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記憶の拠り所1

「雪ですよっ」

 勢いよく窓が開けられたせいで部屋の中に一気に冷たい空気が流れ込んできた。颯真はそれに身震いし、被っていた毛布を身体に巻き付けた。

「起きて下さい。雪が降ってます!」

 だというのに、比奈子は丸まる颯真の身体を強く揺すった。比奈子は細過ぎるほどの身体をしているというのに、力は強い。颯真の男にしては小柄な身体はいとも容易く揺れた。

「なんだよ、眠ぃんだよ。殺すぞ、こら」

 颯真は毛布から顔を出さずにもごもごと言うが、勿論迫力の欠片もない。夕べは昔からの知人とつい飲み過ぎ、ソファに横になったのはつい三時間ほど前だ。無論酒はまだ抜けていないし、眠気も相当なものだ。

「積もってますよ!」

 そんなことは知っていた。

 夕べ、知人と飲み始めた頃に降り始めた今年初めての雪は、彼をビルの外へと送り出したときは既に地面を真っ白に染めていたのだ。そのとき雪はかなりの勢いで降っていたので、あのまま時間が経過したならば、外は今や雪景色となっているだろう。

「積もってるからなんなんだよ」

 いい加減揺すられることにも嫌気が差し、颯真はがばりと起き上がった。しかし、あまりに勢いをつけて起き上がった為、比奈子の整った顔へと迫る形になってしまった。

「……颯真さん、私達、まだお付き合いもしていないのにこういうのは良くないと思います」

 比奈子は本気とも冗談ともつかない様子で──しかし、頬はうっすらと染め──言った。

「おい、馬鹿。偶然だろ」

 颯真はそれに対し、焦ることもなく冷静にそう返したが、鼓動は僅かに速くなっていた。

「馬鹿ってなんですかっ、馬鹿って!」

 比奈子が染まったままの頬を膨らまして抗議してくるが、颯真はそれに取り合わず電気ヒーターの電源を入れた。雪が降っているせいか、今朝は異様に冷え込んでいる。

「窓閉めろ、窓」

 窓を開けたままではいくら電気ヒーターを点けようが部屋は一向に暖まらない。

「兄貴っ! 雪っすよ、雪!」

 比奈子が渋々と窓を閉める素振りを見せたそのとき、新な声が部屋の中に響いた。

「うるせぇっ。言われなくても知ってるわ。殺すぞ、こらっ」

 颯真はそれにほぼ条件反射的に叫んだ。

「すんませんっ。でも、雪、積もってるっす!」

 新な声──龍徹はそれでもめげずに比奈子と同じ言葉を颯真に告げた。

「雪だるま作れそうですよね」

 それに返したのは颯真ではなく比奈子だった。

「あ、姐さん! おはようございますっ」

「その呼び方、やめて下さいって言ってますよね」

 龍徹の元気良すぎる挨拶に比奈子が困ったように言うが、当の龍徹は聞く耳持たずの様子で、「姐さんは今日も美しいですね」などと言っている。

「つーか、お前らは犬か、ガキかっ」

 颯真は自分を余所に繰り広げられる会話に一喝をした。

「まだ十代なので、こどもです。生憎、犬ではありませんが」

「俺もガキっす! あ、犬でも大差ないと思うっす!」

 揃いも揃って、颯真の嫌味を肯定してきたので颯真は盛大な溜め息を吐いた。

「雪遊びならしねぇからな」

 颯真は二人にそれだけを言い、ソファから立ち上がった。窓はまだ閉められておらず、温かいものを飲みたくなる。

 颯真の言葉に比奈子と龍徹は揃って頬を膨らませているが、颯真は敢えてそれを無視した。

 龍徹は以前とある事件絡みで知り合った少年なのだが、その際、颯真を慕うことを決めたらしく、颯真のことを「兄貴」と呼んでは時折こうして部屋を訪れるようになった。元は非行少年だった龍徹は見た目こそ金髪にラフ過ぎる服装、と派手だが、今はきちんと仕事をしている。

