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狼領主のお嬢様  作者: 守野伊音
第二章
22/70

22.あなたと私の、とある大切な日Ⅱ





「でも、その前に王都へ出向いて、王に結婚の許しを頂かなければいけないから、まだ先の話よ」


 流石に平民や全ての貴族の婚姻に王が関わるわけにはいかないが、領主や大きな力のある貴族となると話は別だ。一つの家が、領地が、力を持ち過ぎないよう、王は国を均す必要がある。

 その点私は、昔とは違い今は後ろ盾のないただの娘だから、婚姻によってライウスの力が増す心配はない。


 けれど、元々が大きすぎるライウスだ。

 王都と同列に並べられるほど栄えた過去のあるライウスは現在、英雄が管理している。大きすぎるからと、力を持ち過ぎたライウスを解体しようとしていた王から見れば、ライウスをカイドが統治している現状自体が脅威以外の何物でもない。

 幾ら結婚相手がカイドの力を削いでしまう私とはいえ、警戒するに越したことはなかった。自分達の目を入れたいと、王の手の者を婚姻相手にと言われでもすれば、断るだけでも角が立って厄介だ。

 だから、新婚旅行どころか結婚もまだまだ先の事なのに、旅行先の提案という名の名乗り上げは後を絶たない。領地統治に詳しくない者ならばともかく、詳しいどころか中心に立っているはずの領主達が既にこぞって手を上げている現状はどうなのだろう。

 領主が領地を離れるのだから、昨日今日ですぐに用意できるわけがないのは分かっている。万全を期すためにも早めの準備は必要だけれど、それにしても気が早すぎる。






「いいなぁ、王都。私、行ったことないんだよねぇ。シャーリーは行ったことある?」

「ええと……」


 行ったことがあるといえばあるし、無いといえば無い。どう答えても嘘になるし、真実でもある。返答に悩んでいると、カロンが助け舟を出してくれた。


「安心なさい。あなた達も行くのよ」

「え!?」


 ぴょこんと飛び上がったジャスミンとサムアの声が揃う。


「メイド長、私、王都行けるんですか!?」

「当たり前です。お嬢様が旦那様と結婚されるとなると、王都行きはこれから何度もあります。若いあなた達にも勝手を覚えてもらわないと困りますからね」

「やったぁ!」

「ただし! 遊びじゃないんだからその辺りちゃんと弁えて行くこと!」

「はぁい! メイド長大好きー!」

「……その調子のいいところ、アデルそっくりだわ」

「お土産いっぱい買ってきますから、特別手当出してくださぁい!」

「……そのちゃっかりしてるところは、アデル以上だわ」


 深い溜息をついたカロンは、頭痛を振り払うように頭を振ってしゃきっと背筋を伸ばした。

 カロンが押している台車に乗せられている物を見て、ジャスミンがご機嫌で身体を揺らす。


「旦那様喜んでくださるかな!」

「お嬢様からの物でしたら全て喜んでくださいますよ」

「私達のは!?」

「さあ……」

「メイド長―!?」


 ジャスミンの悲痛な叫び声を受けながら、サムアも台車に乗ったトレイにちらりと視線を落とす。

 移動中は蓋をしていて中身が見えないけれど、ある一点を見つめぽつりと呟いた。


「……少なくとも俺は、あれを貰ったら全力で逃げだすか、本気で泣く」


 真顔で呟かれた言葉に、慌てて話題を変える。サムアの気持ちも分かるけれど、あれと指された物体に篭められた気持ちが気持ちだけに、同意を求められた場合、ええともいいえとも答えづらい。




「カ、カロン。カイドはもう休憩に入ったの?」

「はい。先程ようやく。全く、朝からお茶を飲む暇もないほど仕事を詰め込んで、お昼も召し上がらないなんて。あの方は死に戻りの自覚が足りません。あれから一か月経ったとはいえ、何があったかを考えるとまだ一か月です。大体、もう昔とは違うんです。これから衰えていく年なのですから、いい加減その自覚を持って身体を労わらねばなりませんといつも言っているのに、ちっとも聞きやしないんですよ、あの方は!」

「メイド長って、旦那様のお母さんみたいですね!」

「˝あ?」


 カロンの口から、地の底から這い出た亡者のような声が出た。ひぃっと飛び上がった悲鳴は二人分だ。生まれたての小鹿より震えた二人は私を追い越して先頭に立ち、私の向きを変えてカロンと向き合わせた。盾に、されている。

 目が据わったカロンと無言で向かい合う。私の後ろの二人は未だにぶるぶる震えている。


「ええと……」

「あの、お嬢様」

「なぁに?」


 カロンは、肩を少し落し、足先をこつりと合わせた。最近ではめっきり見なくなった動作だ。僅かに引かれた顎と上目遣いになった瞳も、なんだか昔みたいだった。


「私……昔と全然違いますか? ふ、老けましたか?」

「カロンはずっと可愛らしいし、とっても大人っぽくなって羨ましいわ。私もカロンのように素敵な大人になりたいの。カロンと並んでも笑われてしまわないよう早く大人になるから、見ていてね、カロン」

