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第五章 五黄の聖都(3)

 ハンセン族は総勢百名余りの小さな部族であった。そのうちから女子供、年寄りを除けば武器をとって戦える者は三十名ほどとなる。対する賊は百五十ほどの集団のようだがコアは十分だと踏んでいた。

「まず、役割を明確にすることだ。大将はハン、その下に副将、副将の下に部隊長が三人、それぞれの部隊長の下に十名ずつ配置する。副将の下に十人の長である什長、その下に五人の長である伍長を決める」

 ハンセン族の集落に滞在して一日目の朝、コアは広場に集めた若者達に部隊編成の仕方を説いた。ハンを含め若者達は真剣に話を聞いているので広場は異様な静けさに包まれている。地面に組織図を描き終えたコアは手を止め、ハンを仰いだ。

「ハン、副将の任命だ。すぐに決まるか?」

 コアに頷いて見せたハンは迷うことなく一人の男を指名した。

「カギ」

 円陣を組んでいる若者達の中からカギと呼ばれた男が進み出た。ハンに劣らず堂々たる体躯の若者は草原でコアと一戦交えた者である。草原での悶着の時、コアはカギが一番強いと感じていた。周囲もカギには一目置いているらしい雰囲気を察したコアは話を進める。

「次は武器だ。見せてくれ」

 昨夜のうちに伝えてあったのですぐに若者達が武器を運び出してきた。剣、槍、斧が並べられ、コアは顎に手をあてて観察する。見極めた後、コアはハンを振り返った。

「あんまり良い物じゃないな。買い揃える金はあるか?」

「すぐには無理だが少しずつ、換えよう」

「その方がいい。良い武器はよく護る」

 ハンとの話を切り上げたコアは刃こぼれしている剣を手にとった。

「こっからは一人ずつ力量をみる。お前から、かかってこい」

 ハンセン族の若者達はコアとハンを取り囲むように佇んでいるのでコアは手近にいた男を指した。突然の指名に戸惑っている男へ切っ先を向け、コアは少し語気を強める。

「得手の物でいい。早くしろ」

 コアに急かされた男は剣を手に取り、構えた。隙だらけではあったが相手を倒すことが目的ではないのでコアは剣を下ろしたまま男を見据える。

「いつでもいいぜ。来い」

 馬鹿にされていると感じたのか男は目の色を変えてコアに斬りかかった。順手に握ったまま下方から剣を持ち上げ、コアは左手一本で制す。刃がぶつかる硬質な音とともに火花が散った。力比べは長引かせず、コアは刃の向きを変え男の剣を下方へ押し流した。

「お前は力がある。斧を持て」

 その後も説明を加えながら一人一人に武器を割り当て、武器ごとに隊を編成する。コアは個人の力量を見ると同時に什長と伍長も選定していたので、部隊の形が整った頃には太陽が真上に昇っていた。

「明日から訓練に入る。今日は解散だ」

 コアがそう告げるとハンが若者達に向かった。コアはそのまま立ち去ろうとしたが、カギが寄って来たので足を止める。

「コア殿、オレも手合わせ願いたい」

 個人の力量を見るにあたり、コアは大将のハンと副将のカギは除外していた。そのことを不服としているカギは血気盛んな様子で闘いを申し込んだのだがコアは軽く肩を竦める。

「また今度にしてくれや。他にもやることがあるんでね」

 カギは、おそらく次代の族長である。そういった人物を打ちのめすことは好ましいことではなく、コアはしつこくされないうちに踵を返した。







 ハンセン族の集落に滞在することが決まってから族長の家に移るよう勧められたが断り、一行は初めに案内された小屋を拠点とした。ハンセン族は小さな部族なので聞き込みもすぐに終わってしまい、リリィ、マイル、クロムはコアが戻って来るのを無為に待っていた。だがあまりにも暇だったので、リリィは疑問を口にした。

「ねえ、コアっていくつなの?」

「……唐突だな」

 地図を眺めていたマイルが驚いたように顔を上げる。本に向かっていたクロムも興味を惹かれたのか耳を傾けている様子だった。他意のある問いでもなかったのでリリィは思ったままを口にする。

「だって、暇だから」

「確かに、暇だな」

 リリィの率直な言葉に苦笑してからマイルは問いの答えを口にした。

「コアは孤児だったらしい。本当の年齢は本人にも判らないだろうが、おそらく二十代後半から三十代前半くらいじゃないか」

「……意外と年寄りなのね」

「若く見えるということか? それとも精神年齢が低いと言いたいのか」

 マイルの科白があまりに淡白だったので、まずクロムが吹き出した。リリィも口元を手で覆い顔を背けて笑う。

「そういえば、リリィはいくつなんだ?」

 話の流れでマイルから投げかけられた質問にリリィは顔を戻して答えた。

「十六か十七歳くらいだろうってモルド様が言ってた。本当の歳は知らないわ」

「そうか。故郷に年齢を数える習慣がなかったんだな」

 マイルは頷いたがクロムは首を傾げて容喙する。

「リリィさんは何処の出身なんですか?」

「オキシドルって所よ」

「オキシドル、ですか……」

 オキシドルとは地名ではなく、大聖堂(ルシード)内で使われている遺跡の名称である。クロムはそのことを知っていて尚且つ、かつてオキシドル遺跡の近くに名もない集落があったことをも知っているようで少し顔を曇らせた。長引かせるような話題ではなかったのでリリィはマイルに視線を移す。

