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第七章 古の武器庫(4)

 礼拝堂で暮らしていた時、リリィはカレンと同じ部屋を使用していた。リリィが礼拝堂を後にしてからも新しい人は入っていないようで、カレンは未だに二人部屋を一人で使っている。自分が戻って来た時のために部屋を空けておいてくれているのではないかと、リリィは複雑な思いで手を動かしているカレンを見つめた。

 リリィは礼拝堂で働く女性が身につける腰を絞ったローブをまとい、ベッドに腰を下ろしている。カレンはリリィの旅装を繕い中であった。

「……カレン」

 リリィが声をかけると黙々と針を動かしていたカレンは顔を上げた。面と向かうと話を切り出し辛かったが意を決し、リリィは口火を切る。

「私たちの生まれた所へ行ってきたの」

 カレンは瞠目し、しかしすぐに驚きを収めて衣服を脇に置く。カレンが真剣に話を聞こうとしていることを察したリリィは深く息を吐いてからオキシドル遺跡での出来事を語った。

「……そう。やっぱり亡くなっていたのね」

 予想はしていても実際に目の当たりにした者から聞く真実は重く、カレンの声音を暗くさせた。オキシドル遺跡で見た惨状が蘇ったリリィは拳を握って閉口する。室内には重い沈黙が流れたが、やがてカレンが口を開いた。

「ねえ、リリィ」

 伏せていた目を上げ、リリィはカレンに言葉を続けるよう仕種で促す。カレンは憂うような息をついた後、話を続けた。

「まだ、旅を続けるの?」

 カレンの問いはリリィにとって想定外のものであった。リリィが眉をひそめると、察したカレンは真意を語り出す。

「皆、もう生きていない。それが分かっただけで十分だと思うことは出来ない?」

 カレンの口調は制しているようであったがリリィは即座に首を振った。

「お父さんは、殺されていたわ」

 その言葉をひとたび口にしてしまえば、リリィは怨恨に駆られた。腸が煮えくり返るような憤りがリリィの口調や顔に表れたのでカレンは口を噤む。リリィは強く拳を握りながら言葉を続けた。

「どうして殺されなくちゃいけなかったの? 誰がお父さんを殺したの? 他の皆だってそうよ。どうしてゴミみたいに捨てられなきゃならないの」

 リリィが吐き捨てるように独白したのでカレンは非難のまなざしを向けた。

「リリィ、あなたは復讐をしたいの?」

 カレンにすごまれたことでリリィは我に返った。カレンの険しい表情を直視出来ず、リリィは気まずく目を伏せる。

「そこまでは……まだ考えられない。でも、知らずにいることは辛いの」

「……復讐は何も生まないわ。リリィにはそんなものに縛られずに生きて欲しいの。でも、それは私の勝手ね。ごめんなさい」

 カレンの口調が和らいだのでリリィは恐る恐る目を上げた。カレンが頭を垂れて許しを待っていたのでリリィは慌てて頭を上げるように言う。カレンは乱れた髪を整えながら苦笑を浮かべた。

「ダメね。辛そうなリリィを見ていたらつい、感情的になっちゃったわ」

「……ありがとう、カレン」

 時に恐ろしい存在にもなるが本当に親身になってくれるのはカレンしかいない。そう思うと自分が頑固のように感じたが、ここはリリィにも譲れないところであった。カレンに率直な気持ちを伝えるため、リリィは考えながら口を開く。

