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 小折と西条から連絡があったのは同じ日だった。時間をずらして交替に二人と約束を取り付けようと思ったのだが、二人とも夕方の一時しか時間の融通が利かないということで、苦肉の策だが、同日同時刻に二人と会う約束を取り付けた。

 日にちをずらしてもよかったのだが、急く気持ちからできるだけ早く二人の話を聞きたい颯真は双方にそう断りをいれ、ランタンで二人からの話を聞くことにした。何故そんなにも急くのかというと、小折も西条もエメルの件で、という連絡だったからだ。

 警察と堅気でない人間。その二人を同席させるなど、普段の颯真ならばしないことだ。しかし、事がこと。二人とも颯真の気持ちを汲んでか、二つ返事で相席を了承してくれた。

「お先にどうぞ」

 西条は珍しい銘柄の煙草の箱を手のなかで弄びながら小折へと声をかけた。ランタンは今時珍しく禁煙の店ではないが、小折が煙草をたしなまないことから最近は喫煙を遠慮しているのだ。

「あ、僕は後からでも……」

 普段接することのない人種を目の前にしてか、小折は珍しく相手を窺うような素振りを見せている。

「いや、もしかしたら内容的に被るかもしれないからな。だったら、刑事さんの話が先のほうがいい」

 西条は言い、アイスコーヒーを一口飲んだ。それは黒色ではなく、淡い茶色になっている。それは西条が見た目に反してコーヒーをブラックで飲めないからだ。

「では、失礼します」

 小折はぺこりと小さく頭を下げてから口を開く。

「僕は冠城、という警察庁の人間について調べてみました。役所は……名を言うよりも、とにかくトップの人間だと言ったほうがわかりいいと思いますので省きますね。彼には見合いで結婚した奥様がいるのですが、その人との間に子どもはいません。それで、八年ほど前に養子を貰ったとのことでした。それが、エメルという、ハーフらしき少年です」

 颯真の脳裏には事件から数年経過した頃、耳にした話が蘇った。真子を殺したのは警察の人間かもしれない。だから、犯人がわかったとしても逮捕されない。しかし、それでは計算が合わない。エメルが犯人だとして、それを隠された可能性はある。あるが、当時、エメルはまだ冠城の息子にはなっていないのだ。この二つは繋がりそうで繋がらない。

「すみません。僕に調べられたのはこれだけでした。しかし、真子ちゃんが殺された事件の資料は極秘扱いになっていて閲覧できません。これも、なにか訳があるのだと思います」

 警察にある資料の形はわからないが、通常であれば資料は内部の人間であれば容易く閲覧できるシステムなのだろう。なのに、真子の事件はそれが叶わない。その理由はなんなのか。

 警察からしてみたら、特別な事件だとは思えない。幼子が殺害される事件はありふれてはいないが極稀なものでもないだろう。未解決だから? いや、そんなことではないのだろう。

 エメルが犯人だという説が間違っているのか。犯人は他にいて、それこそ警察内部の人間で、それが隠されているだけのことなのか。

 しかし、と思う。比奈子や色羽と導き出したものが間違いだとは思えなかった。確固たる証拠はない。けれど、何故かそう考えると腑に落ちるのも事実。

「お役に立てなくて申し訳ないです」

 小折はしょんぼりと、小さく項垂れた。

「いやいや、危ない橋渡ってもらってるだけで十分っす」

 これ以上を彼に求めることはできない。それをすれば、小折は自分の立場を顧みることなく、閲覧不可の資料をどうにかして見ようとまでするだろう。それは、彼の立場、この先貫けるはずの正義を壊すことになる。

「じゃあ、次は俺の話だな」

 西条がテーブルの下で脚を組み換えたのがわかる。颯真としては、正直なところ小折よりも西条の報告のほうに期待を抱いていた。西条仕事は人に言えるようなものではない。そのぶん、情報網も広い。警察の限られたものよりも、それは遥かに広いものだ。

