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第七章 古の武器庫(6)

 モルドが責任者を務める礼拝堂から山を下り、西進すると大聖堂(ルシード)の本拠地である神山へと行き着く。礼拝堂のある山は低山に分類され道も整備されているが、大聖堂の本拠地がある神山は人間を寄せ付けない高山であり街道も設けられていない。神山の麓へ来たのは初めてのようでクロムはしばらく呆けていたが、やがて不安そうな顔つきでコアを振り返った。

「この山、登るんですか?」

 クロムの口調が躊躇を露わにしていたのでコアは含み笑いを浮かべた。

「んなことするかよ。移動手段があるって言っただろ?」

 詳しい説明は後回しにし、コアは道なき道を歩き出した。

 神山をしばらく上ると二人の前には石室が姿を現した。積雪の多い冬の時季はしばしば石室の入口が埋まってしまうが、現在は雪が避けられている。人の手が加えられているということは最近になって誰かが『列車』を使用したことを意味するが、使用が許可されている時間帯を過ぎていたのでコアは気にせず内部に侵入した。

「この室は天然のものですか?」

 石室を珍しげに見回しながらクロムが疑問を発したのでコアは振り返らずに答えた。

「いや、大聖堂が造ったものだ。不細工だろ?」

「天然の石室に見せかけるためですか。周到ですね」

 感心しながらもクロムはどこか腑に落ちない様子であった。実際に『列車』を目の当たりにすればおおよその疑問は解決するとだけクロムに言い置き、コアは口を閉ざして歩みを速める。

 室の内部にはそれほど奥行きがないので、しばらく歩くと行き止まりとなった。クロムに松明を渡し、コアはその場にしゃがみこむ。コアに持ち上げられた地の一部は、表裏が異なる代物であった。

「扉、ですか」

 四角く切り取られた地の裏側は銀の輝きを放っており、取っ手が付けられている。クロムが観察しながら独白のように零したのでコアは立ち上がりながら頷いた。

「つまり、『列車』は地下にあるということですか」

「そういうこった」

 クロムの話に応じながらもコアの意識は扉の内部へと向いていた。その理由は『列車』を使用する時以外は消えているはずの明りが灯り、扉の内部からは煌々と光が漏れ出していたからである。

「……ちょっと様子を見てくる。お前はここで待ってろ」

 クロムの返事を待たずにコアは地下へ侵入し、内側から扉を閉ざした。壁にかけられている梯子を下りた後、コアは足音を殺しながら奥へと進む。

「それでは約束が違う!」

 発着場の付近から男の怒声が響いたのでコアは歩みを止めて壁に背を貼り付けた。角を曲がった先が発着場であるが顔を覗かせると感づかれる可能性があるので、コアはその場で目を閉ざして聴覚を研ぎ澄ませる。

「貴様がもたらした情報は有益だった。その功績には報いるつもりだ」

 男の怒声に応じたのは硬質な女の声であった。その声質から、コアは少女を想像する。続いて、再び男の声がした。

「だがそれでは、オラデルヘルの独立が守られない」

 男の険しい声音が聞こえた後、コアの耳には鼻で笑う様が目に浮かぶような女の嘲りが届いた。

「シネラリアが陥落した以上、以前からオラデルヘルの財を欲していたフリングスが動き出すだろう。シネラリアという後ろ盾がなくなった時点でオラデルヘルには選択の余地などないのだ。そのようなことも分からない愚か者は死ね」

 聴覚を刺激したわずかな金属音に反応し、コアは地を蹴った。発着場へ躍り出たコアは男女の間に割り込み、右手首で女が振り下ろした剣を受けると同時に背を向けて逃げ出そうとしていた男の襟首を掴んで引き止める。軍服姿の女は、コアの予想通り少女であった。赤い髪が人目を引くが見たことのない顔だと、コアは剣を振り下ろしたまま瞠目する少女を観察する。

「まあ落ち着けよ」

 コアが発した声に反応し、少女は目つきをきつくした。払われた剣筋に巻き込まれないよう、コアは男の襟首を掴んだまま少し後退する。赤毛の少女は剣を構えたままコアを見据え、声を荒げた。

「貴様、何者だ! どうやって侵入した!?」

 少女の怒りを受け流し、コアは軽く肩を竦めながら答える。

「どうもこうも、俺は大聖堂の人間なんでね。調査部所属のコアってんだ。以後よろしくな」

 場違いなコアの軽口に少女はさっと顔色を変えた。だが剣は収めず、少女はいつでも斬りかかることが出来る体勢を保っている。コアは少女の顔色を窺いながら話を続けた。

「事情は知らないがこんな所で殺しはまずいだろ。こっちも列車の不正使用したかったんで後ろめたいんだ。黙っててくれるなら見なかったことにするぜ?」

 コアが畳みかけると少女は逡巡を見せた。あと一押しだと胸中でほくそ笑み、コアは言を次ぐ。

「軍服姿のお譲ちゃんよ、あんたも武人のはしくれなら対峙した奴の強さくらい量れるだろ?」

 コアに挑発まがいの脅しを受けた少女はぎりぎりと音がしそうなほど歯噛みをし、しかし剣は収めた。脱兎の如き勢いで出口に走り去る少女の後ろ姿を見送った後、コアは左手に掴んでいる男に視線を落とす。

