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第十一章 泡沫夢幻の隠者(8)

 リリィだけがアリストロメリアの元に残り、聖女の私室を退出したマイル、モルド、ラーミラの三人は別室へ移動することにした。改めて、お互いの現状などを確認するために話し合いをすることにしたのである。屋敷の中央付近にあるモルドが私室として使用している部屋まで戻って来ると、モルドはまずラーミラを振り向いた。

「わたし達と行動を共にしていることが大聖堂(ルシード)に知れるとまずいだろう。危険を冒してまでここへ来たのは何故だ?」

 モルドのその一言で、マイルはラーミラが革新運動に関わりを持っていなかったことを知った。ならばラーミラが知り得ていた情報は何処から出たものなのかと、マイルは訝しく思いながら眉根を寄せる。ラーミラはマイルが疑念を抱いたことには気が付かなかったようで、平然と笑って見せながらモルドに答えた。

「招かれたから大聖堂にいただけだもの。大聖堂に魅力がなくなれば私がいる理由もないわ。でもまだ、籍は残してあるの。そのことで役立てることはないか訊きに来たのよ」

 ラーミラが自ら間諜を申し出たのでマイルは感服した。ラーミラの発言は自身の価値を正確に知っていなければ出来ない類のものである。彼女もコアと同じ人種だったかと、マイルは微かに苦笑いを浮かべる。モルドにもラーミラの真意は伝わっており、彼は低頭してから口火を切った。

「では一つ、頼みたいことがある」

「いいわよ。何かしら?」

「テルという少年の生死を知りたい。生きているのであれば捕らわれている場所もだ」

 モルドが挙げたテルという名は、マイルにとっては初めて耳にするものであった。しかしラーミラは心得ているようで、すぐさま頷いて見せる。

「アリストロメリア様の傍仕えをしていた少年ね。本部にいるの?」

「わたしとアリストロメリア様を逃すために時間稼ぎをしてくれたのだ。本部で別れたきり、消息が掴めない」

「そういうことなら今が好機ね。行ってくるわ」

 現在の大聖堂は戦に意識が集中している。敵の本拠で隠密行動を行うのであれば今ほど最適な時期はないが、それにしてもラーミラの決断は早かった。ラーミラがさっそく歩き出したので、マイルはすれ違いざまに声をかける。

「あなたを大聖堂に繋ぎとめていたものは何だったのですか?」

「その質問は野暮よ、マイル」

 魅了的なウインクを残し、ラーミラは去って行った。扉が閉まってからモルドに顔を傾け、マイルは息をつく。

「肝が据わった人だとは思っていたが、すごいな」

「彼女もまた己の信念に沿って生きている。憧れたくなる強さだな」

 モルドの言葉を聞いたマイルはもう一人、どのような世の中であっても己の信念を貫き通して生きている者の顔を思い浮かべた。憧れるかどうかは別問題であると苦笑いした後、マイルは真顔に戻って本題を口にする。

「これからどうするんだ?」

 モルドやコアは聖女を頂点とした国づくりを目論んでいた。だが要の聖女は追放され、大聖堂は間もなく大陸統一を果たそうとしている。一大国家となった大聖堂の中枢へ聖女を戻すのは容易なことではないはずである。マイルはそういったことを尋ねたのだがモルドは穏やかな笑みを浮かべた。

「アリストロメリア様が穏やかな生活を送れるよう、尽力するつもりだ」

 モルドの返答はマイルの予想と大幅な差異があった。的外れなことを言ってのけるモルドを訝り、マイルは眉根を寄せる。

「それは、どういう意味だ?」

「どう、とは?」

 笑みを収めたモルドがそれでも首を傾げていたのでマイルは焦りを覚えた。

「俺が聞いているのは、聖女を頂点とした新たな仕組みのことだ。まだ何も、定まっていないのか?」

 マイルが急いて問うとモルドはようやく得心したように頷いて見せる。

「そうか、コアから聞いたのだな。だがその件は白紙に戻った」

「待て、どういうことだ?」

「アリストロメリア様が望んでいらっしゃらない。あのお方が望まれない限り、意味のないことだ」

 マイルは愕然とし、しばし言葉を失った。コアから聞いていないのであれば、モルドにはマイルの思惑を知る由もない。モルドが怪訝そうな表情をしている理由を察したマイルは頭を抱えた。

「コアは、それで納得したのか?」

「……ああ。何か、コアとの間で取り決めがあったのか?」

「いや、いい。気にしないでくれ」

 事態を理解したマイルはモルドにそう言った後、大きくため息を吐いた。大聖堂を変えることにより赤月帝国を復元するということはマイルの個人的な願いである。それをモルドや、まして権力の中枢に位置することを望んでいない聖女に押し付けるわけにはいかないのだ。努めて冷静にそう思考したマイルは、その後やるせない気持ちに襲われた。コアやモルドが諦めたということは、もう大聖堂の独裁を阻もうとする者がいなくなったということである。

 世界はこのまま大聖堂に支配され、それが当たり前のこととなる。足掻いてみたところで結局、潮流はマイルが最も望んでいなかった方向へ流れることになったのだった。

(……だが、仕方がない)

