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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
三章
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59.あなたと私の約束Ⅶ







「なーんで私まで寝台の上なの? サムアはともかく」

「俺ももう元気だから別に寝台じゃなくても」


 寝台に座ったままぶうぶう文句を言っている二人に、ウィルフレッドが冷たい視線を向けた。


「寝てろ」

「う……シャーリーからも何か言ってよぉ」


 救いを求める目線は二人から向けられても、こればっかりはどうしようもない。私も寝ていてほしいし、もしも起きているにしても寝台にいて欲しい。何故なら、私の隣にはウィルフレッド、そして私達の前には帯剣したままのダニラスがいるのだ。


 簡単に事情を説明をしたら呻いた後ぐったりしてしまったので、今のところ危険はない。だが。

 私はちらりとジャスミン達と、その後ろの窓を見た。薄く開いている窓はウィルフレッドの手によるものだ。これから他言無用の話をしようというのにわざわざ窓を開けた理由が分かるだけに、二人には是非寝台側に、詳しく言うならば窓際にいてほしい。

 手招きし、顔を寄せてきた二人の間でそっと話す。


「…………風上にいてほしいの」


 はっと二人の顔がウィルフレッドを向いた。ウィルフレッドは知らぬ振りをして目線を余所へ向けている。二人の視線は徐々に下がり、彼が腰元に着用している鞄に固定された。


「シャーリー、ここ、ここ座れ」


 私の腕を引っ張ったサムアにより、二人の間に座ることになってしまった。ぎゅっと私に抱きついているジャスミンのおかげで立ち上がれない。そんなに心配しなくても、ウィルフレッドは何かあった場合、ダニラスと一緒に私まで殺そうとは思っていないだろう。平気で殴るから二人は勘違いしているが、私とウィルフレッドは決して仲が悪いわけではない。良くないだけである。





「王子は、お元気でいらっしゃるだろうか」

「ああ。ライウスで保護されている」


 気を取り直したのか、取り繕ったのかは分からないが、ダニラスは既にいつもの様子に戻っていた。だが、ウィルフレッドの返答を聞いて僅かに眉を寄せる。


「……ライウスではなくご母堂のご実家へ向かわれると思っていたが」

「全くだ。王家のお家騒動にライウスを巻き込むな」


 それは本当に全くだ。ライウス内で散々お家騒動をやらかした私達が言えた義理ではないが、そう思う。

 城内に止まらず、ライウスを完全に巻き込む形で行われたこの派閥争い自体は、以前から予定されたものであることは確実だ。だが、そのきっかけを現在の状況に絡め、急遽予定が前倒しされた感も否めない。その都合合わせに、ライウスとギミーが使われたことも分かっているから腹立たしい。


「ワイファー使者団により持ち込んだ書状、全領会議の要求は、アジェーレア王女の王位継承権の剥奪及び療養による王城退去、ライウス領主婚約者シャーリー・ヒンス及びその使用人二人の解放、王崩御における説明及び葬儀の喪主代表に第一王子マーシュ様を据えること、以上だ。これらの要件が満たされた場合、領主は葬儀出席を是とする。要求が破棄された場合、武力行使による選択もあると心得ろ」


 淡々と告げて行かれる言葉が途切れた瞬間、はぁーと感心したようなジャスミンの声が聞こえた。ウィルフレッドが少しだけ苦笑したように見えたが、すぐにその笑みは引っ込められた。この人は意外と、甘い場所は甘いなとこっそり思う。


「現在同じ内容がアジェーレア王女にも通達されているはずだ」

「そうか……了解した。情報感謝する。俺はこの後アジェーレア様に呼び出されるだろうが、お前……君……貴方が、た………………貴殿らはここで休んでいるといい。アジェーレア様が気紛れを起こさない以外は誰の渡りもないよう手配しておく」

「次を寄越したら俺は殺すぞ。お前とて、今更俺が躊躇うとは思っていないだろう。繰り返すが、王子はライウスにいる。それを踏まえた上で判断して動け」


 誤魔化しようのない明確な脅しだ。


「……分かっている。一つだけ、聞かせてくれ。ライウス領主は、王女をどの立ち位置に置くべきと判断したのだ」

「王女はご病気である。ご病気である故に王位継承権を返上後、王城から離島にて静養を進言している」

「……甘いな。あの男ならば処断にまで追い込むと思ったが」


 ダニラスの言葉に、全員の視線が私を向いた。何となく首がむずむずしてしまい、無意識に擦っていたらジャスミンとサムアが泣きそうな顔になってしまった。

 慌てて手を戻し、握りこむ。無意識の行動なので大した意味はないのに、そんな行動で二人を泣かしてしまいたくはない。




「アジェーレア様はほとんど屋敷の外に出なかった私とは違い、お味方になってくださる方は多いと聞き及んでおります。そんな方を処刑して即位なさった場合、マーシュ様はその混乱を収めることは可能なのでしょうか。あなた方という離反者を大量に出したマーシュ様が国民に認められるのは時間がかかると思われますが……どうしてこんなに急いでしまわれたのですか」


