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第四章 再見(5)

 娯楽都市オラデルヘルは大陸の西北に位置するポードレール湖に浮かんでいる。そのためオラデルヘルへ行くにはネオンかウランから船に乗らなければならず、リリィとクロムの回復を待ってからの出発となったのであった。

 船室に荷物を置くとリリィとクロムは早々に姿を消した。危うい二人を見送った後、マイルはくつろぐコアを振り返る。

「これで船に酔わなければいいんだが」

「海に出る訳じゃないんだ、大丈夫だろ」

 コアの発言は無責任であり、マイルは小さくため息をついた。だが気に病んでいても仕方がないのでマイルはすぐに表情を改める。

「向こうに着いたらすぐ主人に会えるのか?」

「運次第だな」

「あまり待たされるのは困るぞ。色々な意味でな」

 マイルはオラデルヘルへ行ったことはないが都市の性質は知っていた。オラデルヘルは金銭面でも精神面でも長居には向かない場所である。

「まあ、そう心配すんなって」

 気楽に言ってのけ、コアは軽く手を上下させて見せる。コアの楽観的な態度に呆れながらもマイルは周囲を見回した後、声をひそめて話しかけた。

「主人は遺跡を隠そうとしているんだろう? 見せてもらえるのか?」

「そいつはお前さん次第だな」

「……俺に説得をしろということか?」

「付き合いが長い分、俺の話はなかなか聞いてくれねえんだよ。職種は違うが同じ商売人同士、仲良くなれねえか?」

「分類が大雑把すぎるぞ」

「細かいことは気にすんな。とりあえず会って、話してみてくれや」

 コアの口調はオラデルヘルへ行くと決めた時からマイルに丸投げすることを目論んでいたかのようであった。その証拠にコアは一方的に話を終え船室を出て行く。だがマイルは追わず、一つ息を吐いてその場に腰を下ろした。

(……これでわだかまりが消えてくれればいいが)

 今度こそ話し合いが無事に終わることを祈りつつマイルは船の揺れに身を委ねた。







 まだ本調子とは言えないリリィは甲板でクロムと共に風に吹かれていた。船はすでに出発し、足元が揺れている。リリィはなるべく遠くを見るようにして佇んでいたがクロムが短く息を吐いたので振り返った。

「平気そう?」

「……なんとか大丈夫です」

 答えたクロムの顔は青白く、その笑みはいつも以上に気弱な様相を呈している。船酔いに襲われることはなさそうであったのでリリィは眉根を寄せながら問いかけた。

「そんなに飲まされたの?」

「リリィさん達が行ってしまってから三日、徹夜で連れ回されました」

「……最低ね」

 この場にはいないコアへ向けて毒を吐き捨て、リリィはクロムに哀れみの視線を向けた。

「あなたも大変ね」

 クロムはただ渇いた笑みを浮かべただけであった。言葉もないとはまさにこのことかと、リリィは顔を引きつらせながら思う。

「おい」

 背後から声をかけられたのでリリィとクロムは同時に振り返った。そこには話題の主が佇んでおり、リリィは真顔に戻る。

「話がある」

 そう言ったコアがどちらを指名しているのかは目線で察することが出来た。気を遣ったのかクロムは船室へと戻り、二人きりになったリリィは気まずさを抱えながらコアを見る。

「気分はどうだ?」

 コアが真顔のまま発した言葉はリリィにとって想定外のものであった。薄気味悪く感じたリリィは眉根を寄せながらコアの様子を窺う。コアは何も言わず、返事を待っているようであったのでリリィは仕方なく口を開いた。

「……何? 気持ち悪いんだけど」

 思わず本音を口にしてからリリィはしまったと思った。これではネオンで言い争いをした時と同じである。だがコアは表情を変えず文句も言わなかったのでリリィは改めて眉をひそめた。

「話って何?」

「これから行くオラデルヘルって所は目撃証言が異常に多い。これがどういうことか分かるか?」

 コアの言葉には主語がなく、何を言いたいのか分からなかったリリィは首を傾げた。だがすぐにキールのことを言っているのだと思い当たり、リリィは緩んでいた気を引き締めてコアを仰ぐ。コアの緑色の瞳は周囲を気にするように泳いだ後、リリィに据えられた。

「俺もマイルに聞いたんだが、あまりに目撃証言が多いからそれを見に行く旅行(ツアー)まで組まれているらしい。それだけ頻繁に目撃されてるんだ、俺達が滞在している間にもお目にかかれるかもしれない」

