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建物が減り、整備されていない地面ばかりが目につく。都から離れれば離れるほど、道は荒れる。舗装が後回しになる道は剥き出しの土がでこぼこと荒れ、道端には草が道へとはみ出している。背の高い草が生えていないことで定期的に手入れされているのは分かるが、その間隔は頻繁ではないと分かる程度には長い。
人の往来が増える人里に近づけば土は踏み固められ草が生える余地はなくなるが、その道中はあちこちで草が邪魔をしていた。
よく跳ねる馬車に揺られながら、外を眺める。相変わらず、のどかな風景だ。それは人の少なさを意味している。田舎はどこも似たような景色となるので、人とはどんな田舎へ行っても何かしらの郷愁を覚えるものだと、最近眠る前に読んでいる本に書かれていた。
カーイナに行きたい。
色々あってずいぶんと遅くなってしまったその願いを果たす為、私達はようやく動くことができた。王都での事件から少し落ち着き始めたからだ。完全に落ち着くことは、まだ随分先だろうが。
カイドも、とても無茶をしたのに、此度のカーイナ行きについてくると言って聞かなかった。けれど、残念ながら同じ日の出発が叶わず、後から馬で追ってくる手筈となっている。
馬車内には、私とカロン、そしてジャスミンとサムアが乗っていた。ウィルもいるのだけれど、外の護衛兵と一緒に馬で移動している。本人は馬車が窮屈になるからだと言っていた。それも嘘ではないだろうが、カロンのお小言から逃げたのだと私は思っている。ウィルは叱られた経験が少ないので、どうもカロンが苦手のようだ。
最初は窓の外を見てはしゃいだり、外にいるウィルとお喋りを楽しんでいたサムアとジャスミンも、いつからかうとうと船を漕ぎ始めた。今やすっかり寝入っている。眠りに落ちてしまった二人をカロンは叱ろうとしたが、寝かせて上げてほしいと私が頼んだのだ。
二人が寝入ってしまってからは、ウィルも窓から見える位置取りから外れていった。
「お嬢様、どうかされましたか?」
窓の形に切り取られた世界をぼんやり眺めていると、カロンが心配げに声をかけてくれた。何でもないのだと答えかけた言葉を、ゆっくり飲みこむ。
視線を向ける過程で、向かい合って座っているジャスミンとサムアを見る。長旅で疲れ切った二人は肩を寄せ合って眠っている。外の景色と同じほど穏やかな眠りを妨げぬよう、そっと言葉を落とす。
「この地を懐かしいと思える日が来るなんて、思わなかったの」
広がる景色は、カーイナへと向かっている。いま乗っている物よりうんと跳ねる馬車に揺られ、領主の屋敷へ向かっていた頃にはこんな現在、考えもしなかった。かといって、他に抱く感情も、思いつかなかったけれど。
私の隣に座るカロンは、私が見ていた窓とは逆にある彼女に最も近い窓へと視線を向けた。
「………………お辛く、ございましたか」
長い間飲みこまれた末に紡がれた言葉で、カロンがあえてそれを音にしてくれたのだと知る。独り言のように紡がれたが、問いとは答えを求めるためにある。カロンは、私が言葉を飲みこまず済むよう促すと同時に、選択肢をくれたのだ。答えを飲みこむも世界に放つも好きにさせてくれた。本来ならば無礼とされる視線の向け方をしてでも、そうしてくれたのだ。
その優しさが、温かかった。
「そうね。きっと、そうだったのでしょうね。……けれど、けれどね、カロン。私、分からなかったの。私がつらいと思うことが許されるのか、分からなかったの。そうしたらね、何もかも分からなくなってしまうの。悲しいはずなのに、苦しいはずなのに、それが許されるかどうか分からなくて、全部停滞して沈殿していったわ。不思議ね。感情って、降り積もるの。感情として浮かべないと、どんどん自分の中に溜まって、積もった感情ばかりが私を構成して、私が隅に追いやられてしまうようだった」
ゆっくりと私を向いたカロンの顔は、酷く泣き出しそうで、痛みを堪えるようで、それでいて少しの喜びが浮かんでいた。