「冠城には、留学経験がある。大学時代に、フランスに一年間渡っているらしい。ま、これは警察では有名な話かもしれんがな。そして、帰国後も年に数回、フランスにバカンスとして渡欧している、とのことだ。この意味、わかるか?」

 西条は普段しないような、勿体振った言い回しをした。

「それって、つまり」

 颯真よりも、先に小折が反応をする。

「冠城エメルは、正真正銘、警察庁のお偉いさんの息子ってことだ」

 警察庁にいる冠城という男がフランス人女性との間に作った子ども。それが、エメルということ。

「なら、なんで最初から引き取らなかったんすかね」

「ま、それは体裁だろう。冠城は、結婚前からエメルの母親と恋仲にあったが結婚は叶わなかった。なんせ、親が決めた相手と結婚しなきゃならんからな。だが関係だけは続き、子どもまで産まれた」

「でもそれだと、冠城エメルはフランス育ちになりません?」

 だとしたら、幼い頃に颯真達と出会うことはないはずだ。

「いや、そのエメルが三歳のとき愛人は病死。エメルは冠城の遠縁に引き取られた。そのあとは日本で育っている」

 これなら、繋がる。それならば、颯真が生まれ育った町に「冠城」の名前もないはずだ。そして、颯真とエメルは出会ったのだ。

「エメルの幼少期についても少し調べたんだがな、こっちはあまり期待すんな。冠城の遠縁に引き取られたものの、そのあとは養護施設を転々としている。これは養子に貰う際に血の繋がりを隠す為とも思えるが、どうられだけでもないらしい」

「と、いうのは?」

 確かに、身元不明でないと、エメルが不義でできた子どもだと世間に知られてしまう可能性もある。しかし、それは養護施設を転々とさせる理由にするには少々無理がある。

「エメルは、手に負えない子どもだった、ととある養護施設の園長が語った」

 まるでニュースを読み上げるかのように、西条はそう口にした。どこか言いづらいのを隠すかのような口調に思えるそれは、颯真を緊張させる。

「手に負えない、すか?」

「一言で表すなら、人間らしい感情はない、てことらしい」

 颯真は己の知るエメルを思い出してみた。初めて会ったとき、彼は感情の窺えない表情で絡んできた相手を文字通り半殺しにしていたのだ。

「悪意が欠如している、ということですか? 世に言う、サイコパスのような」

「それとはまた違うだろうな」

 小折の問いかけに、西条はそう述べた。それには颯真も同意するしかない。エメルには、しっかりと悪意があるのだ。それはまた表現が少し異なるのかもしれないが、悪気がない、悪いことだと思っていない、というものではない。エメルはきちんと理解しているのだ。

 だからこそ、颯真にはエメルがおぞましいのだ。

「俺の勝手な推論だけどな、確かにサイコパス、て呼べるような奴は存在するよ。俺もこれまでの人生で色んな人間見てるからな。平然と真顔で、虫は殺していいのに猫は駄目なんですか? 実験用マウスは? とか宣う奴もいた。そういう奴らは善悪どころか、殺す、死ぬ、ということ自体に関心がねぇんだ。そして、奴らは暴力を認識できない。自分が相手に対して暴力を奮っている自覚がないんだ。けど、あのガキは違う。あいつは、自分が他者に行っていることが暴力だとわかっている。そこに、あいつなりの理由もあるし、それが人間として間違いだというのも理解している。それでも、あのガキはそれを行動に移す。悪意の欠落なんかじゃねぇ。むしろ、悪意の塊だ」

 最後は吐き捨てるように言った。

 颯真のなかで、エメルというのは得体の知れない存在だった。無表情でもなく、嬉々とした表情でもなく、しかし躊躇いなく相手に暴力を奮う。そこに感情があるのか、それともないのかすらわからない。それが今、西条の言葉によってはっきりと具現化された。