「オラデルヘルがどうのとか言ってたが、説明してもらおうか?」

 コアが正面へ回り込むと男は俯いたまま顔を背けた。覗きこもうとしても埒が明かなかったのでコアは男の胸倉を掴み上げて強引に顔を上げさせる。乱れたブラウンの短髪に隠れていた男の顔は、コアが知っている者であった。

「お前……辰巳(たつみ)じゃねえか」

 コアはあ然としながら呟いた。辰巳はオラデルヘルの主人(マスター)、ライトハウスに従事している青年である。

「辰巳、お前……」

 盗み聞いた会話から事態を察したコアは眉根を寄せる。コアの手を離れた辰巳は俯き、前髪で目元を覆ってしまった。

「……とにかく、行くぞ」

 力なくうなだれる辰巳を強引に促し、コアは発着場を後にした。地上に出ると松明を持ったクロムが横岩に張り付いていたのでコアは再び眉根を寄せる。

「何やってんだ?」

「あ、コアさん。誰かが下から出て来て……」

 走り去って行ったので驚いたと、クロムは言った。コアは大きくため息を吐く。

「列車見物は中止だ。また今度な」

「そうですか。ところで、その後ろの方は?」

 クロムは松明を辰巳の方へ傾けたが覚えていない様子で首を傾げる。もう一度息を吐き、コアは面倒になりながら口を開いた。

「後で説明する。とにかくオラデルヘルに急ぐぞ」

 辰巳が妙な行動に出ないか気を配りつつ、コアは持ち上がっている扉を蹴って閉ざす。地下からの光は遮断され、石室の内部は本来の暗さを取り戻したのであった。







 三日ほど寝込むとリリィの病も回復し、先発したコア達に遅れること四日でリリィとマイルは礼拝堂を後にした。急ぐ旅路でもなかったので、リリィとマイルは山を下りた所で露宿をすることにした。

「人里へ着いたら馬を使おう」

 マイルがそう提案したのでリリィは湯の注がれたカップを両手に抱えながら顔を上げた。平地とはいえ露宿なので、病み上がりのリリィは厚手の毛織物を二枚重ねて羽織っている。火の側であっても風は冷たく、リリィは体を丸めながら話に応じた。

「馬って、馬車?」

「いや、早馬だ。馬車より直接乗った方が早い」

 北方独立国群での体験が為になったなと、マイルは付け加えながら焚き火に木片を放る。

 北方独立国群の領土でハンセン族という部族の集落に滞在した時、リリィは馬を繰る技術を習った。技術を習得することに心を砕いていた時はその意味にまで気が回らなかったがこういう場合に役立つのかと、リリィは得心して頷いた。

「ちゃんと意味があることなのね」

 リリィに乗馬を勧めたのはコアである。コアの教えは一見すると無茶苦茶であるが、後になって効果を表す場合が多い。そう思えるようになったのは振り回されることに慣れてきたからだと自覚したリリィは苦笑する。

「コアの場合、意味があることとないことの落差が激しすぎる。良くも悪くも天才気質というやつだな」

 マイルの言葉にコアの言動を重ねたリリィは何度も頷いた。会話が切れたところで、リリィは疑問に思っていたことを口にする。

「ところで、何処へ行くの?」

「オラデルヘルだ」

 マイルから返ってきた名称にリリィは顔をしかめた。リリィの不快を察したマイルは苦笑する。

「嫌そうな顔をしているな」

 あの場所にはいい思い出がないと、リリィは思わず零しそうになった。しかしそれはマイルに言うべきことではなかったのでリリィは表情を改める。リリィが黙り込んだのでマイルも一時無言でいたが、やがて口火を切った。

「そろそろ休んだ方がいい」

 冬は火を絶やさない方がいいと、マイルは一晩中火の側にいる。それは礼拝堂を出てから続いており、リリィが交替を申し出ても断られてしまうのである。マイルに気遣われていることを心苦しく思いながらもまだ本調子ではないため、リリィは大人しく従うしかなかった。

 枯れ木の間に厚布を巡らせたテントに入り、リリィはさらに一枚毛織物を重ねてから横になる。マイルの恩情に報いるためには一刻も早く調子を取り戻すことだと、リリィは息を吐いて目を閉じた。

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