旗揚げ戦のオープニングは
「あれ?あなたの名前、誤植じゃない?」
千夏は、マスコミ向けの対戦カードのリリースを見て、優華にツッコんだ。
「ううん。デビューに合わせて名前変えたんだ。「だいさき」じゃ大の字みたいで縁起悪いじゃん。「たつさき」にして、ずっと立っていられるように」
「ゲン担ぎね。でも、どうして名前まで?」
「『佑香』ってなんか地味じゃん?どうせなら派手に行こうって。『優秀』で『華がある』で『優華』ってわけ」
「ノリノリね、あなたって」
ドヤ顔の優華に、千夏はあきれるようにため息をついたのであった。
そして大会当日。会場は和歌山県下でプロレス団体が興行する際に最も使われる和歌山県立体育館・・・の敷地内にある補助館で旗揚げ戦の日を迎えた。収容人数300人と言う小規模の会場だが、言葉は悪いがまだまだマイナーな総合格闘技のイベントを開催するにはこれぐらいがちょうどいいというのが村中代表の考えだ。実際、選手入場の時刻になっても200人いるかいないかの入りだったので、悪くない判断だったといえる。初年度は月一のペースで同施設で開催する予定である。ちなみに試合の様子は大会終了後に編集した録画映像を、実況・解説付きで動画サイトにアップするという。
「皆様、本日は女子格闘技イベント・セミスキラの旗揚げ戦にご来場いただき、誠にありがとうございます。今日から一年間、ここを舞台に、『これぞ総合格闘技』という試合から『総合とは名ばかりのハチャメチャな』試合まで、いろんな戦いが繰り広げられます。それらに、どうぞ最後までお付き合いください。それでは・・・全選手、入場式を行います!」
村中代表自らがリングアナウンサーとしてリングに上がり、それとともにBGMが流された。
「松下っ千夏!」
全選手の先頭で登場したのは千夏。相変わらずの無表情だが、実際のところは表情通りの心境。緊張もしていなければ興奮もしていない。リングに上がると、四方に一礼しただけだった。
「面白くないな~。なんか手ぇ上げるぐらいしなよ~ちなっちゃん」
千夏の様子を舞台袖から見ていた優華は、明らかに不満の声を漏らした。
「彼女らしいといえばらしいわ。どうせ派手にアピールしても、誰も知らないんだから」
それに真っ向から異を唱えるのはかすみ。ただ、千夏をかばうというより、優華が気に入らないから反論しているように聞こえた。
「まあまあ、どう登場しようがそれぞれの自由よ。それがキャラクターとして覚えられていくんだからね」
そんな空気を察した古川が、なだめるように間に入る。ほんわかした彼女の雰囲気が場の空気を中和した。実際にかすみもなんだかんだ言って、登場の際には鋭い目つきと闘争心を作りながら入場。アピールと言うより個々の性格が出ているといった感じだ。先に出た古川ももとより、優華も自分らしさ全開ではしゃぎながらのリングインだった。トリだった分余計に目立っていた。
「第1試合、15分一本勝負を行います!」
入場式も終わりいよいよ本番。村中代表はリング上で選手のアナウンスをしていた。
「青コーナー、160センチ72キロ。山本ーっ明菜っ!!」
指さした青コーナーで、柔道の道着を着た山本が、小さくステップを踏みながら両手を突き上げ、ふんぞり返ってアピールする。早くしたくてうずうずしているといった感じはする。一方で対面の千夏は、コーナーにもたれて泰然自若としていた。
「赤コーナー、165センチ52.5キロ。チームKUNOICHI・・・松下-っ千ー夏っ!」
アナウンスを受けても一歩前に出て一歩前に出て会釈しただけ。そしてくるりと背を向けて、羽織っているジャージを脱ぐ。現れたのは、総合格闘技の選手としては珍しい、ノースリーブのレオタードだった。会場の男性客からは「ひゅ~っ!」と声が上がった。一方で山本は眉間にしわを寄せた。
(なによあの格好・・・セクシー路線のエセものかよ)
「ひゅ~っ!ちなっちゃんセクシー。お尻の肉ちょっとはみ出てるよ?」
セコンドの優華が冷やかしてくるが、千夏は平然としている。
「お尻なんて新体操やってる時からずっと出してきたから、いまさら恥ずかしくないわよ。見たいなら見ればいいし」
同じくセコンドについていたロビンソンからは、確認するように指示が出る。
「いいか?お前は今までやってきたことを、自分なりにやり切ることだけを考えろ。負けていいとは言わんが、気持ちで退くまねだけはするな」
「分かってます。やるだけやりますよ」
そう言って千夏は二人に背を向け、ゆっくりとリング中央に向かった。レフェリーの山阪真由がボディチェックしている間、にらみつける山本とに対して千夏から声をかけた。
「あなた、入団試験の時にいましたよね」
「あら~?覚えてくれてたの。あたしのこと」
「ええ。圧倒的に軽い飯塚さんに、予想通り一発でKOされてましたから、よく覚えてます」
