で、あちらの部屋にて遊んでいらっしゃいました」

「そうですか…」

「大変仲が宜しゅうございました」


 …ケリーは私が聞きたくないことを言わないといけない縛りでも課されているんでしょうか? 毎回毎回一言多い気がします。


「あの…」

「問題は先送りになっただけで、解決はしておりません。お心算を」


 前にも聞いたような言葉を贈られて、私は苦悶するばかりでありました。

 階段は、まだまだ終わりそうにありません。降り終わったら、私に降り掛かる問題の全ても綺麗に消え去る魔法か何かが掛からないでしょうか? そんな都合の良いお伽話を所望します。今すぐに。




 …はい。そんな魔法なんてあるわけも無いのは分かっております。

 問題を先伸ばしたまま、私がコソコソと勉強部屋へ戻ると、帰ったはずのコン先生が首を長くして待っていらっしゃいました。


「何を猿みたいな顔で驚いているのです? 今日の分の授業が終わっていないのに、私が帰るとでも?」


 有り難いことに、コン先生は私の進捗を気に掛けてくださったようです。余計なことに。


「残念でしたね。如何なる邪魔が入ろうと、貴女が学ぶ量は変わりありませんよ」


 そう言った先生の笑みがどこまでも私を見下したもので、私は奥歯を噛み締めて粛々と習った単語をノートに書き続けました。

 勉強地獄はまだまだ終わらないのであります。




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