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13.いつかの彼女を エクエス




 昔から、欲しい物は何でも手に入った。

 美味しいお菓子、最新のオモチャ、カッコいい剣。

 けれど、6歳の時欲しいと願ったものは、生まれて初めて手に入らなかった。


 それが、プエラだった。



 俺はそこそこ金持ちの家に生まれて、でろでろに甘やかされて育てられた。

 中流階級の末っ子として産まれた俺は、物心つくまでずっと病弱で、長生きできないと医者に匙を投げて、生きているだけで良いと家族のみならず親族全員から言われ続けてきたから、わがままばかりの毎日を送っていた。

 目に付いた物は全部自分の物にしないと気が済まず、手に入れたらすぐ飽きて次の新しい物を欲しがる。そんな子供。

 体を鍛えることだけは好きで、健康の為に始めたはずの剣術によって、体はメキメキ丈夫になって、どんどん大きく強く育った。


 そうこうしてる内に月日はあっという間に過ぎて、態度も図体もデカくなった6歳の誕生日。

 親族からのプレゼントだけじゃ満足できなかった俺は、両親と共に街に出掛けた。

 目当ては、新作の城の模型。遠い異国の城を模したそれは細部までリアルに再現しているらしく、販売前から手にするのを楽しみにしていた。

 オモチャ屋までの道中、細かい作業は苦手だから使用人に作らせようと企んでいた俺の目に、見慣れない馬車が映った。

 それは我が家のものよりも数段豪華でキラキラした馬車。その馬車の小窓から、よく出来た綺麗な人形がこっちを見ていた。

 と思ったら、その人形は動いて手を振ってきた。子供だった俺は、ビックリしたのとキレイだったのとで、目を丸くしながら必死で父の手を引いた。


「お父さまお父さま! あれがほしい!」

「ん? どれだい?」

「あのキレイな馬車の中にいる子! ねえ、ちょーだい!」

「どれどれ……な!? だ、駄目だ! あの方はあげられない…!」


 その時の父の青白い顔は今でも忘れられない。一瞬にして血の気が引いた父は、俺の目を覆い隠し、口まで塞いだ。

 そんな乱暴なことをされるのは生まれて初めてで、抵抗するなんてことも出来なくて。頭が状況に付いていけない俺を、両親達はオモチャ屋まで引き摺って行った。着いた頃には城の模型なんかより、あの動く人形が欲しくて、俺は父に泣きながら強請った。

 延々と泣いてせがむ俺に、血の気の戻らない父は言った。


「……エクエス…彼女はお前が手にして良いお方じゃないんだ…」

「なんで!? ヤだ! あの子がいい! あれじゃなきゃイヤだ!」

「…私があげられる物から何でも与えられるけれど、あの方は無理なんだ…出来ないんだよ」

「なんで! どうして!?」

「あの方はね…私達よりも上の方達なんだよ…」


 駄々を捏ねる幼く無知な俺を、父は辛抱強く諭してくれた。

 俺が欲しがったのは、上流階級の娘さんで、我が家では話にならないほどの高貴な方だと。


 けれどその甲斐もなく、彼女に再会した時の俺は、この上ないほどの無礼を働いてしまった。



「はじめまして。ねえ、俺のお嫁さんになってよ」


 よく出来た人形ではなく、人形のような女の子に向かって、俺は開口一番そう言った。

 場所は子供達のみで開かれたお茶会。国の金持ちの子供が集まって大人のマネ事をする、マナーの勉強会のようなもの。

 普通、自分より格上の人間には、言葉を掛けて貰えるまで声を掛けてはいけない。子供だろうと関係なく、この国ではそういう決まりになっている。この場にいる全員が知っているマナー。

 だから、初対面の中流階級のバカな俺を、上流階級のその子は罰することも出来た。

 でも女の子は、プエラは、朗らかに笑って俺に向かって丁寧にお辞儀をした。


「初めまして、わたしはプエラフロイス。婚約者がいるから貴方のお嫁さんにはなれないけど、一緒にいることはできるわ」

「いっしょ?」

「ええ。ちょっとこっちに来て」


 そう言って手招きされるがままプエラの後ろを引っ付いて人が少ないテラスまで行くと、プエラはドレスのポケットから一枚の紙を取り出して、手摺りを机代わりに何やら書き始めた。

 俺はその横顔と紙を交互に眺めた。


「何書いてんの?」

「エクエスと一緒にいるためのものよ」

「え?」

「結婚は出来ないから、エクエスがわたしの騎士になればいいのよ。騎士は主君が死ぬまで添い遂げるものだからね」

「騎士?」


 するとプエラは書き終えた紙を俺の顔に押し付けるかのように掲げて見せた。


「この紙に、エクエスはわたしのものだって書いたわ。これでずっと一緒よ」

「ずっと?」

「ええ。ずっと」


 紙には可愛い文字で、『永遠の誓いをここに記す。汝、エクエスはその生涯を騎士としてプエラフロイスに捧げるものとする』と書かれてあった。


「えいえん?」

「そう、永遠に。わたしが死ぬまでずっと一緒だわ」


 こうして俺は、プエラの騎士になった。

 子供の遊びのような誓い。

 けれど、俺の大切な大切な誓い。

 俺とプエラだけの誓い。





 でも、プエラは誓いを破った。

 ずっと一緒だって言ったのに、誓ったのに、ある日突然いなくなった。消えちゃった。



 …ああ、そっか。

 プエラは死んじゃったのか。

 だから一緒にいてくれないのか。


 なら、プエラと同じ姿のこの女は何?

 婚約者のデュクスは、プエラだって言ってる。他の奴らもプエラと同じように扱ってる。

 プエラじゃないのに。プエラじゃないくせに。


 それって、許せないよね、プエラ?


 だから俺が、プエラからすべてを奪ったこの女を、プエラの代わりに消してあげる。

 プエラの体を取り戻してあげる。


 そうしたらさ、また一緒にいてくれるよね、プエラ…?




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