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『先輩』としての戦い

 旗揚げ戦も折り返し。第四試合にはチームKUNOICHIの最年長、古川美保がリングに上がった。対戦相手の片桐明日香は、第二試合に出場した緒方と同じガールズ・マーシャル・アーツ(以後GMA)所属の実力者。日本国内で20戦近いキャリアを持ち、ムエタイ仕込みの激しい打撃が持ち味だ。古川は当初GMAで総合をはじめ、片桐とは顔見知りであり対戦経験もある。戦績は古川が2勝している。


「よろしくお願いします、古川フルさん。三度目の正直、ここで飾らせてもらいますよ」

「お手柔らかにね、明日香ちゃん。二度あることは三度あるってね」


 この試合からは、リングから色物感が消える。互いに総合での実績がある実力者同士ゆえに、会場はまず、その捌きに見入る。スタンドでは柔道出身の古川が一歩劣るが、ガードが堅い以上にいなす巧さで対抗。そうして有効打をカウンターで見舞うのだ。片桐の鋭く重いキックが放たれるが、古川はうまくすねのレガースでカット。その度に、ズバンっ、スパァンと聞き心地の良い音が響く。

 しかし、古川は低いタックルで片桐に組みつくと、引きずり倒すようにテイクダウン。そのままバックをとると、腕を片桐の顎の下に強引にねじ込んでのスリーパーを狙う。だが片桐も首をガッチリと守ってそれを阻止。ならばと、古川は首を諦めて反転して足関節へ。片桐の足首をとってアンクルホールド狙い。対して上半身の自由を得た片桐も、身体を捻って足首をとる。 そのままお互いリング上を転がりながら足関節をかけあうものの、そのままロープに絡み付いてしまいブレイクとなった。その攻防をリングサイドでセコンドとして見ていた千夏は、息をのむほど古川の技術に見入ると同時に、自分がまだまだ未熟であるということを痛感した。


(少しでも早くこの域に近づきたいな・・・。もっともっと練習しないと)



 古川はディフェンスのテクニックで、日本の女子総合格闘技界で名を馳せている。ガードが堅くて有効打をほとんどもらわず、キックのカットや受け流しにも長けている。焦れた相手がタックルに来ても受け止め、屈強ともいえる下半身の粘り強さを持ってテイクダウンを許さず、時にはがぶってフロントネックロックをとる。優勝や金星と言う具体的な実績は少ないが「古川をラクに倒せればトップは目前」と言われているのだ。

 では、攻撃力を鍛えればいいのか?答えは「ノー」である。



 ガスッ!!


「ダウンっ!ワンッ、ツーッ、スリーッ・・・」


 より間合いを詰めてヒジ打ちを打とうとした片桐に、古川は見事なタイミングでカウンターのフックを打ち込みダウンを奪った。モーションが小さいために、喰らった相手からすれば呆気にとられてしまい、一気にペースを狂わされる。このカウンターの巧さが、古川の真骨頂だった。厄介なのは顎を捉える精度が高いことで、逆転でKO勝ち決めることもしばしばだった。

 それでも片桐は、カウントナインで立ち上がって反撃するが、古川が鋭いタックルでテイクダウンを奪うと、そのまま肩固めでタップを奪った。


 続いてセミファイナル。チームKUNOICHIはかすみが登場。戦前、メインイベンターに選ばれなかったことに怒りを隠さなかったかすみは、怒涛の猛攻で相手の小山田を押し込んだ。

「ハッ!」

 強烈なミドルを放つかすみ。その鋭さに小山田はガードしきれない。ガードしても、小柄な体格からは想像できない破壊力を持っており、その上から響くのである。

(ぐっ!すごい蹴り・・・)

「ほうらっ!」

「ウグッ!」

 キックだけでなく、パンチも鋭く、ラッシュの回転も速いために小山田は前に出ることができない。それでも、シュートボクシングの世界ではジュニア世代から名の知れた小山田も良いようにはやられない。突っ込んできたかすみを首相撲に捉えると、そのままぶっこ抜くような首投げで叩きつけアームロックを極めにかかる。

「かすみ!左足伸ばして!ロープあるよ!!」

 千夏はすぐさまかすみにそう叫ぶが、プライドが許さないのか、セコンドの忠言を拒むように抵抗する。だが、娘の行動の意味を察した飯塚健二が、怒号を浴びた。

「無様に負けるつもりかかすみ!!セコンドの話を聞け!!お前に見えてないものが見えてるんだぞ!!」

 リングを叩きながらの父の怒号に、かすみは観念したかのようにロープエスケープに逃れる。ブレイク後、憮然と立ち上がるかすみに、千夏は声をかける。それも厳しめに。

「あんなこと言っといて黒星だったら、あなた先が知れてるわ。リングの先輩だっていうんだったら、初心者の私に経験者の技をもっと見せてよ」

 半ば挑発めいた千夏の物言いに、かすみは眉間にしわを寄せたが、負けず嫌いの心に火がついた。


(初心者にまで言われるなんて・・・。きっちり勝たないと)


 気を引き締めなおしたかすみは、スタンドでのイニシアチブをとるべく、強烈な右のミドルキックを放つ。


 ズバァンッ!!


「きゃっ!」


 ガードを吹き飛ばすような一撃にひるむ小山田。すると、かすみはスピンキックで小山田のレバーに左の踵をめり込ませる。これで身体が折れ曲がったところ、打ち頃の高さに下がった小山田の頭を、右のハイキックで追撃。鮮やかなKO勝利を収めたのであった。

 それでもレフェリーに手を上げられ勝利を宣告されても、かすみに笑顔はない。


(千夏に諭されているようじゃ、メインなんてできっこないわね・・・。もっとプロらしさを見せないと)




 一方、唯一控室に残って試合を観戦していた優華は、武者震いからくる笑みをこぼしていた。


(フフフ、いよいよだ。かあ~、楽しみだな~)


 今か今かと待ち切れない優華は、しきりにジャンプするなど落ち着かない様子だった。

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