「マイルは? いくつなの?」

「二十四、のはずだ。こうした生活をしていると失念するので自信はあまりないが」

 リリィには歳を数えるという考え方がないがマイルが言っていることは理解することが出来た。放浪していると時間は矢のように流れ、いつの間にか過ぎ去っていくのである。

 苦笑いを消し、マイルはクロムに話を振った。

「クロムは?」

「僕も知りません」

「孤児か。それなら出身を訊いても判らないな」

 行動を共にするようになってからしばらく経ってからの身の上話は誰もが似たようなものであり、リリィは苦笑いを浮かべた。それぞれが平穏な人生を送っていればこうして集うことはなかった、ということなのだろう。

 クロムとマイルの話がまだ続いているのでリリィは無言で耳を傾けた。

「マイルさんは何処の出身なんですか?」

「俺はビルだ」

 マイルがさりげなく口にした言葉にリリィは動きを凍らせた。しかしすぐ、悟られないよう慎重に『自然』を演出する。

「ビル、ですか……」

 クロムも反応に困った様子で言葉を濁す。マイルは苦笑して、それ以上は何も言わなかった。

「なんか盛り上がってるみたいだが、何の話だ?」

 都合良く戻って来たコアが姿を見せるなり眉根を寄せた。コアの疑問はマイルに受け流され話し合いが始まったので、最初に疑問を口にしたリリィは胸を撫で下ろす。

「収穫なし?」

 マイルから報告を聞いたコアがすっとんきょうな声を上げた。マイルは無表情のまま頷く。

「ハンセン族の中には箱艇らしき物を見た人間はいなかった。もう少し、範囲を広げて聞き込みをしないと駄目だな」

「なら、ハンに仲立ちしてもらおう。周辺の部族への聞き込み、頼めるか?」

「暇で困っていたところだ。遺跡も視野に入れて少し巡ってくる」

「よし。じゃあ、マイルとクロムで行ってきてくれ。リリィは居残りだ」

 コアに突然矛先を向けられたリリィは軽く眉をひそめる。

「どうして私は居残りなの?」

「お前には他にやることがある」

 リリィが内容を尋ねてもコアは答えなかった。コアの意味ありげな笑いの内には足が痛いと言ったことが含まれているような気がしてリリィは睨み見る。リリィの刺々しい視線に晒されたコアはわざとらしく身を引いた。

「睨むなよ。情報収集より厳しいかもしれないぜ?」

「……だから、何するのよ」

「それは明日のお楽しみだ」

 コアが決して口を割ろうとはしなかったのでリリィは諦めてため息をついた。







 ハンセン族の集落で夜を迎えた一行は全員で族長の家を訪れた。その理由は顔合わせと、周辺の部族への口利きを族長であるハンに頼むためである。

 コアから話を聞いたハンは快諾し、すぐに酒宴が始まった。初めは歓談の笑い声のする和やかな宴だったが酒がすすむにつれハンが酒乱の様相を呈し、雲行きは次第に怪しくなっていった。

「コア、俺たちはそろそろ戻る」

 危うい空気を察したマイルが小声で告げてきたのでコアは苦笑を浮かべて頷く。だがマイルが遠巻きに様子を見ていたリリィとクロムを促した刹那、ハンが立ち上がった。顔を真っ赤にしたハンは真っ直ぐリリィへ向かい、肩を掴んで振り向かせる。

「何してる。酌をしろ」

 妻か娘と間違えているのかハンは執拗にリリィを揺さぶる。傍にいたマイルが慌てて止めにかかったが、事は起こってしまった。

 背中から絨毯に倒れこむ、ハンの巨体。握ったままの右手を呆然と見つめているリリィを一瞥した後、コアはハンの傍へ寄った。

「ハン? おい」

 リリィに殴られる前から泥酔状態だったハンはコアが頬を叩いても目を覚ます気配がない。コアはため息をつきながら立ち上がった。

「しょーがねえオッサンだな。ほっといて帰ろうぜ」

 コアが慰めを込めて肩を叩くとリリィは体を震わせた。大袈裟なまでに身を引いたのち顔を上げたリリィは泣きそうであり、コアは不可解に思い眉根を寄せる。

「……ごめんなさい」

 リリィはか細い声でマイルに謝罪すると走り去った。コアは眉をひそめたままマイルを振り返る。

「何だ?」

「感情に任せて行動してしまったことを、悔いているんだろう」

 マイルは動じた様子もなく無表情のまま、オラデルヘルでの出来事を語った。納得がいったコアは呆れながら空を仰ぐ。

「感情的なのはそう簡単に直らないだろ」

「それも性格だからな。また甘やかすなと言われそうだ、今は放っておいてやろう」

 突き放すような言葉とは裏腹に、マイルは寂しそうに苦笑して姿を消す。取り残されたコアはクロムを振り返った。

「俺たちも帰るか」

「そうですね」

 コアとクロムは並んで歩き出し、族長の家を後にするまではお互いに無言であった。だが外へ出た途端、クロムが口火を切る。

「行ってあげないんですか?」

 リリィを追って慰めろというクロムの意図を理解したコアは呆れながら応じた。

「当人同士で解決できない問題に俺が口出してもしょうがねえだろ」

「本人たちだからこそ、どうしようもないこともありますよ」

 そういう時は第三者の言葉こそが求められているのだとクロムは言う。もっともらしいクロムの意見を聞いたコアは本気で驚いた。

「お前、そんなこと考えてたのか」

 コアが思ったことをそのまま口にするとクロムは苦笑を浮かべた。

「気付いていないと思いますがコアさんの言葉はリリィさんに影響を与えていますよ。良くも悪くも、ですが」

「……そりゃどういう意味だ」

「今の彼女にはコアさんの言葉が必要、ということですよ」

 至極真面目な顔でクロムはコアを諭そうとしている。コアはしばらくクロムの顔を眺めていたがやがてため息をついた。

「そうやって丸投げすんだよな、マイルもお前も」

 励ましや慰めは苦手分野なので軽々しい了承はせず、コアは頭を掻きながら歩き出した。

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