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番外編「クリスマス」

「メリークリスマス!」

 今日も今日とて、完璧なまでに女装をした色羽が張り切ってクラッカーを鳴らした。しかも、特大サイズの物を。

「お前っ。クラッカーは禁止っつったろっ。しかも、こんな巨大なのをやる馬鹿があるかっ」

 それに対し、颯真は怒声をあげる。その理由は、床に散らばったクラッカーの残骸達だ。細い紙テープやら、細かい紙片が床に散らばっている。これを片付けるのは、間違いなく颯真の役目になるはずだから。

 ──だからこの部屋でクリスマスパーティーをするのを渋ったというのに。

 それでもこの部屋がいいという色羽に、絶対にクラッカーは使わないという条件付きで了承したのだが、色羽はあっさりとその約束を破った。

「えー、だって、颯ちゃん僕が準備してるの気付かなかったじゃない。バレたら大人しくやめようと思ってたんだよ? でも、気付かないからいいかなって」

 色羽はそう言うと、てへ、と笑ってみせた。

「だから、男がやっても可愛くねぇって言ってんだろ。お前がやったんだから、お前が片付けろよな」

「えぇー、ここ、颯ちゃんの部屋でしょ? 颯ちゃんが片付けるべきだよ」

「上等だ、こら。表出ろや」

 颯真は無残にも散らばった紙テープを踏みながら色羽へと近寄る。

「あの、私が片付けるので、パーティー続けませんか?」

 そこへ、比奈子が間に入るようにして睨み合う二人を止めた。

「比奈ちゃん、優しいね。でも、片付けは颯ちゃんの仕事だからね? さ、パーティー続けよ」

 色羽は颯真の睨みを無視すると、手にしていた空のクラッカーをぽいと投げ捨てた。ころん、と所謂ゴミが床へと落ちる。

「おま……」

「片付け、手伝いますので、取り敢えず楽しみましょう」

「俺も手伝うっす」

 小折と龍徹に立て続けに言われ、颯真は溜め息を吐いてから二人に礼を言った。

 狭いテーブルの上には小折が買ってきてくれたデパ地下のパーティー用の豪勢な惣菜とデリバリーのピザが所狭しと並んでいる。後は、龍徹が激安が売りの店で買ってきてくれたお菓子とジュース。それと、颯真と色羽が用意した酒。

「あの、私、何も用意しなくていいとは言われてたんですが、そういうわにもいかないのでケーキを作ってきました」

 比奈子は年齢も一番下だし、女の子ということもあり、今回のクリスマスパーティーには手ぶらで来るように、と全員から伝えてあったのだ。

「さっすが比奈ちゃん。僕ら、ケーキのことなんて忘れてたよ。ね、颯ちゃん」

 色羽がわざとらしく大きな声で言い、隣に座る颯真の脇をつついてきた。

「え、あ、ああ、そうだな。サンキュ」

 出来るだけ自然さを装ってはみたが、どうやら不自然だったようで、テーブルの下で色羽に足を踏まれた。

 本来、計画を立てた最初の頃は色羽がオススメの店でケーキを予約することになっていたのだが、比奈子がケーキを作ろうとしているという情報を麦沢から仕入れた為にやめたのだ。そして、比奈子がケーキを作ってきたら、何も知らない振りで礼を言う流れまで決めていたのだ。

 しかし比奈子は颯真の不自然さに気付いた様子はなく、嬉しそうに笑っていて、その笑顔はとてつもなく可愛いものだった。

「まあ、クリスマスって言っても今日、大晦日だけどね」 

 ビールをぐひりと男らしく飲み干した色羽が言う。めかしこんだ女子の格好でそういった仕草をされると違和感しかない。

「それはお前のせいだけどな」

 十二月に入ったくらいからクリスマスの予定はなんとなく話題には出ていたのだが、色羽の事件があり、そのあと彼が暫く颯真の前に姿を現さなかったことからその話は自然と流れたのだ。色羽が颯真の前に再び顔を出したのがクリスマス前日。世間で言うクリスマスイヴだ。勿論たった一日で準備が整うはずもなく、改めてやろうということになり、それが今日、大晦日になったのだ。

 全員仕事が休み、という理由が大きかった。

「まあまあ、もう過ぎたことじゃない」

「お前が振った話だろ」

 颯真は色羽といつも通りに話せることに嬉しさを感じつつも、いつも通りのマイペースさに呆れた。

「これ、めっちゃ旨いっす」

「本当ですか? よかったー。デパ地下って味見出来ないから不安だったんですよね」

 近くでは龍徹と小折が和気藹々と会話をしている。

「彼女も呼べばよかったじゃん」

「んー、まだなんとなくね。ここのテリトリーにつれてくる勇気がない」

 それは、颯真の知らない自分を見せる勇気はまだないということだろう。颯真はそれ以上突っ込むことはしなかった。

「颯真さん、お酒強いんですか?」

 オレンジジュースを手にした比奈子がビールを飲む颯真へと訊いてきた。そういえば、比奈子の前で酒を飲むのはこれが初めてだ。

「そこそこか? ざるってほどじゃねぇし、それなりには酔うな」

 とはいえ、泥酔をしたことはない。自分の限界を知っているからこそ、途中でセーブ出来るのだ。

「あ、あの、後で少しだけいいですか?」

 比奈子が急に小声になってそう言ってきたので、颯真はビールを飲みながら頷いた。と、そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。

