プロレスラー、違う畑での戦い
千夏が圧倒的な試合内容で完勝した第一試合。終わった後の観衆の雰囲気は、まあ悪くないといった感じだ。
そんな空気の中にインディーの女子プロレス団体「アマゾネス」の選手が続けて試合をする。
「赤コーナー、159センチ58キロ。ウーマンプロレスリングアマゾネス。柴田っー亜矢ー子っ!!」
村中代表のリングアナウンスに、周囲に頭を下げる柴田。だが、会場の空気はどこか白けている感じも否めない。この反応も、やや当然といえば当然か。本来、総合格闘技とプロレスは似て非なるものであり、それを快く思わないファンは、双方にいるのである。
「やっぱりプロレスラーは総合格闘技のリングには畑違いか。悪いね柴田。アタシだけが参戦するつもりが巻き込んじゃって」
セコンドについた武藤は、自虐的に笑って後輩の柴田に頭を下げる。
「姐さんが謝ることないです!アマゾネスは姐さんあっての団体ですから。私らもそれについてくまでです!」
柴田はそう勇んでマウスピースを口にし、リング中央に向かう。その後ろ姿を見て、武藤はなおさら申し訳なさを感じていた。
(私あっての団体、か。悪い気はしないけど、そのせいで団体自体が干されちゃったからね・・・)
アマゾネスは、数多いインディー団体の一つだったが、武藤千恵はその界隈で実力と知名度は抜きんでていた。大学卒業とともにプロレスラーとなった武藤は、インディー団体が集まって開催された「100万円トーナメント」をいきなり連覇。持ち味の怪力と、外見に似合わぬ機敏さ、器用さで無双状態となり、メジャー団体の興業にも数多く出場した。
しかし、プロレス的な試合展開、エンターテインメントとしての側面になじみ切れず、あくまで身一つでの勝負にこだわる武藤の姿勢は次第に敬遠されるようになる。そしてある団体での興行後、プロレス媒体の取材で「リングだけで勝負できないプロレスなんかやってらんない」と発言したとしてバッシングを浴びる。実際は「『プロレスらしい展開』に対して悩んでいる」とこぼしただけだがそれが過剰に脚色され、さらに普段の姿勢もあって、武藤だけでなくアマゾネス自体が業界から干される憂き目にあった。
この仕打ちにより、武藤ら三人を残してレスラーたちが退団。元々自主興行を行うだけの資金力のないアマゾネスは廃業一歩手前だったが、そこに唯一戦いの場を提供したのがセミスキラだった。プロレスラーが総合の試合に出ることは今でも賛否両論(主に批判)あるが、彼女たちの場合は死活問題だったのである。
(今はここで結果を残して、「アマゾネス」の在り方をアピールするんだ。私はともかく、この子たちをもう一度プロレスのリングに戻すんだ)
一方で控室では、モニター越しにかすみらチームKUNOICHIの面々が試合を観戦していた。
「なんか違和感ありますね。プロレスラーが総合の試合をするなんて。普段は茶番ばっかりやってる人たちに、総合の試合ができるのかしらね」
「かすみって冷たくない?せっかく一緒にやってくれんのに、そんな言い方ないじゃん」
吐き捨てるかすみに、優華は言わずにおれずツッコむ。
「でも、相手を痛めつけるっていうジャンルで言えば、プロレスも総合も同じよ?それに、彼女たちだって鍛えてるんだし、私はどういう戦いするか、興味あるわね」
それを見て、古川はかすみをたしなめつつモニターを見る。
「古川さんって、今日あたしとやる武藤さんとは大学一緒だったんでしたっけ?どんな選手だったんですか?」
無邪気に聞いてきた優華に、古川は懐かしむような表情を浮かべた。
「大学どころか、子供のころからの付き合いよ。階級は違ったけど『強い人ってこういう人だな』って憧れてたなあ」
「じゃあ、このセミスキラで、もしかしたら対戦するかもしれませんね。ここは無差別だから体重関係ないし」
「そうね。確かに、ちょっと楽しみね。大学出てからはお互いに柔道から離れたから、なおさらね」
第二試合が始まった。
プロレスラーとして活動している柴田だったが、中学では空手、高校ではレスリングを経験しているため、総合馴れしやすい下地はある。対戦相手の緒方は、ガールズ・マーシャル・アーツという大阪でいくつかのジムを持つ総合格闘技団体に所属する選手で、プロ興行の出場歴もある。
「くあっ!」
柴田は緒方に向かってタックルを仕掛け、そのまま脚をとって押し倒す。グローブをつけて臨んだ柴田は、ギロチンチョークをかけながら脇腹を殴る。9キロの体重差を活かしてのしかかり、スタミナを消耗させる腹づもりだ。
「こんの!」
「うわっと」
対する緒方もブリッジで腰を跳ね上げながら、自由の効く方のヒジを柴田の太ももにぐりぐりと押し上げる。ももの痛みとブリッジでバランスを崩した柴田は、そのまま体を入れ替えられて緒方がマウントをとる。緒方はそのまま腕ひしぎの体勢に入ったが、柴田は自分を抑え込む緒方の脚を払いのけて何とか起き上がろうとする。
「柴田、気をつけろ!三角あるぞ!!」
セコンドの武藤は、緒方が腕をとったまま両足を柴田に巻きつけているのを見てそう叫ぶ。
(くっ、このままじゃ取られる・・・そうだ!)