 コンビニでアルバイトをしているのは颯真もよく行く店なので知っていた。

「あ、俺、兄貴に報告あるんすよ」

 電気ケトルに水を入れていると、龍徹が明るい声で言った。

「報告?」

 颯真は込み上げる欠伸を噛み殺しながら返す。その為になんだか変な声になったが、龍徹は気にした様子もなく幼さな残る顔に笑みを浮かべている。

「俺、じぃちゃんとばぁちゃんと、ちゃんと話し合うことにしたんす。もし、俺の存在が邪魔なら、もう少し金を貯めてからになるけど、この家を出ようと思うって」

 それは少し前に龍徹が颯真に相談してきたことだった。彼は、自分の祖父母にすら負い目を感じていたのだ。

 しかし、家族の絆が必ずしも強固でないことを知っている颯真としては、祖父母と話し合ってみろ、とは言えなかった。普通の家庭で育った人間がその話を聞いたならば、祖父母がお前を邪険に思うはずはない、きちんと向き合ってみろ、などと言うのかもしれないが、颯真にはそんなことは言えなかったのだ。

 しかし、龍徹はきちんと祖父母と話をしたという。それは、颯真にはない強さだった。

「どうなった?」

 平静を装って訊いたが、内心では心配だった。親に捨てられたような育ち方をした龍徹がまた傷付いたのではないかという心配。

 龍徹は颯真の問いに、苦笑を浮かべた。颯真はその表情を見るなり、必死に彼に掛けるべき言葉を探したが、上手い言葉が見付からないまま龍徹は再度口を開いた。

「じぃちゃんに怒られて、ばぁちゃんには泣かれたっす。可愛い孫が邪魔なわけはないだろうって。今まで干渉せずにいたのは、その方が俺にとっていいんじゃないかと思ってたみたいっす」

 龍徹は少し恥ずかしそうに頭を掻く。

「そっか」

「良かったですね」

 龍徹の報告に颯真と比奈子は同時にそう言った。

「兄貴のお陰っす。兄貴がいなかったら、俺、じぃちゃんとばぁちゃんと話そうなんて思わなかったっすから」

「俺は関係ねぇだろ。お前が頑張っただけだ」

 颯真は言いながら、沸いた湯を三つのカップに注ぎ、そこに色羽が以前買ってきた紅茶のティーパックを浮かべた。

「じゃあ、ご褒美に雪遊びしたいっす!」

「嫌だよ、さみぃ」

「ええ、いいじゃないですか。遊びましょうよ」

 そんなふうに二人に引き摺られるようにして、颯真は寒空の下へと出る羽目になった。


「くそ寒ぃ……」

 颯真はダウンコートのファスナーを首までしっかりと閉め、尚且つ身体を抱き込むような態勢になった。

 夕べ降り始めた雪は未だ止むことを知らず、外は一面銀世界だった。積雪量は裕に三十センチはあるだろう。

「ここ……東京だよな」

 家々の屋根が白く染まる様を見て、颯真はそう呟いた。

「それに、まだ、十二月だよな……」

 これが一月や二月だというならまだわかる。しかし今はまだ、十二月。しかも、クリスマス手前だ。だというのに、これほどでの雪が降るのは非常に珍しい。

「もういい加減、どこか入ろうぜ」

 公園の広場で無心で雪だるまを幾つも作り続ける比奈子と龍徹に声を掛ける。二人は何故か小振りな雪だるまを幾つも作っては並べているのだ。

 鼻を真っ赤にして一生懸命雪だるまを作る二人の姿は最初のうちこそ可愛かったものの、今や恐怖でしかない。この寒空の下で、無言でひたすら雪だるまを作り続けているのだ。怖くないわけがない。

 恐らく二人とも、小さい頃に雪遊びなどしたこともないのだろう。とはいえ、この光景はあまりに異様だ。

「まだ作り足りないっす」

「まだ列が完成してません」

 颯真の言葉に二人は不満そうに口を尖らせる。

「寒ぃんだよ、暖まらないと風邪ひくぞ」

 颯真は言いながらしゃがみ込む二人を無理矢理立ち上がらせた。二人の足元には小さな雪だるまがぞろりと並び、それもまた恐怖だった。

「待って下さい。写真だけ撮らせてもらっていいですか?」

 比奈子は颯真に引っ張られ、渋々立ち上がりながらもコートのポケットからスマホを取り出した。

「写真?」

 この恐怖の雪だるまを?

