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第六章 時劫の迷い子(9)

 合流した一行は、今度は全員で荷物を抱えて洞窟内へと移動した。『明り』はつけたままにしておいたので、洞窟へ足を踏み入れたリリィとマイルは驚いたように頭上を仰ぐ。二人の様子を訝しく思ったコアは眉根を寄せながら口を開いた。

「なんだ、気づかなかったのか?」

 外にいた時の位置が悪かったのか、リリィとマイルは一様に頷いた。マイルは改めて洞窟の上部を仰ぎながら問いを口にする。

「すごいな。どういう仕掛けだ?」

「それが分かれば苦労しないっての」

 ため息混じりに答えた後、コアは先頭を歩き出した。ラーミラと何かを話していたリリィが隣に並んだのでコアは顔だけ傾ける。

「何だ?」

大聖堂(ルシード)はどうして捨山を放っておくの?」

「……ふうん」

 リリィに尋ねられたコアはマイルに顔を傾けた。だがマイルは意図的に目を合わせようとはせず、コアは再びリリィに視線を移す。

「大聖堂は大陸統一がしたい。だから今はどうやって他の国を滅ぼすかってことだけを考えてる。福祉は後回しってことだな」

「フクシ? それは何?」

「簡単に言えば弱者を助けてやるってことだ」

「……そのことが、後回しなのね」

「大聖堂は軍事部にがっぽり注ぎ込んでるからな。戦争する気まんまんだ」

 コアは気楽に言ってのけたがリリィは沈黙した。コアは少し喋りすぎたかと思いながら考えこむリリィを観察する。だがコアが話しかける前に『機械』を目にしたリリィは物珍しそうに寄って行った。マイルもリリィと同様に近寄って観察しており、クロムが『機械』の前の二人に説明を加えている。足を止めたコアの隣にはラーミラが並んだ。

「あれぞリリィちゃん、よね?」

「何でもかんでも質問するってことか?」

 ラーミラは微笑みを浮かべただけで何も言わなかった。コアはしばらくリリィの様子を見ていたが、あることを思い立って手を打つ。

「リリィ、荷物置いてこっち来い」

 コアが呼ぶとリリィは言われた通りにしてやって来た。コアは無造作に荷物を放り、体を解しながら話しかける。

「あいつらが調べてる間、ヒマだろ? ちょっと体術でもやるか」

「タイジュツ? 何?」

 リリィが首を傾げたのでコアは気が抜けていくのを感じながら説明を始めた。

「体術ってのはな、武器を使わない攻撃や防御の術だ。短い武器を使うものを指す時もあるが、俺が体術って言ったら素手だからな。覚えとけ」

 口を動かしながらも腰のベルトと防寒のマントを捨て、コアはリリィを見据える。コアの仕種から察したリリィもベルトとマントをはずし、緊張した面持ちを上げた。

「まずは手本な。ラーミラ、ちょっと付き合え」

 コアが声をかけるとラーミラは軽装になってやって来た。リリィに少し離れるよう指示を出してから、コアはラーミラを見据える。

「投げるなよ? 止めるだけでいいからな」

「いつでもいいわよ」

 ラーミラが頷いたのでコアは走り出した。コアは真正面から掴みかかろうと腕を伸ばし、ラーミラは左に体をひねると同時に肘で曲げた右腕でコアの腕を垂直に流す。コアの腕が標的から逸らされた形のまま、コアとラーミラは動きを止めた。

「ラーミラ、そのままな。リリィ、こっち来い」

 ラーミラから離れたコアはリリィが横へ来たことを確認してから口を開いた。

「急所って知ってるか?」

 リリィが首を振ったのでコアは急所の説明から始めた。急所とは、攻撃されると生命に危険を及ぼす箇所のことである。代表的なものに目や金的などがあるが頭部から脚部まで様々な急所が存在する。

「例えば、こめかみ。強打されると平衡感覚が失われる。首の後ろの頚椎(けいつい)ってとこには運動神経の束があって切られたら即死だ」

 主だった急所を挙げながら、コアは一つ一つ自分の体を指して説明をした。

「と、いう具合に急所をやられると死ぬ。だから相手を殺す時は急所を狙い、自分の身を守る時は急所を庇え」

 己の体に手をあてながら確認していたリリィは話が切れたことを察して頷いた。コアは色好いリリィの反応に満足しながら言葉を続ける。

「一度に全部は覚えられないだろうから必要になったら訊け。まあ、急所がどんなもんかは分かっただろ?」

 直立に戻ったリリィが頷いたので、コアは動きを止めているラーミラに視線を移した。

「体の真ん中を縦に走る線を正中線(せいちゅうせん)って言ってな、人間の急所は大体がこの正中線付近にある。つまり、体の真ん中はやばいってことだ」

「あ、それで鼻?」

「おっ。よく覚えてたじゃねーか」

 リリィがベルモンドの宿屋での話を持ち出したので感心したコアは笑みを浮かべた。その場には一時和やかな空気が漂ったが、同じ体勢で動きを止めたままのラーミラから不満の声が上がる。