「……会えるかもしれない、そういうことね?」

「それは分からねえ。だが、これだけは言っておくぞ。お前はすぐ興奮して目先のことしか見えなくなる。奴が姿を現したとしても無謀なことはするな」

 その無謀な行動が人間一人の命を奪ったのだと、リリィは苦く噛みしめながらコアに頷いて見せた。

「分かってるなら、いい。俺の話はそれだけだ」

「待って」

 コアが話を終わらせて去って行こうとしたのでリリィはとっさに呼び止めた。振り向いたコアの表情は凍ったままであり、リリィは淡い恐怖を抱きながら頭を下げる。

「悪かったわ。ごめんなさい」

「……何で謝るんだ?」

「だから、無視するような真似をしたのは悪かったと思ってるわ」

「人の目見て話も出来ない奴が言う科白じゃない、だろ?」

 以前自分が吐いた科白がそのまま返ってきたのでリリィは目を伏せたまま拳を握る。だが挑発されたまま引き下がるほどリリィは大人しい性格ではなく、勢いよく顔を上げた。

 リリィに真っ直ぐ見据えられたコアはしばらく無言でいたがやがて、吹き出した。

「ネオンの言った通りだな」

 コアは愉快そうに笑っているがリリィはどう反応をしていいのか分からなかった。リリィが無言でいるとコアは笑いを収め、半眼になって唇の端を引く。

「まあ、俺も悪かった。子供(ガキ)相手に熱くなるなんて大人のすることじゃないよな?」

 まだ根に持っているのかコアの言葉には棘が含まれている。その言い種はあまりに幼稚であり、リリィは呆れた。

(アンタの方こそガキじゃない)

 リリィはそう思ったがそのままを口にするとまた口論になりそうだったので胸の中だけに留める。リリィが反論しなかったのでコアは口調から皮肉を消して話を続けた。

「ネオンから伝言。約束、守れってさ」

「……約束?」

「なんでも、女同士の話らしいな? 俺は教えてもらえなかったぜ」

「女同士の話……」

 約束自体に覚えはなかったが思い当たる節はあり、リリィはネオンに握らされた二枚貝を取り出した。中身が何であるのかをすでに知っているらしくコアが目を丸くする。

「お前、よっぽどネオンに気に入られたんだな」

「どういうこと?」

「その紅はネオンしか使えない色でな、言わば権力の象徴ってやつだ」

「あの人、そんなに偉いの?」

「あの街の責任者だ」

「へえ……」

 リリィにはどれほど凄いことなのか分からなかったので曖昧に頷く。コアは驚きを収め、代わりにからかうような笑みを浮かべた。

「楽しかった、とも言ってたぜ。お前、つくづく女にモテるんだな」

 コアの言葉は反応のしようがないものであり、困ったリリィはただ苦笑した。









 昼過ぎにネオンの街を出発した一行がオラデルヘルへ着いた頃には夜が迫っていた。だが金箔で覆われたオラデルヘルの外装は建物自体が発光しているかのようにまばゆい光を放っている。財力を誇張しているかのような演出を初めて目の当たりにしたマイルは悪趣味だと思いながら建物を見上げていた。

「おら、行くぞ」

 呆然と立ち尽くしていたリリィにコアが声をかけている。双方にぎこちなさはないので仲直りは成功したようであった。マイルは厄介な問題が片付いたことに安堵し、先を行くコアを追う。建物の正面入り口ではすでに夜間用略式礼服を見事に着こなした青年が直立不動で佇んでいた。