 それはさぞや恐怖画像になることだろう。颯真はそう思いながら、恐怖の雪だるまから視線を逸らした。何故か皆、木の枝で作った目が付けられていて、微妙に表情を感じるところが更に恐怖を煽る。

「色羽さんに見せるんです」

 比奈子は楽しそうに言いながら並んだ雪だるまを撮影している。颯真はその様子を見ながら、昔、色羽と雪遊びをした日のことを思い出した。

 あれはまだ、小学校に上がったばかりの頃だったと思う。その冬も寒波の影響だかなんかで、大量に雪が降った。そして、今日と同じように積もった雪で、遊んだ。

 しかし、元々色羽は男の子にしては大人しい性格をしている為、雪合戦などはせずにせっせと雪だるまを作っていた。颯真も本当は雪合戦をしたいのを我慢して、一緒に雪だるまを作ったのだった。

「なんか、あっちの方、五月蝿いっすね」

 龍徹が未だ雪だるまを作る手を止めず、視線を上げた。それに、颯真は現実に戻り、耳を澄ませた。すると、遠くの方からパトカーのサイレン音が聞こえてきた。

「……こんな雪の日に、事件っすかね」

 龍徹が立ち上がりながら言う。颯真がそれに頷いたとき、ダウンコートのポケットに入れていたスマホが着信を告げる音を立てた。スマホを取り出し、画面を確認すると、そこには「佐奈倉 南海」と表示されていた。

「はいはーい。どしたんすか?」

「今直ぐ来て。君の住んでるビルから離れてないとこにあるコンビニ」

 南海はそれだけ言うと、あっという間に通話を終了した。颯真の耳には不通音だけが響いている。

「なんだ?」

 颯真は首を傾げながら、比奈子と龍徹に今の南海の言葉を伝えた。


 颯真の住むビルの近くにコンビニは一軒しかなかった。商店街を抜けた先に、ひとつだけあるのだ。そしてそれは、先程パトカーのサイレン音が聞こえていた方向だ。

 颯真達は雪掻きされていない道を雪を掻き分けるようにして歩き、コンビニへと向かった。

 商店街に入れば、店の人達が懸命に雪掻きをしてくれているお陰で歩きやすかった。颯真はその人達に「ご苦労様です」と声を掛けながらコンビニへと向かった。

「遅い。どんだけかかんの?」

 コンビニの目前で南海が腕を組んで待ち構え、颯真達を見付けるなり開口一番で文句を述べた。

「いやいや、雪すごくて。歩きづらいんすよ」

 颯真が言うも、南海はそれに対しては何も言わず、こっち来て、と颯真だけを手招きした。比奈子と龍徹がついてこようとするのは南海によって制止された。

「なんなんすか?」

 南海の纏う空気が普段と違うことに気付き、颯真は声のトーンを落として訊いた。しかし南海は何も答えない。

 コンビニの出入口には立ち入り禁止のテープが張られ、周りには制服姿の警察官と私服の刑事らしき人達、パトカー、野次馬が群がっている。

 ──どう見ても事件だ。

 颯真は心臓が鳴るのを感じた。どくん、とも、どきり、とも違う、妙な鼓動。パトカーの音は、颯真にとって決して良いものではないのもあるのだろう。

 南海はテープを潜り、颯真にもついてくるように顎で命令をしてきた。颯真は何を訊いても無駄だろうと悟り、無言でそれに従う。

 南海につれていかれたのは、コンビニのバックヤードだった。

「この子、君の友達だろ」

 そう南海が指差した先には、淡い黒髪をした中性的な顔立ちをした少年が涙目で座らされていた。グレーのコートに、黒のパンツという姿は今や違和感しか与えてこないその少年は──。

