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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
第二章
31/70

31.あなたと私と名前のない店








 カイドと話しながら、試食を配っている男性と話しているジャスミンとサムアを眺める。



「そうか。二人はライウスから来たのか。いいよなぁ。大きな領だ。俺も一回行ってみたいって常々思ってるんだけど、なかなかなぁ」

「是非来てください! ダーゼもおっきいですね! 物がいっぱいで楽しいです!」

「だろう? 国中の物がここを通って王都に行くって言っても過言じゃないからな! いっぱい見ていってくれ! 一日や二日じゃ飽きさせないと誓うぜ」


 胸を張った男性は、まるで何事かを推理するように人差し指を自らの額に当てて唸った。そして、ぱちんと指を鳴らす。


「分かった! 二人とも、ライウス領主様ご一行の一員だろ!」

「え!? どうして分かったんですか!?」


 ジャスミンが飛び上がって驚く。その様子に気をよくした男性は、鼻歌を歌いそうなほどご機嫌に身体を揺らした。


「そりゃあ、いくらダーゼに人の出入りが多いとは言え、あれだけ大規模だと噂になるさ。ご婚約されたんだってな。おめでとう」

「えへへー。ありがとう、おじさん!」

「おじさっ……」


 嬉しそうに笑ったジャスミンの言葉に衝撃を受けた男性がよろめく。サムアが慌ててジャスミンの肩を掴んで自分に向けた。


「馬鹿! おじさんにしか見えなくてもお兄さんである可能性を考慮してお兄さんって言うか、むしろ呼ばないかの二択だろ!」

「や、やめてくれ坊主。俺の心は今ので死んだっ」

「俺は坊主じゃない」


 どうやらとどめを刺されたらしい。男性は、悲しげに呻く。

 これは止めるべきだろうかとちらりとカイドを見上げると、何やら複雑そうな顔をしている。




「……お嬢様」

「なあに?」

「あの二人から見て、俺はどの分類に入ると思いますか?」

「そうね。聞いたことがないからちょっと分からないけれど、あなたは私を年上と年下、どちらの分類に入れるの?」

「お嬢様はお嬢様です」

「それなら、カイドもカイドでしょう? 二人もきっとそう言うわ」


 目を丸くしたカイドは、ふにゃりと子どものように笑った。

 年齢差を気にするところも、こんな言葉で喜んでしまうところも、本当に可愛い人だ。だけど、可愛いと言うといつも困った顔で恥ずかしそうに顔を覆ってしまうので、私は自分の胸の内にその言葉を止めた。

 だって、そんなところも可愛いと言い続けてしまって、終わりが見えなくなるのだ。それでもたまには言わせてほしいので、隙を見てこっそり言っていこうと思っている。






「まあいっか。いっぱい買ってライウスで宣伝してくれな。あ、でも」


 何故か罰が悪そうに口ごもった男に、ジャスミンとサムアは同じ角度と方向に首を傾げた。そんなぴったり息が合った二人の様子も可愛かったけれど、私もカイドも首を傾げる。


「いまダーゼには王都から来た評判の宝石職人がいるんだけど、なんでかそいつ、ライウスには断固として商品を卸さないらしいんだ」

「えー!? なんで!?」

「さあなー。なんかあったのかもしらねぇけど、寡黙な奴で、まあ職人なんてそんなもんだけど、お喋りな奴でもないから誰も理由は知らないそうなんだ。王城にも卸していたくらいだから、腕は相当いいんだろうけど、ちょっと変わった奴で、その処女作なんてすげぇ値がついてるそうだけど、これまた断固として売らないそうなんだ。何を題材にして作ったか当てた奴にだけ売るんだそうだ。まあ、宝石店なんて庶民にはそうそう縁もないけどよ、ライウス領主様の関係者なら話は別だ。もし宝石買う用事があっても、その店は行かないほうがいいよ。俺も、せっかくダーゼに来てくれた人に嫌な思いして帰ってほしくないしな」


 毎日これだけの人と物が行き交う大きな町の中で、それだけ詳しく話せると言うことは、その店は余程目立っていたのだろう。彼の物言いは口さがない噂話と言うよりは、事実を淡々と教えてくれたように思う。



