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第四章 再見(15)

 日が暮れたら集合、そう伝えてあったがマイルとリリィはなかなか姿を現さなかった。開け放した窓辺で煙を吐き出すことにも飽き、コアは黙々と本に向かうクロムの傍へ寄る。

「お前、オラデルヘルにいるあいだ何してたんだ?」

「カジノでお相手をしたり、お客さんの話を聞いたり、勉強したりしていました」

 クロムの返答は雑多でありコアは呆れた。クロムは気にせず、楽しそうに話を続ける。

「ここのお客さんはフリングスの貴族が多いですね。北方独立国群や南方諸国連合の方も見かけましたが大聖堂(ルシード)のお客さんは見ませんでした」

「……そういや、大聖堂の連中が来るって話は聞かないな」

 クレルとライトハウスから聞いた話を思い出しながらコアは眉根を寄せた。オラデルヘルは来るもの拒まずという姿勢なので大聖堂側が距離を置いているということなのだろう。

「まあ、一応『神聖』を売りにしてる国だからな。あんまり賭け事とか奨励するとまずいことでもあるんだろ」

「そのわりに博士は奔放ですね」

「……アレは別格だ」

 ラーミラの顔を思い浮かべながらコアは苦笑した。クロムは不思議そうに首を傾げる。

「そうなんですか」

「そうなんですか、って……お前、大聖堂のことあんまり知らないのか?」

「はい。大聖堂には行ったことがありません」

「そうなのか」

 ふと、疑惑が浮かんできてコアは眉をひそめた。

「お前、ラーミラと何処で会ったんだ?」

 ラーミラはクロムのことを「新しい助手」と言って紹介した。コアは単純にクロムも大聖堂の人間なのだと思っていたが、それならば大聖堂へ行ったことがないというのはおかしな話である。

 クロムにはコアが不審に思っている理由が分からないようで気楽な答えが返って来た。

「テラです。遺跡に興味があったのでしょっちゅう行っていたんです。それを博士に見付かってしまいまして」

「それで、何でラーミラはお前を助手にしようと思ったんだ?」

「趣味で古代文字を調べていたんです。僕が少しでも読めるのが意外だったみたいで……」

「気に入られたって訳か」

 容易に想像がつく展開にコアは頭を掻いた。ようするに、クロムはリリィと大差ないということである。

「ラーミラの奴もしょうがねえな。外の人間に神経質なの知ってるくせに」

「どういうことですか?」

「あのな、大聖堂ってのは閉鎖的な組織なんだよ。入れる人間には必要以上の注意を払い、一度入ったら簡単には抜けられない。調査部の人間に限って言えば愚者のことを外部に洩らしたら打ち首だ」

「……厳しいですね」

「まあ、一応極秘事項だからな。だから、あんまりリリィやお前みたいな人間は作らない方がいいんだよ。ラーミラのことだから勝手に登録の申請とかしてるかもしれないが」

「知らないうちに大聖堂の人間になっていた、ということですか?」

「そういうこった。ま、どっかで会ったら確認しとけや」

「はい。そうします」

 クロムが頷いたのでコアは大聖堂の話を切り上げた。代わりに、コアは少し探りを入れる。

「客から有益な情報はなかったか?」

 クロムは思い出すようにしながら空を仰ぎ、やがて口を開いた。

「南方諸国連合の方が慌しいようですね」

「慌しいって、どういう意味だ?」

「赤月帝国が大聖堂に屈したことで緊張が高まっているようです」

 クロムの言葉を反芻しながらコアは腕を組んだ。

 南方諸国連合はその名の通り、大陸の南を拠点とする小国群が対フリングス用に結んだ同盟である。現状では大聖堂よりはフリングス寄りの勢力となっているが、それもフリングスが勢力を伸ばせば変わってくるだろう。大聖堂とフリングスが均衡を保っていなければ、南方諸国連合は存続出来ないからである。

