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第一章 旅立ちは性急に(6)

 目が覚めると視界に強い光はなかった。どこからか吹いてきた風は夜のもので、少し冷ややかに頬をかすめていく。体を起こしてみて初めて、リリィは自分が横になっていたことを知った。

(……何処だろう?)

 窓から淡い光が差し込むだけの薄暗い室内は見覚えがない。不安を掻き立てられ、リリィは静かにベッドを下りた。

 状況を確認するべく、リリィは冴えない頭を抱え明りの漏れる扉へ寄る。しかし手をかける前に外側から開かれ、リリィは慌てて後退した。

「よお、目が覚めたのか」

 逆行で顔は見えないが軽い口調はコアのものであった。安堵すると同時に疑問が湧いてきて、リリィは眉根を寄せながら傍へ寄る。

「気分はどうだ?」

 コアの問いの意味が分からず、リリィは首をひねった。しかし説明も加えられなかったので記憶を辿るために空を仰ぐ。そして思い出した事柄に、リリィは渋面をつくった。

「……最悪よ」

 棘を含んだリリィの抗議にコアは何も言わなかった。気がかりなことを思い出し、リリィは急いて口を開く。

「あの人達は、どうなったの?」

「白影の連中か? だったら大丈夫だろ。あの程度のことでくたばる奴らじゃない」

 コアの軽い調子に安心し、リリィは布の巻かれている左手を見た。

「手当てしてもらったのか?」

 コアが覗き込んでくるのでリリィは頷いた。

「へえ。親切だな」

「あいつら、一体何なの?」

「後で教えてやるよ。それより、ちょっと来い」

 返事を待たずコアが出て行くので仕方なくリリィは後を追った。隣室の扉が開きっぱなしになっていたので侵入するとコアと見知らぬ青年の姿があったのでリリィは眉をひそめる。

「こいつはマイル、俺の昔馴染みだ。これからこいつにも協力してもらうことにした」

 コアに紹介された青年はやや長めの栗色の短髪に青の瞳、麻の上衣・下衣という質素な旅装をしている。だがそれだけの情報では職業も人となりも読み取ることは出来ず、リリィは無言で歩み寄って来るマイルを見つめた。

「よろしく」

「……よろしく」

 好意的な笑みと共に差し出された手を、リリィは困りながら受け取った。

「んで、こっちがリリィな」

 今度はマイルに向け、コアが言う。確認程度のものだったらしく、マイルは目だけで頷いた。

「さて。紹介も済んだところでこれからのこと話すから、よく聞けよ」

 リリィが無言で頷くとコアは机の上に地図を広げた。それは大陸地図で、地名や記号が細かに書き込まれた代物であった。

「まず、お前をかっさらった連中についてな。ここに赤月帝国という国がある」

 コアが指差したのは大陸の東北、モルドがいる礼拝堂からは西南にあたる大聖堂(ルシード)の勢力圏内である。リリィは目を上げ、コアに続きを促した。

「奴らは赤月帝国の軍隊、白影の里の者だ」

「……軍隊?」

 戦を目撃したことがないので軍隊についての具体的な想像は出来なかったが、それでもリリィは違和感に首を傾げた。

「まあ、普通の軍隊とはちょっと違うからな」

 無理もないと言うようにコアが頷く。しかしそれ以上の説明はなかったのでリリィも話を進めた。

「それで、私は脅迫に使われたんでしょ? その理由は、アレ?」

「ああ、こいつは知ってるから気にしなくていいぜ。モルドのオッサンとも知り合いだ」

 リリィは新参のマイルを気にしながら発言をしていたがコアはアッサリ言い放った。緊張を解きながら、リリィは先を促す。コアは小さく頷いてから話を再開させた。

「それで理由だが、お前が察してる通りだ。赤月帝国ってのは随分古くからある国でな、遺物を幾つも認識していて管理までしていた。大聖堂より先に愚者の存在を知ってたんだ。大聖堂はたまたま奴らの管轄外の遺跡を発見し、調査して、遥か昔に起きた出来事を知った。それから対立が始まったんだ」

「何故?」

「もし赤月帝国が世間に暴露でもしたら、大変なことになるだろ?」

 コアの説明は解り易く、リリィは深く頷いた。聖職者達の頂点に君臨する、大聖堂。だがそれは実在の神がいないからこその権力なのである。

 リリィの反応を窺いながらコアは説明を続ける。

「実在するかもしれない『神』の存在は、大聖堂にとって脅威だ。民心を失うだけでなく、下手すりゃ殺されるかもしれないだろ? だから、大聖堂はどうしても赤月帝国を滅ぼさなければならなかったんだ」

