表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
三章
64/70

64.あなたと私の約束Ⅻ








 王都に領主達が集まっている間に、王の葬儀はしめやかに行われた。

 埋葬は既に終わっている。元々夏であればすぐに埋葬だけは済ませてしまうので、それ自体は大きな騒ぎにはならなかった。事前にマーシュ様とアジェーレア様のご病気が公表され、皆そちらに意識を取られたのだろう。


 お二人共同じ心の臓のご病気であるとのことだ。



 葬儀にアジェーレア様の姿はない。少し痩せたマーシュ様が全て執り行った。

 アジェーレア様の病状はマーシュ様より深刻で、即座に療養に入ったとの公表を受け、人々は王の死と二人の殿下の病気に涙した。

 王の死と殿下の病気。これからフィリアラ国が陥る混乱を前に、マーシュ様はライウス領主の手を借り全ての領主の元を訪れ、協力を仰いだ。しばらくの間一致団結して国を守ってほしいとご病気の殿下に頭を下げられて、否と言う領主などいない。領主達はマーシュ様の決意に胸を打たれ、国家安定のため今まで以上のたゆまぬ努力と協力を約束した。

 その間、ご病気のアジェーレア様が王城を纏め、ライウス領主の婚約者はそんなアジェーレア様を支えた、そうだ。


 沢山の涙に包まれた葬儀は、慌ただしく用意されたとは思えない静けさで、多くの嘆きと共に終わった。








「事情を知る人間からは、アジェーレアを殺した方が安全だという声も少なくなかったんだ」


 一つ、二つ。領主達を乗せた馬車が城を離れ始めた頃、私達も帰ることになった。最後まで残ってしまっては、ライウスは王家と懇意になりすぎる。ただでさえ、今回は抜け駆けのように王家の危機の『協力者』になってしまった上に、これから嫌でも関わることになるのだから。


「けれど今アジェーレアが死んでしまっては、私が玉座を簒奪したという声は免れない。今はそんな声に手間取られているわけにはいかない。何せ、やらなくてはならないことが山積みでね」


 ちらりと視線を向けられた先では、静かに控えていたはずのダニラスが少し離れ、何やら列を作っている人々に指示を出していた。


「アジェーレアは、王家直轄地で療養してもらっているよ。周りは海ばかりだけれど、あまり寝台から動ける病ではないから景色がいいほうがいいだろうと皆納得してくれたよ。心の臓への負担は少ない方がいい。君達に会いたがっていたけれど、会いにいこうだなどと考えなくていいよ」


 端から見れば柔らかく談笑しているように見えるだろう。けれど今はやっと取れた他者を交えない場だ。話されている内容は穏やかさからは程遠い。


「ライウスにも君達にも、酷い迷惑をかけたことを謝罪する。この詫びはいずれ必ずしよう。ダニラスに関しても、猶予を頂けて助かる。恥ずかしい話だけれど、彼がいなくては回らないんだ。彼への罰は、私が死んだ後も国の為に働き続ける、という形で本当にいいのかな?」

「あの手の男は、生に喜びを感じません。主に殉じて死ねることが一番の褒美ですので、罰は逆でなければ」


 しれっと答えたのはウィルフレッドだ。

 一旦城から離れたウィルフレッドは、カイド達と共に再び城へと戻ってきて、まずやったことはダニラスの爪を剥いだことなのだから笑えない。事務仕事に手間取らないよう小指の爪にしてやった、精々馬車馬の如く働けと吐き捨てた彼をこれからどう押さえるか今から頭が痛いとカイドが呻いていた。



 ただ、彼自身ダニラスと似たような立場なのだ。ウィルフレッドはティムの名を捨て、再び屋敷に舞い戻った。

 あくまでライウス領主暗殺の実行犯は「ティム」だ。しばらく表立つ場所には出さないが、それにしたってとんでもない話である。蘇生出来たとはいえカイドを毒殺した犯人を屋敷内に再び迎え入れるのだ。カロリーナ達も当然難色を示した。

 だが、私は大丈夫だと思っている。大丈夫なその理由は私だって納得したくないが、何より納得していないのはウィルフレッドその人なのだから。



 ウィルフレッドがライウスとカイドに何か害を為した場合、彼に下されたものと同じ罰を自分達も負うと、サムアとジャスミンが申し出たからだ。

 これには周囲も難色どころではなかった。猛反発だ。ウィルフレッドとカロリーナ達が手を組んだ程である。

 しかし、一揆すら起きそうな勢いで屋敷中が反発したにもかかわらず、二人は一歩も譲らなかった。あまりに反対されるので強制的に影響を受けるよう、自分の養子に迎え入れるとまで二人は言ったのだ。