苦悶する中でひらめいた柴田は、ロープに足をかけた。こうしたロープエスケープの感覚はプロレスラーの方がなじみがある。緒方は「あ~そうだった」と天を仰いだ。
(なんとかリング中央で戦わないと・・・だとしたらどうテイクダウンする?)
緒方が次の策を模索している中、柴田は気持ちで優位に立つ。
(真ん中でやられなきゃいいんだ・・・。だったら相手が来るのを迎え撃っていこう!)
この精神的な優劣が、試合の行方を決めた。タックルを仕掛けてくる緒方を、柴田はその勢いを逆手にとってロープ際までわざと押し込ませる。組み付いてテイクダウンを狙いたい緒方だが、あっさり倒れられては技が限られてくる。強引に仕掛けても、攻めている自分がロープに絡んでしまうのでブレイクになりやすく決められない。加えて、空手の心得がある柴田に打撃を捌かれてスタンドで優位でも立てず、次第に緒方が焦れてくる。そして5分過ぎ、何度目かのタックル。柴田は、プロレスラーらしい技を仕掛けた。
「そうりやぁ!!」
「うわっ!?」
タックルしてきた緒方をがぶると、そのままジャーマンスープレックスで投げ飛ばした柴田。叩きつけられた緒方は動けず、柴田は素早く飛び掛かり腕をとる。そのまま体重をかけて抑え込みながらアームロックの体勢に。
「こんの~!!」
(う、腕が・・・くっ・・・)
抵抗する緒方をさらに抑え込んだ柴田。耐え切れなくなった緒方のタップを勝ち取った。
「けっ。つまんねえ試合だなチビ。何気取ってんだよって話っすよね~姐さん」
続く第三試合。赤コーナーに立つ、武藤のもう一人の後輩・本間ナオミは、柴田の試合をそうくさした。
「レスラーだったらさ、力でねじ伏せろって話ですよねえ。アタシがその手本見せてやりますよ!」
「勇ましいのはいいけど、調子に乗らないことよ、ナオミ。プロレスとは勝手が違うんだからね」
武藤はそんな態度の本間をたしなめた。
対戦相手の西山はボクシングの実力者で、総合転向後も破壊力のあるパンチでKO勝ちを飾っている。そんなハードパンチャー相手に、本間はグローブをつけずに張り手で挑んだ。高校まではバレーボールしかしていない本間。張り手や不格好な前蹴りに打撃の基本はまるでない。だが、とにかくリーチの長さとためらいのなさが際立った。
「そらそうらっ!!」
ゴングと同時に本間は、ひたすら張り手をぶん回す。西山も大柄だが、本間はさらに10センチ大きく、体重も上回っている。何より、西山に対してひるんでいるところもなく、見下ろして突っかかってくる。これが西山を戸惑わせた。
(な、何なのこいつ・・・。全然踏み込めない・・・)
バチンバチンと音の割にはダメージはないが、上下左右を振り回してくる張り手のラッシュに西山は完全にペースを乱され、本間に押し込まれる一方となった。
「おいおいどうした!?名のあるボクサーだったんだろ?ちょっとは攻めたらどうなんだおう!?」
完全にペースを握った本間は、前蹴りも交えて押し込んでいく。ここでレフェリーが割って入った。
「ダウン、ダウン!!」
ガードを構えたまま何もできないでいた西山を見て、レフェリーがスタンディングダウンと判断。総合馴れしているはずの西山が、先にポイントを失ったのである。
「すごいよ・・・張り手とヤクザ蹴りだけでダウン獲っちゃった」
観戦していた優華は、思わず声を漏らす。
「感心するような内容じゃないでしょ。力任せにメチャクチャにツッコんだだけでしょ?西山さんが話にならないだけでしょ」
一方で、かすみは手厳しい。これには千夏も同調した。
「西山さんも踏み込む勇気なさすぎでしょ。ガード低いのにどうして押し込まれたままなのかしらね」
「二人ともシビア過ぎっしょ」
「でも逆に言えば、本間選手がそれだけ攻めれたってことよ。相手のことを知らないってことが、かえって良かったのね」
一方で赤っ恥をかいた格好の西山は、再開後は積極的に前に出てきた。しかし、ここで邪魔をしたのが、本間の蹴りだった。前蹴りやサイドキックを振り回して、西山を自分の間合いに近づかせない。そのうちに前蹴りの一発がみぞおちにヒット。動きが止まったところを飛びかかった本間が、頭頂部や頬、側頭部に張り手を見舞い、最後は頭をがぶって膝蹴り。力任せの猛攻で勝負あった・・・かと思われた。
(調子に乗んなよ!!)
ボグシッ!!
「ぎゃぶっ!」
膝蹴りに手応えを感じて気を緩めた本間の顔面に、西山が強烈なブロー(縦の軌道を描くフック)を顔面に叩き込んだ。強烈な一撃をまともに受けた本間はそのまま昏倒。ダウンカウントをとるまでもなく、レフェリーが続行不可の合図。逆転のKO勝ちだった。
(だから調子に乗るなって言ったのに・・・)
セコンドの武藤は、あきれるように頭を抱えた。