「……色羽」

 そこには、女装のじの字もない色羽がいた。

「颯ちゃん……」

 色羽は颯真を見るなり、化粧をせずとも大きな瞳からぽろぽろと涙を溢した。

「え、なんで色羽が?」

「彼はこのコンビニで起きた殺人事件の重要参考人なんだ」

 南海は溜め息を吐きながら、颯真と色羽を交互に見た。

「え、は? イロが? なんで?」

「颯ちゃん、僕、やってないよぉ」

 色羽はうわ、と泣き声を上げて颯真に抱き着いてきた。ふわり、と今まで嗅いだことのない甘い香りが鼻腔に届く。

「おお、おお、そうだよな。お前が……え、なに? 殺人事件の? どういうことっすか?」

 颯真の脳内はかつてないほどに混乱を来たし、正常な思考回路は失われていた。南海が言っていることも、色羽の言葉の意味も、況してやこのどう見ても男の子なのが色羽だというのも、何もかもに理解が追い付かなかった。

「僕が色羽くんを引き受けるので、佐奈倉さん、ご説明お願いします」

 突如、背後から小折の声がし、颯真は驚きを隠せなかった。

「わかった」

 南海が返事するなり、小折が色羽にこちらへ、と優しく言ったが、色羽は幼い子がいやいやをするように首を振り、颯真から離れようとしなかった。

 小柄で細身の身体は小刻みに震え、小さく嗚咽を漏らしている色羽。颯真はそれを自身から離すことは出来ず、そのままで、と小折にお願いした。

 すると色羽は更に泣き、颯真に強くしがみついてきた。颯真はその背を撫でながら、小折と南海を見た。

「そのままでいいから、聞いてくれ」

 南海が言い、颯真は色羽の背を撫でながら頷いた。

「今朝、このコンビニで殺人事件があったと通報があった。通報してきたのは、そこの水城色羽くん。大学生、二十歳。殺されていたのはこのコンビニのアルバイト店員である仁井田博人にいだひろと十六歳。死因は絞殺による窒息死。以上」

 南海は淡々とした口調で状況だけを述べた。

「え、で、何で色羽が疑われてるんです?」

 今の話なら、買い物に来た色羽が死んでいる仁井田を発見、通報したと考えるのが普通ではないだろうか。

「仁井田博人はこのコンビニ内で殺害されていて、まあ、他に怪しい人物がいないからそうなった」

 当たり前のことのように言われても、颯真には理解が追い付かなかった。

「防犯カメラ。防犯カメラがあるじゃないっすか」

 コンビニには付き物の防犯カメラという存在。このコンビニ内で殺されたのであれば、その様子が映っているはずだ。

「それは先程調べました。けど、仁井田くんはカメラの死角──バックヤードで殺害されたようです」

 つまり、此処で、ということか。そのわりには辺りに警官がいない。恐らく、大方の捜査は終えているのだろう。

「早朝、アルバイト店員でもない彼が、どうやってバックヤードにある死体を見付けられる?」

 南海の口調は出会った日のものと似ていた。色羽のことを頭から疑っているわけではないが、信用もしていないのだろう。

「だからそれは、仁井田くんと約束してたって言ったじゃん……」

 色羽が颯真に抱き付いたまま、震えた声で言う。

「朝早くならお客さんも、他のアルバイトもいないからバックヤードに入ってきてくれって言われてたって」

 色羽はずっと涙声で言う。

「何の話をする予定だった?」

 南海は静かな声で言う。

「てか、何で南海さんがいるんです? 南海さん、少年事件担当っすよね」

 色羽の震えが酷くなってきたので、颯真は少しでも話題を逸らそうとそう発言した。

「被害者が十代だから駆り出されたの。犯人も十代の可能性もあるしね」

 成る程、と颯真は頷きながら色羽の細い背中を擦った。ふるふると震える色羽は、まるであのときと一緒だ。殺された真子の姿を見たときも、色羽は颯真に抱き付いて震えていた。

「で、何で仁井田と会う約束をしていた?」

「僕、犯人じゃないから言う必要ないもん」

 色羽は言ってから声を出して泣いた。恐らく、色々なことが重なって混乱しているのだろう。普段、色羽は颯真よりもしっかりしている。こんなふうに人前で泣いたりなどしない。

