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「レディー、ファイッ!!」


 レフェリーの掛け声とともにブザーが鳴らされる。千夏は身構えて対戦相手の出方を伺った。対してボクシング出身の相手選手は自分から接近しパンチ勝負に持ち込んできた。相手の圧力は思ったよりも強く、徐々にコーナーに押し込まれていく。

「しっかりガード上げろ!!うかつにボディかばうな!!距離詰めとけよ!!」

 リングの外から、セコンドについた飯塚のアドバイスが飛び、千夏は顔面のガードに集中しつつ、近づいてきた相手に密着する。ボディはがら空きだが、相手との距離が詰まっていれば有効打はそうそう来ない。

「くっそうざいなアンタ。ちょっとは打てばどうなんだよ!!」

 ガードの硬い千夏にいらだつ相手は、打ち合いに持ち込もうと挑発する。千夏もガードの上から叩きつけられてるパンチの重さに、打開策が必要だと思っていた。

(打つなら、そろそろ・・・)


 ガシィッ!!


 勢いよく攻めていた相手は、突然左側頭部に大きな衝撃を受ける。状況を理解できないまま、よろめくままに後ずさる。そこに二の矢が飛んできた。


(み、ミドル・・・え?)


 相手は、千夏が放った左のミドルキックをガードしようとするが、それは突如軌道を変えて頭目がけて飛んできて、がら空きの右側頭部をまともに打ち抜いた。力なくどさりと倒れた相手選手を見て、レフェリーは即座に試合を止めた。

「今のすげえな・・・あんな至近距離でハイキックかよ」

「追撃がミドルかと思ったら二段蹴りだぜ?あの子結構キックがトリッキーだな」

「噂じゃまだ格闘技キャリア半年らしいぜ?それでKOって・・・」

 取り巻きがざわめく中リングを降りた千夏を、飯塚はグータッチで出迎えた。

「フォローのタイミングが良かったぞ。だいぶ、キックが実戦向きになったな」

「う~・・・腕痛いです。相手の人パンチがすごかった」

「まあ、実際の総合で、殴る一辺倒の選手はそうはいない。蹴りの技術があったら膝とかもあったし、投げができるんだったらそのままぶっこ抜かれて肩固めだ。本当の総合と戦うには、もうちょっと実戦いるかもな」

「だと思います。正直、ウチでユウやかすみよりも楽でした。グラウンドも自分からまだ持ち込めてないし・・・」

「まあ、出来てる部分は出来てるんだから自信持っていい。足りない分は、また練習で反復するぞ」

「はい」


 千夏がチームKUNOICHIの所属選手となってもうすぐ9カ月。唯一格闘技未経験の千夏は、半年の間タックルや打撃のコンビネーション、ディフェンスの基本などひたすら基礎練習に明け暮れたのち、月1、2試合のペースでアマチュアの大会や競技会に出場し、実戦経験を積んでいた。持ち味の柔軟性や、武器として使えるキックを持っているために、周囲の想像以上に成長を続けているが、飯塚は決して千夏を調子に乗せないようにモチベーションをコントロールしていた。ただでさえ、千夏には劣等感があった。


「はやく・・・みんなと同じように戦いたいですね。いつぐらいになるんでしょうか・・・」

 帰りの車中、遠い目でそんなことを呟く千夏。飯塚はまた始まったなと頭をかいてため息をつく。

「焦るな。一足どころか、お前の場合は三段飛ばしで階段を上ってるようなもんだ。東京タワーの非常階段を、そんなペースで上りきれると思うか?」

 飯塚の言葉に千夏は口を紡ぐが、はっきりと言い切る。

「いえ・・・。それは無理だと思います」

「仮にいったとしても、膝や足は絶対無事じゃない。どうせなら、格闘家として長くやっていきたいだろ」

「・・・やりたいです」

 千夏がそう言い切った時、飯塚は最後にこう言って頭をなでる。

「だったら、走らずに歩け。足全体をしっかり地面につけてな」


 一方で、佑香はかすみや古川らとともに、他のプロ興行に参戦する傍ら、無差別級を想定し、男性選手とのスパーリングも行っていた。

「うらっ!!」

 バアン!!と音を立てて男性選手の脇腹にミドルを叩き込む佑香。相手は13キロ自分より重い相手である。重量の差はダメージの軽減にもつながってくるので、いかに鋭く正確に弱点を突くか、同じところを蹴り続けてダメージを蓄積させるか、普段戦う同じ階級相手よりも精度の高い打撃が求められた。

 その観点で行くと、佑香の打撃はすでに頭一つ抜きんでていた。

「ハッ!!」

 キックだけでなく、パンチのラッシュでもガードが下手な男性選手を落ち込んでいく。

「うお、なんかすげえ!」

「何してんだよ~!女に押されすぎだろ~」

「いや、だって、パンチ見にくいんだよ」

 佑香は、男性選手の愚痴を聞いてニヤリとする。

「へっへーん、これがあたし流のロシアンフックだよ~。そう言ってもらえたらうれしねえ」

 リングサイドでスパーリングを観察していた村中代表も、その打撃には惚れ込んでいる。

「殴ってよし、蹴ってよし、押し込んでよし・・・とりあえず、スタンドに関しては言うことないな、ジェフ」

 そう言って傍らに立つアメリカ人に話す。彼はジェフ・ロビンソン。村中がかつてマネージメントしていた格闘家で、一線を退いた今は、プロモーターとして活動する傍らチームKUNOICHIのトレーナーとして彼女たちを指導する。

「ああ。ユウカはグラウンドのテクニックを身に付けられれば、少なくとも日本に敵はいなくなる逸材だ。当面はタックルの切り方やテイクダウンされない方法を重点的に練習させよう」

 だが、うなぎ上りで佑香の株が上がる中、かすみの心情は穏やかではなかった。

(あいつ・・・また株を上げた。気に入らないな)

 高校在学中からプロとしてデビューしている彼女にとって、突如現れた佑香の存在は、否が応でも意識する。格闘技界隈における「飯塚」のネームバリューと、プロ興行で通算6戦6勝5KOの実績。チームKUNOICHIの看板選手の座は自分のものであると思っていた。だが、このままではエースの地位はもちろん旗揚げ戦のメインイベンターの座も危うい。ましてや、佑香の戦いっぷりは「絵になっている」。

(出たばっかりの新人なんかに・・・絶対負けない。負けるもんか!)

「りゃあっ!!」

 裂帛の気合とともに、かすみにキックが男性選手の太もも、膝裏を射抜く。そのまま崩れた男性選手を、かすみは仁王立ちで見下ろした。

「・・・カスミもいい表情になってきたな。これは旗揚げ戦が楽しみだよ。だからこそ、プロデューサーの働きは大事だよ」

「変にプレッシャーかけんなよジェフ~」

 ロビンソンのさりげない一言に、村中代表は苦笑した。

「だがな、とっておきの選手を用意できた。ウチが他の総合とは一線を画してるとはっきり意思表示できる選手をな」



 チームKUNOICHIの所属選手たちが、着実に旗揚げ戦に向けてトレーニングを消化し、コンディションを整える傍らで、村中代表には興行主としての戦いが続いていた。

 そして、セミスキラの最大の売りである、無差別級の戦いに相応しい選手との契約に、このほどこぎつけていたのである。

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