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第七章 古の武器庫(2)

 東の大国である大聖堂(ルシード)領内には礼拝堂が点在している。この礼拝堂は大聖堂が掲げる神である天乃王(てんだいおう)に祈りを捧げる場であるが、管理をしている者は全て調査部に所属する人間であった。つまり礼拝堂とは面目上の姿であり、実質は愚者の情報を求めて各地を渡り歩く者達の拠点なのである。

 大聖堂の本拠地に最も近い場所に建てられた北西の礼拝堂は、調査部の第一隊長であるモルドという男が管理を任されている。現在は四十二歳となった彼は大聖堂で着実な出世を遂げた調査部の実力者であった。

 太陽が傾き始めた昼の時分、モルドは礼拝堂を出たところで足を止めた。葉を落とした樹木に背を預け、腕組みをしながら佇んでいた青年が真っ直ぐにモルドを見据えていたので視線が絡み合う。

「来たぜ」

 錆色の髪をした青年――コアは、横柄な口調で短く告げた。事前通達は受けていたのでモルドは軽く頷き返す。コアが体重を足に戻したようだったのでモルドも歩き出した。







 礼拝堂の佇まいは約一年ぶりに見るものであったがリリィは回顧の念を抱きはしなかった。懐かしさや安堵よりも腹の痛みが先立ち、リリィは重い手足を引きずりながらマイルとクロムを先導する。コアは礼拝堂へ着くなり姿を消したので現在は同行していなかった。

「クロムは初めてか」

 リリィより三、四歩後方を歩いているマイルが隣に並んでいるクロムに話しかけた。クロムは頷き、それからマイルに問う。

「マイルさんは初めてじゃないんですか?」

「ああ。以前少し話したと思うが、俺は厳密に言うとモルドに雇われているようなものだからな」

 マイルの発言に興味を抱いたリリィは足を止めて振り返った。

「そうなの?」

 先導していたリリィが足を止めたのでマイルとクロムも立ち止まる。マイルは頷いて見せてから口火を切った。

大聖堂(ルシード)の階級によればモルドはコアの上司ということになるからな」

「へえ……モルド様って偉いのね」

「調査部では実力者だ」

 マイルの説明を聞きながらリリィは自然とモルドの自室がある方角へ顔を傾けた。話が切れたのを見てクロムが口を開く。

「モルドさんってどんな人ですか?」

 後でモルドに会うことになっているクロムの口調は不安げであった。リリィは苦笑をクロムに向ける。

「怖い人じゃないわ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

「コアにしろラーミラさんにしろ、今まで見てきた大聖堂の人間が普通じゃないだけだ。安心していい」

 マイルの容喙がおかしかったのでリリィは吹き出した。だが笑った衝撃で傷が痛み、リリィは腹部を庇って蹲る。

「大丈夫か?」

「へ、平気」

 手を差しのべてくれたマイルに断りを入れ、リリィは自力で立ち上がる。途端に倦怠感が復活し、リリィは痛みにうんざりしながら感情を殺すことに努めた。

「ところで、何処へ向かおうとしていたんだ?」

 マイルがそう言ったのでリリィは礼拝堂脇にある宿舎を指した。

「あの建物、ここで生活してる人たちが使ってるの。知り合いがいるかもしれないと思って」

「ああ、コアが恐れをなしたという少女か」

 マイルが自然と零した言葉は淡白であるからこそおかしいものであった。再び吹き出しそうになったリリィは腹の痛みと戦いながら笑わないよう堪える。だが事情を知らないクロムが驚きながら口を出した。

「あのコアさんが恐れをなしたんですか?」

 クロムがそう言った刹那、リリィは堪えきれずに笑ってしまった。途端に腹部が痛み、リリィは再び蹲りながら抗議の声を上げる。

「やめて、笑わせないで。痛いんだから」

 リリィに半笑いで睨まれたマイルとクロムは顔を見合わせてから肩を竦めた。

「どうかなさいましたか?」

 不意にかけられた第三者の声を聞いたリリィは笑いをおさめた。急いて立ち上がり、リリィは声のした方を振り返る。そこには首元で結んだチョコレート色の髪を胸元へ垂らし、腰を絞ったローブを身につけた少女が佇んでいた。

「カレン!」

 喜色を露わにし、リリィは少女の名を呼んだ。蹲っていた人物がリリィと知ったカレンは瞠目したがすぐに驚いた表情を消し、柔らかく微笑む。

「おかえりなさい、リリィ」

 カレンの暖かな言葉と笑顔がリリィの張り詰めていた気持ちを途切れさせた。無意識に涙が零れてしまったのでリリィは慌てて目元を拭う。だがカレンに抱きしめられてしまい、様々な感情が一挙に押し寄せてきたリリィは堪えられずに泣いてしまった。







 礼拝堂にあるモルドの自室には窓がない。そのためモルドの自室は昼間であろうと蝋燭に火が灯されている。薄暗い室内で向き合った後、モルドはコアに椅子を勧めた。長い話になりそうだと予感したコアは腰を落ち着けてから口火を切る。

「こっちからも色々報告があるんだが、順序はどうする?」

「先に聞こう。急いても仕方がない」

 モルドがそう言ったのでコアは報告を始めることにした。

「ラーミラが捨山(しゃざん)の調査に行ったって話は聞いてるか?」

「ああ。遺物があるそうだな」

「その調査に同行してきた。あそこにあるのはとんでもない物だぜ」

 純鉄のような白い輝きを放つ箱型の『機械』や広範囲を照らす『明り』のことを説明した後、コアはモルドが考えをまとめるための間をつくった。口元に手を当てて想像を巡らせていたモルドが顔を上げたのでコアは再び口を開く。

