表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

佑香、行きます!!なんちって

「おーし、ほいじゃ次。行こうか」

「おっし!山崎佑香、行きます!!」

 オープンフィンガーグローブとキックレガースをつけた佑香は、飯塚にリングインを促され、ついでにと勇んで名乗り上げ、軽快に飛び跳ねてまずは動きの軽さを示す。

「じゃ、対戦相手指名して」

「うっす。ほんじゃ、古川さん。お願いしやっす!」

 佑香はニカッと笑って古川を指名。古川はおっとりした表情のまま佑香を観察する。

(ふーん・・・ちょっと手ごわそうね。自信以上にスキがないわね)

「いいっすか?古川さん」

 無邪気な笑みを見せながら、佑香が拳を突きだしていた。佑香にしてみれば自然な動きだったが、古川はこの瞬間に自分の勘が外れていないと確信した。


(楽しみね。ここまで退屈だったし)

「ええ、よろしくね」

 警戒心を内包し、古川は優しく微笑んで佑香と拳を合わせた。



「よ~し。はじめ!」

 村中代表がゴングを鳴らした。すると、意外なことが起こる。両者とも仕掛けず、互いを視線で牽制しながらステップを刻んでいるからだ。特に、佑香が早く攻めたくてうずうずしている様子だっただけに、試験の参加者はあっけにとられた。千夏を除いて。

(あの子、したたかね。あれだけ色気ムンムンで仕掛けないんだから)

 同じように、古川も佑香の底のなさを感じていた。

(出鼻挫かれたわね。カウンター戦法であっさり行けると思ってたけど・・・どうでるかしら)

 古川はやむを得ずといった感じで、まずはローキックを放つ。同じように佑香もローを返すが・・・


 バシィっ!!


 鋭く重い音が響く。明らかに古川よりも威力があった。そのまま佑香は前に出る。

「あたしのキック、すごいでしょ!!」

 右のローキックを連発しながら古川を押し込んでいく佑香。古川はこれを左すねのレガースでカットしてダメージを軽減するが、その重さで足が弾かれそうだった。

(すごいキックね。まともに喰らったら・・・)

 そう考えたとき、古川はハッとして身体をひねる。間髪入れず飛んできた左のミドルキックを背中で受け流したのだ。

「ぐっ!」

 脇腹に当たるよりも威力を逃がしているためにダメージはない。しかし、背中に叩き込まれた衝撃に古川は思わず足を止める。

(今だ!)

 ほんのわずかな、いわゆる刹那とも言われる短さだが、佑香はそのまま踏み込んでフックの連打を打ち込み、古川を押し込んでいく。プロの格闘家相手に見せる打撃のラッシュに、周囲は驚きの声を上げる。しかし、古川のガードは固く、なかなか決定打を打ち込めない。これに焦れ、局面を打開せんと右のフックを振りかぶる。

「もらったっ!!」

 そう力んだ瞬間だった。


 パグっ!!


 それまで短い回転で放ってきた佑香のフックのモーションが大きくなった瞬間を逃さず、古川が左のカウンターを顔面に打ち込んだ。ジャブ程度の威力だったが、当たり所が悪く佑香の膝が折れ、そのまま尻餅をついた。


「ダウン!!ワンっ、ツーっ、スリーっ・・・」

 すかさず飯塚が間に割って入って佑香にカウント告げる。状況が呑みこみ切れていない佑香は狐につままれた表情をしているが、カウントをはっきりと認知するとすぐに立ち上がった。

「エイっ・・・オッケー?あと4ポイントだぞ」

「ぽ、ポイント?あ、はいはい!分かってますよ」

 飯塚の問いかけに頭がこんがらがった佑香だが、どうにか思いだせたようでファイティングポーズをとる。その最中、村中代表は古川を呼び寄せて耳打ちする。

「打撃がいいのと思い切りの良さは分かった。次はテイクダウンしてみて」

「グラウンドですか?」

「どう抗うのか見てみたい」


 再開後、古川は佑香と正対すると、低いタックルを仕掛ける。

「おうわっ!?」

 見慣れない動きに棒立ちになってしまった佑香は、がっちりと組み付かれてそのまま押し倒される。マウントをとった古川は、そのまま佑香の首を自分の右わきに挟み込んで肩固めの体勢に入る。

「う、ぐぐぐっ」

 グラウンドの知識が皆無な佑香を、古川は容赦なく絞めあげていく。徐々に佑香の顔が紅潮していく。


(あ~あ。ほかの選手よりアピールできてるけど、さすがにあれじゃあ無理ね)

 リングの外で観察していた千夏はそうため息をついた。佑香は懸命にバタついて抵抗するも、がっちりと抑え込まれて一向に首の絞めは緩まない。

(んぎぎ。ぐ、苦じい・・・息が止まっぢゃう・・・。ん?)

 もうタップしようと手を動かそうとした瞬間。佑香は視界に真っ赤なロープを捉える。

(そ、そうか。そう言うこと、か!届け!)

