第六章 時劫の迷い子(11)
命からがら深山を下山した一行は人里へ辿り着いて初めて、現在地を確認することが出来た。結果は予想の通りであり、コアは間借りした室内で空を仰ぐ。
「やっぱ髑髏の顎にいた訳か」
一行が滞在している集落は深山の麓にあり、山を下りて来たことを告げると地元の人々にひどく驚かれたのであった。あまりに雪が深いので、地元の人間でも冬は足を踏み入れないようである。
食事の後、リリィ、マイル、クロムは早々に寝入ってしまった。ラーミラだけが起きており、彼女はコアの独白を受けて私見を述べる。
「捨山の遺物は場所を移動する『機械』というわけね」
大聖堂の『列車』は決まった場所を往復することしか出来ないが捨山の『機械』は距離を無視して移動することが出来る。便利ではあるが不確かな要素が多すぎて実用は不可能だろうとコアは思った。だがラーミラは好奇心に目を輝かせながら話を続ける。
「もう一度使ったら、やっぱりオキシドル遺跡へ着くのかしらね」
コアはラーミラの無鉄砲な発言に呆れたが制すことはしなかった。ラーミラの探究心に火がついてしまえば誰であろうと止められないことを知っているからである。
「また捨山へ行くのか?」
コアが問うとラーミラは考える素振りもなく頷いた。
「コアたちはどうするの?」
「そうだなぁ……とりあえずオッサンとこに顔出して、後のことは追い追い考える」
「そう。モルド様によろしくね」
「伝えとく」
コアが頷いたところで一度話を切り、ラーミラは床に転がっている三人に視線を転じた。
「ところで、クロムはどう? 少しは鍛えられた?」
「ああ……特別足手まといって訳でもないし、今のままでいいんじゃねーの?」
「そう。引き取ってもいいけど、まだ連れて行く?」
「むしろくれ。必要だ」
北方独立国群では新たな遺跡を発見したが、クロムがいたおかげでその場で古代文字を解読することが出来たのである。あの場にクロムがいなければ大聖堂へ遺跡発見の報告をし、ラーミラか他の言語学者が派遣されるまで情報を得ることが出来なかったであろう。また時間の損失の件を差し引いたとしても、周囲の状況をよく見ているクロム個人をコアは評価していた。
「う〜ん、どうしようかしら」
ラーミラは即答せず、焦らすように目を上げる。その口元には何かを企てているような笑みが浮かんでおり、コアは嫌な予感を覚えた。
「何だよ? 交換条件でも出そうってか?」
「そうねぇ、デートしてくれるならいいわよ?」
ラーミラが放った一言に目眩を覚えたコアは額を押さえて首をのけ反らせた。だがクロムを失うことは今後の調査に支障をきたすのでコアは渋々了承する。
「今すぐか?」
「こんな何もない所、嫌よ。また今度ね」
「……わかった」
大袈裟にため息を吐いてから、コアは驚いてラーミラを見た。ラーミラはいそいそと外衣を着込み、荷物に手をかけている。
「おいおい、もう行くのか?」
「未知のものが目の前にあるんですもの。じっとしていられないわ」
「……タフだな」
「またね、コア」
自身の唇に当てた指でコアにキスを投げて寄越し、ラーミラは笑顔で去って行った。コアは無意識に顔の前を手で扇ぎ、深いため息を吐きながら横たわっている三人へ視線を移す。
「起きてんだろ?」
コアが声をかけるとマイルが苦笑しながら体を起した。
「起きるタイミングを逸した」
「どうせラーミラも分かっててやったんだ。それより、どのへんから聞いてた?」
「クロムの話の辺りからだ」
マイルの言葉を鵜呑みにした訳ではなかったがコアは特に言及しなかった。腰から煙管を引き抜いて火を入れ、煙を吐き出してからコアは口火を切る。
「とりあえず、オッサンの所へ行く」
「そうか。その間、俺たちはどうする?」
「いや、全員で行く」
「理由は?」
「礼拝堂にな、同郷の娘がいるんだよ」
コアは静かに寝入っているリリィに視線を落とした。同じくリリィを一瞥してからマイルは話を続ける。
「俺とクロムは?」
「クロムは調査部の一員になったらしいからな、オッサンに挨拶させる。だったら全員で行った方がいいだろ?」
「まあ、拒む理由はないな」
「後のことはそれから考えようぜ。訳わからんことが多すぎる」
コアが話を打ち切るとマイルは欠伸をしながら再び横になった。演技なのか本当に寝ていたのか、マイルの行動を疑わしく思いつつもコアは無言で床に転がる。疲れているのはコアもマイルも同じことであり、ほどなくして眠りに落ちたのであった。