淡々とした千夏の言葉に、山本は額にもしわを浮かばせる。
「あれはたまたまよ。伊達に柔道で黒帯巻いてないからね。エロさで生き残ろうとするあんたとは違うんだよ。何なんだよ、そのレオタード。尻見せて男に媚売ろうってんだろ?」
「ああ、これですか?新体操してたからなじみがあっただけですよ。それに見せたところで減るもんじゃないしいいでしょ。まずは覚えてもらうことが大事ですから」
千夏は山本の挑発を右から左に受け流し、目線も合わさずにそっけない態度をとる。
「てめえ・・・ぶん投げてやるから覚悟しろよ」
「できるものならどうぞ。私はまだ新人ですけど、不合格者に負けてはいられませんから」
徹底して冷淡な対応をする千夏に、山本は詰め寄ってきたがレフェリーが制した。
「二人とも、やるのはゴングの後。アグレッシブなのはいいけど、あくまでクリーンに。はい、握手」
試合前の礼儀としてレフェリーが促し、千夏は手を差し出したが、山本はそれを払いのけて一歩下がる。それでも千夏は表情を変えなかった。
ちなみに、山本は「柔道の感覚を大事にしたい」という理由で素手。千夏はオープンフィンガーグローブをつけている。
「レディー・・・ファイッ!!」
カツーン
レフェリー山阪の号令とともに、ゴングが打ち鳴らされた。山本は入団テストと同じように「しゃー!」といきり立ちながら前に出る。一方で千夏は避けるように、山本の周りを時計回りに徘徊した。「どした来いやー!」と距離を取る千夏に対して山本は吠えるが、千夏は左の拳を突きだし、左半身を前に構えたまま牽制気味にローキックを放って、一定の距離を保ってる。一転して一切山本から視線を離さない千夏。にらみつけるような眼光に、山本はますます苛立ってくる。
(このクソガキ・・・チッ)
次第に焦れた山本が、のっしのっしと距離を詰めてきた。その瞬間だった。
(よし。当たる)
パァン!!
千夏が挨拶代わりに、山本の側頭部を得意の変則二段蹴り「ナイマンキック」で打ち抜く。ミドルキックと思って身構えた山本だったが、ハイの軌道に伸び上がってきた千夏の蹴りに反応できず、まともにこめかみに入って跪いた。山本は耳鳴りに頭を震わせながら、レフェリーのカウントを聞く。
(な、なんなの今の蹴り・・・。ま、まぐれに決まってる!)
戸惑う自分を無理やり抑え込んで、カウントセブンで立ち上がった山本。その表情は、現実が呑みこめていない様子がはっきりと見て取れた。
(付け込めるね。たぶん私が何をしても予想外だろうし)
判断した千夏は、再開後、速くて低いタックルで山本に組み付くと、そのまま押し込んでテイクダウン。山本が状況をつかめずパニックになっているのをしり目に、さっさと左足をとってアキレス腱固めの体勢に。慌てた山本はロープを目指してずり上がろうとするが、千夏はそのままアキレスを絞めあげる。
「うぎゃあっ!!あーいっ、いーっ!!」
電撃が走ったような激痛に、山本は思わず絶叫。苦悶の表情を浮かべながら、辛うじてロープに手を伸ばしロープエスケープに逃れた。
山本は柔道歴9年、中学と高校で全国ベスト4入り3回とそれなりの結果も残しているが、観客には千夏に圧倒されている姿は、柔道着を来た素人にしか映らない。1年かけて総合仕様に仕上げてきた千夏に対し、あくまでも柔道で勝負しようとする山本は、千夏にとってはもはやカモでしかない。ヤケクソで張り手を振り回してきたが、スウェー(身体の動き、捻り)で交わし、すれ違い様に顔にジャブを当てた。
(ち、ちくしょう!こんなはずじゃねえ!)
いくら顔面とはいえ、ここで体重差が活きてようやく前に出れた山本。ぶちかましを仕掛けるように千夏につかみかかる。だが千夏はそれをかわすと、そのまま山本の勢いを利用して小手投げのように投げ倒し、握っていた右腕に絡み付いて腕ひしぎ逆十字に捉えた。戦意を根こそぎ吹き飛ばされた山本にもはや抗う気力はなく、あっさりと肘を伸ばされてタップした。レフェリー山阪が山本のギブアップを叫ぶと、千夏はパッと技を解きゆっくりと立ち上がる。レフェリーに勝ち名乗りを受けても、終始変わらない無表情。だが、さすがに心中までは落ち着いてはいなかった。
(よかった~・・・。練習でやったこと全部出せた・・・)
「ちなっちゃん!ナイスファイト!」
セコンドについていた優華がハグしてくると、ようやく千夏は破顔。そしてそのまま涙を流した。
「良かったよ・・・勝てたよ・・・」
「うんうん!よくできました」
優華は優しくその頭をなでて喜びを分かち合う。
(しかし、大したもんだ。普通新人は、デビュー戦で練習の動きが三割できれば御の字だが・・・こりゃすごい選手になるぞ・・・)
一方でロビンソンは、千夏の圧倒的な試合感嘆してい、底のなさに空恐ろしいものを感じていた。
旗揚げ戦のカードは、この後も続く。