「……お嬢様が、お気持ちを教えてくださるとは、思いませんでした」
「だって、カロンは私のお友だちだもの。お友だちには情けない泣き言を言ってもいいって、本に書いてあったわ」
人差し指を立てえへんと胸を張ると、カロンはくしゃりと笑う。しかし、すぐに笑みは崩れていく。温かな手が私の手を包み、カロンは深く俯いてしまった。
「お嬢様のお側に、いたかったです」
「そうしたら、カロンが育ててくれたのかしら。それはとても素敵だけれど、少し寂しいわ。だって私、あなたを大切なお友だちだと思っているのですもの。お母様とお友だちは違うでしょう?」
「……色々、色々と恐ろしいことを笑って仰らないでいただきたいのですが」
若干青ざめてしまった顔を上げたカロンは今度はさっきとは逆に、崩れた表情の先に笑みを作った。
「私も、お嬢様が友人と呼んでくださる私でいたいです」
「ふふ、嬉しい」
繋いだままの手を少し揺らす。座っていてもダンスは出来るし、繋いだ手は喜びを歌えるのだ。
「ねえ、知ってる? カロン」
「何でしょうか」
繋いでいた手を片方外し、そっと耳打ちする。子ども達は気持ちよさそうに眠っているけれど、なんだかカロンと内緒話がしたかったのだ。
「カイドったら、王城で私と二手に分かれたこと、カロンに酷く叱られると思っていたみたいなの。だからね、カロンが何も言わなかったこと、とてもびっくりしたんですって。あんなに大きくなったのに、あなたに叱られることがとっても怖いようなの」
それまでくすぐったそうに寄り添っていてくれたカロンが、眉をきゅっと寄せた。ここにカイドはいないのに、まるでカイドを前にして叱る寸前のような顔だ。
「……お嬢様をお一人で、いえ、二人が共に残りましたが、何の守護もなくあの場に置いていかざるを得なかったこと。それは私も同じです。私もあの子達のように駆け出したかったけれど、出来なかった。それは、悔しいけれど、心の底から嫌ですけども、あの方と同じです」
カロンはぐらぐらに湧いたお湯で淹れてしまったお茶を飲んだかのような顔になった。
「ですから、その件であの方を責めることなど出来ようはずもございません。私も同罪です。同じ罪を負う私に、あの方を責める権利などございません」
「罪だなんて、カロン」
「いいえ、いいえお嬢様。あなたにお仕えする我々が、あなたを危険に晒したこと、それは明確な罪でございます」
きっぱりと言い切ったカロンに、私はきっと眉根を下げてしまった。けれどカロンは決して譲らなかった。声は揺らがず、手も震えず、温かさは失わず。これは彼女にとって既に決定した事柄なのだ。それが少し、寂しい。
「……ですが、それ以外の立場であっても、私は何も言えなかったでしょう」
「カロン、あれは私がカイドにお願いしたの」
「ええ、分かっております。ですから私は、恐れながらもお嬢様の友人という立場にあっても、あなたをあの場に置いたまま、立ち去った旦那様に恨み言など言えようはずもありません。あの方は、悔しいけれど、お嬢様の願いを叶えるために自身の願いを捨てて立ち去ったのですから」
そう、カイドは私を王城に一人置いていったのではない。
置いていって、くれたのだ。
あの状況下、カイド達の身が危険に晒されていなかったとしても、私はきっと行けなかった。王族の姫が私を欲すると決め、言葉にした。ならば私は従わねばならなかった。そうしなければ、シャーリーとしての生を歩めなかった。
だからカイドは私の願いを聞いてくれたに過ぎない。私はカイドが無理を押してでも私を連れ帰らないでいてくれたことに感謝している。
カロンは少し拗ねたような顔で、小さく息を吐いた。
「お嬢様、我々はお嬢様には危険のない場所にいて頂きたいのです。それは、確固たる願いであり、決意です。ずっと、何にも心痛めることなく、穏やかな場所でと。そのように全てを整えたい。……旦那様も、そう思っておいででしょう。ですが、お嬢様は何にもその歩みを阻まれてはならないのです。先にある苦痛を、苦難を、些細な棘さえ引き抜き、それらを隠し……平らとなった物としてお渡しすることは、お嬢様への侮辱に過ぎません。それを我々は肝に銘じ、我々のこの思いがお嬢様にとっての檻とならぬよう、誓ったのです」
