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ロープエスケープという特異性

 新しく旗揚げされる総合格闘技イベント「セミスキラ」と、その直下グループであるチームKUNOICHIの一期生入団試験。いよいよそのためのスパーリングが始まろうとしたとき、参加者の一人の松下千夏が、なんとも呆気にとられるカミングアウトをした。

「あの・・・私、格闘技の経験ないんですけど、どうしたらいいですか?」


「ふぇ?格闘技の経験ない?今まで何やってたの君」

 村中をはじめ、唖然とする周囲。千夏は自分の経歴を説明する。

「新体操を12年程。あとは両親が好きだった格闘技のビデオを見ながら、関節技とか覚えました。新体操引退してからは三カ月ぐらいボクササイズ(ボクシングの動きを取り入れたエクササイズ)してましたしてました」

 淡々と、それでいて「それが何か問題でも?」という表情で説明する千夏。聞き終えた飯塚がため息をついた。

「格闘技の経験がないとはなあ・・・。悪いが、うちはプロ選手のチームだから、いくら何でも初心者を受け入れるわけにはいかない。せっかく来てくれたが・・・」

「いや、じゃあ何できるか見せてもらおうか」

 飯塚の言葉を遮ったのは村中だった。

「おい、いいのか?」

「初心者っつてもよ、ここにいるやつはみんなプロ格闘家初心者だ。それに、そんだけ新体操してたなら、機敏さや柔軟性は魅力だ。そういうのも面白そうだろ。格闘技の経験はあとでいくらでもつけられるしな」

 村中の鶴の一声で、受験が認められた千夏。順番が決まると、参加者はそれぞれにウォーミングアップをする。その最中、佑香は千夏に声をかけた。

「あんた、ホン~っトバカね。なんで格闘技やったことないのに来たのよ!!」

 すると千夏はなんともあっけらかんとした答えを返した。

「格闘技自体、ずっとやってみたかったのよ。それに、応募資格で経験を明記してなかったのはここだけだったから」

「は~・・・すごいねあんた。プ、ハハハハ。すっごい面白いね~」

「・・・バカにしてる?」

 お腹を抱えて笑い始めた佑香に、千夏は眉をひそめる。

「ごめんごめん。バカにしてないよ。単にすごいなって感心しちゃったんだよ。じゃ、あたしも負けずに頑張りますか~」

 待ちに待った試験の開始。佑香は胸を驚かせながら、ウォーミングアップを始めたのであった。


 

「よ~し、それじゃあ一人目。始めっか」

 村中代表の音頭でスパーリング開始。トップバッターは、柔道の有段者だ。丸みのある大きな身体はいかにもパワーがありそうだ。

「古川と飯塚。どっちとやる?」

 村中に聞かれた選手は、迷わずかすみを指名した。既に百戦錬磨な古川よりも、まだ若く小柄なかすみのほうが、馬力で何とかできると思っただろう。柔道選手は72キロと自己申告していたが、かすみは48キロ。身長も160センチと小柄だ。いざリングに並ぶと身体の厚みの差が一層際立った。

「ねえ。どっちが勝つと思う?」

 佑香は楽しむように千夏に話を振る。

「多分・・・飯塚さん」

「へ~。その心は?」

「多分、柔道の方『力で何とかなる』って思ってる。体重が10キロ違えば武器を一つ持ってるようなものだからなおさら」

 千夏の答えに、佑香は感心する。説明が格闘技に対する知識を感じさせたからだ。千夏は続けた。

「でもたぶんすぐに終わる。体格だけで判断してるから、一発で終わるわ」

「言い切っちゃうの?掴めたら何とかなるでしょ」

「絶対無理。つかむ前にケリ、つくから」


 ゴングが鳴った。柔道の選手は「しゃー!!」っと声を張り上げ、ゆっくりと距離を詰める。

 しかし、一瞬だった。

 かすみが自分のキックの射程距離レンジに入ったと感じるや、柔道選手の脇腹に強烈な右ミドルキックを叩き込んだ。キックを見慣れていないためにほぼまともにもらってしまったが、それでも24キロの体重差を覆す一撃に、柔道選手は前のめりになる。しかし、かすみは打ち頃の高さに下がった柔道選手の側頭部を左のハイキックを叩き込んだ。これもガードするかとなくまともに食らった柔道選手は、そのまま突っ伏して動かず。カウントをとることなくレフェリーが試合を止めた。

