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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
第二章
28/70

28.あなたと私の道中





 王都までの道程は、馬車を使って二日はかかる。馬を飛ばせば一日で行けないこともないが、そんなに急ぐ理由もない。

 兵士以外は馬車に乗っての移動なので、カロン達もすぐ後ろの馬車に乗っている。この馬車には私とカイドの二人だけしか乗っていない。これだけ広く大きな馬車なのだから、後ろの馬車に乗っている皆が全員乗っても何も問題はなかった。現に、ジャスミンは一緒に乗りたそうにそわそわしていたものだ。けれど、ちらちらカイドを見て、諦めていた。そんなに緊張しなくても大丈夫だとは思うけれど、やはり雇い主と同席するのは少々気疲れしてしまうものなのだろう。

 それに、今は私とカイドだけの方がいいのかもしれない。



「今回お会い頂く面子は、基本的にはこれで確定のようです」

「そう……随分増えたのね」

「申し訳ありません。もう少し早くお伝えできればよかったのですが」

「私達の召喚は急だったもの。出席なさる方々も都合がつくか分からず、直前まで返答できなかったはずよ。だから、カイドの所為ではないわ。カイドも大変だったのに、ありがとう」


 私達は、馬車に揺られながら、王城での必要事項を確認し合っている。私がいた時代から起こった変化を事前にある程度は頭に入れてきたけれど、確認をしすぎるということはない。


 記憶にある貴族の名前、婚姻関係、関係性の変化。地位の上下に立ち位置の確認。思いだし、そして覚え直すことに限りなどない。できるならば私が話すであろう女性達の好みまで把握しておきたかったけれど、時間が足りない。今は、過去の記憶と現在の状況との齟齬を無くし、私自身の不審な点を消し、なおかつライウス領主の婚約者として認めて頂ける教養を身につけていなければならないのだ。


 準備の期間が極端に少ない今、移動時間も有意義に使いたい。だがそれは、ジャスミンにとって楽しいものにはならないはずだ。私はカイドと過ごせるだけで幸せだから、それが情報交換や勉強であっても嬉しくなるので、ジャスミンにもそういう時間を過ごしてもらいたい。移動時間が長くなるのなら尚更だ。





 私は、紙にずらりと並んだ名前から視線を外し、前に座るカイドを見上げた。


「やっぱり、十五年も経てば知らないお名前が多いわ」

「そうですね」

「でも、少し意外だわ。お名前だけではなく、家名も知らないの。新しいお家が多いのね。それに……以前は必ずお見かけしていたお名前が、ないわ」


 王城に出入りできる家というものは、特例がない限りそう多くの変化はないものだ。十五年という歳月を差し引いても、家名であれば大量に覚え直す必要はないはずだった。

 けれど、この名簿には知らない家名が多く見られる。代替わりで当主や代表者の名前が変わったのではない。家自体を知らないのだ。


 王城に出入りできる権利を与えられた家が沢山できたのだろう。時代が移り変わる中には、そういったことも見られる。それは王家の代替わりであったり、宰相や大臣などの政に大きく関わる役職に就いた人の変革に基づき、そういったこともあり得た。

 だが、この十五年で大きな変革のあった地はライウスだけだったはずだ。


 それなのに、この名簿には新しい名前が増えただけではなく、古くから王都に屋敷を構えている旧家や、代々王家に仕えている名の知れた家名も見当たらないものがあった。

 いくら身寄りのない孤児である私が婚約者であろうと、カイドは正当なライウスの領主だ。ライウスの領主が王都に召喚されるともなれば、名の知れた家々が顔を出すはずなのに、当然名を連ねているであろうと思っていた面々が欠けている。代理も出席しておらず、名前自体がないのだ。ライウス自体が軽んじられているとなると、悲しいけれど納得がいく。けれど、新婚旅行の行き先への推薦状があれだけ届くとなるとそれも考えにくい。新しい名前が増えただけならば、門戸が開かれた時代になったのだと思うこともできたけれど、旧家や名家の名前が消えている事柄の説明はつかなかった。



「……そうですね。俺もそれが気になっていたんです」


 カイドも難しい顔になった。失礼しますと一言断って私の横に座り、手元の書類を覗き込む。一緒に見られるよう、カイドのほうに書類を半分ずらす。


「ここ数年、王都が少しおかしいという噂は聞いていたのですが……名簿がここまで一新される程だとは」

「おかしい?」

「ええ。貴族の顔ぶれは歳月によって変わるものですが……少なくとも、三年前までは十五年前とそれほど大きな違いはありませんでした。当主の代替わりや婚姻で多少の移動はあれど、よくある範囲です。去年の王の誕生祭で、見慣れない顔が少々増えたとは感じておりましたが、違和感を受けるほどの数ではありませんでした。大きな変革があったわけではありませんし、新しい大臣就任などがあったにしても、強行派や不穏な噂のある人間はいないはずです」

「そう……イザドルは何か言っていた?」

「いいえ。奴も不思議には思っているそうです。奴の伝手で得た情報でも、皆不穏な空気は感じているものの、これといった理由を見つけられた人間はいないそうです」


 体調が悪いときと同じで、明確な理由が分からないとどうにも落ち着かない。何か重い病気だったら困るけれど、風邪などの病名が分からないと対処の仕様がないのと同じだ。気をつけつつ、様子を見るしかない。




