第七章 古の武器庫(13)
ネオンからオラデルヘルに移動した後、クレルと辰巳を除く一行はライトハウスの私室を訪れていた。オラデルヘルにある遺跡に行くことが目的なので、コアは意外を露わに口を開く。
「へえ、オヤッサンの部屋から行けるのか」
コアが何気なく話しかけるとライトハウスはただでさえ人相の悪い顔を不機嫌そうに歪めた。
「ツケは払わないうえに外道、お前は最悪の客だ」
「根に持つなよ。ちゃんと有益な情報を提供しただろ?」
コアは苦笑を浮かべたがライトハウスは忌々しいと言わんばかりに顔を背ける。肩を怒らせながら歩き出すライトハウスの背中を見ながらコアが肩を竦めているとマイルが小声で容喙した。
「コア、大丈夫なのか?」
マイルは眉根を寄せていたがコアは軽く笑い返す。
「オヤッサンが取引に応じたんだ、問題ない」
「……とても正当な取引をしたとは思えないが」
「気にすんな、オヤッサンはいつでもあんな感じだ」
マイルの苦言を聞き流し、コアは振り返りもせず歩を進めるライトハウスの後を追った。室内には廊下へと続くものの他に幾つか扉があり、ライトハウスはその内の一つを開く。扉の先は窓のない小部屋になっており、中央にテーブルが一つ置いてあるだけの殺風景な光景であった。さほど広さもない室内を見渡し、コアは首を傾げる。
「ここから行けるのか?」
コアの言葉は無視に徹し、ライトハウスは燭台に火を入れた。全員が室内に入ったことを確認してから内鍵をかけ、ライトハウスは中央のテーブルへと歩み寄る。
「行くぞ」
説明をすることもなく短く告げ、ライトハウスはテーブルの支柱に触れた。一瞬の違和感の後、それまでテーブルの他には何もなかった小部屋にいつの間にか物が溢れていたのでコアは眉根を寄せる。
「……オヤッサン、これは何だ?」
ひとしきり考えても理解が及ばなかったのでコアはライトハウスを振り返った。ライトハウスは横柄な態度のまま口を開く。
「知らん」
「知らんって……あんた、何かしてたじゃないか」
「俺はただ、ここを押しただけだ」
ライトハウスがテーブルの支柱を指したのでコアはしゃがみこんで観察した。テーブルを一本足で支えている支柱は白銀に色づけされており、表面は滑らかな手触りである。だが見た目では分からないある一部分だけが、指の腹で凹む仕組みになっていた。
「あ、消えた」
リリィの声がしたのでコアはしゃがんだ体勢のまま顔だけを上げた。薄暗い室内には先程まで散乱していた物はなく、侵入した時と同じように殺風景な小部屋でしかない。もう一度、コアは支柱の一部分を凹ませた。
「……つまり、ここで切り替わるってことか」
再び室内に物が散乱したのでコアはテーブルの下から抜け出す。コアはその後もしばらく考えを巡らせていたが、やがてマイルが口火を切った。
「コア、あの時の状況とどこか似ていないか?」
ライトハウスの手前、マイルは具体的な単語を避けて発言したがコアにはしっかりと伝わっていた。マイルに頷いて見せた後、コアはライトハウスを振り返る。
「オヤッサン、ちょっと出てみたいんだが」
この部屋にあるテーブルが捨山と同じように『機械』であるのならば、扉の外はライトハウスの私室ではなくなっているはずである。コアはそのことを確かめようとしたのだが、ライトハウスが脱兎の如き勢いで扉の前に陣取った。
「駄目だ。それだけは絶対に駄目だ」
強固に拒むライトハウスは心なしか青褪め、巨体を震わせている。ライトハウスの態度を激しく訝ったコアは眉をひそめた。
「何でダメなんだ?」
「この扉を開けば間違いなく死ぬ。開けるなら床に転がっている物を消してからだ」
「死ぬ? 何でだ?」
薄暗い燭台の明りのみでも判るほど血相を変えたライトハウスは何度も頭を振った。埒が明かないのでコアは一度引き、床に散乱する物体へと視線を転じる。
「これ、武器ですね」
すでに観察を始めているクロムが長い棒のような物を手に独白する。コアは目についた弓形の物を手に取って見た。
「弩みたいだが、ちょっと違うな」
弩はばね仕掛けで大矢を発射する大型の弓であるが、コアが手にしている弓は形状こそ似ているが小型である。手にしている物を無造作に放ったコアは改めて周囲を見回し、ここは間違いなく武器庫でありテーブルは『機械』の類であると確信した。
「オヤッサン、扉を開けろとは言わないから少し話を聞かせてくれや」
コアがそう言うと扉の前で硬直していたライトハウスは安堵したような息を吐き、小部屋の奥へと移動した。隣に並んで壁に背を預け、コアはライトハウスに話しかける。
