入団試験の会場にて
「え~っと?会場はここであってんのかなあ・・・」
和歌山県和歌山市にある雑居ビル。その入り口前にオールバックのデコだしポニーテールと、ショートパンツからのぞく健康的な生足が印象的な、背の高い活発そうな女子が立っていた。チラシとビルを交互に見ながら、ここが自分の目的地であるかどうかを入念に確認している。
「よし!間違ってないな。それじゃあ行きますかね」
ようやく確信を得た彼女は、勇んでビルに入っていった。トントントンと一段飛ばしに階段を駆け上がって、そのビルの四階にある目的地に到着。そのまま彼女は勢いよく扉を開けた。
「すいませ~ん!!チームKUNOICHIの入団テスト受けに来たんですけど~・・・・・あれ?」
部屋の明かりがついているので、入るや否やそう叫んだのだが、我にかえって見渡すと誰もいない。一面にウレタンマットが敷き詰められたその部屋の中央には正方形のリングが鎮座し、その周りにあれこれトレーニング器具が並んでいるが、どういうわけか人気がない。
「あっれ~・・・なんでだれもいないの?やっぱ会場間違えたかな」
そうぼやいて頭をかいた女子は、とりあえず靴を脱ぐと、そのままずかずかとあがりこみ、担いでいたバッグをどさりとおろし、それを枕にして寝転がった。
「まあいっか。見た感じ、ここが会場に間違いなさそうだし。昼寝しながら待つか~・・・あ~ぁ」
すると女子はそのまま大の字になってあくびをすると、あろうことがぐうすかといびきをかき始めたのであった。
彼女の名前は、山崎佑香。彼女は入団しようとしているチームKUNOICHIは、この度発足することになった、女子総合格闘技のチームである。
佑香は子供のころから女子でありながら大柄で、ケンカの馬力は男子にすら負けなかったが、それがいじめの種でもあった。「イジメる連中をビビらせてやる!」と一念発起して始めた空手ですぐさま才能が開花。中学からはテコンドーも習い始め、その両方で黒帯を巻くまでになり、高校では全国優勝を経験したほか、小学生、中学生が出場する大会では絶対女王として君臨。それがモノを言って次第にいじめもなくなった。
だが、優勝を総なめにする中である日突然「でも、これでいじめっ子をボコったら怒られるのあたしじゃん」と悟り、高校を卒業後にプロの格闘家になることを決心。そして「どうせなら有名どころより、無名のところ言って結果出したほうがインパクトあるよね」と野心全開の考えから、このチームKUNOICHIの受験を決めたのである。
佑香が室内で大いびきをかいている最中に、もう一人、チームKUNOICHIへの入団を希望する女子が現れた。少々ボサボサのショートヘアで、なぜか憮然とした表情を浮かべているが、顔立ちはなかなかかわいらしい。
「会場はここよね。あの子に聞いてみよう」
あとから来た彼女は、靴を脱ぐと大の字でいびきをかいている佑香のそばに歩み寄る。
「すいません。チームKUNOICHIの会場はここですか?」
見下ろしながら足元の佑香に女子は声をかけたが、完全に熟睡している佑香は起きない。何度声をかけても同じ結果だ。
「埒が明かないな・・・。よいしょ」
あきらめのため息をついた女子は、おもむろに腰を落とすと、ゆっくりと佑香の脚を持つ。そしてそのまま、アキレス腱固めの体勢に入る。
「えい」
そしてそのまま躊躇なく関節技を佑香の脚に極める。瞬間、佑香は覚醒した。
「い~っいっだいだいだいだい!!!!ちょっなになになになに!!???」
突然の激痛に悲鳴を挙げて体を起こした佑香。すると、どういうわけか初対面の人間がアキレス腱固めをかけているではないか。怒りよりも驚きが勝り、佑香は目の前の女子に尋ねた。
「ちょ・・・あんただれ?つーかなんでアキレス腱固め??」
「聞きたいことがあったのに声じゃ起きないから・・・」
「だからって実力行使!?早くね」
ジェスチャーを交えながら大声で話す佑香に、女子は低いトーンで淡々と答えるだけだ。
「ていうかさ!あたしの質問に答えろ!!誰なの!?」
「そう言うのってまず自分から名乗るものでしょ?」
「んぎ~!!山崎佑香!!これでいいでしょ!!で?あんたは!?」
もっともだがやや理不尽な屁理屈を聞かされた佑香は、金切り声をあげながら名乗った。
「・・・松下千夏。あなたってここの関係者?」
「関係者?あんたも受験に来たの?」
「・・・関係者じゃないのに、なんで寝てたの?」
今度は千夏のほうが戸惑った。会場でただ一人いていきなり大いびきと言うのはいかがなものか。仮に関係者が通した後に席を外していたにしても、受験生の立場で熟睡するというのは並の神経ではない。もっとも、千夏のほうも何のためらいもなく、先客にアキレス腱固めを仕掛けたのだから、ある意味お互いさまだ。
