第二十話 彼女の正体
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「……で、何か用か?」
振り向きざまにそういえば、あっさりとティルズはこう言った。
「あまりの体力のなさに落ち込み、そして諦めて立ち止まったというわけですか」
「ぐっ。お、お前質問に答えろよ!」
少し図星だったりする。
だがいつものように言い返してしまう。
すると溜息交じりに呟かれた。
「なぜあの場にいたのですか」
「それはっ、その……別に」
「そこで聞くよう言われたんですね」
思わずうっと唸る。
なぜすぐ分かったのだろう。
「気にしなくていいと、言ったでしょう」
「…………そう言われて、気にならないやつがいるかよ」
ぽろっと言葉に出ていた。
するとティルズがこちらを見る。
目を合わせたくなくて、下を向く。
そして、言葉を続けた。
「ティルズがあんな風に怒る姿、初めて見た」
「それは……」
ティルズも言葉に詰まった。
だが、すぐ言い返す。
「俺だって人間ですから、怒る時だってあります」
「…………」
それ以上は何も言えなかった。
本当は聞きたいことがたくさんあった。
いや、言いたいこともあった。
昔のことはあまり分からないが、それでも確かにティルズは前より変わったと思う。感情的になったと思う。もちろん、良い意味で。春に再会した時よりも、少しずつ変わってる。だからこそ、よりティルズのことが知りたいと思った。
……だが、今はそれを言えなかった。
少し気恥しく感じたからかもしれない。
ずっと黙った状態が続いているせいか、ティルズは少しイライラした。
そして吐き捨てるように早口になる。
「とにかく、今回のことは気にしないで下さい。あと、さっき聞いたことはすぐに忘れてください」
「……はっ?」
「ルベンダ殿がいない体で話した内容です。いくら相手から言われたとはいえ、それは盗み聞きっていうんですよ。だから忘れて下さい」
唖然とするが、盗み聞き、と言われて少しだけ反省する。確かにいくら言われたとはいえ、良くない行為だった。それでも、ティルズの言葉に納得できない。あまりにばっさりと切りすぎだ。
「さっき聞いた内容を、すぐ忘れられるわけないだろ!? それにお前、アレスミ様に対してはぐらしたことばっかり言ってたじゃないか。本当のところはどうなんだよ。スガタ様やクリックが一緒にいる時のお前、すごく楽しそうに見えた。それに、前より少しずつ変わってるなって思った。だから」
急に言い始めたルベンダに、ティルズは少しぎょっとする。
慌てて言葉を遮るように声を大きくした。
「なんですか。俺の何を知って言ってるつもりですか? もういいから口を閉じて下さい」
「話を終わらせるなっ! いつもははっきりしてるくせに、何でここでは中途半端なんだよ!」
「それとこれとは話が違うでしょう。ルベンダ殿に言わないといけない理由なんてありません」
「それでもっ! 私はお前のことは何でも知りたいんだよっ!」
思わず出た言葉に、ティルズだけでなくルベンダ本人も目を丸くする。
だがティルズはすぐに眉を寄せた。
「……夜なんですから少しは声のトーンを落としてください。他の人の迷惑になると思わないんですか?」
「な、だってティルズがいちいち言い返すから……!」
「自分の非を認めずに相手のせいにするのは良くないですよ。少しは反省してください」
「なっ、元はといえばお前がいけないんだろ!?」
もはや吹っ切れたからか、二人の長い言い合いが始まった。
それはもう、寄宿舎に聞こえるように大きい声だ。既に寝ている者たちもいたのだが、いつもの二人の言い合いと認識してそのまま寝る者が多かった。
そんな中、庭の茂みで二人の様子を見ていたアレスミが、くすくすと面白そうに笑っていた。
「ああ、楽しい。あれが普段の二人なのね? シャナンさん」
「ええ、あれが普段の二人です」
すぐ隣にいたシャナンは微笑んだ。
実はルベンダがアレスミの部屋から離れた後、アレスミ本人に呼ばれてここに来た目的を聞いていたのだった。色々と互いの情報を交換しつつ、シャナンは二人を見守っていた。予想以上にルベンダが悩んでいたことは、少しだけ意外だったが。何はともあれ、二人とも前と同じような関係に戻ってほっとしていたりする。そしてアレスミにこう言った。
