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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
第二章
29/70

29.あなたと私のダーゼ







 王城に着くのは、明日の夕方を予定している。あまり早く着きすぎると、いろいろな予定を入れられてしまうのだ。断ると失礼に当たる場合もあるので、それならば最初から入れられる隙を作らなければいいというのがカイドとカロンの結論だった。夕方以降に着いてしまえば、夜会は出なければならないが、到着したばかりという配慮が成されて夜遅くまでの出席は避けられる。


 激動の時代を駆け抜けてきたカイドとカロンは、息の合った様子であっという間に予定を立てた。




 そういう事情もあり、今日はまだ日が高い内から既に進行を止めている。

 王都から少し離れたこの町が今日の宿泊地だ。王都まで馬を飛ばせば半日の距離にあるこの町は、ダーゼという。王都からつかず離れずの距離にあることと、大きな河に沿っていることから物流の便利さも加わり、住人も多い。王都への物流はここを通ることもあり、活気に満ちた町だ。



 人数が人数なので、ライウス一行は一つの宿に収まらず、いくつかの宿に泊まる手筈になっていた。これが王の誕生祭など全ての領から出席者が集まる場合であったのならば、事前にどの領がどの町で宿を取るかの打ち合わせが成される。一つの町に集中してしまうと、宿を取れない恐れも出てくるし、一つの町に利益が集中してしまう。できるならば、様々な理由で分散して宿を取れた方がいいのだ。


 主体であるカイドが泊まる宿へは一番人数が割かれ、最初に用意が調う。それが終わってから使用人や兵士が自分達の宿の準備に入るのだ。手伝いたいけれど、こればっかりは下手に私が手を出せない。気を遣わせ、かえって邪魔になってしまうだろう。





 私は、自分に宛がわれた部屋の窓からカロンがてきぱきと飛ばす指示を聞き、忙しなく動き回る皆を見ていた。隣はカイドの部屋だ。

 ここは宿の正面ではなく、裏側に当たる。荷物搬入用に大きく取られた広場を通り、馬や馬車や荷が一番ごった返しになる場所である。特に到着と出立の時間は大わらわだ。けれど、人通りの多い街道から少し離れていることと、広場が大きく取られているからこそ見通しもよく、宿と道の境目には大きな木が植えられているから外からの視線は遮られている。



 皆、手慣れた様子で荷を分け、運び込んでいく。この旅路は、ほとんど王都に行ったことのある人で構成されている。初めて参加するのはジャスミンとサムアの二人だけだ。その二人は、慣れた様子で動き回る人々の間で、あたふたと荷物を運んでの往復をしている。



 荷物を置いてぐったりしたジャスミンが、ふと顔を上げた。それまで目を回して疲弊していた表情がぱっと輝く。目が合っただけで、私と目が合ったことで、嬉しいと、身体全てで示してくれるジャスミンに私も嬉しくならないわけがない。


 皆の邪魔にならないよう、そっと手を振ると、ジャスミンはぶんぶん手を振ってくれた。そして、通りがかったサムアの服を引っ張ると、私を指さす。私に気づいたサムアも、荷物を持ったまま浮かせた掌をちょこちょこと振ってくれた。

 それに手を振り返していると、ジャスミンは何か思いついたのか、ぱっと顔を輝かせてカロンの元に走っていく。残された私とサムアは、地上と三階の距離を挟みながら顔を見合わせた。




「お嬢様、どうされましたか?」


 窓の外ばかりに気を取られて、後ろからひょいっと覗き込んできたカイドにまったく気がつかなかった私は、思わず飛び上がってしまった。しかし、そんな私にカイドのほうが驚いてしまい、お互い慌てて謝り合う。


 カイドは私とは違い、邪魔になるどころか的確な指示を飛ばし、更には自分も荷運びに参加してしまえる力量を持ち、更には誰の制止も聞かないで参加してしまう。私もいつかそんな風に……皆の制止をしれっと無視するのは頂けないと思うけれど、私もカイドのように皆の役に立てるようになりたい。


 それにしても、まだ階下にいると思っていたカイドが、いつの間にか真後ろにいるとは思わなかった。荷物の搬入中だから、扉を開けっぱなしにしていたこともあり、入室にまったく気づかなかったのだ。