「だって入ったら誰もいないんだもん。今更外で待ちぼうけってのもやだし」
「あ~やっぱ俺カギあけっぱだったか~」
二人がやり取りをしているところに、中年の男性が頭を抱えて帰ってきた。男は二人を見るや表情を明るくした。
「うお~い、まさか受験生がいるとはなあ~。ダメもとでも唐突に初めてみるもんだなあ」
「すいません。勝手に上がりこんでしまって。ところであなたは?」
小躍りする男に、千夏は淡々と事務的な声色で質問する。
「お~ごめんごめん。俺はこのチームKUNOICHIを運営する、株式会社エスタスエー代表取締役社長の村中哲夫だ。お嬢さん方は受験生ってことでいいのかな?」
「はい」
「そうっすよ~」
対照的な雰囲気で返事をした二人に対して、村中は笑みを浮かべた。
「いや~和歌山なんかで初めて人くるのかよって思ってたけど、来てくれたのはうれしいってもんだ。もうちょっとしたら何人か来るからのんびりしといてくれ。まあ、テストっつても、ちょっとしたスパーリングぐらいだから、何ができるのかをまあ見せてくれや」
その後、村中代表が言ったように、参加者が何人かやってきた。柔道の有段者、レスリングで国体出場、そのほかアマチュアボクシングや日本拳法、シューティングなどほとんどが格闘技経験者。それが十人ほど集まったところで、村中代表は口を開いた。
「おーし、そろってきたな。え~それじゃ。ようこそ、これから始まるチームKUNOICHIに入れるかどうかのみんな。俺がこの代表の村中だ。一応このチームは、今後開催する予定の総合格闘技イベントの直下組織となるわけだ。だがハッキリ言っとくと、あと1年は興業はしない。悪いがプロ契約選手となったところで、当面はよその興業やアマチュアの大会に出場することになる。あと、うちは正直『普通じゃない』から、その辺はよく考えてくれ。ま、前置きはこんぐらいでいいか」
話している間に参加者がうずうずしているのを感じた村中は、笑みを浮かべて話を変えた。
「まあ、試験内容は簡単に言えば実戦形式のスパーリングだ。今からウチの試験官とガチでやってもらう。その戦いぶりで合否を決める」
「え?スパーリングって・・・ここにいる人って、みんな別の競技ですよ?どうやるんすか?」
参加者の多くが村中の説明に戸惑っていると、佑香が全員の疑問を代弁するように手を上げた。村中は苦笑交じりに答える。
「まあ・・・何て言えばいいのかな?お前らが今までやってきたことをそのままやればいい。独特のルールはあるがな」
「独特?どんな」
「まあ、今そこにリングがあるが、三本のロープのうち、一番下のロープが赤いだろ?倒されて抑え込まれて自力で起き上がるの無理~って思ったら、それつかめ。それで強制ブレイクだ」
「ロープ掴んでブレイク?プロレスじゃん」
「柔道、レスリング、ボクシング、空手・・・いろんなスポーツちゃんぽんするんだし、それぞれの得意分野も違う。第一、殴ってダウンで即終了とか、倒れたら抑え込まれっぱなしって面白くねえだろ。元々日本の総合格闘技はロストポイント付きで始まったんだからな。あと、時間は10分。テンカウントのノックアウト、関節決められてのタップアウト、ダウンしたり、さっきのロープエスケープを5回やられてのTKO。それでケリをつける。てなわけでやるか。相手するのは、一足先にチームKUNOICHIと契約したこの二人。で、試合をレフェリングするのはこいつだ」
村中に促されて現れたのは二人の女性選手。そしてレフェリー役に現れた男性を見て、参加の女子たちが驚きの声を上げた。
「え!うそ!」
「マジで!」
「え、飯塚選手・・・」
その男、飯塚健二は、MMAファンならば大概知っている実力者だ。日本のみならずアメリカでも試合経験を持ち、打撃と寝技のバランスのとれたオールラウンダー型として活躍した選手だ。
「驚くなよお前ら。この飯塚はな、俺の同級生であり、俺はそのマネージャーだぞ?いても不思議じゃないだろ~」
「自慢げに言うな。まあ、そう言うことだ。君たちが対戦する二人。こちらの背の高い選手は古川美保。柔道でインターハイベスト4、インカレベスト8、そして今はMMAの選手として活動している寝技系の選手。こっちの小さいのは、俺の娘、飯塚かすみ。キックボクシング歴10年の現役高校生だ。試合順はくじで決めるが、どちらと対戦するかは君たちの自由だ。質問は?」
飯塚が選手の特徴を説明し終えると、これまで無言だった千夏が挙手し、衝撃の一言を放った。
「あの・・・私、格闘技の経験ないんですけど、どうしたらいいですか?」