「お嬢様、好きですっ!」

「私もカロンが大好き」


 並ぶ姿に「あら、お友達?」と、そう言って微笑む大人達をこの生ではよく見てきた。でも、すっかり大人になってしまったカロンと並んでも、きっと私はそう言ってもらえない。素敵な大人の隣に立ってもちぐはぐにならない為には、私も素敵な大人になるしかないのだ。

 目の前の友達をじっと見つめる。

 ちょっとやそっとの事態では揺らがぬ姿勢に、凛とした歩き方。けれど端々から愛嬌溢れる可愛らしさが見て取れる。流石カロン。本当に素敵な大人の女性になってしまった。私、こんなに素敵な大人になれるだろうか。不安はあるけれど、素敵な目標が目の前にいてくれるのは幸せなことだし、気も引き締まる。





「わ、私もシャーリー大好き! ね、サムア!」

「何でここで俺に振るんだよ!」

「え? でも好きでしょ?」

「いや、そりゃ、好きだけどな! 友達として、同僚として、同じお屋敷の仲間として、人としては好きだけども! ……お前、これで俺が首になったら一生恨んでやるからな!?」


 半べそになったサムアの背後の曲がり角から、見慣れた頭がひょっこり現れた。同時に、カロンの眉が凄まじい勢いで吊り上る。


「流石に下心ない好意を断罪するほど腐ってないぞ、俺は。サムア、大丈夫だから、分かってるからそんな泣き出しそうな顔をするな……どうした、カロリーナ」


 二冊の本と書類一塊を持ったカイドは、据わった目のカロンを気にしつつ、気持ちいつもより小さめの歩幅で歩いてくる。


「……お茶のご用意を致しますと言ったはずですが、何故お部屋にいらっしゃらないのです」

「ああ、ちょっと資料とついでに書類と言付けと、後はこの前買い換えた兵の装備の具合を確認しておきたかったのと、一頭調子のよくない馬がいるらしくて様子を厩番に聞きたかったのと、後は」

「あなたという方は本っ当に! やっと人を使うことを覚えたかと思えば! あなたはいったい領主何年目ですか! 昔サムアを泣かしただけじゃ足りないって言うんですか! いい加減覚えてください! 雑用は部下の仕事です! 部下の仕事を取らない! はい、復唱!」


 怒れば実物の倍は大きく見えるカロンの迫力に見惚れたいところだけれど、大変気になる言葉があった。会話に割り込むのはあまり宜しくない。でも、これを逃してしまえば恐らく流れていってしまう話題なので、申し訳ないけれど滑りこませてもらおう。


「待って、サムアを泣かせたって何? 差し支えなければ教えてもらえないかしら」

「全然差し支えないよね!」

「俺は盛大に差し支える!」

「聞いてくださいお嬢様!」

「待ってくださいお嬢様!」


 私達を追い越してカイドに詰め寄っていたカロンが勢いよく向きを変えたので、カイドと向き合っていた私達三人の前髪が浮き、サムアとジャスミンは脅えた。そして、カイドの要求はカロンによって当たり前のように却下された。


「サムアがまだ下積みだった時代、初めて旦那様につけたら、旦那様は全部自分でやってしまってサムアはただ突っ立っているだけという状態になり、様子はどうかと執事長と覗きに行ったら『旦那様が俺の仕事取ったぁ!』と泣きながら飛びついてきたんです! あの頃に比べたら旦那様も少しはマシになったかと思いきや、これ絶対またやらかしますよ!」

「へぇー、知らなかった」

「分かった! 俺が悪かった! だから、お嬢様の前で昔の話はもうやめてくれ!」

「この話題、寧ろ俺に突き刺さる! 凄く痛い上に恥ずかしい! 痛いつらい恥ずかしい!」


 カロンの口から出るわ出るわ。カイドの過去の『悪行』の数々。積もりに積もったカロンの不満と、必死に制止しようとするカイドの悲鳴のような叫びと、純然たる被害者であるサムアの三重苦の嘆きが、ぽかぽか暖かな昼下がりの廊下に響き渡る。何事かと飛び出してくる人は誰もいない。寧ろ、何だか微笑ましげな顔をして通り過ぎていく。

 カロン達に詰め寄られつつ、穏やかな顔をした人々を見送っていた私の裾を、ちょんちょんとジャスミンが引いた。


「ねえ、シャーリー」

「……なぁに?」

「私ね、お家の揉め事を上手に収めるのが女主人の手腕だって聞いたの。だから、なんか頑張ってね! シャーリー大好き!」


 正直、私にはちょっと荷が重いように思ったのだけれど、ついさっき素敵な大人になるのだとカロンと約束したばかりだ。見て見ぬ振りは出来ないし、くるりと背を向けて逃げ出すなんて以ての外だ。投げ出す選択肢はない。ないのだけど。


「……私もジャスミン大好きよ」


 そう答えた自分の声は、我ながら見事なまでに覇気がなかった。私は、なんて無力なんだろう。






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