「オヤッサンはあの扉の向こうに行ったことがあるんだろ?」
無言で、ライトハウスは小さく頷いた。巨体に似合わぬ臆病な動作は恐怖の度合いが大きいことを物語っており、コアは考えこみながら腕を組む。
「床に武器が出現する時、あの扉の向こうはオヤッサンの私室じゃない。ってことだよな?」
ライトハウスは再び無言で頷く。それならばやはり、ここの『機械』も場所を移動するものであろうとコアは結論づけた。
「これ、どうやって使うのかしら?」
「そこの空洞に指を入れるんじゃないか?」
リリィとマイルの会話が耳を突いたのでコアは何とはなしに視線を傾けた。リリィが手にしている物は、直角に曲がったブーメランのような形状の武器である。見覚えがあるような気がしたコアは首をひねり、記憶を探った。そして思い出した事柄に、コアは慌てて声を上げる。
「それに触るな!!」
「危ない!!」
コアとクロムが同時に声を荒げたのでリリィは呆けたように顔を傾けた。
「え?」
リリィが小さく呟いた刹那、ブーメランのような形状をしている武器から放たれた光が木製の扉を溶かす。傍にいたマイルが急いで、腰を抜かしたリリィの手から武器を取り上げた。コアは驚きながらクロムを振り返る。
「お前、あれが何なのか知ってたのか?」
「コアさんこそ、よく知ってましたね」
クロムもまた驚いているようだったのでコアは簡単に説明を加えた。
「同じような物が大聖堂にあるんだよ。意味は知らんが『銃』と呼ばれてる」
マイルが手にしている『銃』は殺人的な光を放ったが大聖堂にある『銃』は弾を放つ。『銃』は弓よりも殺傷能力に優れているが扱いが難しく、また弾が有限であるので使用は許されていない。だがコアは過去に一度だけ、その力を目の当たりにしたことがあった。
「それで、お前は何で知ってるんだ?」
コアが疑惑の視線を向けるとクロムは淀みなく答えた。
「西で遺跡を調べていた時、壁画に同じような物が描かれていたんです。おそらく武器だろうとは思っていたんですが……」
「西、か……」
大陸の西はフリングス領である。大聖堂の人間であるコアには気軽に足を踏み入れにくい場所であるが有益な情報があるのならば行かない訳にはいかないと、コアは改めて西への旅路を視野に入れた。だがその話は後だと思考を切り替え、コアは『銃』を持つマイルとへたり込んだリリィに目を向ける。
「とりあえず、俺が持ってる」
コアが手を差し出すとマイルは『銃』を渡した。そのやりとりを見ていたライトハウスが我に返ったように口を挟む。
「待て。誰が持ち出していいと言った?」
ライトハウスが険しく咎めたのでコアは疑惑の視線を向けた。
「オヤッサン、もしかして使うつもりなのか?」
「それは俺の財産だ。見せることは承知したがやるとは言ってない」
「ああ、そういうことね」
『機械』は人知の及ばない未知の物である。それを世に知らしめてしまえば恐ろしいことになるとコアは危惧したのだが、ライトハウスの言い分はもっともなものであった。だからと言って放置する訳にもいかず、コアは掌の重みとライトハウスを見比べながら唸る。
「……コア、」
膠着状態を破ったのは動揺したマイルの声であった。扉に開いた穴の傍らに立ち尽くしているマイルを見てコアは眉根を寄せる。
「何だ? どうした」
コアが問うとマイルは無言で穴を指し、体を退けた。先程まで強硬であったライトハウスも扉から可能な限り体を遠ざけて壁に背を貼り付ける。二人の不可解な様子に内心首を傾げながら、コアは目玉ほどに開いた穴を覗き込んだ。
「……うわ……」
それ以上の言葉は出て来ず、コアは呆けながら扉の前を離れる。続いて覗き込んだクロムも無言でその場を離れ、最後に恐る恐る扉に寄ったリリィにいたっては硬直したまま身動ぎすらしないという有り様であった。
「……オヤッサン」
ライトハウスが頑なに扉を開けるのを拒んだ意味を理解したコアはオラデルヘルに戻ることを提案した。異論を唱える者はいなかったのでコアは手にしていた『銃』を懐に潜ませながらしゃがみ込み、支柱の凹む部分を指で押す。小部屋に散乱していた武器は瞬く間に姿を消し、室内は殺風景さを取り戻した。
「リリィ、外はオヤッサンの部屋か?」
コアが声をかけると我に返った様子のリリィは慌てて体を退けた。だがそこに穴はなく、穴から差し込んでいた光もない。
「消えてるな」