少し乾いた温かな手が、ぎゅっと私の手を握りしめる。
「お嬢様、私達はお嬢様が願われた決意を、私達の願いによって薙ぎ払うような真似を決して致しません。あなたに目隠しをし、限られた道しかご覧に入れない。あなたを軽んじる、そのような侮辱は許されない。……あなたをお慕いするこの気持ちを、檻には、決して」
カイドが、カロンが、皆が抱いてくれた願いが、私へ向けてくれた尊重としてここにある。それが、どうしようもなく有り難かった。有り難く、くすぐったく、泣きたくなるほど申し訳なくて。
私は、そんな風に思ってもらえるような人間になれるだろうかと、いつも。
「……カロン、ありがとう」
「……お嬢様、とんでもないことを仰らないでください。これは……当たり前のことなんです、お嬢様。誰に対しても当たり前に向けられるべきものです。もし、もしも旦那様がお嬢様の前に立ちはだかる全ての苦痛をお嬢様に知られず排除するようなことがあれば、お嬢様は侮るなと怒らねばならぬのです。それは、お嬢様に対する侮辱です。それをどうか、お忘れにならないでください」
カロンは時々、難しいことを言う。こんなにも尊く、有り難く、美しいものを、当たり前だと言うのだ。
赤子ならばいざしれず、幼子でさえ己で走って転ばなければならない。そうでなければ、走り方など学べない。だから親は、子が走る先全てを平らに均すのではなく、転んだ子が泣きながら帰ってくる場所を用意しておくのだ。苦笑しながら、両手を広げて。
……私の家族は、その当たり前を知らなかった。ずっと、ずっと、私を抱きしめ続けた。駆けだし方も知らなかった私が飛べるはずもなく、我が家は巣ごと地に墜ちた。
お母様、お父様。お婆様、お爺様。
私達は、知らないことが多すぎましたね。それとも、あなた方は知っていて尚、その道を選ばれたのでしょうか。
私が知る機会は、もう二度と訪れない。二度と。もう二度と。
それが死だ。
だとしたら、私の死は何と呼ぶのだろう。いつか訪れた私の死は、いずれ訪れる私の死は。いまこのとき、世界に存在する私の生を、人は何と呼ぶのだろう。
カロンは、温かな額を私の肩につけた。
「お嬢様、どうかお好きな道を歩まれてください。私達があなたをお慕いするこの想いは必ず、お嬢様をお支えする力と致します。あなたの視界を覆う帳には致しません。……そのほうがおつらいことは、多々ございましょう。けれど、お嬢様。お嬢様がそれをお望みならば、そこにお嬢様の痛みがあろうと、我々はお支えします。ですからどうか、お望みください」
「……ええ。だって、カロン。悲しいことが、恐ろしいことがこの世から消えない以上、私はそれをこの目で見て生きなければいけないわ。だって、そうじゃないとあなた達と一緒には生きられないのだもの。私ね、カロン。あなた達と一緒に生きたいの。今度こそ、一緒に」
世界にある苦痛を知らなければ、痛む胸もないだろう。悩ます頭もないまま、穏やかに緩慢な生を過ごす時は可能だ。だがそれは、私でなくてもいい。お人形で事足りる。
愛でられるだけの人生は、穏やかだ。けれど寂しく、温度を伴わない。だって、誰であってもいい、お人形の世界なのだから。
傷も痛みもなく、悲しみも不幸もなく、すべてが定められ与えられた幸福の中、漂うように生きる。ゆえに責任も抱けない。自身の生を、その責任を自覚せず、まどろんで生きる生を幸福とは呼ばないと、私はもう知っているのだ。
私のこれが、本当に生と呼んでいい代物なのかは分からないけれど。
「私は怠惰で、あまり賢くはないから、隠されてしまうと、きっと見つけられないの。だから、嬉しい。私をお人形にしないでくれてありがとう、カロン」
それでも、流れる時の中、鼓動を刻み思考を紡ぐこれを生と定義する内は。
痛みは生きている人間だけが感じるものだ。人形も死者も感じることはない。
だったら私は痛みが欲しい。痛みを得て、経て、生きたいのだ。
