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 アルバイトを終えた優乃李が颯真達と合流し、近くのファミレスへと場所を移した。

「ストーカーって、いつからだったんだ?」

 颯真はホットコーヒーを啜りながら優乃李に訊いた。すると優乃李は今年に入ったくらいからです、と言った。それはまだ、颯真が比奈子と出会う前のことだ。

「えーと、色羽との付き合いは?」

「三年になります。元々、高校の同級生で」

 そんなにも長い間、色羽には優乃李という存在がいたのに颯真はそれに少しも気付かなかった。それはきっと颯真が鈍いのではなく、色羽が巧妙に隠していたのだろう。

「私、ずっと颯真さんにお会いしたかったんですよ」

 優乃李はそう言って笑った。優乃李は今、色羽のことが心配で堪らないはずだ。なのに、こうして笑う。それは、いつも笑顔でいる色羽とよく似ていて、彼女が色羽の恋人だということをすんなりと受け入れられるものだった。

 二人が、ごく自然に惹かれ合ったのがよくわかる。

「色羽くん、知ってるでしょうけど、高校も女子の制服で通っていて、いつも一人でいました」

 ──知っている。色羽は女子高生の格好をしていた。短いスカートに大きめのカーディガンを羽織り、黒のハイソックスにローファー。どこからどう見ても可愛い女子高生の姿だった。

 しかし、知っているのはそれだけで、彼が高校で一人でいたことは知らない。どこかで、そんな格好をしていても色羽には友達が多いのではないかと思っていたのだ。

 けれど、よく考えてみれば男なのに女子の制服を着た人間に好んで近寄る者なんていないだろう。小学校のときだって、中学のときだってそうだった。

「私、そんな色羽くんが気になって、いつも見ていて、自然に好きになって、毎日話し掛けました。最初はずっと無視されてましたけど。冷たい目で見られて、口も開いてくれませんでした」

 そんな色羽の姿は想像がつかない。色羽は、颯真の前ではいつも笑顔だったからだ。

 颯真は、色羽はもしかしたら、颯真の前でだけ女装をしているのでは、と思っていた。高校や大学にはきちんと、男の子の格好をして通っている可能性も考えていたのだ。しかし、色羽はそれをしていなかった。颯真がいないところでも、女の子の格好をしていた。それはきっと、いつ何処で颯真に会うかわからないからだろう。だから、常に女の子の格好をしていたのだ。