 王位の譲渡は大きな事柄でありながら。決して大雑把に行ってはならないことだ。大きな混乱なく終えるためには繊細な微調整を重ねるしかない。それでも恙なくとは言い難く何かしらの騒動が起こることは世の常である。

 それなのに、ダニラスの行動は乱暴が過ぎる。まず主であるはずのマーシュ様にすら話が通っていないではないか。


「貴女に何が分かるっ!」

「分からないわ。話してくださらないと、何も分からないもの。調べれば分かる事柄などほんの少しよ。人の事情や心なんて、口に出しても分からない最たるものよ。まして、事が起こるまで何一つ気づきもしなかった私にそれを望むのなら、あなたは高く買いすぎている私の評価を即刻地に堕とすべきよ」


 見ただけで心の内を読み取ってしまえるのなら、世界はもう少し穏やかで、もっと荒々しいものだっただろう。


「ねえ、ダニラス。カイドは冷酷な人ではないわ。あなたはカイドを怒らせたならアジェーレア様を処刑にまで追い込んでくれると思ったの? カイドは、そんなことをしないわ。最後まで最悪の状態を回避しようと、自分を削ってまで頑張ってしまう人だもの。そんな彼だから、ライウスを育めたのよ。私の死は……私が逃れようとしなかったの。私が望んだことを、カイドが叶えてくれたに過ぎないの。私が生きている上で齎されるライウスの悪夢を、私は振り払うことが出来なかった。だから、カイドに押しつけてしまったのよ」


 この首が落ちた瞬間を覚えている。

 重たく分厚い刃物が、首を通り抜ける一瞬の感覚。本当に一瞬だったはずなのに、酷く長く思ったのを、覚えている。

 けれどきっと、その瞬間に切り裂かれたのは私の命だけではなかった。私の命は、結局大切な人の心を切り裂いたのだ。


 何を選んでも誰かが救われない。何かに傷がつく。私の破滅はまさしく泥沼だった。そんな泥沼に、ダニラスがいるように思えるのは何故だろうか。ライウスでは歓喜と共に齎された泥沼だったが、ここでは酷く静かに形成されているように思う。皆がその場で沈んでいく静かな恐ろしさがあった。


「あなた方が急がなくてはならなかった理由は、私達が聞いては駄目なことかしら。それは、カイドでも駄目? 誰になら話せるの? もう、分かっているのでしょう? この先は泥沼よ。それもただのお家騒動では済まないわ。フィリアラ国全土を巻き込んだ、泥沼になるわ」

「もうなってるだろ」


 さらりと言い切ったウィルフレッドの口を、ジャスミンとサムアが慌てて塞いだ。慌てすぎていて、二人の手が交互になっている。サムア、ジャスミン、サムア、ジャスミンと二人の両手が重なり、ウィルフレッドのよく回る口はしばらく封印された。

 眉を寄せてはいるものの、それを振り払いもしない様子を何だか微笑ましく思う。恐らくダニラスが同じ事をしたら指を噛み千切られただろうなと思ったことはそっと胸にしまっておく。


 何度か口を開いては閉じたダニラスの強張った身体から、目に見えて力が抜けた。空気が抜けたように肩が落ち、こぼれ落ちた声は疲れ切った老人のようだった。


「――王子は、ご病気なんだ」

「今度は何なんだ」


 ジャスミンとサムアの手を両方纏めて引き摺り落とし、呆れた声を出したウィルフレッドの口を、二人はまた慌てて塞いだ。


「……王子は心の臓の病なんだ」

「それはまた……八方塞がりだな」


 呆れた声が再び聞こえ視線を向ければ、彼の口を塞いでいたジャスミンとサムアはそれぞれ自分の耳を塞いでいた。そして、寝台の上で器用に身体を回し、こちらに背を向けている。自分達が聞いてはならない話と判断したのだろう。今更といえば今更だがその判断は正しい。

