最高の彼女
人間誰でも一つや二つ隠さなければいけない秘密があるだろう。俺にもある。というか、今日からできた。俺、中下秋葉十五歳はヲタクだ。今の時代クラスの半分は何かのヲタクだと俺は思っているが、その中でも俺は少し特殊なヲタク。簡単に言えばエロゲーマーである。この時点で少数派だが俺には更なるこだわりがある。それは「地味っこで人見知りだけど顔は超美少女」という現実では存在しない女子が出てくるゲームしかやらない。
俺がどうしてそんなパッとしないキャラがすきだって?そんなの答えるまでもない。人を好きになるのなんて理由はないだろう。
実際のところはそんなかっこいいものではなく単純に三次元に存在していないところがいいんだけどな。単純にビッチが嫌いということもあるけど。会ってから数日で名前呼びとかもうありえないだろう。それでいて処女だとか言い出すものだからもう救いようがない。
「秋葉、早く来なさい。ほんっと愚図ね。」
俺を呼ぶビッチの声がする。ほんとなら反応すらしたくないが、無視することはできない。俺の野望を実現するために。
なんで俺がビッチの言うことを聞いているかは少し前にさかのぼらなきゃいけない。ほんとは思い出したくないが仕方ないよな。
さっきも言ったが俺はヲタクだ。中学時代は隠そうとすらしなかった重度の。高校に入っても隠す予定もなくオープンなヲタクでいようと思っていたのだが入学式で俺の考えは変わった。俺は出会ってしまったのだ。理想の女子に。その名は池尻瞳正真正銘の地味っこで前髪で目は隠れている。しかし俺の目はごまかせなかった。前髪の奥にあるつぶらな瞳、隠しても隠しても隠しきれない美少女オーラ。
俺は、決して二次元至上主義ではない。単に俺のタイプの女子が三次元に存在していなかっただけだ。存在するならばもちろん三次元のほうがいいに決まっている。
楽しい学園生活が始まるはずだったのだがそんな考えもあの女の登場によって即刻終わりを告げる。
俺が出会った、いや出会ってしまったもう一人の女。名前は高嶺乃花。中学時代から何かと俺のことを馬鹿にしてきた女子だ。なぜか同じ高校に進学してきやがった。俺が進学した学校は進学校とまでは言わないがそこそこ偏差値の高い私立の学校だ。そんな簡単に被ることはないはずなのに。現に高嶺以外に見知った顔は俺が見た限りいなかった。
そんなこんなで俺は重い気分で入学二日目の朝を迎えた
「はぁああー」
なれないことをするものではないな。俺は遅くまでゲームをして寝るのは深夜ということはよくある。そういう日は決まって、学校に行くぎりぎりまで寝ている。しかし今日は深夜までゲームをしたのはいつもどおりだが早起きした。正確にいうなら寝ていない。
彼女とお近づきになるために俺は昨日ゲームをしながらいろいろ考えたのだが、なんせ三次元女子と交際したことがない俺には全く見当がつかなかった。
その結果俺は現代人の科学の結晶インターネットに力を借りることにした。そして見つけたのが「これを見ればあなたもリア充絶対はずせないモテポイントベスト50」というブログを。
俺も最初は名前からしてくそビッチが管理しているくそブログだと思ったが興味本位で開いたのだがこれが割と面白かったのだ。 「まずその一。ぼさぼさな髪、ぼさぼさな眉毛はNG」その下にはかわいいクマが手を交差させてバツを作っている絵文字がある。
目から鱗だった。俺の知識ではあえて寝癖を直さないでおいてヒロインに直してもらうというイベントを期待していたのだが。
冷静に考えると出会って二日目でいきなり男の体に触るなんてあるまじき行為だよな。ビッチ反対。
結局四十位まで読んだところで準備する時間になってしまった。
そこで得た知識まとめるとこうだ。
「寝癖はNG。その二・ネクタイは気持ちゆるめにして第一ボタンをあける。ブレザーの下にはベージュのカーディガン。」
すぐに実践できそうなの残念ながらこの二つだけだった。
鏡の前で最終チェックを済ませ起きた時とは打って変わって軽い足取りで学校へ向かった。
二日目の教室は昨日と違ってにぎやかなものだった。昨日までの探りあいのような空気はなくクラス全体が打ち溶け合っている。これがリア充たちのスキルなのだろう。こんな空気の中でも窓際の席で文庫本を広げ静かに佇んでいる少女がいる。
もちろん池尻瞳その人だ。
その姿は道路の片隅に静かに咲いているかすみ草という感じかな。
彼女のことを眺めているだけで俺の荒んだ心が浄化されていくような気さえした。
そんな時ひときわ大きな教室のドアを開ける音がして俺は現実に戻ってきた。音のした方を見て俺は大きなため息をついた。ビッチ様のお出ましだ。
奴は教室に入るなり何人かのクラスメイトと挨拶を交わす。男女問わず。やつの本性をまだ知らないのだろう。挨拶を返された男子たちは興奮気味だ。中にはハイタッチをして喜びを分かち合うものまでいる。
奴は二日目にしてクラスでの地位を確立していた。さすがビッチ。まあ見た目だけならそこそこいい線いってるとは思うがどうしてもあの性格が好きになれない。
俺が心のなかでやつのことをディスってるのがばれたのかわからないが挨拶を済ませた乃花が向かったのは自分の席ではなく俺の前だった。
