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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
第二章
32/70

32.あなたと私と名前のない店Ⅱ








 同じ服を着ているということは、同じ組織に属している、または同じ理念を掲げているということだ。


 私達の見つめる先では、一つの建物に襟詰めの同じ服を着た男性達が集まっている。彼らの出入りが多いのは、ここが大きな町だからだ。帯剣している彼らは、この町の警邏だ。警邏の詰め所としては小さなほうだが、機能は変わらない。







「お嬢様、一つ告白しても宜しいでしょうか」

「ええ」


 その建物のほうを見ながら、カイドがとても静かな声で言った。


「俺は実は、あまり幸運に恵まれる性質ではないのです」

「そんなこと……」

「そうなんです。幸福でないというわけではないのですが、運には恵まれていません」

「カイド……」

「その証拠が、まあ、こういうことです……」


 沈んだ声を出したカイドは、警邏の派出所を、正確には、その隣にある看板のない店を見ていた。







 お財布拾った。


 そう言ったのは、「あっ」と声を上げて駆けだしていったジャスミンだった。物陰に落ちていた財布は、どうやら男性の物らしい。女性は基本的に鞄へ財布を入れるけれど、男性はポケットに入れてしまうことが多いので、道ばたに落ちている財布は男性の物が多い。逆にお店などでは女性の物が増える傾向にあると聞く。鞄からの出し入れで落としてしまったり忘れてしまうのだそうだ。

 今も昔も、あまり買い物をしたことがないのでそういったことに詳しくない私は、話を聞いて初めて成程と思った。



 困った顔のジャスミンから財布を受け取り、ざっと中を確認したカイドは、中身が抜かれていないことからスリに盗られたわけではなく、単に落としただけだろうと結論づけた。周囲に手頃な店もなく、落とし物を預けられそうな場所もなかったため、警邏の詰め所の場所を聞いて持ってきたのだ。


 まさかその隣に、見つからなければいいと思っていた目的の店があるとは夢にも思わずに。





 事前に聞いていたとおり、看板はない。

 けれど、さきほど美しいドレスを着た令嬢が数人の付き人と出てきた。それを見送る身なりのいい少年を見れば、ここが店であることが察せられた。扉が閉まる前にちらりと見えた店内には、ガラスのケースがいくつもあった。


 元々王都にいた職人が出した店だというのだから、固定客がいるのだろう。基本的に単価の高い品ほど客一人一人に合わせて作る傾向にある。宝石もそうだ。表に出ている商品はそう多くはない。奥にある場合もあるが、客の好みや注文を取り入れてこれから作るのである。


 店の外観から察するに、大きな店ではない。それならば、大々的に看板を出し、興味本位の客に詰めかけられるより、固定客相手にじっくり商売をしていったほうが堅実なのかもしれない。

 宝石という高価な商品を扱っている店であるのに、入り口前に警備の人間がいないのは、手が回らないからなのか、隣が警邏の詰め所だからなのかは分からないけれど。




「偶然拾ったお財布届けに来たらお店見つけちゃった! 凄いね! ついてるね!」

「ほんとだ。お前凄いなー。そういえば、くじ引きも結構当ててくるし、強運だなー。いいなー。俺、この前行きつけの雑貨店でくじ引いたけど全部参加賞の花の種だった。まあ、庭師のおっちゃんにあげたら喜ばれて、おやつもらったけど」

「え、いいなー……もしかしてこの前分けてくれたおやつってそれ?」

「そう、それ。うまかったよなー。でも、お前の運には負けるわ」


 項垂れたカイドには気づかず、ジャスミンはえっへんと胸を張った。




「ジャスミンの運に負けました……これが、人徳の差なのでしょうね…………」

「まあ、カイドったら何を言っているの。あなたも、とても立派で素敵な人じゃない。私、あなたのこと、とっても尊敬しているし大好きよ。それなのに、そんな寂しいこと言わないで……」

「お嬢様……ありがとうござい待て!」


 言葉を途中で切ったカイドの両手が、駆けだしていこうとしたジャスミンとそれを追おうとしていたサムアの首根っこを掴んで引き戻す。数歩進んでいた二人を、一歩大きく踏み出しただけで捕まえてしまったカイドは、二人を掴んだまま一歩を元の位置に戻した。