「おそらく『列車』と同じ類の物だ」

「用途は判明したのか?」

「不可抗力的にな。捨山に居たはずなのに、気がついたらオキシドル遺跡に居た」

「場所を移動する『機械』という訳か……」

 モルドは驚嘆の息を吐きながら空を仰ぐ。コアは実際に『移動』を体験したがモルドよりも冷静に話を続けた。

「時間は動いていないようだった。場所だけが変わっちまったんだ。ラーミラがもう一度調べに行ってるが、『列車』と同じで結局は訳わからんってことにしかならないだろうな」

「わたし達の知識では理解の及ばない代物だな。愚者と見えることがあるのならば、訊いてみたいものだ」

「ちなみに愚者の情報は何もなかったが、おかしなことは他にもあるんだよ」

 捨山で遭遇した異様な光景を思い返しながら、コアは突然発生したという『雷』についても触れた。

「俺は少し離れた場所にいた。だが天候に差が出るほどの距離じゃない。局地的にしても、あまりに限定的な発生だろ」

「……雷か」

 目を伏せ、モルドは思案に沈んだ。考えたところで到底解が見付かるとは思えない事柄に食いついたモルドを怪訝に思いながらコアは首を傾げる。

「何か、思い当たることでもあるのか?」

 コアが問うとモルドは難しい表情をしたまま目を上げる。そのまま、モルドは頷かないままに話を始めた。

「まだ世界が全知全能の神(ゼウス)に支配されていた時代、彼の神は雷帝という別称で呼ばれることがあった。天候を自在に操り人間に制裁を加えたことからついた呼び名だという話だが……そのことを思い出しただけだ」

 雷帝であれば通常では考えられない限定的な雷を発生させることも容易いのではないか。モルドがそう語ったのでコアは眉根を寄せた。

「おいおい、それじゃ未だにカミサマって奴が存在してることになるじゃねーか」

「真偽のほどはわたし達には確かめようもない。時に、オキシドル遺跡へ行ったのだろう?」

 モルドが話題を変えたのでコアは息を吐いてから表情を改めた。

「オッサンは遺跡の内部には入ったのか?」

「いや。わたしは子供たちを保護したのち下山した。調査を担当したのは別の隊だ」

「そうか。遺跡の内部にはさ、死体が山積みになってたんだよ」

「……どういうことだ?」

 不可解だと態度で示し、モルドは眉根を寄せる。コアは小さく首を振ってからモルドを見据えた。

「あの日起きたことを、順を追って話してくれ」

 オキシドル遺跡の悲劇はコアが大聖堂(ルシード)に所属する以前の出来事である。報告書から大体の経緯は掴んではいたが、コアは直接目の当たりにしたモルドの話から見極めたいと思っていた。すでに十年以上前の出来事なのでモルドは空を仰ぎ、思い出すようにしながら口を開く。

「あの日、わたし達が集落を発見した時にはすでに火の手が上がっていた。見渡す限り人間の姿はなく、わたし達は生存者を探すために周囲を捜索した。そして、立ち尽くす子供たちを見つけた」

「その後はすぐ下山したのか?」

「ああ。後の報告では、集落の住人は遺跡の側で息絶えていたらしい。軍部が介入し、丁重に葬ったと聞いていたが……」

「丁重が聞いて呆れるぜ」

 ゴミのように捨て置かれた死体の山を思い返し、コアは大聖堂のずさんさを嗤った。コアからオキシドル遺跡内部の様子を詳細に聞いたモルドは唇を引き結ぶ。モルドが悪言に応じる気配がなかったのでコアは口調を改めた。

「それでな、死体の一つを見たときリリィが言ったんだ。お父さん、って」

「父親?」

 モルドが瞠目したのでコアは落ち着かせるためにゆっくり頷いてから話を続けた。

「顔が判別出来るほどに腐敗は進んでいなかったとか、そういう度合い(レベル)じゃない。ついさっき死んだみたいに瑞々しい死体だったぜ」

「白骨化していて当然の歳月を経ていても、か。念のために訊いておくが、見間違いという可能性は?」

「それを言い出すと人間の記憶がどれだけ正しいかっていう基準のない話になるぜ。リリィ曰く、間違いないらしいが」

「……そうか。ならば、悲劇の後も生き延びていたと考えるのが妥当だな」

「いや、それもない。なんたってリリィの『お父さん』は二十歳そこそこくらいの若さだったからな」

「どういうことだ」

 心底理解に苦しむといった様子でモルドは困惑顔をしている。コアは肩を竦めながら私見を述べた。

「オキシドル遺跡の内部だけ時間が止まってる、そうとしか考えられないな」

「何か特別な力が働いている、ということか」

「ついでに言うと地下遺跡へ続く階段には扉も何もなかった。にもかかわらず雪が吹き込んだ形跡すらない」

「調べなおす必要があるな」

「まあ、こっちも結局は訳わからんで終わりそうだけどな。あとは北方独立国群で新たな遺跡を見つけたりしたが、愚者に関する情報はなかった。報告は以上だ」

「北方の話は後で聞く。では、次はこちらの報告だな」

 驚きを収め、モルドが平素の彼らしく落ち着きを取り戻したのでコアも真顔に戻る。

「シネラリアが陥落した」

 モルドの端的な言葉を予想だにしていなかったコアはおもむろに目を見開いた。

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