 しかしここで問題が起こった。どちらが引き取るかでこの二人が揉めたのだ。


 猛烈な喧嘩を始めた二人、二人を止めるカイド達、養子先として一歳年上のサムアか同じ年のジャスミンかの選択を迫られたウィルフレッド。状況は混乱を極めた。カイド達ももう何を反対していたのか分からなくなったそうだ。

 結局、養子の件は措いておき、ウィルフレッドは屋敷に戻った。ぐったり疲れ切った様子を見るに、本当に大丈夫なのではと思われたらしく、ウィルフレッドにとってそれは大変遺憾のようだ。





 その混乱を私は話に聞いただけだけれど、その場にいたかったような、いたくなかったような、大変複雑な思いである。


 少し離れた場所では、イザドルが最後の最後まで忙しそうにしていた。何でも、潜伏させてもらった家の家人と少々揉めたらしく、意地でも仕事を終わらせて借りを返しに行きたいのだそうだ。

 相手は平民の方らしいのだが、平民を嫌う彼には珍しく部下任せではなく自分の手ですると言っていたらしい。カイドが言うには、揉めたと言うより喧嘩をしたのだそうだ。イザドルを助けてくださった方なのだから、出来れば私もお礼に伺いたい。けれど、どうにも荒れているイザドルを見るとまだ話を聞ける段階にはなさそうだ。



「まだ確定は出来ないけれど、議会制度、出来ればライウスと同時に施行したいと私は考えている。カイドにはこれからも手を貸してもらうことが増えるとは思うが、どうか許してほしい。その代わりというわけでは決してないんだが、結婚式と新婚旅行には便宜を図らせてもらいたい」


 思わずぐっと詰まった。真面目な顔で突然こちらの動揺を誘うことを言わないで頂きたかった。

 カイドの立場上そうもいかないと分かっているけれど、私は出来るなら、カイドが元気になった頃屋敷で開かれた使用人を労うためのパーティーのようなものがいい。形式張ったこともなく、皆が食べたいものを食べ、踊りたい人と踊りたいときに踊り、楽器を触りたい人がでたらめに陽気な曲を奏でる。あのお伽噺のような時間に祝ってもらえたなら、何よりも嬉しい。

 それを控えめに伝えれば、マーシュ様は「え?」と声を上げた。


「君達の結婚式に使ってもらいたいと、ダーゼに移転したものの未だ王都一人気の宝石職人が、更にライウスへ店を移転すると聞いたのだけど」


 ………………嘘だと言ってほしい。




「派手に行ったほうがいいかどうかは状況を見て判断します。今回のことでかなり強引に人手と金を割きましたので、領民の目は厳しくなっていますので」


 カイドの言葉に、マーシュ様は申し訳なさそうな顔になった。

 カイドはこう言うが、イザドルによれば厳しい目を持った領民の数はそう多くはないそうだ。寧ろ、身内に手を出されて怒り狂った様を見て安堵した領民の方が多いと言っていた。

 対外的には後腐れのない話で纏められている今回の真相は、当事者を見ていたり、情勢を考えられる人には当然効果はない。諸外国に向けてこういう名目になっているという前提を作っただけなので当たり前だ。

 人の口に戸は立てられぬ。そして、きっちり根回ししている時間と余裕がなかったのだ。


 たとえ相手が王家であろうと、身内に手を出されて唯々諾々と従う領主でなくてよかった。将来もしもが起こった際、ライウスを差し出すのではなく守ってくださるだろうと逆に人気が高まっているのだそうだ。あっちを立てればこっちが立たず。あっちが立たねばこっちが立つ。人の気持ちとは一概には言えない難しい物だ。





「そうだな。君達は、早くライウスに帰らなければならないんだったね。引き留めて申し訳なかった。……私が最後の王族になれるよう努力するよ。本当にすまなかった。ありがとう」


