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見様見真似と柔軟性

「しかしすげえもんだな。何人かとやった後とは言え、あそこまでルールに順応できるとはねえ」


 次の選手までのインターバル中、村中代表は佑香の戦いぶりに感嘆としていた。

「格闘技に限らず、スポーツはルールや知識を頭で理解したところで意味がない。頭で理解したうえでどれだけ正確に身体に落とし込めるかだ。あの子はうち独自のルールでやりながらUFCでも結果出せるだろうよ」

「ルールの中でどうすれば自分の最高の攻撃ができるか。あの子はそれを本能的にできるフシがある。あと、ハイリスクローリターンな技を、劣勢の状況で迷わず放てる度胸もな」

 村中に続いて飯塚も佑香を高評価する。実際に対戦した古川も、佑香の実力に面食らっていた。

「あれでグラウンドを覚えれば、まず日本で勝てる選手はそういないでしょ。私が最後勝てたのも、タックルに馴れていないせいもありますしね」


「んあ~、悔し!!もう少しで勝てそうだったのにさ~」

 一方で当の本人は、受けた評価など知ったこっちゃないとばかりに、無邪気に悔しがっていた。

「まあ、惜しかったけど。最後は経験の差が出たわね。打撃で圧倒できたんだし、いいんんじゃない?」

 そんな佑香を千夏はそう評してなだめたが、佑香はさらにむくれるだけだった。

「経験って・・・格闘技したことない素人に言われてもねえ・・・」

「素人か。ま、そうでしょうね。でも、素人なりに見様見真似で身に付けてるものがあるから、それをアピールするわ」

 そう言って千夏は開脚のストレッチを始めた・・・のだが、その柔軟性に佑香は舌を巻いた。

「柔らかいねえ~。脚180度開くんだ」

「こんなの序の口よ。それに、私は新体操するのに大きすぎたから」

「大きすぎた?そう言えば身長いくつだっけ」

「165。まあ、女子の中でも大きいほうだけど、新体操は150センチ台で『長身』って言われちゃうからね」

「だったらなおさら格闘技始めときゃよかったじゃん」

「言ったでしょ?楽しかったかし、高校でやめようと思ってたからやり切りたかったの。それに、成長期で柔軟を鍛えたおかげで、格闘技をするうえで強みを持てたからね?まあ、見ててくれれば分かるわよ」


 そこで初めて、千夏の表情が変わる。今までの鉄仮面から、急に笑みを浮かべたのである。



 その後数人のスパーリングを経て、最後に千夏の出番。唯一未経験の千夏は飯塚を相手にまずミット打ちを行った。

「じゃあ、まずは好きなように打ってみてくれ。パンチやキック、何でもいいから自分なりにやってくれ」

「分かりました・・・。じゃあちょっと一発」

 言うとおもむろに飯塚に近づく。そしてパンチが届く範囲に立つと、まずはミットに左、右とワンツーパンチを何度か繰り返す。

(ほー。思ったより形はいいし、ちゃんと腰も入ってるな)

 と、飯塚が感心して瞬間だった。

「うお!?」


 飯塚は、手にしていたミットでとっさに頭をガードする。なぜならこの近距離で、ハイキックが飛んできたからだ。キックは当然ながらパンチよりも射程圏が長い。しかし、当ててダメージを与えられるのはいわゆるすねの部分なので、距離が近いと有効打が打てなくなる。キック系の選手に対しては近づいて戦えと言われるのはこのためだ。受ける側も、パンチの間合いとなると、膝蹴りは警戒するもキックは意識から消える。だからこそ、至近距離で放たれた千夏のハイキックに、飯塚はひるんだのである。

「あれが新体操・・・か。あの距離であれだけ脚が上がったら嫌だよね」

 見守っていた佑香も、千夏のハイキックには感心していた。このほかにも、脚が高く上がることを活かした千夏は、踵落としで牽制しながらフックを打ち込んでいく。そして、さらに飯塚を驚かせる一撃を放つ。

(む、ミドルか)

 千夏のキックにそう身構えた飯塚だが、蹴りの軌道が、突然伸び上がってきた。空手にはミドルキック(中段蹴り)から蹴り足を着地させずにハイキック(上段蹴り)を放つ「二段蹴り」という技があるが、今の千夏のキックはミドルの軌道からハイキックに変わった。