 小さく息を吐き、薄く開いた窓から流れる景色に視線を向けた。

 晴れ渡った青空に安堵する。雨は恵みはもたらすものであるが、遠出をする際にはできれば避けたいものだ。移動の速度は落ち、体力も余計に取られ、怪我をしてしまう可能性も高くなるからである。それに、青空の下を移動するのは心地よい。腰を少し上げて手を伸ばし、窓を大きく開く。吹き込んできた風で乱れた髪を押さえ、目を細める。




 ここフィリアラ国には、ライウスを含め十三の領がある。

 一時期は解体も視野に入れられていたほど荒廃したライウスは、カイドによって再び息を吹き返し、フィリアラ一の領地である地位を取り戻した。次いで大きな領地はダリヒだ。ジョブリンが領主となって以降、商売でも利権でも、どこよりも貪欲であり続けている。どこか適当な馬車に同乗させてもらうよと手を振って分かれたイザドルのお父様が領主を務めているギミーは、領地としては小さい。だが、その歴史は王都に次ぐほど古いものだ。以前ウィルフレッドによって特使が殺されたワイファー領は比較的新しい領で、この十五年はとても活気があると聞いていた。


 この十五年で変わった領も、変わらない領もある。もちろん、何も変化のない領は存在しないだろう。人も土地もそうだ。どんな存在であれ、時が流れるならば変化していくものだ。そこに良いも悪いも存在しない。結果とは後からついてくるものだ。だが、いや、だからこそ、変化に敏感にならねばならぬ場合もある。その結果が、国にとって、領にとって、己にとって、どういう影響をもたらすものか見定めなければならないからだ。



 だが、カイドやイザドルが何も掴めていないのなら、いま慌てても仕方がないのも確かだ。先の不安に身を強張らせ、目の前の仕事を失敗するなんて本末転倒である。


「晴れてよかった。ジャスミンとサムア、王都は初めてなんですって。せっかくだもの。道中は楽しい方がいいわ」

「そうですね。ゆとりを持って移動できるよう予定を組みましたので、今夜泊まる街で買い物くらいはさせてやれそうです。王都では、自由行動を取らせてやれるか分かりませんので」


 真面目な顔をして言うカイドに、思わず笑ってしまう。どうして笑われたのか分からず、きょとんとしたカイドの横に座り直す。


「あの、お嬢様?」

「ふふ……あのね、カイド。私、王都に二日で行くの、初めてなの」

「え……」

「どんなに急いでいても、三日はあったわ。あなた、いつもはとっても急いで向かうのね」


 私にとって最速で王都へ向かう行程を、ゆとりを持ってと言ってしまうカイドがおかしくて、くすくす笑う。笑う私の前で、カイドはゆっくりと項垂れていく。最終的に、両手で顔を覆ってしまった様子が可愛らしくて、悪いと思うのにもっと笑ってしまう。


「今度機会があれば、あなたの「普通」を教えてほしいわ。私、きっとびっくりしてしまうけれど、それはとっても楽しいびっくりだと思うの」


 おかしくって笑ってしまう私とは違い、カイドは項垂れたまま顔を上げない。そんな彼を見ていたら、そわそわしてしまう。

 どうしよう。いたずらをしてしまってもいいだろうか。項垂れてしまった彼はきっと落ち込んでいるのに、そんな悪い心がむくむくと湧き上がる。だからあまり可愛らしいことをしては駄目よと言ったのにと、心の中でこっそりお小言を言う。王城に着く前に、もう一度自分の身を守る意識を高めてもらわなければと言い訳しつつ、私はそぉっと人差し指を伸ばし、カイドのつむじを押した。


 一瞬全ての動きを止めて身を強ばらせたカイドは、ゆっくり、本当にゆっくりと顔を上げていく。その視線が私を見たのを見計らい、どうだと胸を張ってみせた。


「私、ちゃんと知っているのよ。こういう時は、隙ありと言うのでしょう?」


 私だっていつまでも箱入りとは言わせないのである。

 先日後ろから抱きついてきたジャスミンから教えてもらった台詞を、早速使えてご機嫌な私を前に、カイドはまたゆっくりと項垂れていった。てっきり笑ってくれると思った私は、その反応に慌ててしまう。


「ご、ごめんなさい、カイド。失礼だったかしら。あなたなら、いたずらだと笑ってくれると思って甘えてしまったわ……ごめんなさい」


 カイドと同じように俯いた私の視界の中で、自らの顔を覆い直していたカイドの手が伸びてきて、私の手を握る。


「……お嬢様、これはいたずらとは言いません。とどめと言うのです」


 最近よく凶器扱いされる私は、人に身を守る大切さを説く前に、自らの危険性を知らなければならないのかもしれない。けれど、カイドはもちろんのことカロンやイザドルに問うても、今のカイドのように項垂れて答えてくれないのだ。そして、一緒に働いていた頃からジャスミンとサムアにはそんなことを言われたことはなく、二人に聞いても首を傾げて終わってしまう。


 分かったら教えると言ってくれた二人が先か、私が自ら答えを見つけ出せるのが先かは分からないけれど、早く答えを見つけたいと思っている。








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― 新着の感想 ―
[一言] ド天然…… かぁわいい!(≧∇≦) カイドもシャーリーもかぁわいい!
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