 同年代である颯真からしたら、エメルは得体の知れない存在でも、大人である西条から見たそれは「ガキ」でしかない。それが、冠城エメルという少年なのだ。そして、颯真にとってのエメルは映し鏡なのだ。だからこそ、得体が知れないと思いたかった。

 颯真も、一時、暴力に対してそう思っていた時期があったのだ。

 暴力とはいかなるときも理不尽なもの。与えられるべくして与えられるものではない。一方的なもの。それを理解しつつも、それを相手に与えることに躊躇いを感じなかった。正当化すら、しない。しかし、そんなふうに感じている颯真をその行動に移させなかったのは周りだ。

 色羽や西条、その他の仲間入りたちが、颯真を理不尽な暴力に走らせずにいてくれた。

「……証拠を掴むのは容易ではないと思います」

 小折の言葉に、西条も頷く。

「資料やらは全て改竄されていると思ったほうがいいですね。なので僕は、当時の捜査関係者に話を聞いてきます」

「いや、でもそれって……」 

 小折の発言に颯真は戸惑った。

 本当に真子を殺害したのがエメルで、もしそれを警察が組織ぐるみで隠蔽していた場合、小折がそれを今更嗅ぎ回っていることを上に知られたら。どんなにコネがあろうと、小折は父親諸とも警察から去ることにさせられるのではないか。

「もし、警察辞めさせられたら、颯真くん、なにか仕事を紹介して下さいね」

 小折は颯真の言葉を遮り、笑顔で言う。

「そんなの駄目っすよ。俺のために、人生棒に振っちゃ駄目だ」

 ここで、「俺なんかのせいで」と言わなかったのは小折のお陰だ。そんな小折にそんなことはさせられない。

「そしたら、俺が今の何倍も稼げる仕事を紹介してやる」

 西条が唇の片端を持ち上げて言った。

「是非ともお願いしたいです。父親も一緒だと尚、有難いです。あ、でも、法に触れない仕事でお願いしますね」

「任せとけ。警察辞めて良かったと思える収入を約束するよ」

 小折と西条は颯真を抜きにして盛り上がっていて、颯真はそんな二人を見て涙腺が緩むのを感じ、慌てて頭を下げた。

「……ありがとうございます。本当にありがとうございます」

 そんな言葉では表しきれない感謝が胸に溢れる。それと呼応するように、涙も溢れた。

「僕は颯真くんのことが大好きですから」

「俺はお前を弟のように思ってんだよ」

 二人の言葉に本格的に涙が零れ、颯真の太股を濡らした。


 

「それ、閲覧制限かかってるんだよね」

 小折が未解決捜査班のもとに足を運ぶと、最近配置替えをされたばかりらしい、見覚えのない女性刑事が言った。彼女は年齢は三十手前くらいで小折と同年代に見える。雰囲気としてはどことなく比奈子に似たお嬢様然としたふうなのだが、口調はそれに見合うことなくさばけていた。

「このパスでも駄目ですかね?」

 小折は父親から教えてもらったパスワードを打ち込んでみたがあえなく「エラー」と表示される。警察庁の人間のパスワードでも閲覧ができないとくると、きな臭い程度では済まされない。

「それ、君のパス?」

 最初に秋野、と名乗った彼女が怪訝そうに尋ねてくる。

「いえ、違うんですが」

 ある程度の説明はするべきなのかもしれないが、颯真のことを迂闊に話すのは躊躇われる。

「私がこっそり入手したパスワードだ」

 そこに声を掛けてきたのは、なんと岐志だった。

「その事件、名田さんが未だに気にしていて独自で捜査を続けていることは君も知っているだろう」

 そんな話は小折には初耳だったのだが、秋野は承知なようだ。

「ああ、それなら。でも、なにをどうしても見れませんよ? まあ、ハッキングすれば別かもだけど、それでも足はつくシステムにはなってるでしょうし」

 厳重過ぎる。かつて、そこまで秘匿されるほどの資料があったとは思えない。警察からしたら、たかが幼女が殺害された事件程度なもののはず。しかし、世間からしたらいたいけな子どもが無惨にも殺害された事件。犯人逮捕が成されないほうが警察の体面も悪いというものだ。