「確かに、辛いことは多かったわ。でも自分で決めたことだから逃げたくないし諦めたくもないの」

「わかった。もう言わないわ」

 根負けしたカレンは苦笑して、繕い中の衣服を引き寄せる。リリィがホッとしたところで扉を叩く音がした。

「邪魔するぜ」

 返事も待たずに扉を開いたのはコアであった。コアはリリィの姿に目を留め、怪訝そうに眉根を寄せる。

「なんだその格好」

「繕い中なんです」

 リリィよりも先に口を開いたカレンが手にしている衣服を掲げて答える。コアはカレンに視線を向け、納得したように頷いた。

「……そういうことね」

「お久しぶりですね、コア様。ところで、何かご用でしょうか?」

「ああ、そうだ。リリィ、オッサンにあいさつしに行くから来い」

 コアに話の矛先を向けられたリリィは頷き、カレンにしばしの別れを告げて立ち上がった。部屋を後にし、リリィとコアは並んで歩き出す。

「おい、防具はどうした」

 二人きりになるなりコアが咎めるように言ったのでリリィは自分の姿を見下ろした。

「この格好でつけてると目立つから。カレンに預かってもらってる」

「いくら同郷の奴だからってな、簡単に手の内明かすんじゃねーよ」

 コアが嫌そうな表情をして刺々しく言ったので、不服に感じたリリィは眉根を寄せる。

「カレンは、別」

「肩入れすんのは結構だけどな。同郷の奴だからって気を許して、現に痛い目みたじゃねえか」

 リリィはすぐ、コアが呆れたように言っているのはビリーのことだと気がついた。だがカレンだけは絶対に大丈夫との確信を持っていたので、リリィは頷くことを好しとしなかった。

「カレンだけは、私を裏切ったりしないわ」

「無条件に信用してんじゃねーよ。そういうのが一番危ないんだぜ?」

「じゃあアンタは誰にでも疑いを抱いてるって言うの?」

 考え方の違いに苛立ったリリィは嫌味のつもりで言い放った。だがコアはあっさりと、頷く。

「どんな奴に対しても必ず少しは疑念を残す。例えそれがマイルやお前や、モルドのオッサンであってもな」

 コアが微塵の迷いもなく断言したのでリリィは絶句した。コアとは生きている世界が違うと改めて感じ、リリィの胸には次第に物悲しさが押し寄せる。

「そういう生き方って辛くない?」

「……考えたことねーな。ま、昨日の友は今日の敵って言葉があるくらいだ。用心に越したことはない」

「……なんか、違う気がする」

「細かいことは気にすんな。大切なのは信頼関係、だよな?」

 挑むように問うコアにかすかな反発を残しながらもリリィは頷いた。コアに戦闘術を習うことは個人の問題ではなく、リリィが手の内を他人に明かすことがコアの弱みを暴露することにも繋がるのである。そのことは、リリィも承知していた。

「さて、行くぞ」

 話を切り上げたコアに続き、リリィは割り切れない想いを抱えながら歩き出した。

 コアとリリィが向かった先はモルドの自室ではなく礼拝堂であった。五人で集うにはモルドの部屋では狭いというのが、その理由である。礼拝堂にはすでにモルド、マイル、クロムの姿があり、リリィは静かに扉を閉ざしてからコアに続いて彼らの傍へ寄った。

「今、マイルから彼の紹介を受けたところだ」

 モルドが言外にクロムを指したのでコアは軽く頷いて見せた。

「あんまり会うことはないかもしれないが、一つよろしく頼む」

 コアに頷き返してからモルドはリリィを見据えた。約一年ぶりに再会する恩人のまなざしに複雑な思いを抱きながら、リリィはモルドに一礼する。

「オキシドル遺跡の一件はコアに聞いた」

 平素と変わらず抑揚のない調子でモルドは口火を切った。リリィは思わず顔を歪め、平静を己に言い聞かせながら息を吐く。

「すまなかった。雪が溶け次第、死者を埋葬したいと思う。任せてもらえるか?」

 表情を変えることのないモルドの謝罪は至って冷静であり、リリィは憤りを感じた。だがそれは誠意を示そうとしているモルドにぶつけるべきものではないと、リリィは歯を食いしばりながら頷く。重い空気が漂ったが、コアがすぐに沈黙を破った。

「明日出発するから荷物まとめておけよ。それから、リリィ」

「……何?」

「日が出たら、礼拝堂の裏な」

 礼拝堂の裏は広場になっていて、コアの言葉は早朝訓練を示唆していた。コアの意を汲み取ったリリィは表情を改めてから頷く。その後コアが解散を告げたので、リリィは早々に礼拝堂を後にした。







 リリィが礼拝堂を出て行ったのに続き、クロムも荷物の整理があるからと去って行った。礼拝堂に備え付けられている木製の長椅子に腰を下ろし、コアは短く息を吐いてからモルドを見上げる。

