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第七章 古の武器庫(11)

 ネオンの豪奢な宿の一室には異様な沈黙が流れていた。室内には錆色の髪色をした青年が一人、キレイに頭を剃った人相の悪い中年の男が一人、前述の二人に黙視されてうなだれている青年が一人いる。

 先程まで大人数であった室内は人が減った途端に自然と会話が途切れていた。コアとライトハウスは辰巳(たつみ)が自ら口を開くのを待っていたが、辰巳はいつまで経っても口を割ろうとはしない。仕方がないのでコアはため息をついてから口火を切った。

「もうだんまりしててもしょうがねえだろ。自分から話せよ」

 コアの声に顔を上げた辰巳は、しかし言葉が見付からないようで困惑した表情をするのみであった。辰巳の煮え切らない態度に痺れを切らしたコアは自ら問いを口にする。

「約束が違うとか言ってたが、お前は誰と、どんな約束をしたんだ?」

「……初めに現れたのは、中年の男でした」

 問いに答える形であれば話しやすいようで、辰巳はぽつりぽつりと語りだした。

 辰巳の前に現れた中年の男は大聖堂(ルシード)の者であることを明かし、オラデルヘルの主人からシネラリアの情報を引き出して大聖堂に売らないかと交渉を持ちかけた。金が入用であった辰巳は男が提示した金額に目がくらみ、オラデルヘルには手を出さないことを条件に間諜を引き受けたのだった。そこまで話を聞いたコアは首を捻る。

「金って、何に使うつもりだったんだ?」

「おそらくローラの身請けのためだ。そうだろう、辰巳?」

 コアの疑問に答えた後、ライトハウスは辰巳を見る。辰巳が伏目がちに頷いたので、コアはネオンを莫大な金で買うことにより娼婦という仕事を辞めさせようとしたのだと納得した。

「あと一年、お前が我慢すればこんな大事にはならなかったんだ。お前は大馬鹿野郎だよ」

 ライトハウスが苦々しく吐き捨てたのでコアは首を傾げた。

「あと一年って、どういう意味だ?」

「あと一年すればローラは三十になる。三十になればネオンであろうと引退だ」

 ネオンで働く女性は客との間に子供をつくらないよう教育を施されているが、それでも妊娠は皆無ではない。高齢でなくとも命がけの行為である出産を三十を過ぎた女にさせる訳にはいかないので、ネオンの街では引退する年齢が決められているのである。そうしたライトハウスの説明を聞いたコアは率直な感想を口にした。

「もうすぐ三十路なのか。もっと若いと思ってたぜ」

 コアの不躾な発言に辰巳は嫌そうな表情をしたがライトハウスは豪快に笑った。

「ローラは歴代のネオンでも一、二を争う美しさだ。気風もいいしな、だいぶ稼いでもらった」

「で、辰巳はそんなオヤッサンを怨んでいたと」

 ライトハウスの言葉をそのまま流し、コアは辰巳の反応を窺う。辰巳が唇を噛んで俯いたのでライトハウスも真顔に戻った。

「……怨んでいたか?」

 ライトハウスが問いを発したことにより室内には再び重苦しい沈黙が漂う。しばらく逡巡を見せた後、辰巳は力なく首を振った。

「あなたがローラに良くしてくれていたことを、知っていますから。あなたはローラを商品としか見ていなかった。だからこそ、あなたは彼女に手を出さなかった」

 その商売人としての信条がなければ迷わずオラデルヘルごと売っていたと、辰巳は皮肉交じりに語った。シネラリアは売るがオラデルヘルは守るという奇妙な条件にも合点がいったので、コアは気にかかっていたことを尋ねるべく口を開く。

