メインイベントゴング前
セミスキラ旗揚げ大会も、いよいよメインイベントを残すのみとなった。ここまでの会場の反応はなかなかの盛況と言っていいだろう。300人入るかどうかの会場はほとんど空席もなく、最後の試合を今か今かと待ちくたびれる熱気が漂っていた。
(ほう・・・。ま、旗揚げ戦ってのは大概こんなもんだ。この一見たちを次の大会に引きずり込むためにも、頼むぜお二人さん)
リング上で会場を見渡しながら、村中代表は二人への期待を込めて、マイクに力を込めた。
「第6試合、本日のメインイベントを行います。青コーナーより・・・武藤千恵選手の入場です」
会場中に武藤の入場曲のイントロが響き渡る。花道の入り口のカーテンの向こう側で、ガウンを羽織った武藤が仁王立ちしていた。目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
「姐さん、行きましょうか」
「軽くひねり潰してやりましょうや!」
イントロが終わるタイミングで柴田と本間が声をかけ、武藤はふうと大きく息を吐いた。
「じゃ、行こうか」
そして二人をセコンドに引き連れて武藤は歩き出す。地響きを立てるかのようなのっしのっしとした、威風堂々の行進。インディー界隈とはいえ、女子プロレスの舞台で一度は名を売れただけの雰囲気が醸し出されていた。リングにかけられたステップを昇って、本間が広げたロープの隙間をくぐる。リングに立つと、四方に手を振って中央に立つ村中代表の周りを回った。そのままゆっくりと青コーナーにもたれかかった。
(さすがチャンピオン経験者だ。総合じゃ未知数とはいえ、やっぱ貫禄があらあ)
村中は武藤を一瞥した後に、マイクを再び構えた。
「赤コーナーより・・・山﨑優華選手の入場です!」
今度は山﨑の入場曲。そのイントロが鳴り響く。
花道で入場のタイミングを待つ優華は、脚踏みしたり首を回したりと忙しないままだ。込み上げてくるテンションを抑えきれないといった感じだ。
「あ~早くリング行きた~い。まだかな~」
「少しは落ち着きなさいよ」
見かねた千夏がそう声をかけたが、馬耳東風である。
「んなこといってもさ、デビュー戦だよ?こんなに興奮するなんて思わなかったも~ん」
「遠足を待ち切れない小学生じゃないんだから・・・」
「無邪気っていいわね~」
あきれる千夏の傍らで古川がニヤついていた。そうこうしているうちに入場のタイミングとなった。すると優華は、リングに向かってまっしぐら。花道を駆け抜けて、そのままステップを使わずにリングによじ登ると、トップロープを掴んで飛び越えた。武藤とは対照的な、颯爽としたリングインに会場は沸く。一方で、置いてきぼりを喰らったセコンドの古川と千夏は失笑を受ける羽目になった。
(らしいといえばらしいな・・・。ま、大丈夫だろ。目はギラギラだしな)
村中は必死に笑いをこらえながら、真剣な表情を作った。
「第6試合、15分一本勝負を行います!!」
村中はそう宣言して、まず武藤のほうを向く。
「青コーナー、165センチ、90キロ。ウーマン・プロレスリング・アマゾネス・・・武藤ぉーっ千恵ぇっ!!」
コールを受けた武藤は両手を広げてアピールする。続いて、村中は振り返って山﨑のほうを向く。
「赤コーナー、172センチ、63キロ。チームKUNOICHI・・・山﨑ぃーっ優華ぁっ!!」
山﨑もまた両拳を突き上げて、くるりとその場で一回転。後頭部で結んだポニーテールがひらりと舞った。
「いい?間違っても組み合ったらだめよ。打撃はピンポイントで当てなさい」
リングサイドで武藤がガウンを脱いでいる間、古川は優華にそう耳打ちをした。
「わかってますよ古川さん。あの大根足をボッコボコに蹴りまくったらいいんでしょう?」
「まあそれでいいかもしれないけど・・・あと、あっちは素手だけど、油断しないでね」
「そうなんすよね。素手だと張り手かな?まあ、なるようにしますよ。心配しないで下さいね!」
いい意味で余裕を感じるウインクを見せつけて、優華はリングの中央に向かった。
リング中央で、レフェリーの説明を受ける中、武藤は優華を見上げた。
「あんた・・・いい目してるわね」
「へっへ。空手の試合でもよく言われましたよ。『目があった瞬間、負けたと思った』なんてね」
「そ。空手とプロレス。どっちが強いか、やらせてもらうわ」
「アグレッシブ、かつクリーンにお願いします。はい、握手」
二人のやり取りを特に止めもせず、レフェリーの山阪はそのまま握手を促る。がっちりとそれを交わして二人はそれぞれのコーナーに戻る。そして、ゴングが打ち鳴らされた。