ぶつかり合い
優華はオープンフィンガーグローブでボクシングスタイルで構える。対して、武藤は素手で試合に臨み、いつでも敵を捌けるように肩の力を抜いて待ち構える。
(いちいち相手の様子を探るような真似はできないね。まず、あたしの蹴りを見れるかどうかを試すか)
優華はまず、挨拶代わりに右のミドルキックを放つ。強烈な音がリングに響く。
(くっ・・・)
武藤の動きが止まる。見極めきれずに脇腹にヒットしたからだ。
(よし!もう一発)
優華は手応えならぬ足応えを感じてもう一度放つが、武藤は微妙に身体をひねって背中で受ける。
(この蹴り・・・正直見えないな。体重差さまさまだな)
武藤はそのまま一歩一歩、徐々に間合いを詰める。厚みで上回る武藤のプレッシャーに、優華は前に出る足が止まる。
(じわじわプレッシャーかけてくんな・・・こりゃ一点集中じゃないときついかも・・・)
しかし、優華は前に出る。
(いいや。どんどん前に出よう!メインなんだからただ勝つだけじゃダメなんだから)
武藤が駆けてくるプレッシャーをはねのけ、優華は前に出てパンチを放つ。しかし、武藤のガードが意外に硬く、巧かった。優華はボディーやサイドなどに打ち分けるが、ここでも武藤の厚みが活きる。オブラードなく書けば武藤の脂肪がパンチを吸収してしまうのである。ただでさえ27キロの体重差があるこの試合。軽い側が打撃を仕掛ける上では、頭部への一発狙いか、下からじわじわ崩すかのどちらかしか選択肢がないのだ。
(くっそ~。デブだからなんとか行けると思ったけど・・・こりゃ蹴りオンリーで行くか。・・・あたしはいろんなケリできるからね)
そうニヤついたときだった。武藤が鋭いタックルで優華の腰に組み付いてきたのである。
「げふっ!」
「意外でしょ?これでもアタシは結構動けんのよ。・・・うおりゃあ!!」
そしてそのまま豪快なスープレックス。激しい音が響いた。理解する前に宙を舞った優華は、受け身をとれずに方から叩きつけられる。そしてそのままバックから押しつぶされながら首を取られる。
(ぐぇ・・・めっちゃ重い。ヤバい、逃げないと)
バックをとった武藤は、そのまま自分の体重を優華に浴びせてくる。その重さを実感するや、優華は逃げようともがくが、うつぶせの状態では取れる手段は限られる。しかも、武藤は自分のすねで優華の足首を押さえつけ、脚の自由も奪おうとする。
「ユウ!!ロープ右手にある!」
すかさず千夏が指示を飛ばす。目線を動かすと、ロープが届きそうなところにある。
(頼む、届け!)
すかさず腕を伸ばすと、指先がロープに触れる。つかめなかったが揺れたロープを見て、レフェリーがエスケープをコールした。
「は~危なかった~。武藤さん柔道じゃなかったんすか?」
「知らないでしょうけど、プロレスラーはねえ、練習じゃちゃんとレスリングしてるのよ。だから、上手下手はあってもタックルぐらいはできるわよ」
「こりゃ油断したな・・・。んじゃ、本気で蹴っ飛ばしますよ」
再開後、優華は宣言通りにミドルキックを放つ。ズバン!という音を立てて武藤の左太ももを捉える。そこからすごかった。
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
「ハッ!」ズバン!
息をつく間もないローキックの連打。耐えかねて武藤は膝をついた。
「ダウン!!ワンっ、ツーっ、スリーっ・・・」
(な、なんて連打・・・。ぐ、脚が・・・)
経験したことないキックのラッシュ。武藤の左太ももが青く変色していた。なんとか踏ん張ろうとしても、鉛を巻きつけられたかのように動かない。
その間もカウントが進んでいく。
「セベンっ、エイーっ、ナーイっ・・・」
(うぐおおおおっ!!)