 差し出された手をカイドが握る。これはマーシュ様とカイドの握手だ。けれど、対外的には王家とライウスの握手と映るだろう。本当に、地位と個人はままならないことが多い。

 だからこそマーシュ様は私達を見送らなかった。握手が終われば小さく微笑み、さっと背を向けてダニラスの元へと戻っていく。彼を見送ったのは出立する側の私達の方だった。



 静かに一礼し、馬車へと足を向ける。すると、一旦離れていたウィルフレッドが近づいてきた。彼が歩いてきた方向を見れば、ダニラスが苦い顔をしていた。どうやら隙あらばダニラスに何かをしているらしい。それを見たカイドも苦い顔をしている。そんな二人を見たウィルフレッドは機嫌がよさそうだ。思うところある二人一気に嫌がらせが出来て一石二鳥だと言っていたことを思いだし、私は溜息を吐くしかない。


「ウィルフレッド、大概にしろ」

「ライウス領主とあろうものが、自領の子どもに手を出した男に罰を与えないとはな」

「やるなら人目につかない場所でやれ」

「成程。一理ある。あの男のために余計な労力を割くのも鬱陶しい」


 二人の意見と見解が一致しているのに、こんなに喜ばしくないのも珍しい。

 ダニラスはあまりにマーシュ様以外がどうでもよすぎて、誰も彼もの逆鱗に触れすぎた。勿論、私の物にもだ。




「ああ、そうだ。シャーリー、お前に借りっぱなしなのも収まりが悪いから一旦返そう」

「え?」


 何か貸しただろうか。そんな記憶は無い。そもそも、私に何か借りるくらいなら自分で調達した方が早いと判断する人だ。

 首を傾げた腕を掴まれ、引っ張られる。同時に、額に柔らかな感触が触れた。


「キスを返しておこう」


 腕を引かれ体勢を崩した私を、無造作にカイドへ突き返したウィルフレッドに眉を寄せる。


「人聞きの悪いことを言わないで、ウィル。おやすみのキスでしょう? そんな物を昼間に返すだなんておかしいわ」

「昼間に返すなと? 分かった。じゃあ、夜に返しに行くさ」

「ジャスミンとサムアにあげるときっと喜ぶから、二人にしてあげて。二人から貰った方が、あなたもきっといい夢を見られるでしょう?」


 そう返すと、さっきまで意地の悪い表情を浮かべていたウィルフレッドは妙な顔になった。しかし、すぐにさっきと同じ表情を浮かべて背を向けた。ひらりと手を振った彼が首元に絞めているタイは、彼がするには少し安物で、少し子どもっぽさが残る。

 まるで十五歳の執事見習いがつけているような物だ。それを選んだ子ども達が見たら喜ぶなと、思う。





 そう思っていたのだけど、何だか妙だ。妙に、私を支えてくれているカイドの力が硬い。痛くはないのだけれど、身動きが取れない。


「カイド?」

「お嬢様」


 シャーリー様とお嬢様。どちらも呼ばれ始めたカイドからの呼び方には驚かないけれど、やけに声まで固い。そのことに首を傾げて振り向いて、ぎょっとした。表情まで硬かったのだ。


「ど、どうしたのカイド。具合が悪いの?」


 今回は戦闘行為はほとんど行われていないので怪我はしていなかったはずだ。体調が悪いのだろうか。それを我慢していたのだろうか。戦闘は行われていないが、かなり無理を押して事態収拾に動いてくれたと聞いている。疲れも出たのだろう。早く馬車に乗って休んで貰ったほうがいいかもしれない。


「カイド、馬車に乗りましょう? 乗ってしまえばしばらく休めるのだから、どうか頑張って……人の手が必要なら無理をせずに言ってね?」

「ええ、そうしましょう」


 先程まで微動だにしていなかったカイドが突然動き出した。

 その後は一直線だ。決して乱暴ではないけれど有無を言わさず馬車に乗せられる。支えられているように見えて、ほとんど抱き上げられていた。途中で足が何度か浮いたほどだ。

 驚いて瞬きする間にカイド自身も馬車に乗り込んでいた。ほぼ一歩で乗り込んだように見える。この高さの段差を軽々超えてしまえるのは、足の長さなのか脚力の問題なのか。しなやかで力強い動きに少し見惚れた間に、馬車は動き出していた。




 予定より随分長くいてしまった城からの出立は、酷くあっさりしたものだった。大仰になるのも良くないのだろう。何せこれから城では、日常が行われなくてはならないのだから。