「おはよぉ~中下君」
でたよ。こいつのお得意の猫かぶり。
「なんだよ。気持ち悪いな」
そもそもこいつは俺のことを中下君なんて呼ばない。一番呼ばれるのはあんただ。たまにヲタクとかもあるが。ひどいときなんておいとしか言わない。
「おはよ~中下君」
また最高の作り笑顔を向けて最初と同じ言葉を紡ぐ。しかしさっきより言葉にとげを感じる。
「おはよ。相変わらずいい笑顔だな。」
普通の男子なら勘違いするレベルだろう。だが俺からすれば不快でかしかない。
俺の挨拶に満足したのかおはよーのループから脱却した。安心したのも束の間奴は何を思ったか俺のネクタイを引っ張り耳元でささやいた。
「授業終わったら中庭にきて。」
これも普通のやつなら放課後人気のいないいないところへ誘われたら告白かと浮かれるのだろうな俺は思う。こいつに呼び出されてろくな目にあった覚えがない。普通なら即お断りなのだが不覚にも俺はうなづいてしまった。
正確に言うならば頷かないと殺されそうな気がしたのだ。やつの目が物語っていた。
俺が頷くのは確認した乃花はまた完璧な作り笑顔を作り自分の席に戻っていった。その後俺が周りにいた男子たちのヘイトを集めたのは言うまでもない。
乃花の不可解な行動のせいでさらに騒がしくなってしまった教室の中でも彼女は静かに本を読み進めていた。まさに我関せずといったところか。彼女を見て俺はまた心を落ち着かせた。それにしても乃花いいにおいしたな。全く落ち着いていなかった。やはりやつも普通の女子だと俺に意識させるには十分だった。
あっという間にやつとの約束の放課後だ。その乃花は朝同様クラスのやつらとご歓談中のようだ。おれは早々に荷物を片付けて約束の場所へと向かう。
そもそもなんで同じクラスなのに待ち合わせなんだよ。非効率だろ。
あいつがきたらとりあえず文句を言ってやろうとおれは強く決意する。
普段なら人で賑わっている中庭も今日はそんなに人がいない。おれは池の前にあるベンチに座りスマホを取り出した。さっきの様子を見る限り少し時間が掛かりそうだったからな。呼び出しておいて待たせるなんてけしからん。
まあ興味のない相手に対しても全開の作り笑顔で接しているあたりは尊敬しなければならないのかも知れない。俺だったら興味のない話が始まったら五秒で顔に出してしまうだろう。あのブログにも書いてあった。
「女子の話の八割は内容のないハナシなの。ただ聞いてほしいだけ」
「モテ男になるための50のポイント」の39位聞き上手な男になろうに書いてあった。
要するに女子と話をするときは適当に相槌を打っておけば万事オッケーということだな。この後にいかそう。
そんなことを考えていると後ろから近づいてくる足音が一つ。タイミングを考えると間違いなく奴だろう。ここでエロげーなら「だぁーれだ」のイベントの発生タイミングだ。だが、その相手が乃花ではそもそもイベントが発生しない。だってヒロインじゃないし。フラグ回収のしようがないだってフラグたってないし。
「待たせたわね。」
首の辺りに冷たい感触がしておれは振り返ると、そこには缶ジュースを持った高嶺乃花がいた。どうやらさっきの冷たい感触は乃花の手ではなくこのジュースのようだ。
「人気者は大変だな」
どんな罵詈雑言が飛んでくるかと思ったら控えめに笑うだけで特に何も言われることはなかった。身構えていた分、肩透かしを食らったように釈然としない。決して罵られて快感を得るような変態ではない。「
「友達が少ないあんたには一生わからないよ」
俺の横に座ると持っていたジュースを俺に渡した。
「そうかもな。てかくれんの?」
「いらないなら返して」
普段ならビッチの施しは受けないのだが今日は特別のどが渇いているので甘んじてジュースをもらうことにした。
乃花にしてはいいチョイスの炭酸飲料だ。俺のイメージでは無駄に甘い紅茶とか飲んでそうだし。
「ありがたくもらっとく。それで話ってなんだよ」
おれはジュースを一口飲んでから本題にはいる。すると乃花は顔を赤くして俯いた。その反応を見ておれは戸惑う。
えぇーその反応って告白するときの反応じゃね。まさかこいつツンデレなのか。
「・・・ってほしいの」
いつもはきはきしている乃花の印象とは程遠い。まさかほんとに告白か。だんだんどきどきしてきた。俺には心に決めた人がいるんだ。
「秋葉原についてほしいの」
えっ。いま秋葉原って言った?俺の聞き間違えじゃなければあのヲタクの聖地秋葉のことだよな。こんなリア充の中心にいるような奴が行く場所ではないと思うのだが。
「うん。」
頭が混乱していておれはまともな返答ができず、さっきの女子の話にはとりあえず相槌というの思い出しそれを実行してしまった。どうやら乃花はそれを肯定とったようでいつものはきはきした口調に戻り日時などの用件を告げると軽い足取りで帰っていった。
「はぁぁぁ~」
取り残されたおれは大きなため息をついた。急展開過ぎて頭が着いていかない。てかこれはデートなのか。初デートが乃花っていうのはどうなのか。
うーんとりあえず帰ろう。俺は残っていてジュースを一気に飲み干した。日が落ちてすこし風が冷たくなってきたが今の俺にはちょうどよかった。