「分かりましたー……お店の名前、なんていうんですか?」

「それがな、無名なんだよ。看板出してやがらねぇの。それでも人はひっきりなしに訪れるから、王都じゃ相当評判よかったんだろうな。貴族様の感性って俺らにはよく分からん。とにかく、宝石売ってて看板でてねぇ店は避けたほうが無難だぞー。まあ、怪しいから一見は近づかないとは思うけど念のためな」



 あっけらかんと言い放った男性にお礼を言い、その場を離れる。人の流れから外れた場所で、改めて向かい合う。

 ジャスミンはふくれっ面、サムアは困惑の色を浮かべ、カイドは特にこれといった感情を浮かべてはいない。



「意地悪だね、名前のない店の人!」


 ぷりぷり怒ったジャスミンに身体を揺すられながら、私は苦笑する。


「そうね。けれど、何か事情があるのかもしれないわ。カイドは、そのお店について何か聞いたことはある?」

「そういえば一度、お嬢様に似合う装飾を作る職人がいるらしいがライウスには卸していないようだとカロリーナががっかりしていました。ジャスミン、お嬢様は先程召し上がったばかりだからあまり揺らさないようにしてくれ」

「あ、はい! 意地悪だよね、サムアー!」

「俺もさっき食った。ついでに言うとお前も食ったー」


 私の次に揺らされ始めたサムアは、食べたことを主張しているけれど、切迫した様子はなく普通だ。そんなにつらくはないらしい。私は、ちょっと目が回ってしまった自分の軟弱さに落ち込みそうだ。


「ライウスだけに意地悪するなんて意地悪だよねー!」

「まあ、意地悪するんなら意地悪だよなー」


 揺れている二人のどこか和む会話を聞けば、意地悪だなんてどうでもよくなってしまう。

 それに、何か事情があるのだろう。そうでなければ、個人と取引しないならまだしも、ライウス全体と取引をしないというのは制限の規模が大きすぎる。



「でもさ、なんか問題解けば売ってくれるっていう凄い商品、ライウスの人が当てちゃったらどうなるんだろう。売ってくれないのかな……旦那様!」

「……行ってみたいのか?」

「はい! 問題だけ解きたいです!」


 大きな目をきらきらさせているジャスミンは、好奇心旺盛で可愛い。いろいろなことに興味を持つのはいいことだ。けれど、この場合どうすればいいのだろう。


 揺らすのをやめたジャスミンと、揺らされるのが止まったサムアは、じっとカイドを見ている。どうやら二人とも気になるようだ。私も気にならないといえば嘘になるけれど、あえて見に行くのもどうだろうとも思う。

 カロリーナ達が頑張ってくれたおかげで、急だったにもかかわらず装飾品もきちんと揃っているのだ。最近、私の髪の色は日に日に明るく変わっていっているので、色を合わせるの大変だったはずなのに、本当に頑張ってくれた。

 カイドは、小さな息を吐いて肩を落とした。


「まあ、あえて店は探さないが、もし見つけたら様子を見るくらいはするか」

「はーい!」

「い、いいんですか!?」

「俺も気にはなるからな。それに、見つけたらの話だ。お前達の予定が優先だぞ?」


 頭を掻きながら言うカイドに、二人は素直に返事をする。ジャスミンは挙手までしていた。




 元気よく歩き始めたジャスミンと、その横に慌てて並んだサムアの背中を見ながら私達も歩き始める。今日は馬車に乗っていたとはいえ一日移動して、今も歩きっぱなしなのに疲れは見えない。楽しそうで何よりだ。


「いいの?」

「はい。小さな町ならともかくダーゼですし、時間もそれほどありません。そう簡単に見つけられはしないでしょう」

「そうね。気にはなるけれど、きっと見つけられないほうがいいのでしょうね」


 ジャスミンが言うように、ただの意地悪ならばまだいい。だが、それが諍いや憎悪の末の結果ならば、関わらないに越したことはない。どうしても避けられないのならばともかく、王城行を明日に控えている現状では、理由を知ってしまってもどうしようもないのだ。