「おいおい~かすみちゃん。ちょっとは相手の技受けろって。容赦なさすぎだぞ~」

 茶化してくる村中代表に、かすみは声を荒げる。

「いいじゃないですか!この人私がチビだから選んだんですよ。これぐらいは当然でしょ!」

「まあ確かに。ちょっと酷だが、無差別ってのは基本重いほうが有利だ。でも、有利なのと勝てるって言うのは全然違うんだよな」

 二人目は、空手の選手。この選手も、同じ打撃系としてかすみを指名。激しい打ち合いがあるのかと思えば、手数も威力もかすみのほうが上回っており、5分持たずノックアウトとなった。

「あれ~?空手だからやれそうな気がしたんだけど、何でダメだったんだろ」

「多分あの空手家は寸止め空手の選手だったんじゃないかな。同じ空手でも本当に当てるのと技の型を競うのとがあるし、寸止めは最後の踏み込みが鈍いんだと思う」

 首を傾げる佑香に、千夏はその理由を解説する。すらすらと言う説明に、佑香は目を丸くした。

「・・・なんでそんなに詳しいの?それだけ分かってたら格闘技できるじゃん」

「新体操もやりがいがあったから。それに、今の解説もテレビの受け売りだから正しいかどうか知らないわ」

「なんか不思議ね、あんた」


 三人目はレスリングの選手。またも標的はかすみ。レスリングの選手は、果敢にタックルを仕掛け、かすみをうまくテイクダウンした。そのままバックを取って首を狙おうとする。抑え込みの技術もなかなかのものだ。


 だが、ここでこの試験の独自ルールが威力を発揮する。


「ストップ。エスケープだ」

「え?」

 突然、レフェリーの飯塚が試合を止める。レスリング選手が周りを見ると、かすみは一番下のロープを掴んでいる。

「忘れたのか?最初の説明を。このロープを掴んだら強制ブレイクと」

「あ・・・」

 説明を受けて思い出したように悔しさをあらわにする。

「うわ~やなルールだな。せっかく圧倒してたのにさ」

「ただ倒して抑え込むだけじゃダメってことよ。テイクダウンするにしても、リングの中央でやるようにしないと。多分、ルールをうまく使う選手なら、ロープエスケープで脱出して、打撃のチャンスを待つわ」

 千夏の予想通り、レスリング選手は何度かテイクダウンをとるものの、ロープでまたも逃げられる。そのうちに、かすみの右フックにぐらつき、最後はコーナーに押し込まれてフックと膝のコンビネーションでKO負けを喫した。


「ぐああああっ、ぎ、ギブギブっ!!」

 その後試験は五人目までが終了したが、いまだに屍を積み続けるだけだった。かすみの打撃に恐れをなした四人目のキックボクサーと、五人目の日本拳法の選手は古川を指名。しかし、かすみ以上にキャリアがあり、グラウンドでの技術も卓越していた古川に勝てるはずもなく、前者は足首固め(アンクルホールド)、後者は腕ひしぎ逆十字固めでギブアップしていた。

 三人目の選手で示されたロープエスケープとロストポイント制と言う特殊なルールに、残りの参加者は明らかに戸惑っていた。せっかくテイクダウンして、優位に押し込んでもロープで逃げられるし、打撃で押すにしても5回ダウンを奪ないといけない。加えて10分と言う、比較的長い制限時間も戸惑いに拍車をかける。3分ないし5分の戦いになれた選手たちには、ペース配分という点でも迷いを生じさせていた。

「なんかだんだんぎこちなくなってきたなあ。やっぱこのルールは無茶か?飯塚よ~」

 村中代表のボヤキに、飯塚は「何をいまさら」という表情を見せる。

「ダウンはともかく、ロープエスケープはあり得ない。これじゃあ先が思いやられる」

 結局、この特殊なルールが足かせとなり、ここまで合格者を出さないまま佑香の順番を迎えた。

「よっし!それじゃあ、あたしも頑張るとしますかね~」

「大丈夫なの?あのルール、結構難しそうじゃない?」

 気にかけてきた千夏に、佑香はニヤリと笑みを浮かべた。

「関係ないね~。ルールは身体にしみついて初めて使った戦いができんのよ?知らないうちは自分のやりたいようにやるわよ」


 その表情には、自分が同じ轍を踏むことはありえないという、自信だけがみなぎっていた。

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