「ねえ、まだ?」

「ああ、悪い悪い。それで、本題だ」

 コアがラーミラを振り返るとリリィも視線を転じた。コアはラーミラを指し、改めて説明を開始する。

「俺が真っ直ぐ突っ込んで行ったのに対し、ラーミラは少し体をひねってるだろ? これは体の真ん中を攻撃されないためだ」

 先立って正中線の話を聞いているのでリリィは納得したように頷いた。ラーミラに動いていいことを伝えてからコアは言葉を続ける。

「まずは接近戦で倒されないようになることだ」

 リリィにそう告げた後、コアは予告せずにラーミラに掴みかかった。ラーミラは少し後方へ体を引いてコアが伸ばした腕を掴み、体の向きを変えて背負い投げをする。

「……ま、強くなればこういうことも出来るわけだ」

 ラーミラに腕を掴まれたまま大の字に倒れたコアはリリィを見上げながら言う。リリィは苦笑を浮かべながら頷いた。

「ごめんね、いつもの癖で投げちゃった」

「気にすんな」

 眉一つ動かしていないラーミラに応えながら起き上がり、コアは解放された腕を回して肩の調子を整える。ラーミラがまだやるかと問いかけたのでコアは頷いてから篭手と脛当てを外した。

「見せちゃっていいの?」

 手の内を明かすことが死へ直結するとコアに言い含められているリリィは怪訝そうに眉根を寄せる。コアは平然としながら答えた。

「ここにいる連中が束になっても俺の方が強いから問題ない」

「……そう」

 リリィは呆れたようで、それ以上は言わなかった。コアは篭手と脛当てを隅へ置き、リリィに視線を流す。

「よく見とけよ」

 リリィが頷いたのでコアはラーミラを見据えた。今度は宣言をしてから、コアは地を蹴る。瞬時にして仰向けに倒されたラーミラは、しかし余裕の声を発した。

「いやん」

「いやんじゃねえ。変な声出すな」

 ラーミラが真顔のままだったのでコアは恐ろしく思いながら体を起こす。コアに圧しかかられていた形のラーミラもさっと起き上がった。

「もういいぞ」

 ラーミラに言い置きながらコアはリリィの傍へ避難する。ラーミラは艶っぽい笑みを浮かべてから、調査そっちのけで見物していたマイルとクロムの元へ戻った。ラーミラが離れて行ったことを確認してからコアはリリィに視線を移す。

「いいか、ラーミラは強い。だが俺の方が数段上だ。お前はラーミラの足元にも及ばない。つまり、弱いって訳だ」

「……それって、私がどれだけ弱いか分からせるためにラーミラさんを倒したってこと? わざわざ防具まで外して」

 コアの意図を察したリリィは不服そうに唇を尖らせる。リリィの読みがなかなかに鋭かったのでコアは笑みを浮かべた。

「自分を知ることが第一歩だ。さて、やるぞ」

 再び篭手と脛当てを装着してから、コアは構えをとる。リリィもコアの体勢を真似、右足を引いた。







 格闘を始めたリリィとコアは捨て置き、マイルは遺物を調べているラーミラに声をかけた。

「何処かに使い方が書いてあったりしないですか?」

「そうねえ……」

 ラーミラは考えこみながら白銀の輝きを放つ箱を眺める。マイルとクロムも手分けをして、周囲に文字が刻まれていないか探し歩いた。だがそれらしきものは見当たらず、マイルとクロムは再び箱を見据える。

「そもそも、これは何でできているんだ?」

 箱は純鉄のような白い輝きを放っているが錆びている様子はない。鉄は空気中では錆びやすいので長い時間放置されてなお輝きを失わないのであれば、別のものを材料としているのだろう。マイルがそのようなことを考えているとクロムが箱に手を触れた。

「何でしょうね」

 研磨してあるのか、箱の表面は滑らかである。クロムが箱の側面に手を這わせているとラーミラが声を上げた。

「クロム、不用意に触らないの。また『明り』の時みたいなことになっても知らないわよ」

 クロムが慌てた様子で手を退けた刹那、異変は起きた。突如風を排出するような音が洞窟内に響き渡り、箱が白い光を放ち始めたのである。マイルはとっさに洞窟の入口を振り返ったが、そうしている間にも光が溢れ出す。

「……クロム……」

 これから何が起きるのかは分からないが逃げようがないことを悟ったマイルは白く染まっていく視界の片隅に捉えたクロムに非難のまなざしを向ける。同時に、ラーミラの叱責も飛んだ。

「またなの?」

「僕のせいですか?」

 情けないクロムの声が聞こえた頃には、周囲は白い光で満たされていた。光はやがて爆発を起こしたのち急速に収縮したが洞窟内にはすでに人間の姿はない。無数の灯はやがてひとりでに消え、洞窟には闇と静寂が戻ったのであった。

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