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第五章 五黄の聖都(8)

 北方の中央、国というまとまりはなく幾つかの部族が共生している地帯を荒らす賊の調査のためコアとマイルはハンセン族の集落からさらに北へ向かっていた。ハンセン族の集落から山を越えた大陸の最果てに賊の巣窟はあるという。

「思ったより元気そうだな」

 道なき悪路に苦心しながら、マイルは先を行くコアに声を掛けた。コアは足を止めず背中で応じる。

「リリィのことか?」

「ああ。落ち込んでいないのなら、それでいいんだが……」

「一応、説教しといた」

 コアから思いもよらぬ返答があったのでマイルはあ然として立ち止まった。見ていなくともマイルの驚きを察したようでコアが心外そうな表情で振り返る。

「なんだよ。その、珍しいもんでも見る目つきは」

「いや……珍しいな」

 言い繕おうとしても本音を隠すことが出来ず、マイルは真顔に戻ってコアを見つめた。マイルに凝視されたコアは大袈裟に嫌そうな表情を作る。

「クロムの奴が生意気なこと言いやがったんだよ。だがまあ、一理あると思った」

 本人たちだけでは解決することが出来ない問題もある。クロムがそう言ったのだとコアから聞かされたマイルは深く息を吐いた。

「確かに、一理あるな」

「アイツ、意外とよく見てるぜ」

 平素、ほとんど自己主張をしないクロムの性根を掴みきれていないのはコアもマイルも同じことであった。

「時に、赤月帝国の状態はどうなんだ?」

 唐突に、しかし至って自然な口調でコアが問う。軽い世間話のように切り出したコアにマイルは苦笑を返した。

「お前の方が詳しいんじゃないか? ウィレラを使って色々調べてるんだろう?」

 ウィレラとは間者の情報交換機関の通称である。ウィレラはまだ大小数多の国が存在していた戦国時代に創設され、独自の約定に則って現在も運営されている。

「……何で知ってんだよ」

 コアは呆れたような表情を浮かべた。マイルは素知らぬ態度でそっぽを向く。

「肚を探り合っているのはお互い様、ということだな」

 コアが軽く肩を竦めたようだったのでマイルは少し表情を曇らせながら顔を戻した。

「新王は善政をしている。国民からの誹謗も少しずつ減ってきているようだ」

「赤月帝国は安泰の道を歩み始めたか」

 コアは考えに沈んだ様子を見せながら歩き出す。しばらくの猶予を与えてから、マイルは問いを口にした。

「ウィレラを使って何を調べているんだ?」

 返答を強要するマイルの口調にコアは剣呑な瞳を向けてきた。しかしそれは一瞬のことであり、コアは苦笑を浮かべてから口を割る。

「世界の情勢から大聖堂(ルシード)の内部事情まで、まあ色々だな」

「何か、目新しい動きはあったか?」

「赤月帝国での一件の後はどこの国も様子見だな。動きがあるのはもう少し先の話になりそうだ」

「そうか」

「世界情勢より、ウィレラの方が危ないかもしれないな」

 コアが危惧していることはマイルも一度は考えたことのある内容だった。

 群雄割拠の戦国時代が終焉に向かうと同時に無国籍集団であるウィレラは時代にそぐわなくなってきている。ウィレラにおいて独自の地位を確立していた白影の里も滅んだ現在、潮時との空気が流れるのは仕方のないことであった。

「重宝してたんだけどな」

 愚痴のように独白を零した後、コアはふと真顔に戻った。

「そういや、ビルは大丈夫なのか?」

 捨て去った故郷の名を出され、マイルは苦笑するしかなかった。

 大陸の北西に位置しているビルという小さな村は間者の派遣と火器の製造・販売により生計を立てている。間者の派遣はウィレラを介して行われており、制度の根源となる組織が瓦解すれば身の振り方を考えなければならないだろう。北方独立国群の西北に存在する小国レマルへ帰属するか、西の大国フリングスへ従属するか。いずれにしても、とマイルはコアを見据える。

「俺は故郷を捨てた身だ。ビルがどうなろうと手出しは出来ない」

「でも、(るい)は村長の子なんだろ?」

「……そんなことまで知っているのか」

 耒はマイルの影として動いている間者の少年である。コアは幾度か顔を合わせているのでその存在を知っているが、マイルも耒も身の上を話したことは一度もない。粟立つような戦慄を隠しながら、マイルは大袈裟に肩を竦めて見せた。

「耒も同じだ。ビルへ戻ることは出来ない」

「……そんなもんかねぇ」

 郷里がないので実感も想像もつかないといった様子でコアが空を仰ぐ。飄々としているコアを心底恐ろしいと思いながら、マイルは話を打ち切って歩を早めた。







 台地に広がる草原を二頭の馬が駆けていた。先を行く葦毛(あしげ)の馬がまず歩を緩め、追いついた栗毛の馬が並列する。耳に赤いリボンをつけた栗毛の馬上で、リリィはゆっくりと息を吐いた。葦毛の馬上にいるセンが柔らかな笑みを浮かべてリリィに声を掛ける。