「でも、毎日声を掛けているうちに、少しずつ話してくれるようになって、笑うようになってくれて、付き合うことになりました。それからは、颯真さんの話を沢山聞きました」

 二人が笑い合う姿を想像した。

「俺の話?」

「はい。色羽くんは、本当に颯真さんのことが大好きで、憧れていて、いつも大切そうに話していました」

 颯真は優乃李の言葉に俯いた。

 自分は色羽に憧れられるような人間ではない。周りのこと全てから逃げた男だ。それは、色羽の問題も含め。

「だから、ずっと颯真さんにお会いしてみたいと思ってたんですが、まさかこんな形で会うことになるなんて……」

 優乃李は声を沈ませて言う。

「……なんで色羽があんたのことを隠してたかは、本人に訊いた方がいいよな」

 颯真の問いに優乃李は静かに頷いた。それは、颯真と色羽の間の問題だ。優乃李から答えを聞くことではない。

「じゃ、あんた達の馴れ初めやらは事件が解決してから根掘り葉掘り訊くとして、スカートについて、教えてくれるか」

 颯真が言うと、優乃李は強い眼差しで頷いた。彼女も、色羽のことを大切に想っているのが伝わってくる。

「あそこのコンビニにはよく?」

「いえ、一度も行ったことありません。彼は、私がバイトをする店の常連だったんです」

 今は男も洒落たカフェに行く時代。おかしなことはない。

「それで、声を掛けられるようになりました。デートに誘われたり、連絡先を訊かれたり。でも、彼氏がいるからってお断りしていたんです」

 普通の男ならそこで諦めるのだが、被害者は諦めの悪い男だったらしい。

「そうしたら、後をつけられたりするようになりました。それで店にも来ていて、彼氏なんてどこにいるんだ、見たことない、て言われるようになって」

「イロは、あんたとデートするときも女装してたのか?」

「はい、そうです。なので、端から見たら女の子同士で遊んでるようにしか見えないと思うので、彼もそれが彼氏だとは思わなかったみたいで」

 それもそうだろう。せめて、色羽がデートのときだけでも男の子の格好をしていればそれが彼氏であるとわかっただろう。しかし、わかったところでスカート行為をやめるとも思えないが。

「それから、スカート行為がエスカレートしたとかは?」

「はい、あります。どこで手に入れたのか、頻繁にメッセージが送られてきたり、電話をしてきたり。連絡には無視しよう、て色羽くんが言うのでそうして、店に来たときにやめて下さい、とはっきり言いました」

 それでも、被害者はスカート行為をやめることはしなかった。

「警察には?」

「もう少し様子を見て相談するつもりでした。でも、色羽くんが警察に行くのを嫌がる素振りもあったので……」

 近場の警察だと小折に知られる可能性を危惧したのかもしれない。小折に知られてしまえば、颯真にも伝わると思ったのだろう。色羽はそうまでして、颯真の近くには真子としていたかったのだろう。

「そんなことをしているうちに、店に頻繁に来るようになって、終わった後も待ち伏せされるようになりました」

 そのときの恐怖を思い出したのか、優乃李は腕を擦る仕草を見せた。

「それで、色羽くんが、自分が直接話をする、と言って彼に連絡を取ったんです。会う約束を今朝取り付けた、ということで私も心配であのコンビニに向かったんですが……」

 そうしたら、ストーカーは殺されていて、色羽に殺人容疑がかかっていた、ということだ。

「……まあ、警察からすればイロにはそいつを殺す動機はあるってことなっちまうよな」

「どうすればいいですか?」

 首を捻る颯真に比奈子が詰め寄るようにして訊いてきた。シャンプーの香りか、微かに甘い匂いが鼻腔を擽る。

「それはもう、犯人探すしかないだろ」

 それしか色羽の疑いを晴らす術は見付からない。とはいえ、今の情報量では犯人探しなど無謀にすら思えてならない。

「取り敢えず、色々と話を聞かせてくれ」

 本当は色羽からも話を聞きたいところだが、それは無理だろう。色羽は今回、颯真に首を突っ込んで欲しくないという意思表示をしている。色羽は元より頑固な性格をしている為、一度そう思ったならぱそれを翻すことはしないだろう。となると、颯真が何を言ったところで口を開くことはないはずだ。

「私が話せることなら、なんでも」

 優乃李はそう言い、頷いた。

「うーん、しかしなぁ……」

 優乃李からの情報は犯人に繋がるようなものは何もない。実際、被害者と優乃李は顔見知り程度であり、向こうはやたらと優乃李のことを知っているが、当の優乃李は相手のことを何も知らないのだ。