「飲んでるー?」

 扉が開くと同時にした声は、南海のものだった。

「おー、南海さん。どうしたんすか?」

「天田から、クリスマスパーティーやるって聞いて。ガキ共じゃ大したもの用意出来ないと思って持ってきてあげたんだよ」

 南海はそう言うと、大きな紙袋を颯真に手渡してきた。

「小折さんいるから大丈夫ですー。そんな言い方しないで、素直に混ぜて欲しいって言いなよ」

 南海の登場に色羽がそんなことを言い、南海がそれに対して五月蝿いな、と返す。色羽は意外にも南海を気に入ったらしく、南海に対しての口調には容赦がない。恐らく、颯真と同等くらいの扱いをしているだろう。

「ふおぉっ、肉っ」

 颯真は南海から手渡された紙袋の中身を取り出しながら歓喜の声をあげた。そこには、人数分の鶏肉があり、それはクリスマスによく見掛けるものと一緒だった。

 クリスマスといえばチキン、ということでどうにかこれを入手したかったのだが、残念ながらクリスマスを過ぎてしまえばどこにもそんな料理は売っていなかったのだ。

「泰嗣に作らせた」

 南海は笑いながら言い、颯真は麦沢が上手いのはパン造りだけではないことを初めて知った。

「ありがとうございますっ」

 龍徹は普段は南海を苦手としている節があるのだが、豪華なチキンを前にすればそんな感情は飛んでいくようで、深く頭を下げている。

「ビールとワインも買ってきたよ。比奈子ちゃんには、ノンアルのカクテルね」

「もー、南海さん大好きっ。早く座って」

 早いペースで飲んでいるからか、既に買ってきた酒は残り僅かになっていた為、色羽が言いながら南海の腕に絡み付いた。

「君、本当に現金だよね」

「いいのいいの。それが僕の売りだから。可愛い子がお酌してあげるから飲もうっ」

「可愛いも何も、君、男の子じゃない。それに、大分酔ってるよね」

「固いこと言わないでよー。はいはい、座って」

 それぞれ、少しずつ出来上がってきているようで、各々会話相手を見付けては話し込んでいる。颯真は少し脳内がふわふわする感覚を味わいながら、そんな皆を眺めた。楽しく飲んでいるせいか、ペースも早くなり、酔いが回るのも早いように感じる。

 一年前には考えられなかった光景だ。あの頃は、ここにいるメンバーは色羽しか知らない。他は全員、今年出会い、繋がった者達なのだ。

 そう考えると、不思議な気分になってくる。去年の今頃は、こんなふうに知り合いと呼べる人間を増やすつもりなど微塵もなかった。かつての仲間とも連絡をあまり取らないようになり、会う人間も減っていた。だというのに、今はこんなふうに、賑やかな年の瀬を過ごしている。それはとてつもなく、不思議なことのように思えた。

「あの、颯真さん、今、いいですか?」

 わいわいと騒ぐ仲間を眺めながら焼酎をちびちびと飲んでいると比奈子から小さく声を掛けられた。

「おう」

 颯真が答えると、比奈子は外に、と扉の方を指差した。颯真はそれに首を傾げながらついていく。

 外は想像以上に冷え込んでいて、何か羽織ってくればよかった、と身震いをすると、比奈子がいつの間にか手にしていた包みを差し出してきた。黄色の包装紙に包まれたそれはそこそこの大きさだ。

「クリスマス、プレゼント、です」

 比奈子は何故か俯いて、それを颯真に向けている。

「あ、あの、本当はクリスマスに用意しようと思っていたんですけど、それどころじゃなかったので……」

 頬をあがく染めて言う比奈子が、いつも以上に可愛く思えてしまうのは酔いが回っているせいか。

「開けていいか?」

 颯真が訊くと比奈子は、はい、と小さく頷いた。気に入ってもらえるか不安さなのか、視線をさ迷わせている。

 かさかさと包装紙を解けば、そこにはクリーム色のマフラーがあった。太目の毛糸のそれは、ふわふわとしていて暖かそうだ。

「おー、いいな、これ。マフラー欲しかったんだよな」

 素直な言葉が出てくるのも酔いのせいか。颯真は頬を緩ませて礼を言う。

「俺からもプレゼントあるわ」

 そして、ジーンズのポケットに突っ込んでいた小さなそれを比奈子へと渡す。用意していたはいいが、渡そうか迷っていたものだ。

「え、いいんですか?」

 颯真もプレゼントを用意しているとは思わなかったのか、比奈子は驚きと嬉しさを同時に顔に出す。

「わ……可愛いです」

 颯真が比奈子へのプレゼントに選んだのは、商店街に唯一ある小さな雑貨店で買った、黒猫のストラップだった。

「ありがとうございます。大切にしますね」

 比奈子は本当に嬉しそうに笑い、小さなストラップを抱き締めるようにした。不意に、手が伸び、颯真は比奈子の頭を撫でた。

 すっぽりと掌に収まってしまいそうなほどに小さなその頭からは、じんわりと熱が伝わってきて、お互い、確かにここにいるのだと実感することが出来る。

「え、え? なんですか?」

 突然の出来事に、比奈子は顔を真っ赤にして驚いていて、それがまたなんとも可愛かった。

「ほら、冷える前に中に入るぞ」

 颯真は比奈子の頭から手を離し、今度は小さな手を引いて、部屋の中へと引き戻した。

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