「辰巳」

 呼び声に顔を上げた辰巳は真顔でコアを見る。コアもまた、軽口は挟まず問いを口にした。

「お前、俺がネオンと関係があることも知ってたんだろ?」

「……知っていました」

「俺を殺したいとかは思わなかったのか?」

 辰巳が目を泳がせたので、コアは辰巳に憎まれていたことを知った。だが辰巳はふっと口元を緩め、苦笑に似た表情をつくって再びコアを見る。

「あなたを殺そうと思ったら命が幾つあっても足りませんよ」

「……なるほど」

「それに、あなたはいつからかネオンを訪れなくなった。理由は知りませんが僕にはありがたいことでした」

「まあ、あの頃は俺も若かったんだ。許してくれ」

 あまり言及されたくない話題を避けるためコアは軽く頭を下げる。コアの行動に反応したのは辰巳ではなくライトハウスであった。

「悪かったと思うなら今までのツケを払ったらどうだ? ローラはお前に甘いが俺はそうはいかないぞ」

 さらに都合の悪い話を蒸し返されたのでコアはライトハウスの言葉尻を捕らえて辰巳に顔を向けた。

「今のオヤッサンの言葉、誤解すんなよ? ネオンはお前が好きなんだ。なんたって俺に、将来を誓い合った男がいるとか言っちまうくらいだからな」

 その科白をネオンから聞かされた時の状況は具合が悪いので、コアは詳細を隠したまま捲くし立てた。辰巳はネオンの言葉が嬉しかったようで、少し表情を和らげる。

「ローラが、そんなことを……」

「ところでオヤッサン、ネオンは辰巳がここにいることを知ってるのか?」

 内心では恐る恐る、表面上は自然を装い、コアはライトハウスを振り返った。薄い眉根を寄せたまま太い腕を組んでコアを見下ろしていたライトハウスの表情は渋いものであったが、彼はやがて諦めたように息を吐いた。

「いや、ローラは何も知らない。辰巳が自分から本当のことを話して会いたいと言えば、会わせてやるくらいはするつもりでいたがな」

 ライトハウスの言葉は辰巳の行動を間接的に非難しているようにも聞こえたので辰巳が陰鬱そうに目を伏せる。何気なく辰巳を見たコアはまだ疑問が残っていることを思い出したので再び口を開いた。

「話は大体解ったが、何であんな場所にいたんだ? それと、交渉に来たのは中年の男だったんだろ? あの女は何だ?」

「あの場所へ行ったのは金を受け取るためです。あの少女のことは何も知りません」

 力なく首を振り、辰巳は詳しく説明を加えた。

 シネラリアという後ろ盾を失ったオラデルヘルは近いうちフリングスに攻め取られることは明らかであり、そうなる前に大聖堂に屈することがオラデルヘルにとって最善の選択であると少女は語った。だがオラデルヘルの独立を守ることを条件に間諜をしていた辰巳は約束に反すると抗議し、結果、少女に殺されそうになっていたのである。そういった辰巳の話を聞いたコアは発着場での出来事を思い返しながら口元に手を当てた。

(あれは、初めから殺すつもりだったよな)

 報酬だという金を用意していた気配もなく、まして辰巳が呼び出されたのは大聖堂の極秘事項に関係する場所である。さらに、少女の太刀筋に微塵の迷いも窺えなかったことからコアは確信した。シネラリア陥落を実行した者がヴァイスであることはほぼ確実なので、おそらく赤毛の少女は彼女の部下だろう。シネラリアの陥落にローズマリーの秘薬が使われたことも情報として出回っているので、そうなってくると辰巳だけではなく他の者の命も狙われるかもしれない。そこまで考えたところでコアは手を打った。

「オヤッサン、(ワイフ)は大切か?」

「……なんだ、急に」

 コアが唐突に脈絡のない話題を口にしたのでライトハウスは不信感を露わにした。だがコアは構わず、不敵に笑う。

「アニタに関することで一つ重要な情報があるんだが、取引しないか?」

 ライトハウスの厳つい顔に焦りが浮かんだことを見逃さず、コアは早々に勝利を確信した。

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