 それなのに。

「名田さん以外がこの事件を調べている様子はないですか?」

 小折が訊くと、秋野は首を横に振った。

「まあ、警察が固執するような事件でもないしね」

 秋野はそう言い、溜め息を吐いた。彼女は毎日解決していない事件を追っている。それも、形だけ。そうなると警察のあり方に疑問を抱かずにはいられないのだろう。

「ならば何故、閲覧制限が?」

 小折は視線を岐志へと投げた。確実に、彼が答えを知ると考えて。

「天田は何故、この事件を?」

「颯真くんの為です」

 隠しだてすることになんの意味もない。小折は素直に颯真の名前を出した。秋野は気のつく女性らしく、小折と岐志の会話には興味のない素振りで長い髪を指で弄んでいる。

「……名田さんも、そうだ。かつて、幼い少年と約束をした。必ず、妹さんを殺した犯人を捕まえてみせると。けれど、幾らもしないうちに捜査本部は解散。マスコミにもこの事件を騒がないように報道規制を敷いた」

 そこまでは知らない。確かに、幼女が惨殺され、それが未解決ときたら折に触れてテレビでは特集を組むはずだ。未解決事件ばかりを取り扱う番組はこのご時世少なくはない。なのに、そういったものを見た覚えはない。もし幾つかの番組で取り上げていたなら小折の記憶にもあるはずだ。これは、それほどに痛ましい事件なのだから。

「それが意味することを名田さんは知っているんですか?」

「知っているからこそ、所轄に移動にもなったし、下手に動かれるよりは、と管轄外の事件に首を突っ込むことも黙認されているんだ」

 岐志がここまで話してくれるのは小折を信じているからだろう。岐志が名田を尊敬しているのは見ていれはわかることだ。それなのに、もし小折が裏切れば名田が不利になることを口にしている。それは、信頼の証、そして岐志自身もこのことに納得していないということ。

「岐志先輩は、警察辞めることになっても身辺警護のお仕事できますよね」

 岐志は空手の有段者で、その実力は警察内でも指折りだ。

「お前は営業職でもなんでもこなせそうだ」

 二人は顔を見合わせて小さく笑い、それから強く頷いた。



 臨時休業の札を下げた「さいこ」の店内はいつものパンの香しさが微かにだけ漂っていた。朝一で焼いていた名残だろう。

 麦沢は、颯真が過去の事件について話を聞きたいと申し出るとそのまま店を休みにした。颯真としては閉店後に時間を作ってもらえれば十分だったのだが、麦沢からゆっくり話したいからと言われ強く遠慮することはできなかった。

「あの事件は、未解決ではなく捜査が打ち切られた。当時の警察内ではそんな噂が流れたんだ」

 麦沢の発言に颯真は息を飲んだ。打ち切られた。それは故意に。

「まあ、捜査していた段階でも怪しい人物は誰ひとりとして浮かんではきていなかったんだけどな」

 けれど──。

「じゃあ、父親が疑われたのは?」

 颯真の父親は真子殺しの容疑者に最も近い人物とされ、必要以上の取り調べを受けた。それは、まだ幼い颯真にも些か強引なものに見えたのは確かだ。

「颯真くんの父親には、全く怪しいところはなかった。けれど、尋問された。とはいえ、確立したアリバイがあったために直に釈放」

 それだけで十分だった。

 警察は、犯人を仕立て上げようとしたのだ。けど、それはあまり無謀だった。

 怒りに、身体中の血液が沸騰する。それが全身に伝わり、指先がわなわなと震えた。怒りで震えるなんて、創作のなかのことだけだと思っていた。しかし今、確かに怒りで全身が震える。

 あれさえなければ。そう思ったときもあった。父親が疑われるということさえなければ、颯真と両親は未だ家族の形を保っていられたかもしれない。真子がいたときとは多少違う形でも、そうあれたかもしれない。それは、幾度となく思ったことだ。