「確かに気にはなりますね。王城への出入りが許されていた職人がライウスとの取引の一切を断っているとなると、多少なり影響は出るでしょう……ですが」


 話の途中で途切れた言葉に、視線をカイドへと向ける。カイドの視線は、まっすぐに私を見ていた。けれど、どこか遠い。過去を思い出すとき、彼はよく、こんな目をする。カロンも、イザドルも、そして私もきっとそうなのだろう。


「カイド、あなた何か心当たりがあるの?」

「…………いえ」

「カイド、あなた、存外分かりやすいわ」


 苦笑して言うと、カイドも同じ顔になった。今更その程度の誤魔化しで誤魔化されはしないし、カイドもそれは分かっているのだろう。


「失礼しました。俺が原因だった場合は、ますます見つけられない方がいいと思っただけです」

「何か心当たりがあるの?」

「考えすぎかもしれませんが、お嬢様に似合う装飾を作り、ライウスに卸さない、王都出身の職人となると、お嬢様のほうが心当たりがあるのではありませんか?」

「私?」


 予想だにしていなかった返答に、私の目は丸くなる。そんな私の反応をカイドは予想していたのか、小さく笑うだけだ。


「お嬢様に関係のある職人であれば、俺を恨んでいるでしょう。そして、ライウスに卸さないのも頷けます」


 確かに、あの頃であれば専属とまでは行かずとも王都に行きつけの宝石店はあった。特に、家族が王都の店を好んでいたのだ。私は、宝石の価値も、王都で選ぶ意味も知らず、考えず、ただただ与えられるがまま受け取る愚かな娘だった。


 苦い思いを噛みしめながら、沈みそうになった思考を振り払う。今はカイドの教えてくれた情報を考えるべきだ。しかし、いくら考えても心当たりはない。

 行きつけの店や、家族が気に入っていた職人は覚えているけれど、ライウスとの取引全てを断るほど慕ってくれた人などいなかったはずだ。誰も彼もが仕事として付き合っていた。

 当たり前だ。仕事だったのだから。個人として私達家族を好いてくれた人などいなかった。それは当たり前のことだ。私達は、そういう家族だった。


 張り付いた笑顔。つまらなそうな瞳。奇妙に跳ね上がった声。私達の視線が外れた瞬間の、安堵の息。

 今だからこそ、本当の笑顔を向けてもらった今だからこそ分かる、彼らの態度の意味。外面上はにこやかでも、声音は弾み楽しそうでも、私達にまったく好意を抱いていない、彼らの表情を覚えている。だからこそ余計に分からない。




「カイド、あなたの考えすぎではないかしら。だって、私達のために怒ってくれる人なんて、きっといないわ」

「お嬢様個人が対象でしたら充分あり得る話かと思います。しかし、何にせよ全て憶測の話です。きっと店も見つからないでしょう。夕食の前には宿に戻る予定なので時間もありませんし」

「そうね。張り切っている二人には悪いけれど、そのほうがきっといいわ」


 ライウスが取引先から省かれている理由がどんなものであれ、きっとそのほうがいい。

 小さく息を吐いた私の手を、大きな手が包んだ。ぱちりと瞬きしてカイドを見ると、困った顔で笑っていた。私もきっと、同じ顔をしている。

 王都は、思い出はないけれど繋がりがありすぎた。それらは必然的に苦い記憶となり、私とカイドに刺さるだろう。憶測だけで少し揺さぶられてしまった。しっかりしなくては。


「ふふ……あなたと手を繋いで歩ける日が来るだなんて思わなかったわ」

「俺もです」


 背の高いカイドは、私を引っ張ることなく隣を歩いてくれる。手を繋いでいるのに、私はちっとも急がなくてよかった。私の歩く速度が遅いせいで前を歩く二人に置いていかれかけてしまったけれど。

 気づいた二人が慌てて駆け戻ってくる姿を見て、私とカイドは声を上げて笑った。









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― 新着の感想 ―
[一言] このダーゼでの話は書籍版には載らないのでしょうか?フェンネルとの話が好きなので、いつか小話みたいな感じで収録されると嬉しいです。カイドの誕生日の話とか、カイドとウィルの殴り合いの話も書籍版で…
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