眉根を寄せながら扉を調べたコアはもう一度床に何もないことを確認してから扉を開けた。その先はライトハウスの私室であり、扉に空いた穴から垣間見た異様な光景は片鱗も残っていない。
白日の下に戻った一行は皆、青褪めた顔色をしていた。しばらく口を開く者はいなかったがやがて、ライトハウスがコアを睨み見る。
「コア、出せ」
悟られないよう舌打ちをし、コアは作り笑顔でライトハウスに向き直った。
「何のことだ?」
「白々しいぞ。隠した物を出せ!」
掴みかかろうとするライトハウスの巨体をひらりと躱し、コアは胸元に手を当てた。だがそこには予想した感触はなく、コアは改めて胸元を探る。
「……ない」
「ない?」
ライトハウスは疑わしげな目つきのままコアを凝視した。身の潔白を証明するためコアは両手を上げる。
「嘘だと思うなら調べてみろよ」
胡散臭そうにしながらもライトハウスはコアの体を調べた。だが『銃』は出てこず、ライトハウスは薄い眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「手に持っていたとしても切り替えれば消えちまうってことだな。つまり、持ち出し不可能」
持ち出すことが出来ないのであれば心配には及ばないと、コアは口調を改めた。
「ところでオヤッサン、クレルも知らないってことはこの遺跡の詳細を知ってるのはあんただけってことだよな?」
コアの口調から真剣な話であると察したライトハウスは真顔に戻って頷く。真面目な顔つきのまま、コアは話を続けた。
「この遺跡の秘密はあんただけの胸に秘めて墓場まで持ってってくれないか」
「お前が脅迫まがいのことをしなけりゃ元よりそのつもりだった」
「お、さすがはオヤッサン。話が分かるね」
コアに気安く背中を叩かれたライトハウスは嫌な顔をした。そこへ扉を叩く音がしたので一番近くにいたマイルが対応に向かう。姿を現したのはクレルであったが、その顔色は冴えないものであった。
「親父、少しいいか?」
「ああ。どうした」
息子の異変を素早く察し、ライトハウスはクレルの傍へ寄る。クレルは短く息を吐いてから話を始めた。
「先刻、フリングスから兵が出たとの報告があった。こっちへ向かっているようだ」
クレルの発言を受けた室内は緊張が高まった。ライトハウスは無言で頷き、ひとまずクレルを招き入れる。コアは腕を組みながらクレルに話しかけた。
「ずいぶん早い反応だな。数は?」
「おおよそ五百の騎馬隊だ。西のアグリル城を発ったらしい」
「アグリルってことはサーズ卿か」
フリングスは王政の貴族社会であり、王都以外の地方は爵位を授けられた貴族が管理をしている。フリングス領の北――オラデルヘルから見れば真西――に位置するアグリル城はサーズ卿の拠点であり、兵数が五百では王都からの命を受けているのか個人的な行動なのか判別が難しい。
考えを巡らせながらコアはライトハウスを仰いだ。ライトハウスは不動の落ち着きを保ったまま口を開く。
「サーズ卿はオラデルヘルの上客だ」
「ってことは降伏勧告の線だな」
王都からオラデルヘル征討の命が下る前に誼のある者が出向き、降伏を勧めることは常套手段である。王都からの命ではなくともオラデルヘルの危機には違いなかったのでコアはライトハウスの出方を窺った。
「誰が降伏なんかするか。戦の準備だ」
ライトハウスはきっぱりと、微塵の躊躇もなく断言する。コアは耳を疑い、思わず声を上げた。
「おいおい、マジかよ。オヤッサン、いくらなんでも無謀だぜ」
「俺が何の用意もしていないと思っているのか?」
すでに指揮を執る将の顔に変わっているライトハウスはコアに視線を傾ける。ライトハウスの精悍な顔つきに武人としての性根を揺さぶられたコアは口元に笑みを浮かべて尋ねる。
「具体的にはどんな準備をしてたんだ?」
「二百は兵がいる。俺が鍛えた連中だ、易々とはやられない」
「世間に知れないよう軍隊を用意してたって訳か。やるね」
「五百程度なら退けられるが召集に時間がかかる。コア、手伝え」
「ま、色々と世話になったしな。今回は乗ってやるぜ」
熟考するでもなく頷いたコアはマイルを振り返った。
「と、いう訳だ。お前らはすぐオラデルヘルを出ろ」
「待ち合わせ場所はリオールでいいか?」
リオールの町はオラデルヘルから一番近い大聖堂領である。無駄を挟まないマイルの言葉を好ましく思い、コアは笑って頷いた。
オラデルヘルの後事をクレルに託し、ライトハウスが歩き出す。コアは喜々としてシネラリアの武人に従った。