 佑香は唯一自由となっている左手をそのロープに手を伸ばす。はじめはつかみそびれたものの、何度も触れているうちにようやく握ることができた。


「ストップ!エスケープっ、ブレイク!」

 飯塚の声が響き、古川は技を解く。四つん這いで呼吸を整えながら、佑香は手応えから自然とこぼれる笑みをこらえていた。

(そういうことか・・・。これがこのルールの魅力・・・。そんで、これをうまく利用すれば・・・よし!)

 そう叫んで佑香はすくっと立ち上がり、ファイティングポーズをとった。

「さっきみたいにはいかないよ!」


 試合開始から間もなく4分が経過しようとしていた。ここから佑香の反撃が始まった。



「うらぁっ!!」


 ドガシィッ


(くっ!)

「さっきのお返し。どんどん行くよ!!」

 ロープエスケープという、特異的なルールを利用して危機を脱した佑香。もはや怖いものなしとばかりに、飛び膝蹴りで一気に距離を詰め、再び古川に打撃のラッシュを浴びせた。佑香の打撃は、特にフックの回転が速く、連打連打で押し込んでいく。総合格闘家としてキャリアを重ねている古川が、この連続フックにガードを固めたまま動けない。しかも、先ごろのカウンターで学習した佑香は、時折わき腹やボディーにも打ち分け、上から首相撲で押さえつけながら膝も織り交ぜてくる。

(なんて手数なの・・・。この私がここまで押し込まれるなんて)

 ならばと古川も膝をキャッチして道連れにするように引きずりこんでテイクダウン。マウントポジションをとるや、今度は佑香の腕を抱え、さらに両足で佑香を抑えながら腕ひしぎ逆十字の体勢に入る。

(げっ!ヤバい!!)

 佑香もすぐに危険を察知し、なんとかクラッチ(腕組み。主に腕ひしぎ逆十字を防御する手段)を試みて起き上がろうとするが、古川の両脚がそれを防ぐ。それでもなんとか体をねじると、脚が届く範囲にロープを見つけて二度目のエスケープ成功。ダウンも含めて3つ目のポイントロストだ。文字にすると結構かかっているようにも思えるが、ようやく試合開始から6分を経過したところである。

「くっそ・・・押し込むだけじゃダメだな。他の手を考えないと・・・」

 肘をさすりながら、佑香は突破口を模索する。一方の古川も肩で息をし始めた。瞬殺続きとはいえ、佑香と戦う前に数人のテスト生を相手にした古川。流石に疲労の色も濃く、打撃のダメージもスタミナをむしばんでいた。

(これ以上いいようにされるのはかなわない。そろそろ仕留めにいこうかしら)

 再開後、今度は互いにじりじりと距離をとる。だが古川は明らかにタックルのタイミング狙っているかのような構え方だ。グラウンドに持ち込もうという意図もあるが、再び佑香を挑発して何かしらのカウンターをぶつけようという肚だ。佑香が牽制のために右ミドル、さらに左ミドルをフルスイングするが、いつでもガードできるという腕の仕草を見せる。

(正直もうグラウンドはやだな・・・。逃げれるって言ってもあと2回ロープ掴んだら負けだしな・・・。いや、別にいいや。とにかく突っ込んでいこう。どうせグラウンドなんか知ったこっちゃないし)

 古川の仕草に迷いを見せた佑香だが、意を決すると再び前に出る。

(また飛び膝?)

 佑香の動きに警戒を強める古川。だが、佑香は予想外の技で飛び込んできた。

「だりゃぁっ!!」

 ステップを切るや飛び込むように前転宙返り。浴びせ蹴りを放ってきたのだ。まさかの大技に古川はあっけにとられて一瞬だがガードが下がり、顔が上がってしまう。そこに佑香の右の踵が叩き揉まれた。鈍器で殴られたような一撃に、古川は崩れ落ちた。


「だ、ダウン!!ワンっ、ツーっ、スリーっ・・・」


 体重の乗った強烈な一撃をまともに受けた古川は、そのままごろんと大の字になる。飯塚がダウンカウントを始めるが、動く気配がない。ざわめく場内。飯塚のカウントだけが過ぎていく。

「シークっ、セベンっ、エイっ、ナイっ・・・」

 しかし、テンカウント寸前、古川は素早く立ち上がり、ファイティングポーズをとった。飯塚が瞳孔を確認し、試合の続行を指示した。

「あ~おっしい!だったらもっかい行くよ!!」

 ノックアウトを逃した佑香は無邪気に悔しがったが、対する古川はいよいよ本気の表情となった。再開後、低い姿勢でタックルを仕掛けた。それを合わせるように佑香は右膝を放ったが、古川はこれをキャッチ。そのまま押し倒すと、すかさずアキレス腱固め。

「ぐっ!なんの・・・まだまだ・・・」

 絞めあげられたアキレス腱、さらに膝にも電流が走った佑香は苦悶の表情を浮かべる。

「じゃあこれでとどめ!」

 そう言って古川は、佑香の足のつま先を脇にはさみ、踵を肘で支えながらひねり上げる。いわゆる「ヒールホールド」だ。膝の靭帯を直接痛めつける危険な技で、瞬間佑香のは絶叫する。


「あぎゃああああああああギブギブギブギブギブ!!!」


 必死の形相で佑香はマットを叩きギブアップ。右脚が解放されたのを見て、佑香は心底安堵したような表情を見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