 膠着状態は五十年ほど続いているが大聖堂もフリングスも大陸統一を目標としている。両国の矛先がまず向けられるのは南方諸国連合であることは明白であり、南方諸国連合もそのことは承知しているであろう。どういう態度に出るかはまだ判らないが南方に動きがあったとき大局が動く、そうコアは考えていた。

「……そろそろ、動くかもな」

 コアの独白を聞きつけたクロムは不思議そうに首を傾げる。

「動くって、大聖堂ですか?」

「いや、なんでもない。それより、あいつら遅すぎないか?」

 思考を中断して口調を改め、コアは動かぬ扉を振り返った。クロムも言及せず同じ場所を顧みる。

「そうですね……探してきましょうか?」

 クロムが席を立とうとした時、マイルとリリィが揃って姿を現した。都合の良い時機でありコアは手招きをして二人を迎えた。

「よし、揃ったな。じゃあ話を始めるぞ」

 無言で頷き、リリィとマイルはソファに腰を落ち着ける。話し合いが成功したとは思えないよそよそしい態度ではあったがコアは気付かぬ振りを決めこみ地図を開いた。

「いつまでもオラデルヘルにいても仕方がない。時間の無駄だ。よって、明朝オラデルヘルを発つ。異論がある奴はいるか?」

 コアの宣告は唐突であったが異議は出なかった。誰も口を開かないことを確認し、コアは話を進める。

「リリィ、マイル、お前ら箱艇を見たって言ってたよな?」

 名指しされたリリィとマイルは顔を上げ、やはり無言で頷く。コアはクロムに視線を転じた。

「お前も見たのか?」

「はい。湖面に墜落しそうでしたね」

「……墜落?」

 クロムの話は聞いた覚えのないものでありコアは眉根を寄せながらマイルを振り返る。マイルは無表情のまま口を開いた。

「北の方角からやって来た箱艇はポードレール湖へ向けて落ちて行った。だが湖面に衝突する前に白い光が発生し、気付いた時には姿を消していた」

「……白い光か。あの時と同じだな」

 ウォーレ湖畔での出来事を思い出し、コアはリリィを見た。リリィは口を開かず、しかし小さく頷く。コアは地図に顔を戻し話を進めた。

「その白い光ってのが何なのかは解らないが、箱艇は北から来た。北は北方独立国群の領土で大聖堂の調査が及んでいない。だからこのまま北上して少し調べてみようと思う」

 コアは再び異論があるかと尋ねたが誰も口を開かなかった。特に疑問もないようだったのでコアは地図を畳む。

「以上だ。日の出と共に出発するからな、しっかり準備しとけよ」

 頼りなく頷き、まずはリリィが立ち上がった。静かに去って行くリリィの姿を横目で見送った後、コアはマイルを仰ぐ。

「大丈夫なのか、アレ?」

「少し話をしようとしたんだが甘やかすなと拒絶された」

「……強情な娘っこだな」

 がりがりと頭を掻きコアは白旗を揚げた。当人同士で話がつかないのであれば放置するより他ない。

「クレルに話をつけてくる」

 弱々しく苦笑いをし、マイルも席を立つ。大袈裟に肩を竦めて見せながらコアはマイルの動きを目で追った。

「頼むぜ。今後のためにもしっかり手なずけておいてくれ」

「獣のような言い方をするな」

 コアを一睨みした後、マイルは去って行く。似たようなものだと思いながらコアは煙管に手を伸ばした。







 カジノへ足を運んだマイルは仕事中のクレルに明朝の出立を伝えた。するとクレルは即座に仕事を切り上げ、マイルを自室へと誘ったのであった。

「残念だな。もう少しゆっくりしていくのかと思っていたが」

 蝶ネクタイを外したクレルはソファに上着を放ってから棚へと向かう。その背中が寂しさを漂わせていたのでマイルは苦笑した。

「オラデルヘルには未練がある。また戻って来ることになるだろう」

「ああ、遺跡か。コアも諦めが悪いな」

 グラスと酒をテーブルに置きソファに身を沈めたクレルの表情は何度来ても無駄だと言わんばかりであった。クレルが頑固な態度に出るのはオラデルヘルの主人であるライトハウスの意思に違いなく、マイルは首をひねる。

