地獄太夫
【鴆記上】
黒楽の舞は
毒臓腑にて踊り御百度
参らせる
碧空なぞ望むべきも亡く
溶暗と共にあれかしと
夜露と消ゆる血の気が 去れば
中陰と戻る理と
いふ
【地獄太夫】
孕めや
孕め
地獄の恋情
虚に溜まる雨垂れの如く腐りましたるかなしや
泥水
みどりごなぞ在るはずもなく
あぁ何度情けを
賜ろうと
結実を結ぶべく事無く
ただ
ただ
ただ
卑しい窖に垂れた潮水に絶望するばかり
蜘蛛に喰われた羽虫の様に
男にひさぐ醜女の様に
爛れたこの身を嘲笑う
【乙嫁小唄】
♪愛し(かな)愛しの
花顔は
あちらに嫁ぐか
こちらに嫁ぐか
親の縁に
踊りゃんし
遂にと迎えた夜合の褥
床をみゆるは婿花ぞ
迷うた末の破瓜やぶり
【つがいはいらない】
私といふのは
酷く曖昧で不確かなもの
で御座います。
それが判らぬ愚物など
要らぬとゐうのです。
確固たる己を信ずるは
何故でせう。
どなたもほんたうに
一つと思ふは何故か。
疑ふ貴方が一等好き。
見えるを判じたあなたは
嫌ひ。
【恐らく】
貴方は啼かぬでしょう
でも
それでも良いんです
嘆きはいけない
ひきづるなど
成りません
此方にくるのは
まだ先
ゆっくり来なさい
この言葉は
まだ判らなくて
良いんですよ
そちらにいる限り
だから
ねぇ
またね
【潜苦楽暗(クグリクラクラ】
いたずら醜女の世界は、皆様承知の嘘っぱち。
何が浄土か素知らぬ顔。
何で穢土か解らぬ頭。
花街は終うばかりの女の命が在る。
水銀キラキラ綺麗と思わば、流れてさすらう月と星は、何処に漂流れ着く。
「あつめてたのし、あらうれし」
女陰に詰めこみ、棄てられ肉叢溶けてはサヨナラのご挨拶。
狂い醜女は苦界が素敵?
オギャア
オギャア
オギャア
緑児愛しき母に寄り添う。
「わっちのまなこはうそぱっち」
貴方の眼も嘘っぱち。
【小娘悪食】
大蛇の舌よ、咎めて潰せ。
その腮。
紅々(コウコウ)と見開く眼に焼きつけ、肉叢を。
幾ばく為れば裂けて尊ぶ戯れ言を。
融けて溜まれ、吾が慕情。
渇いてとおる
喉越しの彼の方の悪味は
美味為りし。