「……私はあの日、サムアとジャスミンがとても羨ましかった。私も彼女達のようにお嬢様の元へと駆けだしていきたかった。けれど……解決するために動くのならば離れねばならないと、外にこそその術があると理解できるほどには、私は歳を取ってしまいました。無謀に、願いのままただ駆け出すことは、私にはもう、できません。……そんな私は、お嬢様に友と呼んでいただく資格など、本当はないのかもしれません」
「そんな、そんな悲しいことを言わないで、カロン。だって、そんなの当たり前よ。私と一緒にいてくれると私は嬉しいけれど、それでは物事は何も解決しないもの。あなた達が外で動いてくれていると信じさせてくれた。それは、とてつもない支えだったわ」
カロンは動かない。ただ、悲しげな吐息が静かに聞こえるだけだ。
「カロン……」
「ですが」
突如跳ね上がった頭に、びっくりしてしまう。けれど、すぐに嬉しくなる。だって、ようやくカロンの顔が見えたのだ。
「私は、お嬢様の友達で、ありたいのです。お嬢様、私はお嬢様と年が離れてしまいました。ジャスミンやサムアのように、全てを捨ててでもあなたと共に駆け出すことはもう出来ないでしょう。けれど……こんな私でも、ずっと友達で、いて、くださいますか……?」
泣き出しそうな、けれど強く決意した揺れる不安を、見たことがある。セシルと駆け落ちすると決めたのだと、告げに来たあの日も、カロンは同じ顔をしていた。
「カロン。あなた、そんなことを心配していたの?」
驚きと懐かしい眩しさに、大きく瞬きしてしまう。ついで、思わず笑ってしまった。
「笑わないでください、お嬢様……」
「だって、カロンったら。年の差ができてしまっただなんて、そんなのたったの十年だわ。それに、二十年経っても、三十年経っても、カロンはカロンだもの。今の顔だって、なんにも変わらないのに。カロン、あなたはあの頃と何も変わらず、強くて、可愛いらしくて、私の大好きなカロンだわ」
カロンは、笑う私に、何だか拗ねてしまったようにそっぽを向いた。その様子がまるでカイドのようで、また笑ってしまう。カイドもカロンも、苦難を乗り越える内に何だか少し似てきたみたいだ。それとも、私は彼女達のように愛らしい人を好きになりがちなのだろうか。しかし、彼女達のように愛らしく可愛らしい人なら、誰だって好きになると思うのだ。その証拠に、愛らしくも可愛らしくもないウィルに対しては、大好きなんて感情を抱いた事実は一度もない。
カロンをゆっくり抱きしめると、そろりと背に手を回してくれた。緩やかな温もりがゆっくりと伝わってくる。
「カロン、私の大好きなカロリーナ。私、大好きなあなたを鐘の音のように綺麗な音で呼びたくて、カロンと呼んだの。そんなことを思ったのは、あなたが初めてだったわ。ねえ、カロン。私の初めてのお友達のあなた。ねえ、あなた。私、あなたが好きよ、あなたが大好き。私と友達になってくれた頃のあなたも、今なお友達でいてくれる素敵な大人となったあなたも、大好き」
どんなカロンでも私はきっと大好きなままなのに、あの頃と変わらない素敵なカロンを友達と思えないかもしれないだなんて、ありえようはずもない。どんなに頑張ったって、そんなのは無理な話だ。
「覚えているかしら。あの頃あなたが教えてくれた、仲のいい友達同士で寝間着を持ち寄り、夜更かしして一緒に眠るパーティ。ねえ、カロン。私、あなたとしたいわ。私、ずっとあなたとそんな夜を過ごしてみたかったの。ベッドの上でお菓子を食べるのでしょう? ふふ、いけない子になってしまうわね。けれど、お友達との夜ですもの。少しくらいいけないことをしてもいいと思うわ」
決して叶うことのなかった夢物語。生きていても、夢想でしかなかったであろう。けれど今なら叶えられる。カロンが私を友達と言ってくれるのなら、私達は何だって新しい夢を願えるのだ。そうして、何度だって繰り返せる。
だって、生きているのだから。
カロンは驚いた顔で私から離れ、領の命運をかけた決断をするかのような顔で唸り始めた。困らせているのは分かっている。無理を押すつもりはない。けれど、カロンとそんな夜を過ごしてみたいと願っていたのは、どうしたって本当なのだ。