「いらっしゃいませ」

 優雅に一礼して見せる青年をマイルは何気なく観察した。

 ブラウンの短髪を丁寧に整えている青年は二十代後半から三十代ほどと思われる若さであった。青年は頭を上げた後、褐色の瞳をコアへ向け好意的な笑みを浮かべる。

「ネオンから報告を受けていましたが、遅かったですね」

「ちょっと色々あってな」

 親しげに話をするコアと青年をリリィとクロムが訝しげに眺めている。説明をした方がいいと感じたのでマイルは二人に向き直った。

「ここの主人と知り合いらしい」

「はあ……何処にでも知り合いがいるのね」

 リリィの反応は感心と呆れを同居させたようなものであった。マイルは賛同の苦笑をリリィに返し、再びコアと青年を見る。

「残念ですが主人(マスター)はお留守です。クレル様がいらっしゃいますのでこちらへどうぞ」

 青年に招き入れられ、一行はオラデルヘルの内部へと移動した。リリィがしきりに周囲を気にしていたがコアは構わず青年と話を続けている。

「オヤッサン、いないのか」

「帰省中です。お国の方で大事な儀式があるそうですよ」

「いつ戻って来るかわからねーのか?」

「クレル様がいらっしゃいますから。しばらくはあちらに滞在されるかもしれませんね」

「……まいったな」

 御手上げといった様子でコアはマイルを振り返る。返事を求めたのではないようだったのでマイルは頷くだけで返事とした。

「こちらでお待ち下さい」

 青年が二枚扉を開けると、その先は開けた空間になっていた。応接室のようであったが金色の輝きが目に痛く圧迫感さえ覚える造りである。無駄な豪奢さにマイルは呆れたが、コアは慣れている様子で金色のソファに身を投げた。

「クレルに会うにはどのくらいかかりそうなんだ?」

「そうですね、夜は営業がありますので明け方までお待ちいただくことになるかもしれません。せっかくですからカジノをご利用になられてはいかがです?」

「そうだな。あんまり待たされるようなら考える」

 話が済んだことを察した青年は律儀に一礼してから去って行った。余人の姿が消えるなり、リリィが焦れたように口を開く。

「ねえ、誰かに会うの?」

「ああ、そういやお前らには何も言ってなかったな」

 コアは煩わしそうな表情をし、腰から煙管を抜きながら説明を始めた。

「ここの主人(マスター)はライトハウスっていってな、ちょっとした知り合いなんだ。で、その息子がクレル」

「その人達に会うの?」

「本当は親父の方に用があったんだが、まあ仕方ないわな」

「何のために?」

「言っただろ、オラデルヘル主催で旅行(ツアー)が組まれてるって」

「ああ……」

「何ですか? その、旅行って」

 リリィは納得して頷いたが次はクロムが疑問を口にした。コアが煙を吐き出しながら視線を傾けてくるのでマイルはため息混じりにクロムを見る。

「この近辺で空飛ぶ艇の目撃情報が多いのは知っているな? 金儲けが大好きなオラデルヘルの主人は物珍しい空飛ぶ艇を何かに利用出来ないかと考えた。その結果、空飛ぶ艇を見に行こうという触れ込みでオラデルヘルへの旅行を促しているんだ」

「……すごい人達ですね」

 クロムはあ然としたように口を開き、詳しくは聞かされていなかったのかリリィも呆れた顔をしている。ひとしきり説明が終わったとみたのか、コアが口を挟んだ。

「ずいぶん時間があるようだが、どうする? カジノでも行くか?」

「反対だ」

 軽々しいコアの提案をマイルは即刻却下した。コアは眉根を寄せながらマイルを仰ぐ。

「何でだ?」

「金を使うだろうが」

「ああ、それなら心配ない」

「ここでも特別待遇が利くのか?」

「ああ。クレルに言えば後で全額返してくれる」

「初心者に賭け事を教えたくないんだが。癖になられても困る」

賭け事(ギャンブル)以外にも催し物とかやってるぜ。賭けさせたくなかったら金を渡さなきゃいい」

「そういうことなら、構わないが……」

 コアに頷いて見せたものの不安は残り、マイルはリリィとクロムを顧みた。リリィはきょとんとした表情で首を傾げている。

「カジノって何?」

「そうか、お前にゃそこから説明しないといけないのか……」

 コアはうんざりした様子で空を仰ぎ、リリィはムッとした顔をした。

「なによそれ」

「いや、わかった、説明すっから。お前は知ってんだろ?」

 ネオンでの一件が堪えたのかコアは素早くクロムに話題を転じた。突然名指しされたクロムは苦笑しながら頷く。

「博士に幾度か」

「……ラーミラもやることはやってる女だからな」

「社会経験、と言ってましたけど」

 コアの視線が哀れみを帯び、クロムは反応に困っている。マイルはまだむっつりとしているリリィの様子が気にかかったが、やがてコアから説明が加えられた。

「カジノってのはな、賭博場のことだ。金をかけて遊ぶんだよ」

「そんなの酒場でもやってるじゃない」

「酒場の比じゃないくらいの金を賭けるんだよ。まあ、やってみりゃ分かる」

「興味ないわ」

「じゃあ俺達が遊んでる間、ここで一人で待ってっか?」

 コアに言い負かされたリリィは沈黙した。コアは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

「何事も経験だ。着替えようぜ、さすがにこんな格好じゃ浮いちまう」

 人を呼びに行くコアの背は楽しそうであり、マイルは人知れずため息をついた。

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