「あの店の店主がライウスに不満を抱いている可能性がある以上、行くなら俺が先頭だ。頼むから慎重に行動してくれ。俺は、屋敷でもここでも、お前達の親御さんから大事なお前達を預かってるんだ。何かあったらどうするんだ」


 ジャスミンとサムアは、すみませんと頭を下げ、私の後ろに移動した。そして、私を挟んだ左右からひそひそと話す。


「……なあ、シャーリー。そういう場合、先頭俺達じゃないのか?」

「だよね? 旦那様に何かあったほうが問題だよね? ねえ、シャーリー」


 カイドの言い分も二人の言い分も分かる。どちらにもそうねと答えたいし、どちらにもそうではないと答えたい。この板挟みの問答は、いくら考えても答えられそうにはなかった。





「あのー」


 そんな私達に声をかけて来たのは、当初の目的であった警邏の男性だった。

 定年が近いのではないかと思われる年齢の男性は、ずれた帽子をかぶり直しながら詰め所から出てくると、道の向かい側にいた私達の元に歩いてくる。


「まだいてくれてよかった。あんたらがさっき届けてくれたこの財布、身分証見たら隣の坊ちゃんのだったよ」

「え!? そうなの!?」


 ジャスミンが驚いた声を上げ、目を丸くする。同じように驚いているサムアと二人で顔を見合わせた。


「お店の人のだったんだ……」

「ほら、いま箒持って出てきた奴だ。おーい、ナモン」


 がらんと、少し重たげな鐘の音と共に扉が開き、店の中から箒を持った少年が出てくる。さっき令嬢を見送った少年だ。

 年の頃はジャスミンやサムアと同じくらいだろうか。職人にしては年が若すぎるから、手伝いか見習いのどちらかだろうと予想をつける。


 名前を呼ばれた少年は、きょろりと視線を彷徨わせ、道の反対で拾った財布を振る男性を見つけ、「あ!」と大きな声を上げた。慌てて箒を入り口に立てかけて走って渡ってきた少年の手に、男性が財布を渡す。


「ぼ、僕の財布!」

「やっぱりなー。こちらの方々が拾って届けてくださったんだ。よくお礼言っとけよ」

「ありがとう、おじさん」

「今度から気をつけろよ、じゃあなー」


 隣り合わせていることもあり、どうやら二人は顔見知りのようだ。手を振って職務に戻っていく男性に、少年は頭を下げた。ジャスミンは小さく手を振っている。


 少年は男性を見送った後、くるりと跳ねるように私達を向いた。



「お給金もらったばっかりで無くして、困っていたんです! 本当にありがとうございました!」

「礼なら拾った彼女に言ってくれ」


 責任者と判断したのだろう。カイドに向けてお礼を言った少年の観察眼は正しい。カイドは振り向かないまま、一歩下がっている私の更に後ろに控えたジャスミンを親指で指した。