カロンは悩み、唸り、腕を組んだ身体をねじらせ、動きを止めた。この数十秒でずいぶん窶れたように見える。それほどに苦労をかけてしまう話だろうか。少し申し訳なくなる。
しばしその体勢を続けたカロンは、やがてゆっくり顔を上げ、私を見た。
「………………お、嬢様と、二人だけで、でしたら……」
「まあ! 嬉しい!」
思わず声を跳ねさせてしまい、慌てて口元を押さえる。そっと視線を向けた先で、ジャスミンとサムアはまだすやすや穏やかに夢を見てた。ほっと胸を撫で下ろし、カロンへ視線を戻す。
「いいの? 嬉しい……」
「…………メイド長としてはいけないと重々承知しております。ですが、その上で申し上げますが、私だって友人とそんな風に過ごす夜、嬉しいに決まっているではありませんか!」
頬を赤く染め、若干涙目になりながらも気持ちを伝えてくれるカロンがやっぱり愛らしくて、溜まらなくなって再び抱きしめる。今度は抱きついたに近かった。
「嬉しい! 二人っきりね! ふふ……ジャスミンとサムアには悪いけれど、その夜は二人っきりで楽しみましょう。美味しいお菓子を並べて、たくさんお喋りして、深くまで夜を更かすの。きっと素敵な夜になるわ」
「ふふ……そうですね、楽しみです」
まだ少し赤い目尻を細め、嬉しそうに微笑んでくれるカロンは、やっぱりあの頃となんにも変わっていなかった。
「私、アデルからお母さんを取ってしまうのね」
「もう鬱陶しがられているので、解放感ではしゃぎ回りますよ、きっと」
「ふふ……その日は、私だけのカロンなのね」
「お嬢様こそ、私だけのお嬢様ですから、旦那様も閉め出しますからね?」
「あら、当たり前よ。だって、私とカロンの夜だもの」
ことことと煮込むような密やかさで、カロンと話す。眠る二人を起こさぬよう、まだ見ぬ夜の夢を語る。
すると、突如として馬車が激しく揺れた。
「ふぁえ!?」
「な、何だ!?」
二人が跳ね起きてしまった。しかも跳ねた拍子にぶつかったらしい。鋭くも鈍い音が、跳ねる馬車内に響く。痛む箇所を押さえながらも、互いに凭れるようにして身体を支え合う二人に、慌てて声をかける。
「だ、大丈夫?」
「いったぁい! 何でこんなに揺れたの!? 事故ぉ!?」
涙を滲ませたジャスミンの額が赤くなっていた。サムアは顎を押さえているので、まだ喋れそうにない。
「あのね、全てではないけれど、人里が近くなる場所にはこうやってわざと馬車が跳ねるような仕掛けがあるの。道に段差をつけているの」
「なんでぇ!? いたたた……」
「長い道のりですもの、ついうとうと眠ってしまう人が少なくないの。ここまではあまり人通りがないけれど、ここから先は人里に入るから、もしも居眠りをした馬車が入ってしまったら大変でしょう? だから、眠気覚ましの為に設置されているの」
「なるほど」
ジャスミンと痛みから復活したらしいサムアが、二人揃って感心している。王都への出発にあれだけはしゃいでいた二人ではあるが、二人は二人で充分な都会っこだ。何せ、ライウス領主が住む、ライウス一大きな街で生まれ育ったのである。
二人が幼い頃はまだ情勢が安定していなかったから、旅行はほとんどしたことがないらしい。だから他の街や村についてはよく知らないと、出発前に言っていた。
「あ、じゃあ、もう着くの!?」
嬉しそうにぱんっと両手を合わせたジャスミンは、その勢いのまま窓の外へと視線を向けた。見慣れない人々にとっては、同じような景色に見えるだろう。ずっと山が続いているからだ。けれど、住み慣れた人間にとっては山の形や、川の流れ、岩を含めた風景で自分達がどの辺りを進んでいるか分かる。
それに、先程の馬車跳ねがあったので、間違えようもない。
「ええ、もうそろそろ建物が見えてくるわ」
私が生まれ、そして十五まで育ったカーイナの風景を見つめる。十五年間住んだこの地を離れてそれほど経っていないはずなのに、何だかずいぶんと懐かしく思えた。