「怒ってたな」

「……そうだな。だが、当然だ」

 モルドは慙愧の念を滲ませながら小さく首を振った。十年前、大聖堂(ルシード)の報告を真に受けて真偽を確かめなかったことを彼は悔いているのであろう。そう察したコアは早々に話題を変えた。

「さっきマイルと相談したんだが、オラデルヘルに行こうと思ってる」

「遺跡があるのだったな」

「ああ。オラデルヘルがフリングス領になっちまったら迂闊なことは出来ないからな。そうならないうちに調べておきたい」

 モルドが頷いたのでコアは真面目な話を打ち切った。長椅子の下に隠していた酒瓶を取り出し、コアは顔の横に掲げて笑う。

「こう寒くっちゃ飲まねーとやってられないよな。一杯どうだい?」

 コアの不謹慎ぶりにモルドはわずかに笑みを浮かべたがマイルは呆れた顔をした。

「俺は客間に戻る」

「なんだよ、付き合い悪いな」

 コアは不服顔を作ってマイルを振り返った。気分じゃないとだけ言い残し、マイルは去って行く。

「礼拝堂で酒宴はまずい。わたしの部屋へ行こう」

 壁に取り付けられている燭台を持ち上げてモルドは歩き出した。酒瓶を小脇に抱え、コアも後に続く。

 大聖堂の規則では飲酒を禁じてはいないが、礼拝堂で不埒な行為をすれば罰される。『神聖』を掲げている以上は仕方のないことであるが、コアは堅苦しい気風が嫌いであった。奔放なコアにとってモルドは、融通がきくうえ酒に弱いながらも付き合ってくれる類まれな人格者なのである。

 モルドが自室として使用している部屋を訪れ、コアはグラスを取り出しながら口火を切った。

「結局、軍部が動き出したってのは再編のためだったってことか?」

 緩やかな動作で椅子に腰掛けながらモルドは話に応じる。

「シネラリア攻略は土地よりも人員確保が目的だな」

 女人禁制の国であるシネラリアの国民はすべて男であり、組織的な軍事訓練は行っていないが個々の能力は高く、徴兵には打って付けなのである。コアは少量のワインを流し込み、小さくため息をついた。

「どっちにしても戦、か」

 今回の軍事部の動きはシネラリアの兵を組み込むためのものであった可能性が高いが、人員確保の目的は戦でしかない。モルドもそのことは承知しており、彼はワインを一口含んで疲れたような息を吐いた。

「彼女が軍事を掌握してから全てが性急になった」

 モルドの言う『彼女』の姿を思い浮かべたコアは皮肉げに唇の端を引いた。長い黒髪に同色の瞳をした二十歳そこそこの女は次第に大聖堂内で権威を増しているようである。

「いいじゃねえか。向こうが軍事に感けてるうちはこっちも自由に動ける」

「確かに、今のうちだな」

「ところで、しばらく顔を出せてないんだがアリアはどうしてる?」

「エドワード様がお戻りになられた。問題ない」

 エドワードは大聖堂の最高権力者である長老衆の一人だが聖女を擁護する立場にいる者である。老人らしからぬ厳つい図体をしたエドワードの姿を思い浮かべたコアはニヤリと笑った。

「ようやく視察とやらが終わったのかよ。あのジイサンには長生きしてもらわないとな」

「……そうだな」

 喜色を露わにしたコアとは裏腹に、淡い蝋燭の明りに照らされたモルドの顔には影が落ちた。表情の細微な変化を見逃さなかったコアは怪訝に眉根を寄せたが、モルドは追求を避けるように微笑する。

「あの方もお年を召していらっしゃる。覚悟は、しておかねばならないだろう」

 平素は年齢より若く見えるモルドの顔が、コアには突然老人のように見えた。コアは所在無く頭を掻き、空を仰ぎながら応じる。

「そういうことは気にしてたらきりがない。ま、飲もうぜ」

 革新に不可欠な人物であるモルドに弱気になられてはたまらない。そう思ったコアはモルドの気鬱を取り払うべく酒を勧めた。

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