 たとえ、これから進められていく政策がフィリアラ初の取り組みであろうとも、だ。そして、この城から王族がいなくなる日が来ようとも、日常は粛々と続いていく。




 この城に未練もなければ離れることも全く惜しくはない。けれど、あれだけ静かに閉ざされていたアジェーレア様の楽園から呆気なく出ることが出来て、少し拍子抜けした。どこからか、あの甘く穏やかな声で名を呼ばれるのではないかと、どこかで思っていたのかもしれない。



 動き出した馬車はあっという間に城から離れていく。行きには一応そっと覗いた景色への興味は元よりない。そっと詰めていた息を吐いて、区切る。

 そして、顔を上げた。


「カイド、どうしたの?」


 弱ってしまって眉を下げる。だって、カイドが黙り込んでしまったのだ。それだけならば疲れているのか、眠いのかと色々察することも出来るのに、困ったことに私をじっと見つめたまま黙り込んでいる。こうなると、私が何かしてしまったのだろう。


「私、何かしてしまった? ……ごめんなさい。言ってくれないと、私、分からないわ」

「お嬢様」

「なぁに?」

「噛んでよろしいでしょうか」

「どうして!?」


 少し離れていた間に、カイドにとんでもない癖がついてしまった。

 やはり疲れているのだろうか。それか、熱でもあるのかもしれない。どうしよう。カロンがいれば見ただけでカイドの体調を確認できるのに、私ではまだ見ただけではよく分からないのだ。困った顔をしている私とは違い、カイドの目は据わっていた。


「子どもではないウィルフレッドに就寝のキスをした理由をお聞かせ願っても?」

「いくらウィルフレッドでも、夢くらいは穏やかなものを見ればいいと思ったの」


 ジャスミンとサムアに挟まれて眠ったのだから、私などのおまじないなど要らなかっただろうとは思う。けれどせっかくなのだからいい夢を見ればいいと思った。まさか返してくるとは。それも昼に。


「やっぱり昼間に返されても困るわね。これからの道中寝ていろということなのかしら。嫌だわ、私、出来るならもっとあなたと話していたいのに……でもあなたが眠いのなら寝てほしいわ。私、枕になれるわ。子守歌も上手ではないけれど歌えるのよ。ふふ、あまり上手ではないのに、昔イザドルは褒めてくれたの。そのまま膝で寝てくれたのよ。だから、聞くに堪えない程ではないと、思うのだけど」

「お嬢様」

「なぁに?」


 さっきも交わしたはずのやりとりを繰り返して、再びぎょっとした。カイドが三日ほど徹夜したかのような形相になっている。そして、さっきよりも近い。その分迫力も増すというものだ。


「俺は、そのどれもして頂いた記憶がありませんが」

「そういえばそうね。じゃあ、そのどれもしてしまう?」


 今度はカイドがぎょっとした。けれど私は何だか楽しくなってしまう。昔は長い間二人でゆっくりすることは出来なかったし、触れ合いなど本当に些細だったのだ。

 スカートを払って皺を取った足を両手で軽く叩く。


「さあ、どうぞ」

「……勘弁してください」

「まあ、どうして? 私、きっと昔より立派な枕を務められるわ」


 あまり実務経験はないけれど、これから増やしていけばいいと思うのだ。それなのに、カイドは片手で顔を覆ったまま、馬車の反対側の壁に凭れてしまった。


「ですから、もう少し思い知ってくださいと申し上げたばかりではないですかっ!」


 大きな声に驚いてしまう。怒っているのかと思う勢いだけれど、どうやらそれも違うようだ。よく分からないけれど、驚くような声は少し困る。


「カイド……あの」

「……何ですか。言っておきますが、俺は今回の件でかなり怒っている上に枷を外したので、言動には充分お気をつけください。自分でも何をしでかすか分かりませんのでそのおつもりで」


 少しつっけんどんな言い方にしょんぼり肩を落とす。相変わらず片手で顔を覆ったままだし、身体は壁に預けている。その上口調までどこか突き放すような物言いだ。


「こっちを見てくれないと、嫌……」


 少しだけ、そぉっと我儘を言ってみると、カイドは喉の奥でぐぅっと唸った。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お嬢様は何があろうともお嬢様とだということで。
[一言] イザドルと助けてくれた平民の方とのお話、きっといつか描いていただけると信じて待ってます!
[一言] もぅ、二人が愛おしすぎて堪らない(*≧∇≦*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