レフェリーがカウント10を宣告する直前、武藤は歯を食いしばって立ち上がり、ファイティングポーズをとった。それを見た千夏は、武藤の形相に舌を巻いた。
「ものすごい歯ぁ食いしばってる・・・。相当痛いんだ」
「あれがリングに立つ人の執念。プロレスと総合格闘技の違いはあっても、そういう意地はみんな一緒よ。それに、ローキックだけで負けるなんて無様だしね」
古川が少々毒のある言葉を使いながら、武藤の意地を解説する。一方で優華は心底残念そうに笑う。
「あ~あ、立っちゃったか。だったら、同じとこもっかい蹴りまくるか」
そうニヤついて、今度はミドルを放った時だった。
「ぐふっ・・」
「なっ?」
モロに脇腹に右のミドルが食い込みながら、武藤はその蹴り足を左腕でがっちり抱え込んだ。
「なめんなこのガキャーぁっ!!」
そして武藤は気合いとともに右の掌底を、戸惑った優華の額に叩き込んだ。
バガンッ!!!
コンクリートブロックで殴られたような衝撃を額に受けた優華は、その瞬間意識が飛んだ。解放された脚とともに、ごろんとリングに大の字になる。
「ユウ!!」
「優華ちゃん!!」
赤コーナーのリングサイドで、セコンドの千夏と古川がマットを叩きながら優華に叫ぶ。
「ふ、ふえ・・・」
幸い、優華の覚醒は早く、レフェリーのカウントが進む中、ゆっくりと立ち上がる。が、よろよろとふらつき再び膝をつく。
(やっば・・・すっげー頭ぐらつく・・・)
「・・・ファイーっ、シーックス、セベンッ、エイーッ」
「・・・?ふぁ、やばい!!できるできるできる!!」
レフェリーのカウントを耳で捉えると、優華はすぐさま意識がはっきりした。慌ててファイティングポーズをとってレフェリーに訴える。
「落ち着け山﨑!分かってる!」
レフェリーはそう声をかけながら試合再開を促した。
ここまで山﨑はエスケープとダウンでロストポイント2、武藤はダウンでロストポイント1。試合はようやく5分を経過した。
(ぐあ~効いたな・・・あの掌底。まだ頭ぼーっとすんな~)
再開後、優華は構えつつ、武藤の掌底を振り返る。そして、自分に喝を入れた。
(余裕こきすぎたな。あたしの蹴りはそうそうつかめるもんじゃないってのを、もっかい教えないとね!)
再開後、優華は再び武藤の左太ももをひたすら蹴りまくる。武藤からすれば、これも金属バットで殴られているような感覚だ。
(ぐ・・・この・・・)
そして、武藤が再びぐらついたときだった。
「ハイヤッ!!」
優華はそう叫びながら、左脚を軸にしてくるっと一回転。回し蹴りを鳩尾に打ち込む。
(うっ・・・)
さすがの武藤の脂肪でもこれは耐えきれず。だが、とどめの一撃がさらに飛んでくる。
ゴッ!!!
優華は勢いのまま回転を続け、武藤の顔面に左のハイキックを叩き込んだ。側頭部をハンマーで殴られた感覚に陥った武藤が、膝から崩れて突っ伏す。優華は「どうだ!」と言わんばかりに目を見開いて武藤を見下ろした。
「姐さん!!」
「立てよ姐さん!!」
青コーナーのリングサイドでは、アマゾネスの後輩たちが檄を飛ばすが、武藤は立ち上がれない。最初の回し蹴りで呼吸が止まったところに、側頭部にハイを叩き込まれ意識がはっきりしないのだ。
レフェリーのカウントが進む中、武藤はこう思った。
(ダメだこれ・・・立てないわ・・・いつか・・・リベンジだ・・・)
「ナイーッ!・・・テンッ!!!」
レフェリーがそう叫んで両腕を交錯させながら試合終了を合図。ゴングが連打された瞬間、優華は両拳を突き上げて雄叫びを上げていた。
セミスキラ旗揚げ戦のメインイベントは、チームKUNOICHIのエース候補が、名のあるプロレスラーを撃破して幕を閉じたのであった。