「それにしても驚きました。……まさかティルズ様の姉君だったとは」
すると悪戯っぽくアレスミが笑う。
アレスミはティルズとは間違いなく血のつながった姉弟。
ザンビアカという侯爵家の時期当主と結婚をしたため、そう名乗ったらしい。
そしてここに来た目的は、とてもシンプルなものだった。
「噂には聞いていたの。昔も今もお世話になっている団長さんの娘さん……ルベンダさんにちょっかいをかけてるって。私はその様子を知りたいと思いつつ、久々に会う弟の姿も見たかったってわけ」
ティルズがルベンダとよく言い合いをしている噂はだいぶ流れている。寄宿舎でも、時間帯に限らず分かりやすく声が聞こえるため、どこまで広がっているのやら。
「それに私ね、あの有名な恋物語が好きなの。私も今の相手と、それはそれは色んなことがありながらも結婚までに至ったわ。でね、やっぱり姉としては、弟にも幸せになってほしいわけ。それに二人はどんな関係なのかいまいち分からなかったから、観察させてもらったの」
「それで、二人はどうでしたか?」
すると今度は苦笑した。
「お互いがお互いのことを分かってないわね。正確に言えば、自分がどう思っているのかも分かってない。でも、それでいいと思うの。二人が互いを知るのはきっとこれから。それに……」
「それに?」
シャナンが聞き返せば、アレスミは人差し指を口に当てる。
それ以上は話してくれなかった。
が、何やら秘密があるらしかった。
その様子に、シャナンも苦笑する。
するとアレスミがこちらに話題を振った。
「そういえば、シャナンさんは? 多くの恋を経験したと聞いたけど。今は」
「今は……少し遠慮ですね。それよりも、皆が早く幸せになる姿を見たいです」
実際、シャナンはまだ自分はいいと思っていた。
周りが幸せになってくれたらいい、その姿を見たい、そう考えている。
するとアレスミが少し不思議そうにこちらを見てくる。
「あら、そうなのね。でもスガタが、あなたのことをとても褒めていたわ。素敵な女性だって」
「え?」
「私はティルズの自称親友であるクリックと情報交換をしていてね。この前王城まで馬車で送ってあげたんだけど、言っていたの。もちろん他のメイドさんも素晴らしいけど、シャナンさんの話題が多かったって」
のほほんとそう答えてくれ、シャナンは不覚にも頬に熱を感じた。
ただ夜だったため、顔色はアレスミにはバレなかった。
全く、天然人たらしには困ったものだ、と思いながら、その話題には触れないでおいた。
次の日。アレスミがティルズの姉と聞き、ルベンダはものすごく驚いた。
そして今日急遽、屋敷の方へ帰ることになった。
「ありがとう。短い時間だったけど、楽しかったわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ルベンダは深くお辞儀をする。
するとアレスミはにっこりと笑い、手を握った。
「ところでルベンダさん、私の演技はどうだった?」
「え? あ、すごかったです」
ルベンダに対しての態度も、演技だったところもあるという。
半分は本気だったらしいが、アレスミは満足げに微笑んだ。
「ふふっ。実は私、舞台女優もしているよ。良かったら見に来てね」
「え、舞台女優!?」
「そう。あ、そういえば私の知り合いの脚本家が、あの恋物語を舞台化したいらしくてね。良かったらルベンダさん、やってみない?」
「……え、あれをですか」
思わず想像する。
もはやあの本は読み終わったが、あんな美化された話を舞台化するのか。そしてそれを自分が……? 一瞬にして、無理だなと思う。容姿は確かに母親似だが、残念ながら中身はまったく違う。あの自由人だった母を演じるのは至難の業だ。そう一応答えたが、アレスミはただ笑っていた。その笑みの裏で何を考えているのか…………まったく掴めない。そして耳元で呟かれる。
「ティルズはあなたに対してあんな態度だけど、むしろあれはあなたに気を許している証拠なのよ。だから、これからも弟をよろしくね」
そう言われると、頷くことしかできない。
ルベンダも微笑んだ。
アレスミは一旦挨拶が終わると、弟の方へ何か話をした。