「例えば、何でストーカーがあんたの連絡先を知ってたかとかはわからないか?」

 颯真が訊くと、優乃李は首を横に振った。

「心当たりもありません。私は地元ですが、彼は上京してきていたようで、何処かで知り合いが繋がっているとも思えませんし」

「上京?」

「はい。出身は北海道らしいです」

「その話は本人から?」

「いえ、土屋さん……あ、先程一緒にカウンターにいた人から聞きました」

 颯真は先程優乃李のアルバイト先にいたきつい顔の女を思い出した。濃いメイクが更にきつさを強調しているように思える女。

「あの人、被害者と知り合いなのか?」

「いえ、そういうことではないみたいなんですが。わざわざ北海道から上京してきてフリーターってね、て言ってたので覚えていたんです」

 被害者は何度もあの店に足を運んでいた。その経緯で親しくなり、色々と聞いたのだろうか。だとしても、それだとどうしても腑に落ちない部分が出てくる。

「うーん……もしかしたら、その土屋って奴から連絡先聞いたのか?」

 出身地まで知っているのだからないとは言えないだろうが、その可能性はとてつもなく低く思える。

「それは、ないと思います。土屋さん、いつも彼のことを追い払ってくれていたので」

 やはり。颯真はそれに頷いた。それもそうだろう。土屋は颯真を優乃李のストーカーだと勘違いし、あのような態度を取ったのだ。だとしたら、被害者にも同じような態度を取っているはずなのだ。

「まあ、連絡先なんて入手すんのは簡単だよ」

 突然柔らかい声が頭上から降りかかり、颯真はそれに顔を上げた。

「南海さんっ」

 そこには長身を洒落たコートで包んだ南海がいた。外が寒い為か、人並みより高い鼻が赤く染まっている。

「急いだ方がいいよ。あの子、そろそろ任意で引っ張られる」

 南海は言いながら当たり前のように優乃李の隣に腰を下ろした。

「どういうことすか?」

「そのまんまだよ。あの子が第一容疑者なの」

 南海は寒がりなのか、それとも面倒なのかコートを脱ごうとしない。店内は十分に暖かいように思えるが、外から来たばかりではまだ体は温まらないのかもしれない。

「そんな……早くないすか?」

 颯真は嫌悪感を露にしながら声をあげた。

「早くないよ。むしろ、あそこで帰してもらえたほうが奇跡だ。あの子なら動機もあるし、防犯カメラにも他にそれらしい人は映ってない」

 けれど、色羽は絶対に犯人ではない。颯真は強い口調で言ってから慌てて口を抑えた。颯真の物騒な発言に、何事かと近隣のテーブルの客達が視線を向けてきたからだ。

「それはわかってる。あの子は人を殺せるタイプじゃないね。君じゃないんだから」

 南海の言葉に、比奈子と優乃李が凍り付くのを感じた。

「颯真さんだってそんなこと、しませんっ」

 しかし、比奈子はすぐに大きめの声で南海の発言を否定した。

「静かにしろって」

 颯真はそれをたしなめるようにしながら、周りの席に向かって頭を下げた。

「まあ、その話は今はいいね。けど、あの子は間違いなく誰かを殺したりは出来ないだろうね。だからこそ急いだ方がいいって教えてあげてるんだよ。警察はあの子を疑ってるから、周りを調べるのは遅くなる」

 だとしたら、違う方面で考えているのは颯真達だけだということになる。

「……わかりました」

 とはいえ、今までの情報では犯人の影も形も見えない。そこからどうして犯人を割り当てられるというのだろうか。

「僕も微力だけど協力しようと思って来た。まあ、自分の割り振りもあるから大したことは出来ないけどね」

 南海はそう言ってから近くにいた店員を呼び止め、ドリンクバーを注文した。比奈子がそれを聞き届けてから、何か飲みますか、と南海に訊いた。

「あ、コーヒーお願い。ブラックでね」

 南海が言うと、比奈子は返事をしてからドリンクバーのコーナーへと向かった。

「南海さんとしては、なんか思うとこあります?」

 颯真が尋ねると、南海は首を横に振った。

「正直、ないんだよね。被害者、上京して間もないみたいで、こっちにほとんど知り合いがいないんだ。彼のことを認識してるのは、バイト先の人間と君達くらい」

 南海はそう言って、優乃李を指差した。達、というのは色羽のことを含めてだろう。

「だから、動機があるとしたら、君かあの子か、てことになっちゃうんだよね」

 恐ろしいほどに単純だが、警察はそういったところから犯人を割り出していくのだろう。とはいえ、色羽達が犯人ではない以上、警察がまだ調べられていない交遊関係やら人間関係のトラブルがあるはずだ。