「し、失礼しましたお嬢様!」


 心臓はばくばくと音を立てているけれど、私より狼狽えてしまったカイドを見ていると、逆に落ち着いてしまう。


「あなたはまだ皆と一緒にいると思っていたの。ごめんなさ」

「シャーリ――!」


 最後まで言い切る前に、窓の下から大きな声が聞こえてきた。思わず振り向くと、ジャスミンがぴょんぴょん跳びはねながら私に手を振っている。


「荷物運び終わったら、町に行ってもいいって――! やったね――!」

「こら、ジャスミン! お嬢様が行きたいと仰ったらと言ったでしょう!」

「一緒に行こ――! サムアも行くよ――!」

「は!? 俺いま聞いたぞ!?」

「え!? 行かないの!?」

「行くけども! ……行くからなっ!?」

「分かってるよぉ。だってサムア、この町でも行きたいお店いろいろ調べてたもん」


 サムアも存外楽しみにしていたらしい。

 私は、私の横に立っているカイドを座ったまま見上げた。謝り合いをしていて立ちそびれたのだ。

 カイドも、階下を見ていた視線を私に向ける。


「…………行っても、いいかしら?」

「勿論です、お嬢様。あなたはこれから、あなたがなさりたいことを、一つも逃さずなさるべきです」

「それは……私、とってもわがままになってしまうわ。時には叱ってくれないと嫌よ?」

「……………………………………」

「……カイド」


 カイドの視線がふいーっと彷徨う。脂汗を流しながら部屋中を彷徨った視線は、やがて観念したように私へと戻ってきた。




「…………以前でさえ、あなたの仰るわがままなど、わがままと呼ぶのも躊躇うものばかりでした。そんなあなたのわがままの何を咎めることがあるんですか」


 この期に及んでそんなことを言うカイドに呆れる。この人は、私のことをなんだと思っているのだろう。まさか、私を純粋無垢な性根を持つ聖人とでも思っているのではないだろうかと不安になる。私にだって欲はあるのだ。だから、彼を困らせるわがままだって持っている。


「そんなことを言って、困るのはあなたよ。だって私、いまジャスミンに誘ってもらったこと、あなたも一緒に来てくれたらどんなに嬉しいかしらと思っているのだもの」


 忙しい人に、今から一緒に遊びに行きましょうとわがままを言った私に、カイドは大きく瞬きをした。その表情を見て、少し複雑な気分に陥る。やっぱり私のことをわがままを思いつかない人間だと勘違いしていたらしい。


「ほら、困るでしょう? だから、カイドは私にあまり迂闊なことを言っては駄目よ。私がどんどんわがままを言い出したら、困るのはあなたなんだから」

「あ、いえ、それはお供致しますが」

「そうなの?」


 今度は私が大きく瞬きする番だった。


「周りが気を遣うから手伝うなとカロリーナ達から追い出されましたので。お嬢様が出かけられるのでしたら、俺も一緒のほうが護衛も纏まりますし…………ただ」


 口ごもったカイドの視線が窓の下を向いている。その先を辿ると、カロンと目が合う。カロンはにこやかに微笑み、手を小さく振ってくれた。私も振り返す。

 手首の先だけ揺らして他からは見えないように振ってくれる手が、昔のようで懐かしい。私も胸の前まで上げた手を小さく揺らして答える。


「…………自分でお嬢様の元に行っていいと言ったにもかかわらず、後で盛大に八つ当たりされそうな予感がします」

「何のこと?」

「カロリーナは、お嬢様が大好きだということです」

「私もカロンが大好きよ。……ふふ、こういうの、相思相愛というのよね。嬉しいわ」

「その言葉は是非、カロリーナに直接言ってやってください。きっと喜びます」


 カロンが喜んでくれるなら、私も嬉しい。

 私とカイドは、到着の慌ただしさが落ち着くまでの間、しばしゆっくりと過ごした。





 しかし、いざ町に出ようとしたら、カイドがいることにジャスミンとサムアが飛び上がって驚いてしまう事態となり、カイドは静かに傷ついていた。


「……王城に着いたら、気が休まる暇も無くなるんだ。俺も遊びに行っていいと思わないか?」


 静かに落ち込んだカイドに問われたサムアは、直立不動で頷いた。冷や汗が凄い。


「まあ、財布だと思え」

「え? ほんとですか!? やったぁ! 旦那様大好き!」

「おまっ、ばっ、ジャスミン!」


 飛び上がって喜んだジャスミンに、サムアは真っ青になった。けれど、喜んでくるくる回るジャスミンに手を取られ、一緒に目を回している内にどうでもよくなったらしい。それどころではなくなったのかもしれないけれど。


「そういえば、イザドルはどうしたのかしら。到着してから姿を見ていないように思うのだけど」

「あ、イザドル様だったら私達と同じ馬車に乗ってらしたんだけど、ダーゼに入ってちょっとしたらここでいいって仰って降りちゃった。イザドル様のお世話ができるって喜んでた先輩達ががっかりしてた」

「そうなの。イザドルも忙しいのね」

「朝までには帰るって仰ってたよ」


 カイドは溜息を吐いた。


「帰ってこなければ置いていく」


 驚いたり青ざめたり喜んだり諦めたりと、なんとも忙しなく、私達は町へと繰り出した。









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