「なるほど・・・『ナイマンキック』とは恐れ入ったよ」

「分かりました?」

 飯塚の一言に、千夏は得意げにほほ笑む。一方、初耳の佑香はあっけにとられている。

「何それ?つーかどうやって出してんの?」

 そんな佑香に、村中代表がわざわざ説明に入った。

「ナイマンキックってのは、90年代にリングスっていう団体で活躍したオランダの空手家、ハンス・ナイマンの得意技だ。二段蹴りは時々使うやつは見かけるが、相手をKOできるぐらいの破壊力を持たせるには膝の柔らかさと腰の強さが必要でな。だから固有名詞がついたってわけだ。おまけにこの蹴りは見分けることはまず無理だ。ヤマ貼ってガードを上げればそのままミドルが脇腹に来るから、あれをモノにできれば結構武器になる。いいね~」

 千夏が見せた二つの特異なキックに、村中代表はご満悦だった。



 続いて、古川が相手になってのグラウンドの攻防だ。

「基本的に古川はガードするだけだ。まずは、その固めた古川を崩してみな。ちなみに、うちのルールでは、グラウンドでのパンチは首から下だけだ」

 千夏は、合図とともに古川の腕を狙う。クラッチされた左腕の下に自分の左腕をねじりこみ、腕ひしぎ逆十字の体勢に入る。まずは、強引に自分の背筋力を使って切ろうとする。

「形は悪くないわね。でも、力任せでは私のクラッチは切れないわよ」

 余裕の表情を見せる古川。すると千夏は力を加えるのをやめて、一瞬止まる。

 すると、虚をつくように千夏は古川のクラッチにパンチを放つ。右手がパンチで弾かれた瞬間に千夏は再び左腕を伸ばし、古川はすぐさまタップする。

「クラッチを殴って切ってきたか・・・。いいわね」

 今度は立場を変えて、古川が上、千夏が下になる。ここで千夏はディフェンスの素人とは思えない対応を見せる。マウントになった古川の太ももを、自分の脚で押し、その体勢を崩させる。抑え込もうとするときにこうされると、相手は上からがぶり切れなくなる。柔道で見られる抑え込みの防御技だ。そしてさらに周囲は驚く。バランスを崩させて古川を前のめりにさせるや、千夏はいきなり腰を反り上げ、両脚で古川の胴を挟みこみ、そのまま体位を入れ替えてアキレス腱固めの体勢に入った。

「うそ・・・。なんで『TKシザース』ができるの?」

「さっきのキックとかもそうですけど・・・両親がリングスの大ファンでして。そのビデオで見た技を自分なりに完コピしてみたんです」

 TKシザースとは、UFCで最も活躍したといわれる日本人格闘家・高坂剛が生み出した、それまでは絶対的と言われたマウントポジションの優位性を覆した技で、高坂に「世界のTK」という称号を与えた。千夏は新体操で磨き上げた体の柔軟性を持って、様々な格闘家たちの技を見様見真似で覚えてきたのである。

「ほっほ~。実戦でどの程度使えるかは未知数だが、物まねだけでこれだけできるとはな~。よし!山崎佑香、松下千夏。お前ら二人合格だ」

 その戦いぶりにご満悦の村中代表は、二人を所属選手として迎えることに決めたのであった。


「じゃ、親御さんにこれらの書類にサインしてもらって承諾もらって来い。あと、ウチに入ってもしばらくはよその興業に参加したり、スポンサー獲得とかの営業活動が主になるから、総合一本って言うわけじゃない。その辺もしっかり相談して、少しでも迷ったんなら辞退してくれてもいい。その辺の遠慮はいらんからな」

 合格した二人に、村中代表は待遇面などの説明をした後、必要書類を手渡した。

 帰り際、佑香から千夏に声をかけた。

「今日あんたすごかったね。まさかあんだけできるとは思わなかったよ。でもあたしは忘れないよ。・・・寝てるところをアキレス腱固めかけたこと」

「ああ。それごめん。でも、いくら声かけなかったあなたも悪いわよ」

 佑香の恨み節に、千夏はそっけない一言。そしてふっと笑って聞いた。

「で、どうするの?入るの」

「当たり前じゃん。せっかく合格できたんだから。大学とかは入ろうと思ったらいつでも入れるし、こんな機会はめったにないんだからね。そっちは?」

「まあ・・・ほとんどOKだと思う。『高校出たら好きにしていい』って言われてるから。むしろ合格したことに驚くと思うよ」


 そして、おもむろに千夏が拳を差し出した。

「よろしく」


 呆気にとられた佑香だが、笑って同じように拳を出してグータッチ。

「一緒に頑張ろうね、ちなっちゃん」


 そして後日、女子総合格闘技団体「チームKUNOICHI」は古川美保、飯塚かすみ、山崎佑香、松下千夏の四人を所属選手として発足。一年後の自主興行開催を目指して、スポンサー獲得や選手育成、出場選手交渉を重ねていくことになる。

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