「客とかってことはないんですか?」

「それは勿論あるけど、コンビニに来る客の数だよ? そこから辿り着くには時間がかかる」

 南海の言う通りだ。もし、被害者が客から何かしらの恨みを買っていたとしても、その人物を割り出すのは容易ではないだろう。そしてそれをするには、その前に色羽の容疑を晴らさなくてはならないのだ。

「何からしたらいいのか……。色羽にはアリバイもないんすよね?」

 颯真の問いに南海が頷く。

「早朝だしね。何よりも、自らバックヤードに入ってるのが問題だから」

 例えば、第一発見者が色羽でなければ。被害者が死んでいたのがバックヤードでなければ。それだけでも、色羽が強く疑われることはなかっただろう。

「一応ね、色羽くんのスマホは確認した。被害者と直接連絡を取った形跡はあるんだけど、通話のみで、被害者がバックヤードに来るようにと言った証拠がないんだ。メッセージアプリとかでやり取りしてくれてればよかったんだけど」

 そうなると、色羽が被害者を殺す為にバックヤードに侵入したと思われてしまうのだろう。

「色羽くん、メッセージアプリの自動登録、オフにしてるんです。やたらと人と連絡取りたくないって。だから、彼の連絡先も電話番号しか知らなくて……」

「不運が重なっているとしか言えないみたいだ」

 優乃李の言葉に南海が溜め息を吐く。

「防犯カメラの確認は終了したんだけど、色羽くんが訪れる前後に怪しい人物は映ってなかった。というか、防犯カメラの位置が悪くて、バックヤードの扉部分は死角なんだよ」

 どこまでも不運が重なっているようだ。

「まあ、コンビニの防犯カメラって強盗対策だからさ、レジ前と出入口のところが映っていればいいみたいだからね」

「犯人は、それを知っていた」

 颯真が言うと、南海はだろうね、と応えた。

「それって、コンビニでのアルバイト経験があればわかることですか?」

「いや、なくてもわかるんじゃない? 事前に下見をすればさ、カメラがどこら辺まで映るのか、何となくわかると思うしね」

 確かに、カメラの位置を見ればどの範囲まで映るのかある程度は予想出来るだろう。

「そもそもさ、犯人は別に色羽くんに罪を押し付けようとしたわけじゃないのかもしれないし」

「え?」

「うん、だから、不運が重なっただけの可能性があるってこと。犯人は色羽くんと被害者が約束しているのを知っていたわけじゃない。これ、当たり前だと思わない?」

 南海はペーパーナプキンを一枚手にすると、それに文字を書き始めた。

「被害者」「色羽」「ゆのり」「犯人」と書き出される。

「いい? 犯人は被害者に何らかの恨みがあって、殺した」

 犯人から被害者へと矢印が書き足される。

「ここで、犯人と色羽くん、彼女に何らかの繋がりがあるかな?」

 颯真は南海が書き出した文字を見詰める。脳内で小さなパズルのピースが動いていく。

「……ない」

 颯真はぽつりと答えを出した。

「そ。ないんだよ。もしね、色羽くんに罪を被せようと思った場合、色羽くんの知り合いだということになる。色羽くんが、今朝、被害者と約束をしていたことを知っている人物ね」

「それって……」

「そう。彼女しかいない。けど彼女は店の防犯カメラには映っていなかった。だとすると、犯人は色羽くん達とは関係のない人物。けれど、もしそうなってしまうと、色羽くんの容疑を晴らすのは難しい」

「たまたま、だから。色羽に罪を被せようとしたならば、色羽の周りを探せばいい。色羽の周りで、被害者を恨んでいた人間を探せば済むが、そうでないならその犯人を割り出すのは難しいってことっすね?」

 颯真が確認すると、南海は深く頷いた。

「因みに、色羽くんは交遊関係が酷く狭いことから、そんな可能性はないに等しい。色羽くん、被害者と約束をしていることは彼女にしか言っていなかったみたいだからね」

 一体、どちらなのだろうか。

 颯真は眉間に指を当て、低い唸り声をあげた。

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