しばらく話した後、すぐに馬車に乗り込む。最後は、皆に手を振ってくれた。
色々あったが、過ごした時間を思い返せば意外と楽しかった。それにアレスミは、華やかで気品を持ちながら人と接するのが上手い人だった。馬車が見えなくなると、皆それぞれ持ち場に戻る。
ふいに気になり、ルベンダは隣にいるティルズに聞いた。
「なあ、さっき何言われたんだ?」
するとちらっとこちらに視線を向け、また馬車の方へ戻した。
「別に、大したことじゃありません」
「ふーん、そうか」
姉弟の挨拶のようなものだろうと思い、さしてルベンダは気にしなかった。
そして他のメイドたちに続いて寄宿舎の方へ戻る。
ティルズは最後までその場に残っていた。
そしてさっき姉と話した内容を思い返していた。
『前のあなたより、今のあなたの方がいいと思うわよ』
『そうですか』
『……冷静に答えるのがあなたらしいわ。それにルベンダさんと話してない間、つまらなそうだったわね。私はいつも何か企むから、巻き込みたくないって思ったんでしょ』
『…………』
アレスミはいつも勝負事に持っていきたがる。
そのせいか、強い。それにかなりの負けず嫌い……いや、負けることを知らない。何度も勝負事に持っていかれ、ティルズが苦労したのは一度や二度ではない。そしてティルズはこれまでかなり負けている。負けた場合は、相手の言うことを聞かなけらばならないのだ。
今回は別に勝負をしたわけではなかった。が、ルベンダに話を聞かれた時点でティルズの負けが決定したようなものだった。まさかあんな本音をルベンダに聞かれるなど、ティルズも思わなかったのだ。といっても、アレスミが言ったことに対して全部否定しただけだが。
ティルズは睨みながら実の姉を見る。
昔からアレスミに関わるとろくでもないことが起こる。
だから関わってほしくなかったのだ。
それに、周りに姉だと言いたくもなかった。
あんなのが姉だと言って、誰が喜ぶ弟がいるだろうか。
アレスミ自体は別に正体を隠していたわけではないらしいが、ティルズが周りに言わないので、それに乗っかったらしい。実際正体を言わないことで、より演技に身が入った、などと言っていた。やっぱり最初に姉だと言えばよかったのか、とティルズは後で後悔した。
『……で、何をやらせるつもりですか』
『そう言わないで。今回は事前に勝負しようとは言ってないじゃない。ただ……そろそろ祝福について考えてほしいとは思ってるわ』
思わず眉を寄せる。
なぜそんなことを身内から言われないといけないのか。
もちろん家族にも関係ある話だが、決めるのは自分だ。周りに言われて焦りたくはない。
すると表情で悟ったのか、アレスミは苦笑した。
『もちろん、決めるのはティルズよ。ただ、もう既に登録はしてもらったの。あと、あなたに合いそうな女性がいるって話も聞いてる』
『!? 何を勝手に……!』
祝福について前向きに検討している人には、事前に自己紹介などの登録をしなければならない。それを元に、相手を探すのだという。また、その人の性格などを見ながら、結婚までのお世話をする世話係が、相手を見つけてくれるのだ。
するとアレスミが急に真面目な顔になった。
それでいて、口元だけ微笑む。自分がよくしているように。
『とりあえず、一度話は聞いてもらった方がいいわ。あなたにはどんな人が合うのか、話をした上で結婚について考えてみなさい』
『なぜ今なんですか。俺はまだ、考えられません』
『変わりつつあるあなただからこそ、支えてくれる存在は必要だからよ。ルベンダさんみたいにね』
なぜここでルベンダの名が出てくるのか。
嫌な顔を露骨にしたが、姉はにっこり笑うだけだ。その笑顔が少し憎たらしい。
だがアレスミは次に、意味深な発言をした。
『私も少し話を聞いたけど、いいと思ったわ。ティルズ、あなたもきっとそう思うはずよ』
『その根拠はどこから来るんですか』
『運命、という言葉は本当にあるわ。神に感謝しなさい。ティルズ』
肩を叩きながら、行ってしまった。
こちらの話を最後まで聞きもしないで。
「…………」
ティルズはしばし、その場で風に吹かれる。
そしてすぐにアレスミの言葉が理解できる時が来ると、この時は全く思っていなかった。