 死体を発見し、それだけでも色羽にとっては大きなことなのに、挙げ句こうして犯人ではないかと疑われている。それで混乱しないわけがない。

「言わないと疑われたままになってしまいますよ? ゆっくりでいいから、話してくれませんか?」

 高圧的な南海とは対照に、小折が優しい口調で言うも、色羽はいやいやをするように首を横に振る。

「颯ちゃん、刑事さん嫌だ。颯ちゃんが犯人捕まえてよぉ……」

 色羽は泣きながら颯真に必死で訴えてくる。

「でも、この場である程度の疑いが晴れないと、帰ることも出来ませんよ?」

「嫌だ、颯ちゃんと帰る……」

「イロ。少しでいいから、話そ、な? このままここにいるわけにもいかねぇだろ?」

「やだよぉ。話したら、僕もっと疑われるもん……」

 色羽は泣き止むことをせず、必死に言葉を紡ぐ。

「あの、ちょっとだけ二人にしてもらってもいいすか?」

 颯真が訊くと、南海は少し不満そうに表情を歪めたがそれを小折が取り成してくれ、五分ほど時間をもらうことが出来た。

 すん、と色羽は大きな瞳から溢れる涙を拭いながら漸く颯真から離れ、置いてあったパイプ椅子に腰を下ろした。涙でぐちゃぐちゃになった顔は、幼い頃の色羽を思い出させる。

「イロ、何があったか順に説明してくれねぇか?」

 色羽の交遊関係に至っては全く把握していない為、こんなに近所のコンビニに彼の知り合いがいるなど知りもしなかった。

「被害者とは、どんな関係だ? 友達なのか?」

 颯真が訊くと、色羽は首を横に振った。女装をしていない色羽を見るのは、夏頃に色羽が体調を崩したとき以来だ。けれど、そのときとは違う。女装をする元気もないというよりは、敢えて女装をしていない、というふうだ。

 髪型も男の子としてセットされているし、服装も洒落たもの。もしかしたら色羽は、普通に男の子の格好で大学に通っているのかもしれない。颯真は今になってそんなことも知らないのかと愕然とした。

「……知り合い、て言えるほどでもないんだ。直接会うのは、今日が初めてで」

 なのに、約束をしていたという。しかもその内容を話せば疑われるような間柄。全くもって予想がつかない。

「あのね、仁井田くんは、僕の彼女に付きまとってる子で……それで、いい加減にして欲しくて」

「ん? 今、なんて言った?」

 色羽の口から、予想だにしない単語が飛び出し、そこで既に颯真の理解力は途切れた。

「だから、仁井田くんは僕の彼女のストーカー紛いだったの」

 色羽はまだ僅かに震える声でそう言った。

「はぁ? お前、彼女いたの?」

 そんなのは初耳だ。

「うん、いる。いないって言ったことないじゃん」

 色羽は少しだがいつもの調子を取り戻してきたようで、軽く憎まれ口を叩く。颯真はそれに安堵しながらも、気を取り直して話を続けた。

「で、どんな経由で約束したんだ?」

「彼女。僕は直接会ったことはなかったし、僕が彼氏だってことも気付いてなかったみたいだから」

「彼氏がいるなら、直接話したいって、仁井田くんが言ってきたの。で、今朝の5時にここに来るように言われた」

 そしたら、仁井田博人は殺害されていた、ということだ。

「うん、まあ、お前が犯人じゃないのはわかるが、それは疑われるな」

「でしょ? 口論になって殺されたとか言われるでしょ? あの刑事さん、怖いんだもんっ」

 それは小折ではなく南海のことを言っているのはわかる。確かに颯真も最初は南海には良い印象を抱かなかった。けど、彼は話せばわかる相手だ。

「ここで僕が犯人じゃないってなっても、今度は優乃李ゆのりが疑われるだけだろうし……」

「ゆのり?」

「彼女の名前」

「ああ」

 まあ、確かにそうなるかもしれない。颯真はそう思って頷いた。

「色羽くんが殺すはずないじゃないですかっ」

 会話が途切れたタイミングで女の子の声が耳に届いた。切羽詰まったような、怒っているような声だ。

「あ、優乃李だ」

 色羽は涙を拭いながらそう言った。どうやら色羽の彼女が到着したようだ。彼女も今日のことを知っていて、心配になって訪れたというところだろうか。

「取り敢えず、小折さん達に話そ」

 颯真は色羽の肩を優しく叩きながらそれだけを言った。

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