 武力で侵攻した大聖堂に赤月帝国もはっきりと対立を表明。それを機に戦争が勃発、最終的には大聖堂が卑劣な手段を講じ赤月帝国は敗れたのだとコアは語った。

「それから、赤月帝国は大聖堂の属国となった。だがまあ、政権が代わっても赤月帝国は大聖堂を受け入れようとはしなかった。それで今でもモメてるんだが、ちょっと事情が変わったみたいでな」

「何?」

「先日、赤月帝国に新たな王様が誕生した。そいつが大聖堂を支持する立場にまわっちまったもんだから、さあ大変だ。もちろん急激な路線変更に国民は納得がいかない。その先頭に立ってるのが、さっき話した白影の里の連中だ。王様には大聖堂の軍が就き、今は内乱中という訳だ」

「……なんだか、凄まじい話ね」

「人間の歴史なんていつでもそんなもんだろ。話を元に戻すが、赤月帝国が大聖堂の属国となってからも白影の里は情報収集を欠かさない。大聖堂で新たな発見があるたびに、ああして待ち伏せてんだ」

「でも、あの人達アンタを知ってるみたいだったけど?」

「はぁん。ってことは、アイツか?」

 不敵に笑い、コアはマイルを仰ぐ。それだけで話が通じているらしく、マイルもわずかに苦笑した。

「ま、そうだろうと思ったぜ。俺の相手になんのはアイツくらいだからな」

「内乱中だというのに、余裕だな」

「もっと派手に挨拶してやりゃ良かったぜ」

「林を灰にしてまだ飽き足らないのか?」

 マイルの一言にリリィはコアを睨み付けた。すぐに気付いたらしく、コアは苦虫を噛み潰したような表情を作る。

「……ま、アイツのことは今は関係ないか」

 独白してから表情を改め、コアは話を元に戻した。

「だいぶ話が逸れちまったが、神をも殺したという連中を巡って様々な人間の感情が渦巻いてる。俺が一応、立場上は大聖堂の人間ってことを知ってる奴も少なくない。行動を共にする限り、周囲は敵だらけだということを肝に銘じておけ」

 コアの考えなしな行動に反発を覚えつつ、その内容の重さにリリィは頷く。コアは地図に目を落としながら話を次へ進めた。

「ここに、青と赤の×があるだろ?」

 覗きこみ、リリィは地図を注視した。主に大陸の東側に青と赤の印が転々と散らばっている。

「俺達がもともと持ってた情報と、マイルに調べてもらったものを記してある。青が目撃場所、実際に不幸があったのは赤だそうだ」

 コアの説明のなかで名前が出たので、リリィは何とはなしにマイルを見た。応えるように、マイルが自ら口を開く。

「俺は情報屋だ」

「情報屋?」

「雇われて、金と引き換えに情報を売るんだよ」

「へえ……」

 反応の仕様がない職業にリリィは曖昧に言葉を濁した。マイルは気にした様子もなく、コアを見る。引き受けたコアが先を続けた。

「俺もお前と同じに思ってたんだが、どうやら箱艇が通った場所に必ずしも不幸が起きる訳じゃないみたいだ。だから、お前の故郷と艇はもしかしたら関係がないかもしれない」

「……そう」

「だが真相は見てるはずだ」

「そうね、」

 一時萎えそうになった気力に活力を与えられ、リリィは真っ直ぐにコアを見上げた。真顔のまま目を逸らさず、コアは続ける。

「手掛かりはあまりに少ない。過去の遺物を発掘して新たな手掛かりを得るか、もしくは目撃情報を頼りにひたすら彷徨い歩くか、そのどちらかしか今のところ方法がないんだ」

「それで、どうするの?」

「目撃情報を頼りになんて言ってたら俺達が生きてる間にゃ絶対無理だ。だからまだ未調査の遺跡を調べてみようと思う。そのためにはまず、大聖堂へ行く」

「何しに?」

「俺の知らないところで新たな発見があったかもしれないしな。一度、それを確認しに行く」

「そう。話はわかったわ」

「明朝一番でここを出る。太陽が昇ったら迎えに行くから、支度しとけよ」

 短く了承を告げ、リリィは隣室へと踵を返した。窓から月明かりが差し込むだけの暗い室内でベッドに腰を下ろし、リリィは足元に視線を落とす。

 真実を知るための手掛かりを得てからわずか数日で起きた身の危険をリリィは冷静に考えてみた。危害を加えられなかったのは稀なことであり、相手が違えば殺されていた可能性もある。そう思ったとき初めて、リリィは恐ろしさを実感した。

(でも、後戻りは出来ない)

 震える両腕を抱えながら、後戻りをする気がないことも自身に確認する。ならば耐えるしかないと、リリィは顔を上げて窓を睨み見た。

 真実を探す旅は、まだ始まったばかりなのである。

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