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第三章 流刑地の閑人(15)

 今後の方針が決まり散会となった後、リリィは宿の裏手にある水場へと足を運んだ。しかしどれだけ体をこすっても死臭はとれず、リリィは諦めて水場を後にした。

 死の臭いは死体に縋って過ごした日々を蘇らせる。だが臭いは、いずれ消えるであろう。それよりもマイルに抱かせた癒えない傷を思い、リリィは重くため息をついた。

 ウォーレ湖へ来てからの様々な体験が去来し、リリィは心が弱っていることを感じた。だが自分は弱音を吐ける立場ではないと、リリィは悲鳴を上げそうな気持ちを押し込める。

 リリィは唇をきつく結んで歩いたがふと、知った姿を認めて足を止めた。霧がかった夜、宿の明りに朧に映る人影は栗色の髪をした青年。一人天を仰いでいる姿を無視するわけにもいかず、リリィは傍へ寄った。

「もう動いても大丈夫なのか?」

 先に声をかけられてしまい、リリィは立ち尽くす。マイルはゆっくりと振り返った。

「……何て格好してるんだ」

 マイルに眉をひそめられたのでリリィは自分の姿を見下ろした。水場から戻ったばかりで薄布一枚のみを羽織り、下ろしたイエローブラウンの髪からはまだ雫が滴っている。

「風邪をひくぞ」

 マイルはため息混じりに外衣を脱ぎ、リリィの肩にかけた。優しさに触れるといたたまれない気持ちになり、リリィは息を詰まらせる。

「……ごめんなさい」

 謝って済む問題ではない。そのことを理解していながらも頭を下げることしか出来ない自分が、リリィは恨めしかった。

「リリィのせいじゃない。気にするな」

 マイルの言葉は尚も優しく、リリィの肩に置かれた手は温かいものであった。歯がゆい思いが心を揺さぶり、リリィはきつく拳を握る。

「でも……」

「誰のせいでもないんだよ。アイツが死ぬつもりなのは、知ってた」

 緑青(ろくしょう)の心理にまで言及したマイルはさすがに目を伏せた。だがすぐに、マイルは表情を改める。

「座らないか?」

 マイルに無理な笑顔で促され、リリィは無言で頷く。薪が積んである脇へ並んで腰を下ろしてから、マイルは木彫りの首飾りを取り出した。

「緑青とは同じ村の出身でね。ビルっていう所なんだが、火器の製造と間者の派遣で生計を立てている……戦争がなければ生きていけない村なんだ。職業柄どうしても命を懸けた仕事が多くて、これは死地へ向かう人の安全を祈願する御守りみたいな物なんだよ」

 渡した相手が受け取れば、それは死にに行く覚悟を見せられたようなものなのである。だから緑青が笑って受け取った時にこうなることは決まっていたのだと、マイルは静かに語った。

「本当は、白影の里で別れた時が最後になるはずだった。だがリリィが意地を張るなと言ってくれたおかげでまた会うことが出来た。短い時間だったが……感謝したいくらいだよ」

 リリィは無言で話を聞いていたが次第に怒りを覚え始めた。だがマイルは気がつかず、泣きそうな笑い顔で話を続ける。

「緑青には慕っていた人がいたんだが、先立たれてしまったんだ。そのことを知った時から絶望していたのかもしれないな」

「こんな時まで自分に嘘つかないで! 泣きたいなら泣けばいいじゃない!!」

 無理に割り切ろうとしているマイルの姿を見ていられず、リリィは思わず叫んでいた。驚いたように見開かれたマイルの目元から、涙が零れ落ちる。たまらず、リリィはマイルの頭を引き寄せた。







 室内にマイルの姿はなく、動いているのは寝支度を整えているクロムだけであった。今夜も戻って来ないつもりかと、コアは煙と共にため息を吐く。

「今回の件、大聖堂(ルシード)にはどう報告しますか?」

 寝支度を終えたクロムが不意に尋ねてきたのでコアは煙をくゆらせながら答えた。

「報告はしない。実際に俺達が見た訳じゃないからな、リリィの存在を隠して報告するには無理があるだろ」

 コアの回答が腑に落ちない様子でクロムは首を傾げた。

「一般人が偶然遭遇したというのは駄目なんですか?」

「そんなこと報告してみろ。そいつは殺されるか囚われるか、とにかく二度と口が利けないようにされちまう」

 少し表現が過激だったようでクロムは青くなった。大聖堂に関わって日が浅いかラーミラが何も話していないようだと、コアはクロムの反応を眺めながら思う。

 不都合なものは消す、それが大聖堂のやり方である。大聖堂の実態を知らない者には脅しが必要だと思い、コアは真顔でクロムを見据えた。

「いいか、ラーミラはともかく大聖堂の関係者だからって滅多なことは口にするなよ。迂闊な発言が人間一人の命を奪うかもしれないぜ?」

 クロムは必死の形相で何度も頷いた。コアは愉快なクロムの反応を笑っていたがふと、窓辺を振り返る。

「どうかしましたか?」

「何でもない」

 不思議そうに首を傾げるクロムに答えつつ、コアは神経を耳に集中した。気になったのは微かに届く歌声が聞き覚えのあるもののように感じたからである。

(……まさかな)

 頭をかすめた疑惑を打ち消すためにコアは軽く肩を竦めた。

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