「ライトハウスとはそんなに強固な人物なのか?」

「強固と言うよりは変人だな。何を考えているか解らない」

「……息子の科白とは思えないな」

「本当の息子かどうか判らないからかもな。実を言うと未だ親父という実感がないんだ。ただ、商人としては尊敬してる」

 話が妙な方向に流れたのでマイルは眉根を寄せた。

「それは、訊いてもいいのか?」

「何をだ?」

 クレルが不思議そうに首を傾げたのでマイルは驚いた。少し躊躇い、しかし閉口するのも不自然だと、マイルはおずおずと口を開く。

「実の息子かどうか判らないとは……?」

「ネオンで生まれた子供は一部の特例を除いて施設で育てられる。施設の子供は誰が母親で誰が父親か知らない。だからライトハウスが迎えに来た時も父親だという実感が湧かなかった。それが未だに続いてるだけだ」

 クレルの口調にはためらいも恥じらいも混ざってはいない。それは信頼と言ってしまってもいいほどに清々しいものであり、マイルは困惑した。

 クレルが体面を気にしなくなったということは心の垣根が取り除かれたということである。他の者には口外しないようなことも、クレルは易々と語ってくれるであろう。マイルはクレルに好意を抱いていることを自覚しているので己のことを話さなければ悪いと感じていた。だがまだ、語れるほどに傷は癒えていないのである。

「気になってたことがあるんだが、訊いてもいいか?」

 クレルが話を切り出したのでマイルは体を強張らせた。だがここは拒絶してはならない場面であり、マイルは平静を努めながら頷く。クレルはグラスを干してから問いを口にした。

「コアとはどういう関係なんだ?」

 クレルの問いは身構えていた話題とはまるで関係がないものであり、マイルは脱力した。体から余計な力が抜けたことを感じたマイルは脆い自分を冷たく嘲笑いながら応じる。

「腐れ縁、としか言い様がないな」

 マイルの一人相撲には気付かなかったようでクレルは思い出すように空を仰ぎながら続けた。

「雇われてると言ってたが、仕事の相手なのか?」

「今は、そうだな。だが常にそうだった訳でもない」

「不思議な関係だな」

「縁、というものがあるのかもしれないな」

「縁、か……」

「こうしてクレルと酒を酌み交わしていることも縁、だろう」

「……そうだな。是非、また寄ってくれ」

 笑って、クレルは酒の注がれたグラスを差し出す。その笑顔があまりにも無垢だったのでマイルも余計なことは考えずグラスを合わせた。







 バルコニーへ出ることはせず、リリィはあてがわされた室内から夜の湖を見つめていた。窓に映りこんだ自分の顔を見ないように、リリィは深い闇へ息を吐く。二度目の情景はまだ、鮮明に焼きついていた。

 まだ、故郷が壊滅した理由と空を飛ぶ艇は結びついていない。だが憎んでいるのだと、改めて艇を目の当たりにした時にリリィは思い知らされていた。

 憎しみはすべてを歪ませる。やり場のない怒りを憎しみにすり替えてはならないと、リリィはきつく自分を戒めた。

(揺らがない心情(こころ)が欲しい)

 感情に支配されず物事を捉えるには強さが必要である。そして強くならなければ同じ過ちをくり返すであろうこともリリィには分かっていた。

(……忘れないわ)

 己が負った傷も、マイルに負わせた傷も、緑青(ろくしょう)の死も。いつの間にか伏せてしまっていた目を上げ、リリィはポードレール湖を睨み見た。

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