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第六章 時劫の迷い子(7)

 夜の山道に見えた明りの正体は間者の情報交換機関ウィレラの者であった。雇い主でありながら、コアは夜の捨山を堂々と歩き回る間者の図太さに嘆息する。

「ご苦労さん」

 間者の男に松明を持ってもらい、コアは運ばれてきた手紙を一読した。その後は松明に放って燃やし、コアは眉根を寄せる。

 モルドからの手紙には大聖堂(ルシード)の軍事部が動き出した旨と軍事における最高責任者であるヴァイスの消息が絶えたということが書かれていた。きな臭さの漂う内容ではあるがそれだけの情報ではどうすることも出来ないと思い、コアは間者の男を見る。

「近いうちに行く、そう伝えてくれ」

 コアの意を受けた間者の男は頷き、足早に去って行く。松明を片手にコアはしばらく考えこんでいたが突然、地を揺るがす轟音が響き渡った。

「何だ!?」

 思わず声を上げ、コアは周囲を見回す。しかし異変を目にすることは出来ず、リリィを残してきたことを思い出したコアは走り出した。

「リリィ! 何処だ!?」

 コアは声を張り上げながら山中を走り回ったが応答はなかった。そのうちに甲高い叫び声が耳についたので、コアは声のした方へ再び走る。月明かりが射す雪山の中、コアはリリィの姿を発見した。同時に異様な光景を目にしたコアは眉根を寄せる。リリィは地に膝をついて嘔吐しており、その傍には何故かクロムの姿があった。

「何でお前がここにいるんだ?」

 コアが不審を露わにしながら声をかけると、リリィの背をさすっていたクロムは顔を上げて立ち上がった。

「用を足しに露宿していた場所を離れたら道に迷ってしまいました」

「……どれだけ方向音痴なんだよ」

 クロムの返答に呆れながらも、コアはウォーレ湖畔でも似たような出来事があったことを思い出した。行き先を告げずに別行動をしていたにもかかわらず、クロムは何故かコアとマイルのいた場所へ辿り着いたのである。だが今は別のことが気にかかったのでコアは早々に話題を転じた。

「で、何でリリィは吐いてんだ?」

 コアの問いに、クロムは視線を転じることで答えとした。クロムの視線の先に黒い塊があることを認識したコアは傍へ寄ってしゃがみ込む。

「……何だこりゃ」

 物体が発する強烈な異臭に鼻をつまみながらコアは首を傾げた。原型は留めているので人だということは分かったが黒炭のようになっている理由が分からず、コアは再びクロムを仰ぐ。

「何でこんなことになった? 見てたんなら詳しく説明してくれや」

 クロムは嘔吐が止まらないリリィを気にしながらもコアの疑問に答えた。

「その人はおそらく、捨てられた老人だと思います。僕がここへ来た時、その人はリリィさんに向けて刃物を振り下ろそうとしていました。そうしたら、急に雷が落ちて……」

「かみなりぃ?」

 眉根を寄せたまま、コアは天を仰ぐ。しかし雲一つない冬の夜空には月が煌々と輝いているだけであった。

「本当に雷だったのか?」

「そうだと、思うんですけど……」

 胡散臭さを前面に押し出して問うコアにクロムは自信がないといった口ぶりで言葉を濁す。コアはしかめっ面のまま焦げた人間を顧みた。

「……まあ、確かに雷でも落ちたような惨状だな」

 轟音は雷が落ちた音だったのかと考えを巡らせつつ、コアは疑念を拭うことが出来なかった。炭のようになった人間がリリィへ向けて振りかざした刃に雷が落ちたのだとしても、都合が良すぎるうえ傍に居合わせたクロムとリリィが無傷でいることも謎である。

「……んで……」

 弱々しい呟きが耳に届いたのでコアは思考を中断して顔を傾けた。

「何で? どうして……」

 誰に向けたものでもない、おそらく自身にも意味の分からぬまま、リリィが虚ろに泣いている。やがて囁きは叫びとなり、リリィは声を上げて泣き出した。

 コアは大きく息を吐き、リリィの傍へと歩み寄った。だがクロムに制されたのでコアは歩みを止める。クロムは無言で首を振った。

「今はそっとしといてやれ、か?」

 クロムが頷いたのでリリィから離れ、コアはもう一度息を吐き出した。









 遺物がある捨山の洞窟脇で露宿をしていたマイルとラーミラは朝になっても戻って来ないクロムを探し回っていた。だが山中で迷い人を捜すことは骨が折れる行為であり、マイルもラーミラも諦めかけていた。そこへ、追いついてきたコアと共にクロムが姿を現したのである。

「よう。悪かったな、遅くなって」

 軽い調子で声をかけてくるコアの背にはリリィが負われており、マイルは眉根を寄せた。正体のない様子で目を閉じているリリィの顔を一瞥した後、マイルはコアに問う。

「何があった」

 説明は後だと言い置き、コアはラーミラの傍へ行ってリリィを下ろした。

「かなり吐いてる。水をやってくれ」

「分かったわ」

 コアとラーミラのやりとりに耳をそばだてながらも、マイルは追いついてきたクロムを捕まえた。

「何処へ行っていたんだ」

 クロムの捜索に労力を割いたマイルは静かな怒りを口調に含ませながら問い質す。クロムは苦笑いを浮かべ、道に迷った旨を説明した。

「それで、偶然リリィさんを見つけまして……」

「……呆れた方向音痴だな」

 クロムの話を遮ってため息をつき、マイルはリリィの傍へ寄った。リリィの顔色は土気色であり、意識はないようであったが苦しげに呻いている。リリィが何故このような状態になったのかということを簡単に説明してから、コアは洞窟の入口へと歩き去った。疑惑だらけの説明に眉根を寄せながら、マイルはコアの後を追う。

「あれ以上の説明を俺に求めるなよ? 俺だって知らん」

 コアは暗い洞窟を見据えていたがマイルが追いつくなりそう言った。そしてこの話題は終わりだとばかりにコアは話題を変える。

「で、何か見付かったか?」

「ラーミラさんは変な物があると言っていた」

「変なもの?」

 コアは首を傾げながらマイルを振り向く。しかし内部へ足を踏み入れていないマイルにはそれ以上の説明は出来なかった。

「お前が追いついてから調査をしたいと言っていたから、意見を聞きたいんじゃないか?」

 マイルが私見を述べるとコアは笑みを浮かべながら洞窟へ視線を戻した。

「ふうん。珍しいな」

「よっぽど変な物なんだろう」

「俺たちで調べてくる。お前さんはあの娘っ子、よろしくな?」

「……わかった」

 早く調査を終わらせて下山したかったのでマイルは否応なしに頷いた。コアはさっそくラーミラとクロムに声をかけに行く。

「じゃ、よろしくな」

「行ってくるわね」

「マイルさん、気をつけてくださいね」

 それぞれの言葉を残して洞窟へ姿を消すコア、ラーミラ、クロムの三人を見送ってから、マイルは横たわるリリィの傍へ腰を落ち着けた。

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