 もう勝手な希望は抱くまいと、マイルは諦めて首を振った。









 大陸の南東にあるモルドの隠れ家でアリストロメリアに会った後、コアは大陸を斜めに縦断する形で西北に位置するビルという村を目指していた。西海に面するこの小さな村は、マイルの故郷である。

 世界は今、大聖堂(ルシード)に蹂躙されている。コアは強大な力を手に入れようとしている大聖堂に追われる身となったが、単身であれば戦場を潜り抜けるなど容易いことであった。易々とビルを訪れたコアを出迎えたのは村長の嫡男である(るい)であり、彼はコアの顔を見るなり驚いた表情をした。

「大聖堂に手配されたと聞きましたが大丈夫ですか?」

 再会の挨拶よりも先に耒が気遣いを見せたのでコアは苦笑いを浮かべる。

「さすがに情報通だな」

 ビルという村は長年、間者の派遣と火器の製造・販売により生計を立ててきた。村人は間者か技術者のどちらかであり、情報収集能力は抜群なのである。安否は見ての通りであることを告げた後、コアは真顔に戻った。

「まさかこんなことになるとはな。策が役立たずになっちまって、悪かった」

 耒は以前、マイルの影として間者の仕事をしていた少年である。だがコアの不始末のせいで隻腕となってしまい、間者として働けなくなった耒は故郷であるビルに戻ったのだった。ビルは古い慣習が根付いていた土地であり、出戻りを許していなかった。そのためコアは耒に秘策を授け、ビルを存続させたければ耒を受け入れろと村長を半ば脅したのである。その時にコアが授けた秘策というのがフリングスとレマルの間に立ち、南方諸国連合のようにどっちつかずの振る舞いをしろということであった。

「そのために、わざわざビルまで来たのですか?」

 耒の呆れたような声が頭上でしたので低頭していたコアはしかめっ面を上げた。

「俺がカランで何したか、知ってんだろ?」

 カランとはビルからほど近い、フリングス領内の町である。フリングスの貴族であるラズル卿が治めるこの町で、コアは偽りの聖女を陥れた。その結果、大聖堂に戦を始める口実を与えてしまったのである。ビルが窮地に陥っているのはコアのせいでもあるのだが、耒は小さく首を振った。

「聞き及んでいますが、でもそれは……」

「まあ、俺がやらなくても別の誰かがやっただろうな」

 耒の言葉を引き受けてコアはあっさりと断言した。耒は閉口して苦笑を浮かべる。コアも微苦笑を浮かべた後、真顔に戻って話を続けた。

「ビルはこれからどうするつもりなんだ?」

「独立を護る道を模索してはいますが、大聖堂が大陸統一を果たしてしまったらそうも言っていられなくなりますね」

「でも、出来る限り戦うつもりでいるんだろ?」

「はい」

「よし、ビルがそういうつもりなら助力するぜ」

 耒の明快な答えに清々しさを感じたコアは左掌に右拳を当て、さっそく耒と密談を開始した。

「まずはオラデルヘルと接触しろ」

 オラデルヘルとは大陸の北西――ビルから見れば東――に位置する娯楽都市である。ここは独立都市であり、それなりの兵力も有している。コアは主人の人柄を知っているので、オラデルヘルも最後まで抵抗を続けると見ていた。

「オラデルヘルには貸しがある。俺の名前を出せば協力してくれるはずだ」

「貸しと言いますと、サーズ卿との一件ですか?」

 耒がよく知っているのでコアは苦笑して頷いた。以前、オラデルヘルはフリングスの貴族であるサーズ卿に攻められたことがある。オラデルヘルはこれを迎え撃って退けたのだが、コアはオラデルヘルの主人に乞われてその防衛戦に参加していたのだった。

 真顔に戻り、コアは話を進めた。

「だがオラデルヘルの立地も良くはない。どうしてもダメそうなら北へ行け。北方領土の中央らへんにハンセン族ってのがいてな、俺の名前を出せばたぶん協力してくれるはずだ」

「顔が広いですね」

 さすがに北方の事情は知らなかったようで耒は驚いている。あまり悠長なことはしていられないので歓談には応じず、コアは真っ直ぐに耒を見据えた。

「俺が今までに言ったことは、土地を捨てることを前提としてる。その辺は大丈夫か?」

「説得してみるつもりです。どのみち、この地を捨てられなければ恭順するしかないでしょうから」

 大聖堂が大陸統一を果たしてしまえば北方に逃げ延びたとしてもあまり意味はない。早くに従属することはその後の処遇にも有利であるが、耒はそのことも承知しているようであった。覚悟を決めた耒の顔に逞しさを感じたコアは懐かしみを覚えながら口元を緩める。

「後はお前次第だ。頑張れよ」

 大聖堂に追われる身であるコアと繋がりがあることが明らかになればビルの進退に影響しかねない。コアは、耒と会うのはこれで最後にしようと思っていた。耒もそのことは承知しているようであり、わずかながら寂寞を滲ませている。

「色々と、ありがとうございました」

 畏まって頭を下げる耒に笑って別れを告げ、コアはビルを後にした。

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