 しかし、その機会さえも故意で奪われたのだとしたら。

 ──駄目だ。

 颯真は内心で大きく息を吐くように努めた。そうでもしないと、今すぐに怒りに任せて行動してしまいそうだったから。怒りまま、警察に乗り込んで、エメルを出せと喚き、その身体を切り裂いてしまいそうだった。

 怒りは成長するのだ。

 未解決のまま、長い年月を経て、颯真が負った傷は形だけでも風化したように思えていた。颯真自身、それが辛くて、真子に申し訳なくて、忘れないようにしていたつもりだった。けれど、それは勘違いどころではなく、傷に触れる機会がないまま過ごしていたからそう感じていられただけだった。

 こうやって、まだ少しも癒えていない傷に触れば、痛みは当時よりも増している。真新しい傷よりも、膿んだ傷の方がたちが悪い。

「大丈夫か?」

 顔色から心情を読み取ったらしい麦沢に声をかけられ、颯真は我に返った。

「大丈夫……じゃないです」

 ここで強がっても意味はない。以前の颯真ならば作り笑いを浮かべていた場面だが、今は素直にそう告げた。なにより、目の前にいるのは颯真と同じように大切な人を殺された麦沢だ。しかも、二人も。

「そりゃそうだ。穏やかな気持ちで聞けというほうが無理だよな」

 やはり、麦沢は颯真に同調してくれた。

「俺は、妻と子どもを殺したあいつを今でも殺してやりたいと思ってる。そんなこと、彼女らは望んでいないだとか、そんなのは綺麗事だ。もしかしたら、憎んでいるかもしれない。妻と子どもは、生きていくはずの未来を奪われたんだからな」 

 麦沢の発した言葉は、颯真の胸中に燻るものと同じだった。確かに、そうだ。真子はそんなことを望んでいない。真子は、自分に幸せになって欲しいと思っている。そんなわけ、あるか。

 反対だったら、とは思う。もし、殺されたのが自分で、真子がその犯人を探そうとしていたら。だとしたら、そんなことはしなくていい。自分に縛られずに生きてくれ。確かにそう思うかもしれない。

 けれど、とも思う。けれどもし、自分を殺した犯人を自らの手で死に至らしめることによって真子が救われるなら。それで、真子の心が安寧を手にし、憎しみという呪縛から逃れられるなら。それならば、どう思うだろうか。

 ……わからない。わからなかった。

 それが色羽だったら。比奈子だったら。それでもその綺麗な手を汚して欲しくないと思うだろうか。そんなことは忘れて、自分のことなど忘れて幸せになって欲しいと願うのだろうか。

 それはどんなに考えても答えの出ないものだった。

「……親父を犯人に仕立てあげたかったということは、警察には犯人の目星がついていた、ということっすよね。マスコミ対策とかではなく」

 事件解決が長引いていたのなら、そういうことだってあるのかもしれない。けど、あのタイミングはどう考えても違う。まだ、猶予のあるものに思えた。

「俺は、当時そう考えた。そして、名田さんも。だから彼は独自で事件を追おうとしていたんだ」

 颯真の脳裡に初老に差し掛かった男が浮かぶ。かつて、必ず真子を殺した犯人を捕まえると颯真に約束した男。そしてそれは未だ果たされていない約束。

「犯人が警察関係者。しかも、上層部の人間の身内。警察が隠すにはうってつけな環境すか?」

 颯真が少し虚ろな目で訊くと、麦沢は凛々しい眉を僅かに下げた。答えを訊かずとも、それで十分だった。

「……ありがとうございました。一回、色々考えます」

 颯真は深く頭を下げ、さいこを後にした。店を出るとき、麦沢が焼いたパンを持たせようとしてくれたが断った。食欲が湧かないのもあるが、今は人の好意に触れたくなかったのだ。孤独に身を沈めたかった。


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