 少年は頷き、ジャスミンに頭を下げる。


「本当にありがとうございました」

「いいえー。お財布、見つかってよかったですねー」


 ジャスミンもにこにこと嬉しそうだ。誰かの喜びを自分のことのように喜べるジャスミンは、本当に心根の優しい子だ。




 何度もお礼を言った少年は、よかったらと切り出した。


「たいしたおもてなしも出来ませんが、よかったらお茶でも飲んでいってください。ちょうどおいしいお菓子を頂いたところだったんです」

「え!? いいの!? あ、いや、でも……」

「何か、ご都合が?」


 困った顔をして私達を見たジャスミンに、隣に立っていたサムアが助け船を出す。


「ごめん、土産屋でちょっと話を聞いちゃったんだ。俺達、ライウスの人間なんだけど……」


 素直に申告したサムアの横で、ジャスミンも気まずそうに頷いている。二人とも、とても素直だ。カイドは事の成り行きを見守るつもりらしく、口を開かず二人を見ている。

 少年は、「えっ」と驚いた声を上げた後、うーんと唸った。


「ライウス……うーん、ライウスかぁ……確かにお師様は…………うーん……」

「……あのさ、問題解けば売ってくれるっていう問題も気になるけど、無理しなくていいよ。私達、お財布届けに来ただけで、困らせに来たわけじゃないもん」


 ジャスミンの言葉に、ぱちりと瞬きした少年は、ふはっと息を吐き出した。それは、笑みだった。



「君達、人がいいなぁ。知ってたんなら、ライウスだなんて名乗らないで乗り込んじゃえばいいのに。いいよ、入ってって。お師様には僕から説明するから」

「でも、お前が怒られるんじゃないか? だったら、俺達帰るよ」

「大丈夫。お師様はお世話になった人に無体するような方じゃないし」


 少年は、握りっぱなしだった財布を服の中にしまい、簡単に身なりを整える。そして、背筋をただして片手を差し出した。



「改めて、僕の名前はナモン。財布、届けてくれてどうもありがとう!」

「私、ジャスミン!」

「俺はサムアだ。こちらは、俺達の旦那様と婚約者のシャーリー様だ」


 サムアから紹介を受けて、軽く会釈をする。ナモンは宝石を扱う店員として相応しい、綺麗な礼を返してくれた。若いのに、きちんと教育をされた店員であるとよく分かる。




「今はちょうどお客様もいらっしゃいませんので、どうぞごゆっくりおくつろぎください」


 通行する馬車に気をつけて道路を渡り、立てかけていた箒を後ろ手に持ちながら開かれた扉を、ジャスミンとサムアは緊張した面持ちでくぐる。


「旦那様方もどうぞ。お好きな席にお座りください」


 ナモンが押さえたままにしてくれている扉をカイドと一緒にくぐった。ナモンは箒をしまいに奥へと行ってしまった。店には他に人がいない。大丈夫なのだろうかと心配になるけれど、宝石や銀細工が入っているガラスの箱にはしっかり鍵がされて固定されているから平気なのだろう。


 大店に比べると、とても小さな店だけれど、必要な物は過不足無く揃い、余計な物がない店内はすっきりとしていて手狭には思えない。基本的には、並んでいる商品を見て店の傾向を見定めるものだ。このお店は、上品でありながらとても華やかで、けれど華美ではない美しい品が多かった。カロンは私に似合うと判断してくれたと聞く。似合うととても嬉しいけれど、そうでなくても、このお店の品は、私の好みとよく合っていた。



 宝石店なんて久しぶりだ。昔訪れていた店は、大店が多く、既に完成された商品も多く置かれていたが、ここには商品の傾向が分かる品以外はあまり置かれていない。

 ジャスミンとサムアが興味深そうにガラスの箱や棚を覗き込んでいる姿を見ながら、適当な椅子に座る。隣に座ったカイドは片手で顔を覆って項垂れた。


「…………いるんですよ、とにかくとんとん拍子で物事がうまくいく人間が……まさか正攻法で真っ正面から入れるとは…………」

「二人とも、とてもいい子だもの」

「裏表がないからか、無邪気だからか、害がないと一目で判断されるのでしょうね……素直な子どもは可愛いですから……」

「カイド、私、あなたのこともとても可愛い人だと思っているわ」


 そうやって可愛らしいことで落ち込むところも、心から可愛らしいと思っている。

 そう告げると、カイドは何かをぐっと飲み込んだ。


「……可愛い子と言われていたら立ち直れなかったかもしれません…………お嬢様、昔もその傾向はありましたが、思ったことを正直に仰るところ、増えていませんか?」

「そうかしら……」


 どこか拗ねたようなカイドに見つめられながら、少し考える。指を口元に当て、しばし考え、一つの理由が思い当たった瞬間、顔が茹で上がった。

 途端に恥ずかしくなって、赤くなってしまった頬を、俯くことで隠す。


 思ったことをそのまま告げる回数が増えている理由なんて、一つしかない。ああ、恥ずかしくて目眩がしてしまいそうだ。


「お嬢様?」

「…………あ、甘えているの……どうか、許して……」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………畏まりました」


 長い長い沈黙の後、ぽつりと返してくれたその言葉を、カイドがどんな顔をして言ったのか、俯いていた私は知ることが出来なかった。








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