 出来れば退室させた方が安全だろう。だが、目の届かない場所に出すという選択肢は私にもウィルフレッドにもないのでここにいてもらうしかない。




「あの二人は聞かないと判断したのならば意地でも聞かない。話せ」


 ちらりと二人を見遣ったダニラスの視線を遮るように、ウィルフレッドが場所を移動したが為に隣に座ることになった。


「……医師の見立てではすぐに命に関わる病ではない。だが、ご無理を為されば確実に命を削ることになる。王子にはまだ王のご判断で話は差し止められていた」

「王子に、今からでもお話しすべきではないのですか」

「駄目だ!」


 突如弾かれたように叫んだダニラスに、ウィルフレッドが眉を寄せた。


「騒ぐな、うるさい。気を落ち着かせられないなら強制的に落とすぞ」

「ウィル、やめて。ダニラス、どうしてマーシュ様に話してはならないの? マーシュ様ご自身の事よ」


 どちらにしろ、いつかは話さなくてはならないことだ。特にこの状況では隠し持っていていい情報だとは思えない。話せる人がどんどんいなくなっているのに、これ以上躊躇われては迷宮入りする恐れさえあり得る。

 それに何より、ご病気ならば静養して頂かないとならない。本人も周りもそれを知らないままでは悪化の一途を辿るしかないのだ。それはダニラスとて分かっているのだろう。私の問いに、苦しそうな顔をしたのはダニラスの方だった。


「……マーシュ様の病は、完治を望める物ではない。現状を維持し、悪化させないよう手を尽くすしかないというのが医師の見解だ……だが、マーシュ様はご自身の現状を知れば、必ず死に急いでしまわれる方だ。ご自身が死ぬ前に出来るだけのことをしようとなさるだろう…………アジェーレア様が止まらない場合、命を懸けてしまわれる可能性が高い。あの方の王家への忠誠心は相当なものだ。王もそれを分かっておられた。だからこそ、場を整えようとなさっていたのだ」

「その王が先に亡くなっていれば世話はない。結局、王の死因は何なんだ」


 ダニラスは静かに目を伏せた。


「事故だ」

「へえ」

「信じ難いだろうが、あれは確かに、明確な事故だった……ライウス領主の婚約許可を取り消してほしいとアジェーレア様が王に縋り、王がそれを払った。アジェーレア様の身体が傾ぎ、王がそれを守っただけだったんだ…………だが、アジェーレア様にその出来事は抱えきれなかったのだろう。王が死んだ意味を欲しがるようになってしまい、もう手がつけられない。王を死なせたのだからご自分が王として立派に立たねばならず、だからマーシュ様を殺すと言い、マーシュ様に暗殺者を送っておきながら、次の日マーシュ様が姿を現わさなければ具合が悪いのかと首を傾げ、見舞いの花を贈る。王は自分のために死んでくれたのだから、残された自分達兄妹は王のためにも幸せにならねばならぬと笑いながら、王位争いで兄妹が争えば王が悲しむから早くマーシュ様を殺さないとと笑う……あれほどに致命的に壊れているなら、どうしてもっと早く、抑止力となる王がご健在の内に、決定的な症状として現れてくださらなかったのだっ!」


 悲劇というものはいつも唐突に、呆れるほど簡単に起こってしまう。事故も事件も災害も、日常が全て裏返るほどの被害を与えるくせに、何も知らせはしないのだ。


「……王とはまだ、これからについて考え始めたばかりだったのだ。アジェーレア様を王とするには不安が残る。最初の数年は回るだろうが、それ以降は綻び始めることが目に見えている。だからといってマーシュ様は一度大きな発作が起こってしまえば、それ以降は悪くなる一方だと医師から告げられている。お世継ぎを作って頂くか、養子を取るか……ライウスを習って王家を解体するかまで王は考えられていたようだ」


 両手で顔を覆い、俯いたダニラスは、深い息を吐いた。


「これは、十五年前、ライウスを解体しようとした王家への、ライウスの呪いなのか……?」


 私とウィルフレッドは顔を見合わせるしかない。ここにいるのはライウスの悪魔と悪女。


「ライウスに呪われているのは寧ろ俺達だろう」


 これに関しては私もウィルフレッドに同感だ。今はこの生に感謝もしているが、死んだ記憶を持ったまま次の生を始めるなど呪い以外の何物でもない。そして、それだけの罪を犯してきた自覚もある。これを祝福と呼べないほどには、私達は己の罪を自覚している。




「ダニラス、私がとやかく言える問題ではないけれど、マーシュ様にはお身体のことを話したほうがいいわ。それにあなたのこともきちんと伝えて。色々な事情があるのは分かるけれど、親しく思っていたあなたに突如いなくなられることが一番ご負担をかけるのではないかしら……あなた達がいなくなったことに、酷く、傷ついていらっしゃったわ」


 ダニラスは歯を食いしばったまま何も答えなかった。なんともいえない空気は、ダニラスがアジェーレア様に呼ばれたことでお開きになった。一応彼には私達のことは口止めしておいたが、元より話すつもりはないだろう。彼の方とてアジェーレア様には言えない話を私達にしたのだ。









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[一言] ジャスミンとサムアの手によって封印されたライウスの悪魔の口www
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