「だいぶ上手くなったね」

「そう?」

 センは馬との呼吸が合ってきたと褒めたがリリィにはいまひとつ実感が湧かなかった。

「ゆっくり、沢まで行こう」

 言って、センは手綱を取った。葦毛の馬が歩き出したのでリリィも馬に指示を送る。しばらく並列して歩いていると鹿毛の馬に出遭った。

「カギ」

 馬上の青年はハンセン族の者のようでセンが声を掛け馬を寄せる。聞き覚えのある名に記憶を辿りながら、リリィもゆっくりと後を追った。

「セン、こんな所まで出て来ては危ない」

 カギと呼ばれた大柄な青年は慌てた様子で周囲に視線を走らせる。対するセンはのんびりと口を開いた。

「まだ陽も高いし、大丈夫よ。ほんと心配性ね」

 カギは何かを言いかけ、しかしリリィの姿を見咎めて閉口する。カギの不審な行動にリリィは眉根を寄せたがセンが明るく空気を乱した。

「カギは何してたの? まだ訓練中でしょ?」

 カギは小休止中なので馬に水を与えに行くところだったと答えた。目的地が同じなので共に行動することになり、カギが先頭に立って馬を進ませる。リリィとセンは少し後ろから、馬を並ばせてカギを追った。

「今日はコアさん、いないんだっけ?」

 センが話しかけてきたのでリリィは頷く。

「敵情視察、とか言って出かけた」

「じゃあ訓練を見に行っても勇士が見れないのね。残念」

 馬に揺られながら、センはおもむろに肩を落とす。リリィは苦笑して声を掛けようとしたが視線を感じ、真顔に戻って前方に顔を傾ける。少し先を行くカギが恨めしそうに背後を振り向いていたがリリィと目が合うとすぐ逸らしてしまった。

(……なんだろう)

 不穏な空気を察し、リリィは眉根を寄せる。センはカギの変化に気が付かなかったようで話を続けた。

「ね、リリィは訓練見に来ないの?」

 センに言われて初めて、リリィは見物に行ったことがないと気が付いた。だが進んで見たいものでもなかったのでリリィは曖昧に笑む。

「一回は見ておいた方がいいよ。コアさん、すごくステキだから」

 センは乙女の表情で渋るリリィを促す。彼女はいつも、二言目にはコアがステキだと言うがリリィにはどうしても「ステキ」だとは思えなかった。渇いた笑みを浮かべるリリィとは対照的にセンの熱っぽさは増してゆく。

「あの黒鹿毛を服従させた時もカッコよかったけど、馬を繰って戦う姿はまた格別よ」

「そ、そう……」

「あ〜あ、お嫁さんにしてくれないかしら」

 突拍子もないセンの発言にリリィは手綱を取り落としそうになった。だがリリィ以上の反応を示したのがカギであり、彼は馬ごと振り返った。

「カギ、どうしたの?」

 カギの形相を見たセンはキョトンとした表情で問う。さすがにリリィは気が付き、カギを哀れに思った。

「セン、早く……」

 リリィが紡ぎかけた言葉は空を切る音に遮られた。驚いた馬が前足を上げ嘶いたのでリリィはとっさに手綱を引く。リリィが馬を宥めてから視線を傾けると、センとカギは一点を注視していた。

「カギ……」

 木に突き刺さった矢を見つめたままセンが不安げな声を上げる。カギが剣を抜いた直後、木立の中から人影が湧いて出た。すでに取り囲まれていたが間髪入れず、カギが馬を繰る。カギが剣を払いながら道を開いていくのでリリィとセンは慌てて馬を走らせた。

 リリィたちの背後からは男の怒号と矢が放たれている。カギは前方を切り開くことで手一杯なので当たらないことを祈るしかなく、リリィは馬に縋った。しかし祈りも空しく、ハンセン族の集落へ続く平坦な道に到った時リリィの右肩は矢に貫かれていた。

「リリィ!!」

 ハンセン族の集落を取り囲むように野営している周辺部族の若者たちの陣営に駆け込むとすぐ、馬を下りたセンがリリィに走り寄った。制御の出来なくなってしまったリリィの馬はゆっくり足を止める。

「賊だ! 賊が出たぞ!!」

 大声を張り上げ、カギは己の役目のために走り去って行く。リリィは落馬しそうなところをセンに助けられ、なんとか馬から下りた。

「リリィ、もう少し頑張って」

 センはリリィの左腕を己の肩にとり歩き出す。痛みよりも衝撃で白くなってしまった頭で、リリィは栗毛の馬を振り返った。察したセンがすかさず声をかける。

「大丈夫よ、リリィ。あの子、ケガしてないから」

「そう……よかった……」

 安堵と同時に少しずつ痛みが染みてきて、リリィは顔を歪めながら歩を進めた。

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